AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
天空の彼方―月龍編― 弥生の終わり2
何故彼が?
月龍は用心する。向こうが口を開く。
「お待ちしていました」
彼の顔は相変わらず帽子を深くかぶっていて見えなかった。もっとも今は薄暗い闇に包まれていたので、お互いに表情は見えないだろう。
だが、彼の口元には笑いが浮かんでいたのを月龍は脳裏で感じた。月龍は口元のシワを見て、年齢を推し量る。相手が名乗りをあげようともしない以上、年齢だけでも判断の材料にしようということである。だが年齢的に月龍より上だからといっても、鎧を消す理由にするにはやはり情報が足りない。
「待っていた?」
「はい」
月龍は周囲に竜樹の気配を感じないことに、違和感を覚えた。先ほどの気配が消えたのだ。竜樹は何処に行ったのだろうか?
「竜樹は?」
「・・・・・・彼なら、ちょっとそこまでね」
何やら口ごもっているこの人物は何者であろうか。神父の格好をしているのは何故だろうか?
月龍は会話から読み取ろうとしたが、相手は薄く笑っただけで何も言わなかった。自己紹介をしてくれる気配もなく、仕方ないので森の中で固まっている少年について言う。
「あの森の中の少年は?」
「彼ですか?・・・・・・彼は迦雄須に関わる存在ですからね。彼さえいなければ、輝煌帝は発動されませんので」
「輝煌帝・・・まさか」
『輝煌帝』の力は絶大だ。月龍が契約を交わした「光」は『輝煌帝』そのものである。契約を交わしている間、何度かその意識に飲まれそうになったことか。「破壊」という衝動に駆られることがあった。が、少年もまた輝煌帝を発動できる存在だというのか?撮影の類で無いとしたら、ここは真実過去の世界なのか。
「今は少々止まっていただいています。命をとるかどうかは分かりませんが」
「・・・・・・」
「彼さえいなければ、『輝煌帝』は最初からいません」
これまで笑みを浮かべていた相手はこの時、苦々しく言った。そんな彼の態度に月龍は一つの仮定を出した。
この男、輝煌帝を憎んでいる?
「貴方の力をあわせれば、私の力は完全になる」
彼は手を差し伸べた。
「完全?」
「そう、私の力はこのままでは不完全なのです」
だから、貴方の力をいただきたい。
月龍は彼の言っていることの意味を推し量りかねた。輝煌帝は元々「完全なもの」のはずだ。が、月龍の力を欲する真意はどうあれ、否定した。
「断る」
そもそも輝煌帝の力を使えるお前は誰だ?
月龍の質問に神父はしわが刻まれた口を開けた。
「私は貴方です」
月龍は意味が読めなかった。眼前の人物が自分であること。だが、一つの可能性がよぎった。
「もしかしてクローン・・・」
月龍自身も鎧戦士のクローンとして生まれた。正確にはクローンではなくキマイラである。ネオジェネレーションクリエイト研究所で行われた「トルーパー」計画の一つである「キマイラ&クローン」計画はエラー発生続出により停止となった。そのため、現在生きているキマイラもしくはクローンは月龍だけである。竜樹は「純血」なので「移植」された「眼球」をのぞくとキマイラではない。
相手は黙っていた。月龍は自分と同じクローンもしくはキマイラが他に居たことに驚いたが、最大の疑問がまだ解けていなかった。契約そのものが続行されている以上、自分以外に輝煌帝の力を継ぐ人間はいない。
『輝煌帝』はこの世の「創造」と「破壊」をつかさどる。それは実体のないもの、すなわち「時間」でも可能である。
そして彼は時間を操ることが出来る。
もしや『輝煌帝』の契約者かと思ったが、契約は1対1で縛られるものである。
月龍が契約を解除していない以上、当然「契約は出来ない」。クローンであってもそれは出来ないのだ。記憶の中の水晶の谷には白い輝煌帝と黒い輝煌帝がいたのだが、月龍は「2体」と契約した。結果として2つの輝煌帝の契約者は月龍だけとなるのだ。
「いずれにしても断ります。輝煌帝の力を使って何を埋めるつもりなのかは知りませんが、おいそれと渡せるようなものではない」
「では、ここで朽ち果てられるが良いでしょう」
そういうと神父もどきは背後から鳥を呼んだ。
サイズからして日本で見た鶴のようだったが、赤く燃えるその様は確かに日本や中国で見た美術品に描かれる様なものだった。
不死鳥である。
だが、この不死鳥は明らかにおかしかった。不死を司る存在なので常に転生を繰り返す。灰の中で雛鳥として生まれ、年を取るとくすんだかのような色味を伴って老いる。
そして最後には燃えて灰になる。その灰からは再び雛鳥として生まれる。
これが不死鳥の言い伝えだし、かつての目撃経験から眼前の不死鳥には疑いの目を向けざるを得なかった。むしろNGCで見た「フェニックス」計画の被験体に似ていた。
目の前の不死鳥のような鳥は明らかに燃えていたが、「輝き」はなかった。まるで普通の鳥を燃やしているようなものだった。
ただでさえ蒸し暑いのに、この鳥が出てきたことで空間が一層暑さを増していた。
月龍を見る鳥の目には眼球がなく黒い穴が見えた。眼球の代わりに命あるものへの憎しみを黒い穴に満たしていた。
「私はこれで失礼しますよ。貴方のパートナーについての処分がありますからね。あと、鎧の継承者も消したいので」
神父の格好をしたその人物は鳥に道を譲ると、そのまま霧に覆われたかのように消えた。
鳥は彼からの許可を頂いたと言わんばかりに月龍に襲い掛かってきた。
鳥はくちばしから怨嗟の声とよだれのようなものを出しながら、月龍に突進する。
「これ、研究所で見たコンドルの実験体に似ている気がするけど・・・」
月龍はホーリーロッドを構えて即座に水呪を唱えた。火に包まれた鳥は水を避けようもせず、それどころか避ける意識すら見せずにひたすら月龍に向かった。
呼び出された「水」が鳥にかかる。
一瞬肉が焼けるようなにおいがしたが、不快感を示す暇もなかった。燃えた鳥は月龍の脇をくちばしでかすめた。済んでのところで避ける。どうやらこの鳥の攻撃方法はくちばしでつつくだけのようである。
防御壁を作り、同時に水呪の最高呪文を詠唱する。くちばしでつつく程度なら防御壁だけで充分である。
呪文の詠唱が実を結んだかのように何もない空間に水の竜巻が現れた。
それは背後から鳥を覆い、火どころか鳥の痕跡すらも粉砕した。
鳥の痕跡は灰となって散り、そのまま風に乗って散逸した。
あっけないほどに片が付いた。
「あっけないな・・・私の力を欲していたわりには、私の力を見誤っていたのか?」
そうではなかった。鳥が消滅すると同時に祭壇の向こうの空間の境界が薄れ、月龍の眼前に実体のない存在があふれてくるのを感じた。あの神父もどきの仕業なのかと思ったが、違った。この感覚は湾岸戦争でも味わったことがある。
むしろ神父もどきは、この気配を隠すためにあえてあの鳥を呼んだようである。その実体のない存在はまっすぐに先ほどの少年のいる方角に向かっているようだった。
闇の彼方から来る「実体を持たぬ存在」を見て、月龍は眉をひそめた。数年前にオーストリアで行われた日本の美術展で展示された地獄絵図が脳裏に浮かぶ。空に浮かぶ存在は、まさしく地獄絵図に出てくる亡者であった。
日本人の持つ死生観には舌を巻いたものであったが、もしかしたら実際にこれを見たからこそああいう絵ができたのだろうか。
月龍は地獄絵図が実際に広がっていくのを目の当たりにし、ぞっとした。そして、さきほどの少年を思い出した。
少年を狙っているのか。もしかしたら少年が来た方角には彼が住処とする村があるかもしれない。少年は巫女に近い立場で、輝煌帝の伝説を知って、もしかしたら祭壇で輝煌帝を呼ぼうとしていたのかもしれない。
------危険。
月龍はすぐに戻り、森の中でかたまっている彼の時間を動かした。彼は走っている途中で固まっていたので、時間が動くと傍に居た月龍に気づかないまま走りさった。
「ちょ」
月龍は慌てて後を追いかけた。だが先ほどの戦闘で体力が落ちているので、10代後半の少年の足には追いつかなかった。
祭壇の前で追いついたときはすでに少年は光に包まれ、そのまま消えた。
月龍は彼が消えた跡を見た。
輝煌帝に飲まれたのだろうか。同時にあの感覚は消えていた。
否、少年が少女を守るためにやったのだろう。
月龍は何故かそう考えた。
少年を想う少女は傷ついていた。だが少年は少女を守るべくして守った。
「・・・『べく』?」
何故自分でそう思ったのか分からなかった。少年は「鎧」について何かを知っていたのだろうか。そもそも何故神父もどきは彼を危険視したのだ?「迦雄須一族」は確かに後の時代では脅威になるが。だがその意味は分からなかった。早く戻って竜樹と合流しないと。
月龍は今は何も感じない夜の空を見ていた。空には気配はなく、満天の星が瞬いていた。
そして彼女は時空間に飛んだ。
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