AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
天空の彼方-月龍編- 弥生の終わり
暗く、狭く、寒い場所。見えるものはただ闇だけだった。
「私」はそこで泣いていた。暖かい毛布は無く、冷たい空気が肌を被っていた。
「泣かないで」
呼びかけられて泣きやむ。視線を向けると赤い光をまとった人がいた。ガラスケースに囲まれた「私」は、彼を見上げる形になる。
その人物は10歳くらいでくすんだ金髪が揺れている少年だった。「私」はじっとその人を見ていた。暖かそうな光だと思い少年に手を差し伸べると、彼はにこにこと笑って手を握り締めてくれた。すると暗闇が再び少年を覆った。
あっという間に自分も暗闇に飲み込まれる。
その暗闇の中、体がねじれているような気がした。まるでコマのように廻ったと思ったら、絞られたかのような感覚がする。月龍は自分もまた空間移動そのものが出来る。そういう力を持たない同行者を時空間に放り出すとかなり苦しいと、経験した竜樹が言っていた。以前とっさに竜樹を連れて飛んだが、飛行機にも酔わない竜樹はしばらく「時空間酔い」に苦しんでいたのだ。だが、自分もまた力を使わずに時空間に放り込まれた。体は押しつぶされるような、引っ張られるような気配がした。
・・・吐き気がする。
月龍は目を開けた。視界は薄暗く、周辺には木が並んでいる。気絶してからそれほど時間が経っていないのだろうか。洞窟に居た時は夜中の午前1時だったから、朝になってきているのだろうか。シャワーを浴びるために今からホテルに戻ってもホテルは開いていないから、ここでしばらく待ったほうがいいだろう。
月龍はゆっくりと起き上がる。手には柔らかい草の感触がある。
夏なのか気温が高く、むっとするような草の匂いがする。顔に付いた草の葉を払って、周囲を見回した。
月龍は服についたほこりを払いながらその風景をぼんやりと眺めていたが、すぐに自分の状況に気づいた。
「竜樹?」
周囲に居ない相棒の名を呼んだ。しかし返事はない。近くには居ないと分かると、月龍は青くなった。
・・・私は相棒と遺跡の調査で来た。そして夜を待って、忍び込んだ。そこで神父の格好をした人と会った。彼は「復讐」を口にして、研究所の実験体に私たちを襲わせた。何とかやりすごして彼を尋問する時に、私たちは・・・。
ここまで思い出して相棒の名前を読んだのだが、彼の返事はないのだ。
神父が私たちに何かをしたようだが、それは彼に向けられたのか?
そうだとしたら、早速オーストリアに戻って当主にこの件を相談しなければならない。
・・・しかし、ここはアメリカ合衆国南部の遺跡のある場所か?
街のすぐそばにあった遺跡の周りにはこのような森は無かったはず。
次から次に疑問が湧いたが、この場では疑問に答えてくれる者も物質もない。月龍はひとつため息をついてから森のひらけた方へと歩いてみた。もしかしたら自分が「些細なことだ」と見落としていただけで、遺跡の周囲には森があったかもしれないと思ったのだ。「森」という大きな代物を見落とすには少々無理があるような気がするのは自覚していたが。
しかし歩けども薄暗さは変わらず、ふと、鳥や獣の鳴き声がしないことに気づいた。妙な感覚が服越しに肌に纏わりついているのも感じた。
この感覚は、昔感じたことがあった。
そのときと同じものだったが、この感覚はスケールが違うように感じた。
前に感じたものをはるかに超えている・・・。
月龍は自然と足を速めた。途中で水溜りが跳ねてスーツを汚したが、気にならなかった。またもかの殺戮が始まるのかと思うと、気が急いていたのだ。
かつて、NGC研究所のカリフォルニア州支部で竜樹が起こした殺戮。
カリフォルニア州支部では彼の怨嗟と哀しみが支配した。
始まりはNYで彼が養父ともども配達の途中に強盗に襲われた時で、瀕死の状態から虎人間に変化したことであった。
そのときの現場の写真は凄惨の一言であった。5人のギャングたちは全滅だったが、その「死に様」は並の人間に出来るような「代物」ではなかった。まるでライオンのような大型獣に食い殺されたかのようであった。
この「被害者」である養父が身に銃弾を受けながらも何とか車のクラクションを鳴らして知らせたのだが、大型獣についてはギャング達の銃から一緒に襲われた息子を守るだけで精一杯だったので見ていないと言い張った。すぐに車の中に逃げたのだと。
だが、竜樹がそういう「種」であることを養父母は知っていたのだ。
ギャング達の遺した銃を調査した際、使われた銃弾の「在り処」が「3つ」あった。
「2つ」については竜樹と養父の体内に入っていたのを摘出し、「1つ」は残りが全て「地面」に転がっていた。
虎に変化した竜樹がギャング達を全滅させたのである。養父が倒れた場所に多くの銃弾が転がっていることから推察するに、おそらく養父を狙い撃ちにしようとして虎人間と化した竜樹に阻まれ、そのまま逆に殺されたのだ。
だが、彼はそのころはまだ自覚が無かった。
だからこそ養父は竜樹を庇って嘘をついたのだ。何も知らない警察は養父の嘘をそのまま信じた。まさか「銃弾が効かない虎人間」が病院の養父の隣のベッドで、日本から輸入されたマンガを読んで笑っているとは思いもよらないだろう。
警察は、この事件については眼前の父子から取り上げた収益についてギャング達が仲間割れをしているうちに狂犬病にでも侵された大型犬が死体を食い荒らしたという結論に至った。
2人が無事だったのは、救急車が来たとき配達用のワゴン車の中に避難していたのを見たことから、そう結論つけたのだ。
だが、NGCは追跡調査をしていたときに見たため、竜樹を回収することにした。養父母は証拠隠滅に抹殺されるところだったのを月龍が陰で助けたのだ。
月龍に助けられたことを知らない養父母は、竜樹が「回収」されたことについて露知らず、家で夕食を用意していた。
月龍は走りながら竜樹を思った。まさか彼がここで虎人間に変化しているとは思えないが。
もしかしたら神父もどきが竜樹に虎人間に変化させるようなことを強要したかもしれない。
月龍の足は自然と早くなる。
「!」
ふいに、目の前に誰かが立っているのが見えた。月龍は身構えたが、目の前に居る人影は動かなかった。月龍はしばらく人影を見ていたが、動く気配がないのでいぶかしみながらも近づいてみた。
人影は少年で長い髪を束ねていた。年のころは10代後半だろうか。そして、服装は・・・現代のものではなく、むしろ原始時代に近かった。
「歴史ドラマの撮影現場に紛れたのか?」
最初はエキストラ用か何かのマネキンかと思い、眉をひそめながら近づく。そこで少年の異様さに気づいた。
「『動いていない』?」
少年は目を開けたままじっとしていた。まるで走っている時にそのまま固まったという感じだった。
意識の確認の為に少年の顔の前で手を振って見せた月龍は頭を振った。これは何かの夢だ。
しかし目の前で固まっている少年を見ていると、どうも現実であることは確実だった。空気が流れるのを感じるし、それによって木々がざわめく音も聞こえていたからだ。鳥や獣は、おそらく野生のカンとやらで何処かに逃げたのだろう。
これが現実だとしたら、彼はどうして固まっているのか?
何が起きているのか?
彼が向かっている方向を見ると、道が開けていた。あの先に何かが待っているような感じだった。
月龍はゆっくりと彼から離れて、道の先に向かう。道の先は森の出口のようで、木々の間から遠景が見えた。
もう一度後ろを見ると少年はまだ固まっていた。服装も見間違いや幻覚ではなければまさしく原始ぐらいのものだった。顔立ちからしてアジア系だがアジア史に疎いのでどの時代を指すのかまでは分からなかった。
そもそもここが何処であるか分からない。一言にアジアと言っても、養母から教えられたインドの歴史を元にすると、中国ではすでに国交らしきもの、貿易らしきシルクロードらしいものが既にあったのをかすかに覚えていた。「貿易」が出来るほど文明が栄えているということである。日本では300年ほどになってどこぞの女王が中国と貿易をしたという位の知識しか無いが、それでも比較するには充分だった。
四方を海に閉ざされた島国ならばその分文化の伝播が手間取る。
結局どこの国なのか判断できるような材料も無いので、今度は眼前の少年の服装を見た。それなりに文化は発達しているようだが、月龍の着ているシャツとスーツに比べて後進的だった。撮影などで無ければ、明らかに時代を遡っている。さっきまでは現代の合衆国にいたのだ。
何故だ?あの神父もどきの仕業だろうか?
そもそも神父もどきが使った時間をわたる能力は、月龍にしか使えない輝煌帝の力である。月龍が所有している以上、他の者が使うことは無い。先ほどの場所でも音を完全に遮断していた。空間を操ることが出来るだけならともかく、時空までも超えられるとは。「輝煌帝の力」以外に心当りを探したが思い出せない。
何者なのだろうか。
自問自答を繰り返しながら前に進む。森はすぐに開いたが、やはり暗闇だった。
------これは!
月龍は自分の体にエネルギーがたまっていくのを感じた。
「ここは・・・祭壇か?」
聖なるものがいると思ったのか、遠くに白っぽい祭壇が置かれていた。遠めだが石が積まれてあるのが見えた。
どう見ても子供が作ったような代物だ。しかし聖なる空気を感じるのは間違いない。かのアフリカの山奥で感じた空気だった。異なるのはアフリカの厳粛さに対して、こちらは「優しさ」だった。まるで母親に守られているようなものだった。
お陰で先ほどの戦闘において失くした力が満ちていくのが分かる。少しずつ歩をすすめると、祭壇の傍に人が立っているのが見えた。
巫女かシャーマンが同じように止まっているのだろうか?
そう思いながら近づくと、わずかに身動きをとっていたのが見えた。あの神父もどきだった。
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