AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

交わる光と闇 時に投げる疑問符(1)

しばらく全員沈黙があった。外は相変わらずの晴天で、セミの鳴き声がやかましいくらいだろう。陽光が降り注ぐ外界から壁と窓で隔てられた研究室はというと、ほの暗い室内にクーラーの振動がそのまま伝わってくる。
「いくつかしらね」
ナスティがふいに沈黙を破った。志信はいくつだろうか。そういえば月龍はいくつだろうか。竜樹が純と同い年であるのは明確である。精神的には竜樹よりかなり上な気がするが、もしかしたら当麻たちと同い年かもしれない。
「志信という人はあなた達と同い年かしらね」
隠された継承者であろうか。月龍と竜樹が居たらもう少し詳しく教えてもらえたかもしれない。

研究室で3人が先代烈火と金剛&水滸の継承者について話している間、秀は征士から将棋の指し方を教わっていた。
「気になるか?」
「・・・・・・何がだ」
「2人のことだ」
月龍と竜樹のことである。世界は異なるが、どっちも秀の親族であるのは事実だ。竜樹は養父母が秀の一族だし、月龍も遠縁であるのは確かだった。
「まあな」
「・・・遼の奴、自分の発言を気にしているってのもな」
秀は分かっていた。普段の遼はそんな発言をしない。それでも、あの幻が彼にかなりの衝撃を与えたのは事実である。このままでは飢え死にするので秀が朝食の席に無理やり引っ張り出した。沈黙が痛々しく、本来なら励ましてもらいたい自分が無理やりパンにバターを塗って食わせたのだ。
「損な性格だな」
征士は静かに言う。2人の従兄弟である秀こそがキツイ立場に立たされているのだ。当代の烈火と、未来の天空そして金剛の失格者と3人が秀の板ばさみになっていた。
征士は遠くアメリカの中華街で風邪を引いて寝ている竜樹を思った。クーラーのかけっぱなしは体に良くないと秀が苦言していたが、今回ばかりはしばらく合衆国で寝て欲しい。
「まあな」
秀はいきなり竜樹がやってきたことを思い出した。つい3日前の話である。あの時は驚きの連続だった。
「・・・そもそも何故あいつは『現代』に来たんだ?」
月龍は証言から察するに縄文か弥生の時代に飛んだという。一緒にいたという竜樹は何故かこっちに来ている。
誰かがやっているのは確かだが、何故竜樹を月龍から分断させ、さらに秀と引き合わせたというのも解せない。
「こっちの竜樹も純や秀と親しいな」
「・・・迦雄須?」
ふいに純が言った。寝そべる白炎の傍でブラッシングをしている。会った時に比べてブラッシングの腕は上がったようで、白炎も最初の頃よりは気持ち良さそうである。
「まさか」
有り得ない。迦雄須はもう居ないのだ。そんな秀に征士が言う。
「この世界の迦雄須は居ないだろうが、平行世界の迦雄須なら居るのではないか」
「じゃあ、その迦雄須が、遼兄ちゃんとか秀兄ちゃんとかが消滅するのを知っていたから助けてくれたってこと?」
だが、断定できるかといえばそうでもない。可能性としてはきわめて高いだろうが、月龍にもう一度会わない限り分からない話である。
「そもそも竜樹だけこっちってのも気になるな」
一歩間違えれば竜樹が秀を襲うこともありえたのだ。もっとも見た限り彼は普通に振舞っていた。初めて会ったときの様子はどうだったのか?
「どうって、フツーの兄ちゃんだったぞ。なんでこんなところでFBIが?とは思ったけどな」
アメリカの公務員が何故ここまで来るのかと思った。海外ドラマで見たようなマフィアがらみかと思ったが。
「ここ、ドッチかというとあまり人来ないよ」
純が言う。彼も両親が、山中湖でなく軽井沢であるが、時々コテージを借りて避暑に来ていたのだ。
「冬場はちょーっと危ないこともあるけど」
人気が無くなるオフシーズンではこういう別荘地には暴走族とかも来る。近所では侵入による被害があったという。それでもこのトルーパーたちを相手にするのは命知らずだ。純は眼前の2人を見て思った。秀おにいちゃんはクンフーの使い手だし、征士おにいちゃんは師範代の腕前だ。他のお兄ちゃんたちもそこそこの腕である。
「うちは遼が管理人役をしているんだ」
比較的近い上に、料理人である秀に比べて行動などの自由も効く遼がここを管理してくれている。FBI捜査官の出番は最初からなかろう。
話が逸れてきたので、征士たちは戻した。
「仮に迦雄須が竜樹だけをこっちに呼んだとしよう。ならば何故月龍を一緒に呼ばなかったのだ?」
もっとも月龍が居たら、「壁」のことはともかくとっくにオーストリアに行っているのだ。空間を移動できるという輝煌帝の力を持ってすれば鎧戦士達と顔を合わせる暇も無い。
「・・・・・・分からん」
てゆーか、それは当麻の仕事じゃないか?
秀は征士を恨めしげに睨んだが、征士は鉄面皮だった。純はそんな2人を見て白炎に「いいコンビだよね、あの2人」とこっそりと耳打ちしていた。白炎は軽くのどを鳴らした。同意だという意味かどうかは分からなかったが。

夏の柳生邸は外のセミの鳴き声以外に「騒音」はなく、静寂と暑さだけだった。

秀がまたも遼を連れ出して昼食を頂く。夕食はバーベキューにしようというので、征士と伸が車で買い物に行くことにした。伸がクラシックカーよりもナスティの車で行くことを主張し、当麻はこっそりと伸にブーイングを寄越した。
西が紅に染まる時、7人(と1匹)はテラスでバーベキューを頂く。遼もこの時ばかりは元気を少し取りもどしたようで、ぎこちないながらも笑顔になった。

辺りが暗くなるころ、一部を除いて全員が前後不覚にならないように、それでもビールを大分空にしていた。片付けを済ませたときには完全に夜の帳が降りていた。

満足した全員は中で寛ぎ、完全に昨日までのことを忘れ去っているようだった。無理して忘れようとしているかのようでもあった。
新宿ではそれ以来何も起こらなかったし、周囲でも狼人間のような気配は無かった。かすかに聞こえる犬の遠吠えに全員はわずかに反応したものの何の気配も無かったので、各自風呂に入ってから部屋に戻った。

時計は10時を回っていたが、ナスティは仕事を整理しようと未だに起きていた。

白炎は遼に頼まれてナスティを一人にしないよう付き添ってくれている。ナスティとしては遼の傍にいたほうが良いのではないかと思ったが、純がいるので大丈夫だと言ったので好意を受け取ることにした。さっきのバーベキューで少し元気になったようである。
ナスティと向かい合う形で白炎は目を閉じている。妨げにならないようじっとしているその姿に、ナスティはふいに祖父を思い出してしまっていた。
鎧のせいで祖父は死んだ。
でもナスティは彼らを憎む気になれなかった。確かに悲しかったけれど、彼らは人間界を守るためにわずか15歳で死地に赴いた。そして生還した後、遼に至っては毎年祖父の命日に墓参りをしてくれている。
生きるか死ぬかという状態で、彼らは人間界を守ってくれた。祖父の死は無駄になるとかではなく、「歴史の必然」だったのではないかと思う。
「・・・歴史の必然?」
何故こう考えたのか?月龍の話を聞いた影響なのだろうか?そもそも月龍は時間を越えたとはいっても遼たちの祖先を守っていたのだ。祖父の死とは関わりが無い。
だが、これも月龍が作った運命なら?
まさか。
ナスティは違うと思った。それなら当麻の時のように私に対しても似たような反応をするはずである。私の「復讐」を恐れるはずだ。だが、初対面からこっち、一度も彼女は私に対して何も含むところが無い。極普通に秀同様に接していた。
「疲れているのかしらね、白炎」
ナスティは寝そべる白い虎に声をかける。秀によれば中国には「白虎」という神様もある。遼によれば白炎は迦雄須よりも前に生まれた神の虎なので、もしかしたら「白虎」はこの白炎を元にして作られたのかもしれない。
ナスティは遼たちとの出会いを思い出していた。

その時、ふいに白炎が頭をもたげた。ナスティの背後の窓を見据える。ナスティも窓の外を見る。が、向こうは完全な闇なので、何も見えない。
「何かがいるの?」
ナスティは当麻たちが言った狼人間を思い出した。征士と伸は神父の作った世界でドラゴンと対峙したという。そのドラゴンは柳生邸の前で中をうかがっていた。サイズはかなりのもので、屋根まであったという。伸同様、ナスティも狼人間でよかったと思った。白炎の反応を見て、一瞬ドラゴンが出てきたのかと思った。
だが、白炎の反応は静かだった。侵入者を威嚇するのではなく、何かを探っているという感じだった。
ナスティは廊下に出ると、寝酒を持って台所から出てきた秀と当麻と鉢合わせになった。伸と征士に見つかったらまた何か言われそうなので、電気を落としたリビングでこっそり飲むつもりだったようだ。ナスティの不意の出現に秀がうろたえる。
「ど、どーした」
「白炎が外を見るの」
「え?」
当麻は眉をひそめて外を見る。リビングは研究室と同じ方位に窓がある。さっきまでバーベキューをしていたテラスが見えるのだ。が、外は相変わらず暗かった。
「白炎のやつ、雌トラでも見つけたのか?」
「お前な」
妖邪門のときは成長していると豪語してたくせに、ちっとも成長しないんじゃないかと当麻は突っ込んだ。
秀は当麻のツッコミを背中に受けながら近づいて見るが、何も無い。

------否、出てきたのだ。

秀は思わずたじろいだ。当麻も寝酒をテーブルにおいて覗く。
そこにはわずかについている豆電球に照らされて赤い物が見えた。
「ナスティ、電気を」
当麻に言われて、ナスティは傍の電気をつけた。
リビングの窓越しに見えたのは、月龍と竜樹だった。
「お、お前ら、どうした?」
秀は慌てて窓を開けようとして、鍵を探した。いつも見慣れているのにだ。よほど気が動転しているようだが、無理も無かった。
当麻はナスティに救急箱を持ってくるよう言った。

2人は全身が血まみれだった。

炎のJUNCTION vol.2 時に投げる疑問符(2)