AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐4

月龍は廊下に出ると仁と鉢合わせした。仁はすでに洋服に着替えていた。アウトドアスタイルで、手には旅行バッグを提げていた。
仁は月龍の顔が青いのに気づいた。
「どうした?」
「大丈夫です」
「顔が青いのに大丈夫も無いと思うが」
仁はこの脱出計画が不成功に終わるのかと思った。が、違った。月龍が言っていたケリをつけたい相手が、先ほどこの部屋に来ていたというのだ。
「なんでまた?」
妻の部屋なので春子自身に関係があるのかと思ったが、月龍は頭を振った。相手は神出鬼没なので、月龍を狙って出てきたという。
「何で・・・」
仁は言いかけたが、月龍にせかされて別室の春子の元に急いだ。春子とは打ち合わせどおり産婆をまたも下げた時に部屋に行く。だが、そこで異変が起きていた。
月龍は異変を感じた。
春子の腕にはめた腕輪の、「仕掛け」が消えていたのである。春子は陣痛をこらえていた。
あの神父もどきであった。
彼が春子の部屋に来たときには、仕掛けを解いていたのである。同じ輝煌帝の力で。
あのわけの分からない交渉を始めたのは、この異変から目を逸らすためであったのだ。月龍は相手の交渉術に感嘆しつつも歯噛みした。
完全に「仕掛け」が解除された腕輪を春子の腕から外す。もう一度施してはめさせたが、間に合わなかった。
産声が聞こえたのである。男児であった。
月龍と仁は真っ青になった。この生まれたての赤ん坊を連れての逃避行は可能であろうか。だが、春子は気丈にも言った。
「私がしっかり見ます」
経験のある月龍はこの先輩に敬意を払い、もう一つの腕輪を赤ん坊にはめさせた。サイズが異なるはずの腕輪は赤ん坊の腕にはまり、フィットした。
仁と春子はそれを見て目を丸くした。
「これも鎧の力というのか?」
仁は月龍に向き直った。月龍は説明する。
「私の相手も鎧の力を使いますので」
だから、先ほど腕輪に施した「仕掛け」が消されたのだ。同じ力の主なので、可能である。
「諒一君は私が連れ出します。旦那様は奥様を連れて逃げてください」
今なら腕輪の力で時間そのものが固定されているから、痛みは無いはずです。
春子は赤ん坊の血をぬれたタオルで拭いた。急ぎ血の処置をする。
落ち合う場所を決めて、月龍は最後の晩餐が行われる和室に向かう。春子の部屋から廊下を伺って産婆が来ないことを確認したとき、柱時計が8回鳴るのを聞いた。
チャンスである。
月龍は晩餐の舞台に向かった。確かに諒一しか居ない。月龍は静かに障子を開けて傍に駆け寄ったが、諒一はぼんやりとしていた。
薬であろう。
おそらく睡眠薬の類が入っていたのだ。小さい子供なので、量は少なめだったと思われる。
諒一は月龍を認めると、とろんとした目つきで笑いかけた。
「お父様とお母様がお待ちです。さっき貴方に弟が生まれましたよ」
「おとー・・・と?」
諒一はこの言葉を最後に、寝てしまった。一瞬死んだかと思ったが、寝息が聞こえるので大丈夫なようである。
月龍は彼を抱えた。
同時に、周囲がヤケに静かであることに気づいた。仁の話によれば準備中であるのは確かなので、物音ぐらいはするはずである。「刀」の用意などである。
だが、それらしい音もしない。
月龍はあまりの静寂さに、眉をしかめた。仁の話から隣室などを捜索することにした。が、隣室に続く障子をあけたとたんに、全てを理解した。
隣室には死体が転がっていた。死体というよりもミンチ状態になった「もの」があちこちに散らばり、かろうじて頭部がそのまま残っているものもあったがわずかで、諒一の食事を横取りした男性のも区別がついた。
その死体にはかつて見慣れた傷跡があった。神父もどきによるものであった。
月龍は惨劇にあ然としつつも、仁たちを思い出して急行しようと思った。
夫妻、とりわけ生まれたての赤ん坊が気になったのだ。
さらに向こうで物音がしたので、月龍は眉をひそめて開ける。開けたのは襖というものである。
「ひぃっ!」
イサ子であった。押入れに隠れていたようだった。
「どうしたんです?」
最初はひどく取り乱していたが、相手が月龍だと分かると安堵したかのように崩れ落ちた。
「ああ、ああ、・・・諒一坊ちゃま!」
イサ子は月龍が抱えた諒一を見て、生きているかどうか確認した。睡眠薬を盛られているので、寝ているだけであった。月龍はイサ子に聞いた。
やはり神父もどきが原因であったようだ。
「あたしや、何が起こったのか分かりませなんだ」
和室で晩餐が行われた時は奥方付きの立場ということもあって台所でじっとしていたが、8時になって諒一を除く全員が隣室で「用意」をしていた。そこから凄まじい物音がしたので見てみたら、黒い服を着た男がその場に居た者たちを一瞬で死体に変えていたという。物音、つまり月龍が入ってきた音だが、それが聞こえたので戻ってきたのかと思い押入れに隠れたという。確かに周囲は完全なミンチ状態であった。
「あの男、何なんでしょう?」
イサ子は震える拳を何度も握りなおした。相当の恐怖が彼女を支配しているのが読み取れた。月龍は相手は不審者であるから急ぎ諒一を外に待機させた夫妻に届け、そのまま戻らぬよう指示する。恐怖で判断力すらもなくしたらしいイサ子はこくこくとうなずくと、諒一を抱えて裏手に出た。月龍は障子越しに周囲を見てからイサ子と諒一を仁たちの元に届ける。
月龍は一瞬靴を腕輪の空間に閉じ込めたままだったことに気づいたが、サンダルがいくつかあったのでそれを拝借することにした。
裏手にはオフロード車があり、その傍で仁が赤ん坊が泣かないように静かに佇んでいた。春子は助手席で赤ん坊を抱いていた。オフロード車なのは自警団の包囲網の穴を抜けるためである。必要とあれば川を渡るつもりだという。赤ん坊については月龍の腕輪が守りとなっているので、危険に晒されることは無いはずである。
仁と春子は諒一が寝ているのを見て不審に思ったが、睡眠薬で眠らされていることを聞かされ納得した。量が少なかったので効き目が切れれば目が覚めるという。量が少ないのは、儀式の前に死なれると「生」贄としての意味がなさないからである。
月龍は春子に、腕輪は脱出が成功すれば自動的にはずれ、私の手元に届くように仕掛けてありますので、そのまま持っていてくれと言った。
「貴方は大丈夫なの?」
春子は自分とわが子を守る腕輪を見て、月龍の御守りではないかと思った。
「大丈夫です」
御守りなら他にもあるからと、月龍はイサ子に夫妻に付き添ってそのまま娘さんの所に行きなさいと言った。
夫妻は「?」を浮かべたが、後にイサ子の娘の家で事の顛末を知り、いつの間にか消えた腕輪を探したが月龍の腕に戻ったと納得した。
夫妻はイサ子の娘宅を辞した後、持ち出したお金で東京と山梨の狭間に居を構えたまま実家に戻らなかった。

かくしてこの物語はもう一つの世界として続くこととなる。後にアラゴが降臨したかどうか、烈火が居たかどうか歴史は語らず沈黙した。

過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐3 過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐5