AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐3

「え」
仁は月龍の科白に目を丸くした。
隙を見て諒一を連れ出すので、奥様と赤ん坊を連れて逃げるようにというのだ。
仁はあ然として、眼前の女性を見た。ただの新入りなのかと思ったら、違うようだ。
月龍は新入りではないことを説明し、通りすがりだが助けるということを述べた。ここでケリをつけたい人間が居るとも言った。
「何のケリだい?」
仁は訊いたが、月龍は沈黙した。一瞬ごまかそうかと思ったのだ。が、このまま沈黙を守っていても仕方ないので、結局話すことにした。未来からの来訪者であることを伏せて。
仁は先ほどから目を丸くしていたが、今ので完全に放心状態に近くなっていたようだった。月龍は眼前の人物の様子を見て、日本の埴輪というのはこういうのを表現しているのだろうかと、関係ないことを思っていた。
「君も、一族の生贄にされていたのか?」
「ええ」
月龍が実験体として生贄にされかかり、レオンハルトという男性のお陰で永らえているということを知り、仁は息を深くついた。
「そうか」
仁は月龍に脱出の計画を問うた。妻の春子はタイミング次第だが逃避行の中での出産になりかねない。月龍自身の経験からいって出来ればこの計画はすぐに起こしたい。もしくは出産を待つべきかもしれないが、それだと諒一が死ぬ。

祭りまでは6時間をきっていた。

諒一は最後の晩餐として蔵の外に連れ出され、縁側傍の和室で食事を頂くことになっている。
「俺の叔父さんもそうされたというんだ」
多分そうなると思う。
仁は泣きそうな顔で続けた。
月龍は黙って聞いていた。最後の晩餐を頂いた後は家宝が祭られている社に行き、そこで死ぬという。
「昔ながらのやり方なので、おそらくは・・・」
仁は口を閉ざしたが、月龍は分かった。斬首である。とことんへドが出る話だと思った。歴史というものは、長い時間が経つと事実すらも歪曲されるのか。自身も鎧の力にとりつかれ、真実を見抜けなくなった者達によって実験体とされた。
元・バグダード派遣兵である竜樹が居れば、もう少し作戦の立てようもあったろう。月龍は学者肌であるが、同時にレオンハルトの補佐として政務にも携わった。が、あくまでも机上の話であり、実戦ともなると竜樹には及ばない。
今回ばかりは竜樹に来て欲しいと願っていた。

月龍は日が傾くまで仁と話し、春子に会ってやってくれと言われたので会いに行くことにした。
春子は大きなお腹を抱えて横になっていた。妖艶なほどに美しい顔には脂汗が流れている。暑さだけでなく、相当の痛みでもあるようだ。かつて息子を出産した時の痛みがぶり返してきたのを感じた。
春子は月龍が入ってきたのを見て不思議そうな顔をしていたが、一瞬のことで痛みに耐えていた。
こんな時だが普通のときは綺麗な女性であろうと思われた。30くらいであるが、年齢を感じることが出来ないくらいの妖艶さであった。
「陣痛の間隔が狭まっていったら、出産ですよ」
春子の傍にいる産婆が月龍を見舞い客だと思ったらしく説明してくれた。経産婦なので予定日よりも早いという。
月龍は眉をひそめた。
脱出の計画を陣痛が治まっている今のうちに説明したい。
月龍は産婆たちを部屋の外に出そうとした。
春子は月龍の様子を見て、産婆たちに呼ぶまで下がるように言った。
「夫が何か言っているのですか?」
月龍になんらの害意もないことを理解したようだ。月龍もうなずいて、脱出の計画を説明した。春子は目を丸くしていたが、うなずいた。
「あの子も生贄にされなくて済むんですね」
その目には涙が出ていた。月龍とは今しがた会ったばかりだが、夫との絆はそう細いものではなかったようだった。赤ちゃんはどうなるか分からないが、出来れば諒一を連れ出した後で産みたいと言ったので、月龍は腕輪となった剛烈剣を渡した。「時間の仕掛け」を施し、翌日に生まれるよう春子自身の体の時間を一時的に緩やかにした。
「何・・・」
「鎧の力の一部です」
春子は目を丸くしたが、月龍の説明で納得した。
「貴方、魔法使いか何かなの?」
春子は腕輪がはまるのを見た。腕輪は春子の腕にはまった。
「ちょっと異なりますが、今はそれで良いです。今日は何日で・・・ああ、はい、8月15日ですね」
月龍は部屋の柱にかかった日めくりカレンダーを見て言った。日めくりカレンダーには「1973年」とあった。現代であるが、四半世紀ほど前でもあることに納得した。
何処からか時計の鈍い音が聞こえてきた。オーストリアでも聞いた時計の音である。その鈍い音は5回鳴り、止んだ。最後の晩餐は5時半に湯浴みが始まり、6時半に和室に通されるという。
「30分で諒一くんが蔵から出てきますね」
誰が出すのかと思った。あのいけ好かない男が出すのだろうか。
最後の晩餐が終わるのは8時である。そして、8時半に家宝が祭られている場所に行き、そこで儀式が行われるという。
タイミングとしては最後の晩餐が済む時である。この時、諒一は和室で休憩を取るため1人になる。

春子に確認するように説明していると、またも神父もどきの気配を感じた。

月龍はおくびにも出さず、春子に確認を済ませると春子から自分の部屋で待機してくれと言われた。月龍はついでだから荷造りをしておきますと言った。春子はうなずいた。諒一の赤ちゃんの頃の写真だけでも持っていくと言ったので、記憶にとどめることにした。
春子の部屋は夫の部屋の隣であった。ちょうど良いので仁に報告をし、荷造りをした。出来れば身軽が良いので、数日分の着替えを頼まれた写真と一緒に入れる。赤ん坊の着替えが気になったが、春子のタンスに幸いなことにタオルがしまわれていた。

遠く玄関にある時計が茜色に染まりながら、1回音を鳴らした。
5時半である。
何も知らない諒一は初めての外出に心躍りながらイサ子に手を引かれた。イサ子は泣きそうな顔で諒一に辛抱するよう言った。諒一はイサ子が何故泣きそうなのか理解できなかった。

縁側で迎える仁は浴衣姿のままであった。先ほどの男性が仁を見咎める。
「敬虔な儀式です。当主ともあろう方がそのような格好では困ります」
イサ子はこの男性が諒一の食事を横取りしていたことを月龍から聞かされたので、ひと睨みしただけであった。仁はイサ子が何故彼を睨んでいるのか、その理由を知らなかったので不思議そうに見ていたが、男性に向き直ると「湯浴みが終わる頃には着替えるよ」といっただけであった。

月龍はというと、春子の部屋で神父もどきと対面していた。
神父もどきが出てきたとき、月龍はあ然とした。一瞬ここが戦場になるのか。
が、神父もどきの言葉に耳を疑った。
「ここでちょっと休戦と行きませんか」
思いがけない提案で、月龍はあ然として見ていた。彼の狙いはあくまでも鎧を消すことである。最終的には鎧の無い世界である。
それなのに、何故?
月龍自身が見た烈火の鎧は赤黒くなっていた。月龍自身一家を逃がした後で浄化をするつもりだった。彼にとってこの上ないほど拙い話であるのは間違いない。
「このままだと鎧以前に、あの少年が消えるのでしょう」
こちらとしても望むことではない。
彼の言葉に月龍は意図が読めなかった。何時から博愛主義に目覚めたのだろうか?
「望むことではないというのは?」
神父もどきは質問に答えた。珍しいことであった。
「私の目的に沿うと思っただけです」
月龍はやはり理解できなかった。が、神父もどきの最終目的が鎧世界の消滅である以上、一家に某かの危険が加えられるのは明白であった。
「遠慮しますよ」
月龍は一瞬ホーリーロッドを出そうかと思ったが、腕輪の片方を春子に渡していたのを思い出した。隙を見てマカブインを出すか天空の鎧で対抗しなければならない。
が、神父もどきは何の行動も起こさなかった。そのまま姿を消す。
月龍は周囲を見たが、静寂だけであった。

柱時計は6回の鈍い音を出した後、沈黙した。

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