AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐2
月龍は紙と木で作られた仕切り‐『障子』‐が開いていれば覗き、閉まっていれば音や話し声を確認した。
この家はかなりの広さで、かつての大阪城を彷彿させる。月龍は真田家が豊臣家の将であったことを思い出した。
同時に徳川家の臣であったのを思い出す。
鎧の力は人外の物である。
一時は真田家の隠れ村にあったが、どうやら後に真田信之の家系に入ったらしい。
時空間で感じた気配から結論をだした。
が、時代的にも進んでいると思われた日本でいけにえを捧げる事があったとは。
『りょういち』の父親は時たまにしか来ないというのも父性が足りないのではないか。レオンハルトは先妻後妻の区別無くわが子を慈しむ。仁将であるだけでなく、彼自身の思いもあるのだろう。
『りょういち』は父親については母親ほどの気持ちを抱いていないようだったが。
月龍は開いていた障子から中を覗いた。
その時、背後から声をかけられた。
「そこの人。お茶を私の部屋に持ってきてくれないか?」
振り返ると、道着姿の30は過ぎている男性が竹刀を持ったまま立っていた。先ほどまで竹刀を振るっていたらしく、汗が滝のように流れていた。
月龍は一瞬自分のことを言っているのかどうか判断に迷ったが、周囲に人が居ないのを見て、自分のことだと思った。瞬時でメイドになりきる。翻訳がなされていることにつくづく感謝した。
「はい。部屋とはどちらでしょうか」
相手は眉を上げたが、部屋の位置を教えてくれた。
「そこの角の部屋だ」
「分かりました」
「君、新入りか?」
相手は月龍が部屋を知らなかったことに疑問を持ったようである。月龍は相手の疑問の裏を読めなかった。
「一応、私は当主なんだが・・・」
相手はちょっと苦笑していた。月龍は家に入って一人目でビンゴであったことに驚いた。真田信繁のことと言い、相当運がいいのではないかと思った。後に竜樹と秀から宝くじを買って来てくれと言われた時は「自分で買いに行きなさい」と言い返したものである。
月龍は目を丸くして謝罪したが、相手は気分を害したわけでなかった。
「当主といっても、お飾りだ」
知らないのは仕方あるまい。
そう言う相手の表情は自嘲で満ちていた。月龍は思わず「いえ、私、使用人じゃなくて通りすがりなんです」と言おうと思ったくらいであった。
「水差し一杯に入れて持って来てくれ」
相手はそういって、廊下の角を曲がっていった。
月龍は台所らしい場所に向かう。京都の従兄の家と似たような作りなので、大体の構造は理解できる。
廊下の木板が縁側に比べて濃くなってきているのを確認しながら向かった。台所には50くらいの女性がいたので、水差しのありかを訊いた。この相手もまたどうやら月龍を『奥さん』の客だと思っていたようである。もっと詳しい話を聞かせてもらった。
「旦那様も奥様も大変な時ですから」
月龍は眼前の女性が蔵での男性ほど敵意を持っていないことに気づいた。蔵で会った男性は祭りの責任者の1人で、諒一坊ちゃんが生まれ、しかも障がいを負っていると分かったとたんに生贄に決めたという。
「ひどい話ですよ。私は奥様の実家に頼まれてお手伝いに来たんですが、こんな馬鹿げた話、イマドキあるなんて」
女性はイサ子と言い、奥様の実家の、家政婦の求人に応募してここに来たと言う。奥様は体がやや弱いので、サポートとしての話だった。それゆえ、この問題には立ち入れなかった。法律に関しても、駐在所すらもこの村の支配下にあり、諒一が生贄になると決まった時は戸籍も作られないままとなったという。所謂無戸籍児である。彼女から『りょういち』の漢字も教えてもらった。父親がつけたもので、「真実の一子」という意味だという。祭りの生贄に「されるべき子供」という意味なのだろうか。
「あたしも遠方に大学生の娘が居るんですが、こんなひどい目にあわせるなんて間違っているとしか思えないですよ」
イサ子は水差しに水を入れながら、続けた。目には涙がたまっていた。
生まれた頃から諒一を知っているし、食事だけでもと気を配ってきたという。
月龍が先ほどの昼食には野菜炒めだけしかなかったことを告げると、イサ子は絶句した。
「なんと言うことを・・・。お茶はヤカンごと、お箸とフォークとを一緒に入れたはずなのに。ご飯もほうれん草のおひたしもお味噌汁も一緒に添えたはずなのに」
今度は怒りで声を震わせていた。おそらくあの男が捨てたか食べたのであろう。器はどこぞに隠し、回収する時にこっそりと戻すツモリだったようである。今までもそうしてきたのだろう。月龍は、竜樹が居た方が良かったんじゃないかと、先ほどの思考を訂正した。
ふとため息をついた時だった。
月龍は時空を渡り続けるときに感じた気配を、このエリアで感じた。
神父もどきであった。
月龍はイサ子が冷凍庫から氷を出そうと背後を向いているのをいい事に顔をしかめた。
烈火の家系を絶やそうとしているのだろうか。月龍は大阪で見えたことを思い出した。あの時は信繁ではなく信之こそが鍵だった。仮に信繁が生きても、徳川の養女を妻に持つ信之が居なければ全員関が原の戦いの後で処刑されていたことだろう。
月龍は諒一の今後だけでなく、神父もどきもどうにかせねばならないと思った。とりあえずは父親だけでも会わないと始まらない。
イサ子が水差しに氷を入れたのを見て、お盆を受け取る。イサ子は奥様にも気をつけてあげてくださいと言っていた。
「もうすぐ次の子が生まれるそうなので、お客様も奥様をどうぞ元気つけてあげてください」
月龍は目を丸くした。
「次の子・・・」
イサ子は、月龍の驚きを、別の意味で捉えたようである。
「また同じ子供だったら、らしいです」
イサ子の目が真っ赤に染まっていく。泣き続いているのだ。
「もし次のお子さまも生贄にされるようだったら、あたしやいとまごいをしますよ」
イサ子の決意を受け、月龍は水差しを持って立ち去った。
父親でもあるという旦那様に会って、生贄を止めさせよう。
神父もどきの狙いは烈火の継承者を消すことである。もしかしたら、生贄の儀式を強行することもありえた。
廊下を歩き、「旦那様」の部屋に向かう。
月龍は先ほどの会話から「奥様」もどこかでお産の時を迎えているはずである。
台所でイサ子が月龍に話をしている間、いろんな女性が歩き回っていた。イサ子は奥様付きだが、他の女性は旦那様付きらしい。2人が話をしていても放置していた。
自分の経験、といってもお産自体が人によって異なるので参考程度でしかないが、月龍は時間的にまだではないかと思った。
「水を持ってきました」
月龍は教えられた場所に着くと、従兄の家で覚えた作法で障子を開けた。「旦那様」は灰色の縦縞模様の浴衣姿に着替えていた。手には何かを持っていたが、月龍に気づくと脇に隠すように置いた。
「ありがとう」
月龍は水差しを言われるがままに傍にある机に置いた。書机である。そして、相手に向き直った。一瞬迷ったが、生贄になるタイムリミットが迫っている。先ほどのイサ子の話や台所の時計から、7時間くらいしかない。そう思い単刀直入に訊いた。
「先ほど蔵で息子さんに会いました」
水差しからコップに水を移して飲んでいた「旦那様」はむせた。
「何でですか?」
旦那様−イサ子によれば仁といい、奥様は春子という−は、眉間にシワを寄せた。視線は眼前の一点を見ていた。
月龍は問い詰める。仁はしばらく考えたようだが、月龍を見た。先ほどの自嘲と異なって今度は絶望だった。
「下らないもののせいだ」
仁はコップを握り締めた。強く握るので、月龍はコップが割れるのではないかと思った。仁は目を伏せると続けた。前髪が落ちたので目元は見えなかったが、その隙間には光るものがあった。
この真田家は徳川時代から続く信之の家であり、同時に「伊達政宗」を「経由」して「信繁」から伝えられた「鎧」を徳川の家から目を逸らすための生贄であるという。
月龍は眉をひそめた。最初は真田家が力を望んだからかと思ったのだ。
徳川政権下、徳川初代の養女を妻に迎えたとはいえ、2代目以降は烈火の鎧を守るために一族が犠牲になってきた。徳川政権の追及から鎧を守るためであったという。最初こそ正しき者たちに伝えることに意義を見出し死んでいったのだが、それがいつからかあのような祭りの生贄にされてしまった。
月龍は政宗と出会ったとき、確かに鎧の継承者を守るよう依頼した。おそらく大阪夏の陣の後で真田家の誰かが尋ねたときに、政宗から鎧のありかを知らされたのだろう。昌幸が密かに伝えた鎧を信繁が生き延びた1人に伝え、その血脈の娘が真田家に嫁いだときに持ってきたのだ。
だが、「命を捧げる」という意味が長い年月で歪曲され、「7つの子供を生贄に捧げる」という祭りに変貌していた。
「出来ればあの子を助けたいが、周囲は許さない」
許したらあの守り神が祟りを為すという。
そうなれば、集落は完全に消滅させられる。
月龍はこの話を聞いて、一種の集団ヒステリーになっていることに気づいた。
「実際に、あれが暴走することがあったという」
日本の歴史を知らないが、地質学者である月龍は祟りの内容を聞いて火山活動の一種ではないかと思った。家宝が動いたというのは、おそらく地響きによるものであろう。現代でも東京ではその地質から常に微震があるという。
仁はコップを置くと両手で目を被った。涙を隠しているのだ。ふと月龍は仁が先ほど隠していた物を見た。カメラであった。
「・・・奥様は次のお子さんを妊娠中だそうですが」
「ああ、今夜には生まれるらしい」
先ほど産気づいたという。仁はさらに続けた。今夜は長男が死に次男か長女が生まれるんだ。
何故そんなときに妻の傍に居ないのかと聞いたが、仁はもしまた生贄となる子供だったらと思うと、と口をにごらせた。
諒一と名づけたのは、あの子が居た証を忘れないようにしたかったという。もし次の子が生贄にされなくても、あの子が初めての子であることを忘れないようにしたかった。「諒」は真実、「一」は最初の意味を持たせたという。
月龍は仁が父性愛の薄い人間でなかったことに安堵した。同時に、カメラについて聞いてみた。
「あれか」
もともとカメラマンになろうとしたかったのだが、先代当主である親に反対されて結局この家に残ることになったという。
時々出しては眺めているのだと、仁は寂しく笑った。逃げられるものならば息子も妻も連れて逃げたいが、この集落自体が我家を監視しているから無理だ。しかも親である先代当主もその妄想にとらわれている。ここの道は自警団が見張っているはずだとも言った。
が、月龍はもしかしたらこれがチャンスかもしれないと思った。
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