AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐1

烈火の鎧に異変が起きている。
烈火の家系をつなげた先で月龍は奇妙な気配を感じた。

普通ではない。

烈火の鎧に黒い影が纏わり付くのを時空間ごしに確認した。同時に行く手に壁が出来たのを感じた。
時空間の向こうの映像にはどこぞの祭壇で奉られる烈火の鎧珠があったが、炎の色を映しているはずの鎧珠は赤黒いものになっていた。明らかに人為的にそうなっているのを、月龍は感じた。そして眉をひそめる。嫌悪感からであった。
「人を烈火のいけにえにしたのか」
月龍はかつてメキシコ辺りでいけにえが捧げられたのを思い出した。
今はない国で、アステカと言った。
竜樹と調査に向かった遺跡のはインカ帝国であったが、南アメリカには色んな国が栄えては滅んだ。アステカ帝国も例外ではなく、スペイン人のもたらした物、インフルエンザによって人口が減少した。
アステカ帝国は太陽神へのいけにえとして捕虜を捧げていた。太陽が再び戻るようにという祈りを込めていたのだ。
が、眼前の烈火の鎧には『祈り』は微塵もなかった。
何故だ?
月龍は顔をしかめた。おそらくは力を求めたせいだろう。大阪で真田家を助けたのはこんな結末のためではない。

時空間を抜けた先はどこぞの部屋の中だった。
右手は土が剥き出しになった壁が続いていた。左手には木枠の仕切りがあり、月龍は竜樹に会いに行く時にみた留置所を思い出した。
烈火が安置されていることから日本であるのは間違いなかった。
時空間を抜けた先が真田家であるのも間違いない。
が、これはまるで牢獄ではないか。真田家は牢獄を運営しているのだろうか?
月龍は周囲を見た。
明かりは天井に張り巡らせた豆電球が、仄かに周囲を照らしていた。窓はなく、壁に通風孔らしき穴が穿たれているのが見えた。
月龍は木枠を見ていると、その向こうに小さい固まりがあるのを認めた。
それは人間で、少年であった。小学校に上がるか上がらないかの頃であろう少年は粗末な畳の上で、薄い毛布を被って寝ていた。
月龍は眉をまたもしかめた。
相手から烈火の血脈を感じたのだが、何故牢獄にいるのかを自らの経験から即断したのだ。
おそらくは継承する上でこの少年も邪魔だったのだろう。
月龍はかつて継承者に殺されそうになった事を思い出した。
が、月龍は少年を見て違和感を覚えた。
月龍は偶然継いだという経緯だが、彼は烈火の家系の者であっても継承者ではない。月龍とは完全に異なるのだ。
むしろ家系の一筋を担うはずである。
木枠越しの視線を感じたのか眼前の少年は身じろぎした。
仄かに明るい中、少年は毛布を避けて起きた。目をパチクリとさせた後、木枠の方を向く。髪の毛はぼさぼさで、この数ヶ月は散髪もされていないようだった。
月龍は少年に気をとられて姿を消すのを忘れていたので、うろたえた。
が、少年はじっと月龍を見ただけで、その表情は不審なものではなかった。
むしろ「お客さんが来た」といいたげであった。
「おねーちゃん、だぁれ」
月龍は言葉に詰まった。
言葉が不明瞭であったが、分からないほどではない。が、彼の言葉を聞いたことで彼がここに居る理由が氷解した。
同時にヘドが出そうであった。
少し前にオーストリアで監禁された娘の事件がニュースになっていたのを思い出した。
眼前の少年も障がいゆえにここに居るのだろう。おそらく幼稚園には行っていまい。
月龍は怒りに震える身を宥めつつ、答えた。
「月龍…つ・き・り・ゆ・うです」
分かりやすく説明した。少年は頷く。
「うん」
聴覚はあるらしい。もしくは残っているのか。
「君はどうしてここに?」
確認をとってみる。が、月龍の読みはほぼ正解であった。月龍は間違いであって欲しいと願っていたが、残念ながら事実として確定されたことに失望感を覚えた。
「あかちゃんからずっと居るの。かあたんは毎にち来るの」
とうたんは時々にしか来ないんだ。
りょういちと名乗った少年は木枠に近づいた。月龍は彼にちょっと待ってと言うとホーリーロッドを出した。少年は目を丸くして見ている。月龍は杖から丸い光を出して部屋の明度を上げた。
「あかるくなった」
「うん」
月龍は眼前で周囲を見る少年を眺めて息子を思い出した。
少年は周囲を見て、改めて月龍に向き直った。
「あ、ね、かあたんね、暗いのがきらいだから、かあたんにもそのあかりをあげてくれる?」
『りょういち』の言葉に月龍は鼻の奥がしびれるを感じた。
不覚にも泣きそうだったが、泣きたいのは自由な月龍ではなく牢獄の『りょういち』なので堪える。
月龍は質問を続けようとしたが、通路の奥から空気が流れてきたのを感じた。
一瞬「幻呪」で消えようかと思ったが、『りょういち』が牢獄に居る理由を知りたかったのであえて留まる事にした。光を消す。『りょういち』は光が消されたことに不可解であったが、月龍が「二人だけの約束だ」と言ったのに頷いた。
通路の奥から歩み寄る相手は月龍が居ることに驚いたようで詰問した。
「お前、どこから入った?」
相手は40は行った男性で、手には食べ物を持っていた。入った時、月龍が居ることに不審の眼差しで見ていた。
が、月龍はその食べ物を見て眉をしかめた。
トレイには野菜炒めしかなかったのだ。少年がこれから育つにしては栄養が足りないのは明らかであった。
「ちょっと遊びに来ただけですよ」
月龍はトレイを見ながら答える。月龍の言葉に「某かの意味を思った」らしい相手は、ふんと鼻を鳴らしながらトレイを木枠の差し入れ口から入れた。
豆電球に照らされたトレイにはフォークがないことに気づく。
「どうやって食べるんです?」
男性は月龍の質問の意図に気づくと乱暴に答えた。
「こういう奴は食べ物を恵んでやるだけで充分なんだよ。運んでやってるだけ感謝して欲しいくらいだ」
文句を垂れる相手を見て、月龍はこの場に竜樹がいなくて良かったと思った。いたら彼はおそらく総入れ歯になっていただろう。
月龍はトレイを受けとって食事を始める少年を見て、救済策を講じることにした。
施設に預けるのが望ましいだろう。もちろん月龍の一族とは無関係な施設が良い。
が、それ以前に気にかかる事があった。
彼の両親はこの事を知っていて何もしていない。明らかな育児放棄である。
月龍は自分の世界で毎日のようにニュースのネタにされる児童虐待を思い出す。
母親は毎日来るというが、父親は時々にしか来ないという。
月龍は父親に会ってみようと思った。
男性が月龍に外に出るよう促したので、ひとまず外に出ることにした。
通路をしばらく歩くと出口が見えた。牢獄は刑務所みたいな物でなく、個人的に軟禁したりする場所であったようだ。出口の向こうは物置、京都の従兄の言葉を借りるなら『蔵』であった。
蔵から出ると外は明るかった。太陽はかなり高く、昼であることを告げていた。
月龍は蔵から外に出たとたんに、湿気が体に纏わり付くのを感じていた。夏である。地下室は涼しかった。
「どこから入ったのかはしらんが、奥さんに伝えるんだな」
男性は蔵の鍵を閉めると月龍に向き直った。どうやら月龍を『奥さん』の関係者だと思っているらしい。が、次の言葉は月龍に衝撃を与えた。
「祭りのいけにえは決まっているから、何したって無駄だってな」
「祭り?」
男性は月龍が『奥さん』から聞かされていないことに軽く驚いたが、客かなにかと思ったようで続けた。
祖先の残した家宝を守る祭りではいけにえを捧げる事が決まっている。いけにえは生れつき某かの障がいを持つ人間が選ばれるんだ。
「何で…」
月龍は『家宝』が烈火の鎧珠であることを理解した。烈火は仁愛を司る。
月龍は時空間の向こうで烈火の鎧が赤黒くなっていたのを思い出す。
まさか、日本でこのような事が行われたとは。しかも祭りという形で。
月龍は年代を計り損ねたが、歩き去った男性の服から推察するに現代であることを理解した。同時にこの場に竜樹がいなくて良かったと本気で思っていた。

父親に会わないと始まらない。

男性によれば祭りは今夜だと言う。タイムリミットは近い。

月龍は蔵の前で周囲を見た。日本風の家屋が視界一杯に広がり、相当の資産家であるのが伺える。ついオーストリアの家を思い出した。
蔵に子供を閉じ込めるくらいだから、日本家屋に両親がいる可能性は否めなかった。もしかしたら領主の家かもしれない。日本だと長者と呼ぶのだろうか?
月龍は日本家屋に向かってみた。
父親のいそうな部屋を推察しようとしたが、日本とオーストリアとでは主や家長が宛てがわれる部屋の位置が違う事に気づく。
先程は『奥さん』の関係者だと思われていたし、メイドとして潜り込めるのではないかと思い家屋に上がることにした。
京都で夕涼みによく座った『縁側』から、靴を脱いで上がることにした。靴を一瞬そのままにしようかと思ったが、万が一関係者でない事がばれた場合を考慮して持っていく事にした。時空間の特定の位置につなげた腕輪‐元は剛烈剣である‐を万が一見られないように腕を組むふりをして、光らせた。手に持った靴が瞬く間に消えたのを確認してから、部屋を探す。
かなり年数が入っているらしく、縁側は歩くたびにきしんだ。

過ぎ去りし日々 ‐沈黙‐2