AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
午前2時51分 in 相模湖手前-ナスティ&純サイド-
相模湖付近を走るのは、深夜の為かトラックが多い。というよりも、走る車といえばナスティのパジェロ以外にトラックしか見えない。
夏休みの、しかも盆休みだから乗用車があってもおかしくないが、渋滞のピークは過ぎたのであろうか。
「もうすぐ新宿だね」
「遼、大丈夫かしら?あの傷、竜樹が治したって言っていたけど・・・」
ナスティはハンドルを握り締めていた。もっとも正確に言えば、竜樹自身は月龍のように精神的に長けていないので、遼の持つ回復力を活性化させただけである。そのため疲労感を伴うと竜樹は説明したのである。月龍が居れば完全に回復できるということであるが。
遼の背中を見せてもらったとき、その酷さには絶句した。「狼人間」によるものだといわれたが、なるほど「狼」ではなく、かといって「ヒト」にもやられたようなものではなかった。
狼に引っかかれたのなら、このような広範囲に「5本指」の爪あとをきっちりと「5つの筋」だけ残すことはない。遼という成人男子の背中の広さを考えても、異様である。しかも狼人間は竜樹よりも高かったという。竜樹が当麻同様に180センチ以上だとしたら、2倍だというその狼人間は3メートルをゆうに超えていることになる。
純は同じ年頃の男子と違って妖邪を間近で見ているのである程度の免疫は出来ていたが、それでも狼人間の恐怖はアラゴのを上回っているようだった。
「お姉ちゃんは知っているの?」
「何を?」
「ああいう風に、実験体にされた人たちのこと・・・」
学者でありながら鎧世界の増長を防ぐために平和活動を続けるナスティもこのケースは初めて聞く。
以前に湾岸戦争に関わる会議で、人道的解決を求めて奔走した。捕虜は丁寧に扱い、国家ではなく家族に返すこと、食料の支給ルートの確保・・・。
その際にはある強力な力を持つ人物にもお世話になった。
ナスティは脳裏に金髪で褐色の肌の男性を浮かべた。オーストリア人と中華系インド人の血を引くという彼は国境を超えた医師団の一人で、政財界にも通じていた。
そういえば、何処となく遼に似た雰囲気を持っていたわね。・・・・・・遼はあの時切羽詰って落ち込んでいたけど。ナスティはすずなぎ事件を思い出した。仲間達がすずなぎの鎧に取り込まれ、たった一人で向かわなければならなくなった時。
「でも、そういう研究所については私も知らないわ」
村人が丸ごと消滅するようなことがあれば、近隣の村の者達が気づかないはずがない。フランス人の祖母を持つので時たまフランスに戻ることもあるが、村が丸ごと消滅するというニュースは、生まれてからこのかた一度も聞いていない。祖母からも聞かされていなかった。
消滅という点では1284年にドイツのハーメルンという都市であまたの子供達が居なくなるという事件が起きたというが、そもそもその都市自体は消滅していない。今もメルヘン街道の観光都市として栄えている。竜樹によれば19世紀の終わりごろから「狩り」が始まり老人にいたるまで消えたというので、ハーメルンのケースは度外視するとしても記事どころか人々の口にのぼっていないのはどうかと思った。
ニュースにならないのは政府レベルで隠されているからだと竜樹は言っていた。
ニュージェネレーションクリエイト研究所、通称NGCという研究所も聞いたことがない。各国政府と強いつながりがあるなら、隠されていてもおかしくないだろう。
「鎧」について、そんな非人道的なことはありえないと思っていた。
確かにすずなぎの親のような「伝道者」は処刑の憂き目を味わったかもしれない。
だがNGCでは「鎧の資格者」を人工的に生み出して何をしようとしているのだろうか?
竜樹の場合はその延長線上でさらに「鎧の資格」を持たせたかったらしいが、誤算はその力が強すぎて逆に自分達に返る結果となった。
あまりにも「ヒト」、つまり「養父母」に「適応」していたのだ。
そこまで考えて、ナスティはぞっとした。
竜樹がもし養父母に「適応」していなかったら、逆に殺されたのは養父母かもしれない。
そして、今はNYで寝ているという竜樹の今後が気になった。
「秀おにいちゃんは知らないって言っていたね」
「純。秀のこと、もう信用してないの?」
ナスティは純の科白に含まれた厭世的な雰囲気を感じた。
10歳になるかならないかの頃から妖邪と向き合い、色んな想いをしたことだろう。だが、この数時間で一気に「鎧」の「現実」を味わった。すずなぎ事件に彼は関わっていない。遼たちも彼には「鎧の歴史の暗部」を教えていない。教えたくなかったかもしれない。鎧を守ろうとして命を落とした人たちを。
ここまで考えてナスティはふと気になった。
あれが「暗部」といえるのか?
そして奇妙な感覚に捉われた。すずなぎの親もアラゴの降臨について知らなかったとしても、人間界を守ろうとしていた。当時は明治維新が行われる前の時代だった。ナスティはすずなぎの生きた時代を思った。
過去を見させられた征士によれば、船上からの砲撃が彼女の実家を潰したという。その中で彼女は母親と共に落命した。生き延びた父親は捕らえられ処刑された。妻と娘が砲撃で劇場の中で死に、劇団の仲間達もおそらく一緒に消えた。どれほどの絶望が父親にあったのか、容易に想像できた。それでもすずなぎと異なっているのは、遼たちへの憎しみを持っていないことである。40年近く生きた大人と10前後の子供の違いであろう。
そしてその後、この「日の本」がどんな道を辿ったのか。
「鎧が呼んだ結果」ではない。ヒトが鎧から、さらには歴史から離れようとした結果である。
それから100年以上も後、今から数年前にアラゴが降臨した。
これらは暗部というよりも歴史の必然だったのかもしれない。
が、すずなぎは認めたくなかったのだろう。
「鎧を守る自分たちの死」がもたらしたのは「未来」ではなく「絶望」であったことを。
そしておりしも湾岸戦争が始まったのをきっかけとしてこの世に降臨した。
これらは「暗部」ではなく、「鎧の歴史の一部」ではないか。
むしろ、遼たちと一緒にいる竜樹の存在そのものが「鎧の暗部」ではないか?
NYで寝ているという竜樹が実は虎人で、しかも秀に復讐をする可能性がまだ「存在」しているのだ。
ナスティは学者的な位置から遼たちの鎧の歴史を思った。後にこの説を裏付けたのは、「『過去』からの来訪者」であった。
「ううん。・・・・・・竜樹のこと。あいつ今は僕と同じ14歳だけど、あと2年したら研究所に行くんだよね」
「純・・・」
「そうなったら、お兄ちゃん、どうすんのかなって」
純はうつむいた。
自分の「親友」が自分の「兄代わり」と殺しあうかもしれない。
そうなったら自分はどうするのか。
「大丈夫よ。こうして知ったんだから、なんとか無事終われる方法をとるって」
秀とて自分の従弟と殺しあうようなことはしないだろう。
復讐なのか、鎧の資格争いなのか、それは分からないけれど。
高井戸ICへの看板がライトの光に照らされて見えた。
だが、渋滞の様子はない。
「変ね。このあたり、渋滞するかと思ったけど」
ナスティは眼前の闇を眺めた。新宿に近づいているから、もっと明るいかと思ったのだ。
だが、あきらかにおかしい。
----------自分の居る場所が分からなくなってきている。
確かに新宿に向かっているし道も慣れている。
慣れゆえのミスもあるだろうが先ほど看板を確認した。
純も周囲を見たが、周囲は暗闇に包まれていて分からなかった。
暗闇?
純は気づいた。
高速道路とはいえ、都心に近づいているからある程度の光は見えるはずである。
だが、周囲は完全に闇に閉ざされたかのように、黒い色で塗られていた。
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