AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1615年-6
月龍は驚いた。『無』の物に話しかけられるとは思っていなかった。
その声は静かに響いた。
「我らが憎いか」
思考を読まれた月龍はその存在にぎりっと歯軋りした。今までの人生が全て一族の都合でいいようにされてきたのだ。国外では何時死ぬか分からない日々を過ごしていた。
一族の孤児だったが、「親が居た」わけではない。試験管ベビーとして生まれた。
その時にクローニング計画の一端として遺伝子操作を施され、どこからか入手したのか羽柴当麻の遺伝子をその中に組み入れられたのである。肉体は私特有のものだったが、一部に彼の遺伝子が含まれているのだ。
研究所に迷い込んだレオンハルトが育児ケースで寝ていた私を見つけ、私が処分されるのを止めようとした。
その時に本来なら真田家に祀られている筈だった烈火の鎧が現れて機器を止めた。烈火の鎧は真田家が徳川政権下で滅びた為、浮遊している状態だったらしい。そして仮初めの主を見つけた。周囲は金剛のみならず長い間行方不明だった烈火の継承者が出たことに驚愕し、彼を丁重に扱った。彼は烈火の継承権を利用して私を引き取り、手元に置いた。
月龍は過去を思い出した。
憎しみなら溢れるほどにある。
「光」と「闇」は月龍を見つめていた。・・・ような気がした。
彼らはゆっくりとささやく。
「では、その憎しみを力に変えてみよ」
月龍は何が起こったのか分からなかった。目の前の水晶が消えたのだ。
同時に自分の身のうちから力があふれるのを感じた。
だがそれもつかの間のことで、月龍は「光」と「闇」が言ったことを反芻していた。
「憎しみを力に変えてみよ」
「光」と「闇」は何をしたのだろうか。先ほどからエネルギーが体内を駆け巡っているのを感じる。
憎しみを、このエネルギーを誰にぶつけるのだろうか。烈火の力で自分を変えた養兄か?自分を生み出した一族か。
月龍は壁に手をつき、ゆっくりと傍らの石に腰を下ろした。
憎しみは確かにある。一族への憎しみは潰えない。
だが、自分を救い、自分の人生を守ってくれたレオンハルトをどうするのだろうか?オーストリアに戻ったら彼と対峙するのか。
しばらくしてレオンハルトがしていることを見届けようと思い至った。
彼が烈火の鎧を使って人間界を何処に導くのか。
その行方次第では先ほどの「光」と「闇」の力を使って彼と対峙するか。
それとも・・・。
月龍は眼前の神父をこの世界から追い出そうと「輝煌帝」の力を使う。神父の周囲の空間が奇妙にひしゃげるのが見えた。うずくまる政宗を巻き添えにしないよう、フィールドを自分と神父に限定させる。
光の矢を落とそうとした神父はいぶかしげな視線を月龍に寄越した。月龍の目的を把握すると抵抗したが、抗いきれるものではなかったらしくそのまま時空間に放りこまれた。
「月り・・・」
政宗が呼ぶのを聞いたが、目の前の者を追い出すことが先決だった。神父の張った結界を解いたので重長が気づいてくれるはずだ。
空間は川が流れているような気配を漂わせていた。時間そのものは誰かが遮っているようなので使えないが、それでも時空間に放り込むのは成功した。
「リターンマッチというべきかな」
月龍は包囲網の成功を感じた。
神父は悔しそうな顔をして睨みつけた。伊達の当主を消せなかったという思いがにじんでいる。
「同情はするが、過去を消してもどうにもならん」
月龍は「光」と「闇」の力を手に入れた後でレオンハルトと向き合った。書斎でPCを打っていたレオンハルトは相変わらず「おかえり」と言った。その様は無防備だった。烈火の気配は無かった。
月龍を傍に置くことはすなわち復讐されるという可能性もあった。それでも彼は何らかの手を打っていない。
「変わります」
「変わらない」
月龍は互いがパラレルワールドの住人であることを理解した。だが、世界が平行している以上、鎧の存在を消しても結局はもう一つの世界が生まれるだけではないか。
「鎧のない世界を作ってどうする」
詰問する。
手にはホーリーロッドを出した。これをくれた剣舞卿と妖邪界で対面した時、彼は既にアラゴによってその寿命を終えようとしていた。
妖邪界は志信が再度封印しなおしたので、完全に閉ざされてしまっている。「光」と「闇」の力を受けた後、そこから呼びかけがあったので志信に頼んで連れて行ってもらった。妖邪界の外れから呼びかけたのは剣舞卿で、黒炎王が傍らに居た。
アラゴは既に去っていた。
剣舞卿は「光」と「闇」の力を受け継ぐ者に剛烈剣を残そうとしていた。
「輝煌帝を正しきものとして使え。間違っても他人を害するものとして使ってはならん」
彼は妖邪という存在でありながら、傍に居る志信にも近い印象を抱いた。彼は消滅したが、剛烈剣は手に残った。あまりにも重かった。剣舞卿の言葉を反芻しているうちに、剛烈剣は変化した。
「これ・・・確か、毛利家の隠し文書に似たようなものがあった気がするね」
志信は目の前の杖を眺めた。
「もうりけ?」
「うん。毛利家の傍流で海の一族がいるんだ」
毛利家は大阪の陣後に今の山口あたりに異動させられ、その嫡流からは鎧を守るために傍流が出て、海に近い場所に拠点を構えることになった。
「それが水滸の一族なんだ」
そして僕の親戚でもあるけどね。
「そういえば、しの兄の家系図に毛利家があったね」
「うん。・・・毛利家の娘が冷泉家に嫁いだんだ。水滸の一族といっても、外戚なんだけどね」
志信は肩をすくめると、戻ろうかと言った。アラゴが剛烈剣や輝煌帝を欲しがっている以上、ここに長居するとマズイ。
反対する理由もなかったし、何よりそのアラゴという不明確な相手と対峙して無事で居られるかどうか分からなかった。
それ以来、ホーリーロッドと呼ぶことにした杖にはお世話になっている。「光」と「闇」の力と対になっているのか、持っていないときよりも遥かにコントロールがしやすくなったのに気づいた。
「安らかな世界を作りたいだけです」
研究所での経験を味わうことの無い世界を作り、全てを塗り変える。
「無理だ」
「無理ではありません。・・・・・・あなたは何故頭痛がしたのか、分かっていますか?政宗暗殺事件で」
確かにあの頭痛は風邪を引いたような感じではなかった。むしろミキサーでかき回され、消えていくようなものだった。
「・・・」
それが政宗暗殺と何か関係でもと思っていたが、すぐに理解してあ然とした。
まさか。
「全ての平行世界の統合です」
少年がいなければ輝煌帝は現れなかった。弁慶や義経がいなければ金剛の鎧は永久にさまよっていた。真田家はともかく政宗がいなければ伊達家は消え、光輪の鎧は祀るべき主を失くすところだった。天空は秀次の娘があのまま処刑されていたら天空の鎧の担い手が居なくなっていた。
水滸については徳川の世で消そう。幸いなことに西軍の総大将としての責を負わされ、降伏したものの処刑されるかどうかの話だ。家康や秀忠を使って消せばいい。
「・・・平行世界の統合というのは分かったが、確か、元の世界ではこう言っていなかったか?」
私の力を欲していると。
月龍は初対面のことを思い出した。
力を欲するのに、何故統合するのか?鎧の世界を消すなら、根本となった『輝煌帝』を消す方が先決ではないか?
「最初はそう思いました。しかし、そもそも輝煌帝は誰が定義つけたのかがわからないんですよ」
いつの間にかあのような形で伝わっていたようですし。
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