AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1615年-4

真田家の断絶は免れた。正しい歴史なのかどうかは知らないが、これで烈火の継承者は後の時代に続く。
月龍は「封印」をかけて時空間から伊達の陣に降りた。
つもりだった。
すでに伊達の軍は別れた場所から動いていた。そして真田信繁には再会することなく、そのまま永遠の別れとなっていた。

月龍は自分が信之の館であれこれと手間取っている間に、合戦ではすでに勝敗が明らかになっていったのを悟った。
壁がある以上時間を遡ることが出来ないので、歯がゆかった。仮に遡れても今度は自分と向き合ってしまうので、これまた歯がゆい。月龍は顔をしかめた。
政宗には光輪の守りという可能性があるので、それを元に急ぎ政宗のいるところを探した。途中月龍を敵兵とみなして斬ろうとした兵士数名を逆に気絶させる。女性体をとっているのにあえて切りかかろうとしていたところを見るに、興奮状態らしい。
探している途中、城下町の曲がり角で明らかな「民間人」である町人と出くわした。追いかけていたのは雑兵で、月龍が止めるまもなく彼を槍で貫き倒した。倒れた町人は槍に貫かれた痛みにもだえ、それでも逃げようとしていた。そこに雑兵が町人の背にまたがり首に刀を押し当る。なかなか切れないらしく刀に何度も体重を乗せ、首を取った。何度も背後から首を切られる町人の断末魔に月龍は顔をしかめる。
ここで雑兵を消すのは簡単だが、この雑兵が未来においてどんな影響を与えるのか分からない。雑兵が町人の首に夢中になっている隙をみて、別の道に入った。そこかしこでは雑兵による暴虐が行われていた。
町人の男は鉄砲などで倒され、まだ息があるにもかかわらず首を落とされていた。赤子や幼子を抱いた女性はわが子を取られ、目の前で殺された。女性は血にまみれたわが子の死体に手を伸ばしながら押し倒され、服を剥ぎ取られ雑兵数人に嬲られていた。

この街中の惨劇を前に、それでも月龍は何もしなかった。
出来なかったのである。
輝煌帝の力を持っていてもヒトである以上、神話の神々のように「加害者」に鉄槌を下すことは出来なかった。そもそも未来人である月龍や、おそらく神父もどきが既に決定された歴史に干渉することは出来ないのである。
これを止めることが出来るのは「徳川家康」である。が、義経の時同様に、覇権を手に入れようとしている者に果たして言葉が通じるか疑問だった。政宗も同じかもしれないが、月龍は鎧を守ることを優先した。

「他人」を「選定」するつもりはない。
月龍自身そういう権利も無いことを自覚していたし、選民思想を持ち合わせていなかった。そこまでうぬぼれてもいず、自分が他人よりもそれほど偉い立場にあるとは思っていなかった。
「自分にとって都合のいい」他人を選んで生きることは、他人の生き様や人格などを侮辱していることだと、烈火の仁将・レオンハルトから教わっていた。

いっそタイムパラドックスや歴史の消滅という結果を無視し、自分が身にまとう天空の鎧をすぐにそこいらの草むらに捨て、輝煌帝の力を、女性にまたがったり男性を狙って槍や鉄砲を向けたりしている雑兵にぶつけたかった。

だが「鎧」を守るため、月龍は破壊衝動をこらえ、眼前の惨劇を「無視」した。

そこかしこから聞こえる悲鳴や断末魔を聞きながら、伊達家の旗印を探す。
撤退していく西軍と追撃する東軍が入り乱れて分かりにくかったが、伊達の旗印を確認していた。
戦場は落ち着きつつあったが、遠くに撤退していく軍を見た。
「月龍殿!」
呼んだのは政宗ではなく、先ほど陣幕で見た武士であった。真田の名前を出したときに詰問していた者である。今は馬に乗っている。
「あ、片倉重長です。御名は殿より拝聴いたしました」
先ほどとうってかわって丁寧な物言いだったので、月龍は眉をあげた。
「我ら子孫の守り神だそうで、手厚く保護しろと拝命しています」
「守り神」を聞いた月龍はぶっ飛びそうになったが、何とか堪えた。戦況を簡単に説明してもらう。どうやら真田信繁は茶臼山付近の神社で傷ついた兵士を看護していたところを襲われて首をとられたという。
「首を?」
月龍は眉をしかめたが、重長は「イスパニアにはそういう習慣はないのですな。こちらでは褒章の為にも見せる必要があるのです」と説明した。これを聞いて、先ほどの惨劇は褒章目当てだったのかと納得した。ニセモノの首で褒章を受け取ろうとは。が、つい数時間まで出会ったばかりの人が討ち取られたことに気を取られた。
-----看護しているときに襲われたとは。
月龍は彼にレオンハルトを見出した。レオンハルトも職務上、危険な地域に出入りすることがある。いつか彼自身もそうなるのだろうかと思った。近年ではイスラム教とキリスト教の対立の激化で中華系インド人でありながらキリスト教徒であるレオンハルトもターゲットになることがあった。
それでも献身的な態度がイスラム教徒を魅了したらしく、今では彼にテロをやろうとする輩を同じイスラム教派の者も制止した。中には彼に救われた者もおり、彼に手を出すものには同じ派閥でも死を即座に与えるとまで言わしめている。
「では、あとは大阪城の・・・」
「はい。秀頼殿と淀殿の降伏を待つだけです」
重長は続けて言った。
「お約束どおり娘御を脱出させようと思っているのですが、一向にそれらしい娘御を見かけませなんだ」
脱出が遅れているのか?
月龍は重長に大阪城付近まで行くことを告げた。そこに、政宗が馬に乗ってやってきた。黒光りのする鎧の中で青いアンダーギアは目立っていたらしい。
「信之殿は無事だったか?」
「助かったデス」
月龍は先ほどのマヌケな魔術師を思い出して、げんなりして言った。
娘さんはまだ出てこないのかと政宗に聞いたが、政宗は大阪城で何やら異変が起こっているようなのでこれから見てみると言った。重長が止める。
「いや、殿。拙者が行きます。殿は安全な場所に・・・」
「じゃあ、一緒に来い」
「はぇっ?」
「いや、私が一人で・・・」
重長と月龍が止める前に、政宗は馬を走らせた。月龍はアンダーギアなので追いつけたが、重長は主君よりも劣る馬を使っているのか、馬自身が疲れていたのかやや遅れた。背後で「殿、月龍殿、お待ちをっ!」と叫ぶ彼の声が聞こえた。

月龍たち3人は大阪城付近に近寄ったが、ふと違和感に飲まれたのを感じた。周囲の景色は変わっていないが、空気が変わっている。最初は単なる気のせいかと思ったが。
「何だこれは・・・」
「殿?」
「月龍、これはどういうことだ?」
月龍は政宗も自分と同じように感じたのに対し重長が何も感じなかったのを見て、神父がこの場にいると判断した。
信之の館でも結界は二重にはられていたようだった。時空間の穴を見るにあの「魔術師」に時空間を操ることは出来ないのだ。
「重長殿、あの木の辺りまで下がっていてください」
政宗がターゲットされているのは分かっている。真田家の滅亡を避けたあとは政宗を守るだけである。
「そういえば、戦場ではよく無事だったな」
月龍は政宗に言った。政宗はパッと見た感じで50近いはずである。
「49だ。だが、気のせいか誰かが守ってくれているような気がするのだよ」
年齢を訂正した後で政宗は戦場の混乱での話をした。月龍はまさかと思った。
光輪の鎧がここにある?
でも口に出さなかった。政宗のことである。きっと喜んで徳川家に攻め入ることであろう。月龍の時代では徳川家の人を「ショーグン」と呼んでいるので、徳川家はこの後繁栄していくのだ。
とりあえず、二人を結界から出そうとした。重長は不可解な顔をしていたが、言われたとおりに木の辺りまで下がった。政宗も倣って出ようとした時。

「出させるわけには行きません」

あの神父もどきであった。
彼は大阪城をバックに、立っていた。政宗は眼前の伴天連と大阪城との組み合わせに、不思議と違和感を覚えなかった。この時代で既に伴天連は見慣れたものとなっていたのだ。
月龍は身構えた。政宗も刀を構える。当時で言うなら49は老人である。それでも気迫は長い年月から作られているようである。

神父もどきは苦々しく言った。
「よくもまあ、歴史の方向を変えてくれるとは」
「烈火の子孫を不当なやり方で消すわけにはいかないんです」
月龍は勝ち誇るわけでもなく睨みつけた。
「何故です?鎧という存在は私たちを歪んだ形で産み、あのような輩に好き勝手にさせたんですよ」
「あのような輩?」
月龍の隣で政宗は成り行きを見ていた。
「NGC」
月龍は神父の答えに眉をひそめた。この男も居たのだろうか?見覚えがない。
彼は、月龍の視線に応えるかのように深く被っていた帽子をゆっくりと取った。
月龍はあ然とした。その隣では政宗もまたあ然としていた。

神父の顔には何もなかったのだ。

正確に言えば目や口などはある。
ただ、「個性」というものがなかったのである。レオンハルトには柔和な面差しがあったし、志信は1000年続いた貴族の雰囲気を持っていた。神父もどきの顔は、陰惨というものよりも遥かに嫌悪をかもし出すようなものであった。その「嫌悪」の対象は「彼本人」ではない。
彼の顔は明らかに「人為的にそうなっている」と見えたのである。月龍は「鎧の歴史」を消そうかと一瞬思ったくらいであった。

「・・・実験のたまものでしてね。皮膚すらも剥がされていたんです」
その為に「顔」というものが無くなったんです。鼻もありません。
くぐもった声で笑う神父もどきに、月龍は眉をしかめるしかなかった。何も知らない政宗は月龍に目をやった。「えぬじーしー」を知らないので、どう判断すべきか分からないのである。
「いいでしょう。そちらの御老をと思いましたが、一緒に心中させましょうか?」
神父もどきはそういうと前かがみになった。彼の背中から光があふれ、羽根が生えてくる。それは神々しいものであり、同時に禍々しいものでもあった。
「あ、あれは。確か、スペインの絵で見た・・・!」
政宗はこれまたあ然とした。彼は眼前の男の背中から白い羽根が生えてくるのを凝視している。先ほどから展開の速さについていけないようだった。月龍はなんとしてでも彼を結界の外に押し込もうとした。
だが、空間は閉じられたままである。しかも月龍がやってもびくともしなかった。よく考えれば空間移動は出来ても時間移動は出来ていない。神父もどきはどうやら時間そのものをも「停止」させたようである。
「・・・先ほどから空間を閉じているのはお前か?」
「そうですよ」
変容を終わらせたらしい相手のあっさりとした言葉に、月龍はさらに問うた。
「じゃあ、私を呼んだのもお前か?」
「呼ぶ?」
「先ほどから幾つもの時代を渡ったが、時々引き寄せられる」
あれはお前が呼んでいるのか?と詰問する月龍に、神父はおかしそうに笑った。
「ご冗談を。呼んだら貴方は邪魔をしてくるのでしょう?何故呼ばなければならないんです?」
キマイラなら私が呼びましたがねという神父もどきの科白を一瞬理解できなかった。
-----では、誰が時空間を渡る月龍を無理やり「鎧の歴史の要所」に引き寄せたのか?

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