AEON―鎧拾遺伝サムライトルーパー―

天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1615年-3

月龍は己のうかつさと不明をひたすら呪い、政宗には別れの礼儀も忘れて時空間に飛ぼうとした。何故か「空間」だけ制限が解けたらしく飛べた。
政宗はもはや理解していたが、周囲の者は目を丸くして「あやつ、狐とかそういう類ですか?」と言っていた。
「われらの子孫の守り神だ」
政宗はそう言って、訳が分からない部下に真田一族の保護について準備を進めさせた。

信之の館は戦地から遠く離れた静かな場所にあった。月龍は昔行ったドイツのシュヴァルツワルトを思い出した。静かだったが、物語の妖精が出てくるような雰囲気でロマンチックに浸っていたものである。
だが、この静けさはなんだろうか?
義経の頃は静かとはいえ、かすかに聞こえた。
今回も義経の時のように誰かが憑いているのだろうかと、月龍は思った。
だが、そうではなかった。
門をくぐって館に入ったとたんにいきなり土が軟らかくなったのを感じた。泥のようである。それでも靴は汚れない。
「結界の中なのか?」
月龍は足を取られないように、「天空」の力で少しだけ空に浮いた。
結界は侵入者を拒むためではなく、消すためらしい。月龍は所々に開いた時空間の穴を見つけては避ける。
神父もどきがやっているのは明らかだったが、月龍はふと気になった。
月龍を省くにしてもやり方がぬるいような気がした。
同じ輝煌帝の力を使う以上、もう少しストレートに使うと思ったのだ。信之が狙いなら、大阪城内で月龍を足止めすることも出来たのだ。輝煌帝の力を使うもの同士なのだから拮抗することになるし、神父もどきの狙いが輝煌帝の力だとしても同じ力を二重に持つことは不可能ではないか。
月龍はしばらく飛ぶが、館は広いように感じた。ふすまは手を触れる前に開く。

しばらくして何枚目かの襖を開けた。
そこは庭に面した寝室だったらしく、布団が敷かれていた。そこには人が寝ていた。中年男性である。政宗と同い年だろうか。
普通ならば不法侵入を詫びる所だが今回ばかりは違った。
「もしもし?」
月龍は近寄らなかった。罠なのは明らかなのだ。
だが、相手はぴくりともしない。
まさか、死んでいる?
月龍が青くなった時。
布団の人物はゆっくりと起きた。自分から起きたのではなく、何者かに引っ張られているかのような感じであった。
ふと、きらりと光るものを見た。それは糸のようで、何本も細く、その人物の体から部屋の一角につながっていた。
見上げるとそこにはクモのような者がゆっくりと、霧から現れるかのように出てきた。クモの体は月龍ほどで顔は女である。顔立ちは白人種らしい。
「移植手術ではないな」
NGCで見た記憶を辿った。遺伝子レベルで改造された生物のデータだ。色んな動物の能力と人間を掛け合わせて作ったものである。竜樹は生粋の虎人間であるが、これはやはり異なる。相手が「生きた存在」であるのを見抜けたが、「進化論上のヒト」であることは見抜けなかった。これはダーウィンの進化論を完全に無視している。それどころか、ダーウィンたちのような人類の謎を追及し続ける学者達への冒涜だ。

クモはシューシューと耳障りな音を吐きながら、クモの糸を手繰り寄せた。相手に信之である可能性を見出し、即座に風呪で糸を切る。
ザァッと音を立てて、細い、獲物を絡ませている糸が切られていく。
着物姿の男性は糸が切れるとそのままその場に崩れ落ちた。彼の体には細い糸が幾重にも絡まっていた。
月龍を無視していたクモは邪魔が入ったと感じたらしく、月龍に目標を変えた。
月龍を瞳に捕らえた女の口は頬まで割け、人のものとは思えないような牙が見えた。蜘蛛の頭をヒトに代えたら、こうなるものであろうか。それとも蜘蛛の頭となる部分にヒトのDNAを入れたのであろうか。
「妖怪にこういうの居なかったかな」
某妖怪アニメを思い出して一人つぶやく。そう思わないことには、蜘蛛女に立ち向かえなかったのだ。その様があまりにもおぞましく、月龍は先ほどから吐き気をこらえていたのだ。
女の口から糸が大量に吐き出される。月龍はとっさに聖剣マカブインで払う。
闇属性だからなのか、マカブインの持つ聖なる力のせいか。
糸は消えた。
月龍は眉をひそめた。
もともとマカブインは光輪剣に対抗するためにNGCで作られたものである。「対抗」というのも、光輪の鎧を手に入れるという目的からきているのだ。継承者との一騎打ちに耐えられるように出来ているという。光輪が光属性なのに対して、マカブインは闇属性を持つ「聖」剣である。NGCでは伝説上であるが黒い輝煌帝のことも知っており、白い輝煌帝と黒い輝煌帝の力を「単なる宗教上の善悪」で片付けず、「自然の要素」として捉えていたのだ。
クモは月龍が糸にかからないのを見て、いきり立ったらしい。今度は天井からとび降りたと思ったら、いきなり突進してきた。
月龍は自分の左に回ってそれを避けるが、蜘蛛女の足払いのフェイントをかけられた。
「ぐっ」
足払いを受けた月龍はふすまを破って次の間に転がった。薄暗い畳の上でそのままうめく。わき腹に当たったのだ。
転がる月龍を見て獲物が倒れたと思ったらしく、女の顔はこれからの殺戮を思い浮かべて哄笑した。
手が襖に当たり、マカブインがはじけ飛んだ月龍はわき腹を押さえ、立ち上がりざまに翔破弓を出した。一瞬銀の槍をと思ったが、相手の足の長さを考えると翔破弓がいいような気がしたのだ。この翔破弓は本来のものとは異なり、弦が無い。
大気の力を集め、それを矢に変え、弦につがえて撃つのだ。
風のエネルギーが弦に集まり矢の形になったのを見て、月龍は蜘蛛女に狙いをつけた。蜘蛛女の立ち位置から、信之と思しき男性に矢が当たることが無いのを確認する。
「真空破---------!」
が、蜘蛛女が動いたために狙いが逸れ、体の一部が崩れただけだった。蜘蛛女の左側の脚の2本が根元から吹き飛び、3本目は肘から先が無くなった。いずれも茶色い体液がどくどくとあふれ、それは大変な苦痛らしく、哄笑が悲鳴に変わった。
蜘蛛女はひとしきり苦しんだ後、月龍を睨みつけて糸を吐き出そうとした。
隙を見つけた月龍は翔破弓で蜘蛛女の口に矢を続けざまに叩き込んだ。不思議なもので翔破弓は持ち主の精神に呼応するかのように、実際には1本でも何本もの矢が枝分かれして分離するのだ。
神父によって物質世界に繋ぎ止められたドラゴンのような精神体ではなく生命体なので、顔中が矢に貫かれ潰されると脳髄などを巻き散らかし、5本の腕は体を支える力をなくしてそのまま崩れた。
そして時空間に飲み込まれるかのように消えた。「この時間軸において存在しない」という法則の為か、巻き散った体液なども一緒に消える。

蜘蛛女の最期を見届けた月龍は寝巻き姿の男性に近づいた。
月龍は男性を仰向けにした。
信之と思しき人物は寝ているだけのようだったが、奇妙な感じを受けた。まるで「死に近づく」ようなものであった。
月龍はこの状態を見て、魔呪の一つにゆっくりと死なせるものもあるのを思い出した。
「誰が?」
まさか。
月龍の問いに答えたのは、背後であった。
「私ですよ」
この科白に、月龍は最初は神父かと思ったが違った。
見慣れぬ姿を纏った人物である。かつて見せてもらった絵の「天狗」に似た服を着ている。だが、顔は天狗ではない。人間である。気配も完全に人間だった。年は40くらいであろうか。落ち窪んだ目つきは陰湿さを伴っていた。
「何ですかな、貴方は」
その人物は口を曲げて月龍を睨みつけた。月龍は神父じゃないと安心したと同時に、その人物に向き直った。
「それはこっちの科白だ。蜘蛛女といい、お前の仕業か」
「蜘蛛女は知りませんな。でもこの者を消すにはちょうどいいからそのまま見ていましたが」
蜘蛛女を知らない?
月龍は彼を見た。
「呪詛を行っていたら、いきなり出てきたんですよ」
それでもターゲットは同じようでしたし、こちらには気づいていないようだったからそのまま続けたのです。
月龍は相手がいわゆるオーストリアで言う「魔術師」の類で、神父とは無関係だと悟った。先ほどの戦闘で疲れていた月龍は無言で彼に浮きながら近づくと、いきなり殴る。相手は月龍が結界避けに浮いたのを見てビックリした為、避けることも出来ずそのまま拳をくらって気絶した。
この時代の人物には手が出せない。彼を気絶させると道具と思しきモノを出して「剛烈剣」の片振りで突付いて壊した。「刀」愛好者が見たら激怒するような扱い方だったが、この「剛烈剣」は輝煌帝と対になるほどのもので、この「呪詛の道具」を壊すことは造作も無かった。
壊された道具からは気のせいか生暖かい風があふれ大気中に拡散した。
壊れた道具の中には「徳川秀忠」の文字が見えたが、月龍は結界が解かれていくのに気を取られて見ていなかった。月龍は道具をろくに見ようともせず、木作りの道具を燃やした。

仮に月龍がこの道具を見ても、漢字を理解できても「徳川秀忠」と「真田信之」のつながりを見出せないのである。
-----徳川秀忠は世に名高い「関が原の戦い」の現場に向かう途中、上田城において信之の父で豊臣派である昌幸の激しい抵抗に遭い、無能ぶりを晒す結果となった。2代目としてのプライドもあったらしく、実父家康からこっぴどい仕打ちを受けたことをそのまま真田昌幸に、彼の死後は養姉小松姫の夫でもあり生存している信之にぶつけていたのである。
後の時代で柳生博士からその話を聞いた時は、秀や純と一緒に「追加で秀忠も張り倒せばよかった」と盛り上がっていた。真田遼本人のコメントが特に無かったのは、3人及び竜樹の会話の盛り上がりに目を白黒して閉口していたからである。

この時に月龍はかすか烈火の気配を感じた。先ほどまで感じなかったのに、である。その気配は不意に感じられたのだ。そして部屋で転がっている男性からも同様に感じた。
眼前でもそうだが、月龍は烈火のともし火が空間を越えてきたのを感じた。トラップかと思ったが、どうやら政宗と信繁との秘密の約束が為されたことで烈火の血脈がつながったようである。
烈火の血統は後に徳川幕府に隠れて融合されるのだと月龍は悟った。

その時、向こうからざわめきが聞こえてきた。
「何じゃ?今のは」
「殿が居る方角だぞ」
「殿は誰も近づくなと言っていたが、何があったんだ?」
月龍は足元で伸びた「魔術師」を小突いて覚まさせて、自分は再び空間に飛んだ。
その時、部下の「おわっ、殿、どうしたんですか?」「何だ?この糸・・・」「早く医者を呼べ」という声を聞いた。

奥州の黄昏-1615年-2 奥州の黄昏-1615年-4