AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1615年-2
この春、歴史においては5月7日はひどく暑かった。熱気のせいだろうか。それとも戦国という時代のせいだろうか。
月龍は政宗に真田の陣について説明してもらった。
「向かいにある山に陣取っているのが真田だ。今は信繁殿がいるが」
彼の父はその数年前に病没しているので、信繁殿が大阪側の真田家の主である。
「大阪側?」
「ああ、こちらには兄上の信之殿がいる」
「あの人たち、兄弟でやりあうの?」
「まさか。生き残りをかけての話だ。どっちが勝っても真田家が生き残るようにという配慮から別れたんだ」
政宗は懐かしそうな目をした。同じ同母兄弟でも幸せなことである。月龍は彼から目を離し、つい先ほどまで居た真田の陣を眺めた。
「おまけに信之殿は妻御に本田忠勝殿の娘を迎えてあるので、自然と徳川側に行ったんだ」
本田?
「・・・忠勝殿。徳川の重鎮だ」
月龍はかつての義経の時代で作った版図を思い浮かべた。
信之は徳川の重鎮の娘を妻に迎えたので、万が一徳川が勝っても処罰を免れ、尚且つ嘆願がしやすい。豊臣が勝っても弟がいるので、これも嘆願がしやすい。
さらに今、陣では向かい合わせに叔父と甥がいる。二人の甥は信之の息子である。
政宗がしめした方角に信繁の甥二人がいるという。布陣を見ると、総大将の徳川家康を背後に守っている形となっている。
月龍はふと思った。
もし突破するならこの陣と隣の松平の陣の隙間を狙うのではないだろうか。叔父甥という関係から向かうのを忌避しても、総大将さえ討てば指揮系統は混乱することからこのルートを取るのではないだろうか。
だが、日本史に詳しくないとはいえ、これを言うのは気が引けた。これで徳川が討たれて歴史が変わったらと思うといえないのである。
「・・・信繁殿に会ってみる」
「はっ?」
政宗は月龍を見る。
「嫡男が居るなら、彼を脱出させる」
そして、烈火の鎧を守ってもらおう。
月龍はそういうと、来た道を戻った。
「待て」
政宗が制止する。
「そういう事なら、娘御を保護することも考えるべきだな」
城には娘もいるはずだから、息子が無理なら娘だけでも保護して女系で密かに守らせるという手もある。
「・・・分かった。連絡係になるよ」
「うむ」
政宗はアンダーギア姿の月龍を見て、何やら書類を作り始めた。
かつて毒殺されそうになった時、彼女のあやかしの術で救ってもらった。今回のこともあやかしの術を使うことになりそうだ。
雷光の鎧についても、この戦が終わったら、否、すぐにこの混乱を利用して徳川家の追及を避けるために隠しておかなくてはならない。
真田家の扱いについては雷光の鎧を含む伊達家の財宝を守るという名目で別名を与えることにする。伊達家に迎え入れると徳川に叛意有りと思われるので、片倉家に預けることにした。
「書状を渡しておく。気をつけていけ」
月龍は信繁に渡す書類を受け取り、人目につかないところで「封印」をもう一度解いて走り去った。
真田の陣にすぐ着いた月龍は信繁を探した。先ほど伊達の陣を教えてくれた武士がまたも歩いていたので、質問する。
「先ほどはどうも。信繁殿はどこですか?」
すっかり「殿」が定着しているなと、月龍は思った。
「それなら私だ」
最初からビンゴだったことに、月龍は衝撃を食らった。何とか立ち直って告げる。相手は別の意味で酷く驚いたようである。
「失礼しました。・・・伊達からの書状です」
「お主、伊達の密偵だったのか?」
にしては、陣の場所を知らないようだったが。
「密偵というより単なる知り合いです」
「知り合い?どういった?」
「行き倒れたところを助けてもらいました」
信繁は月龍の説明を聞いていた。その表情は納得しているようなそうでないような感じであった。
「怪我を?」
「はい」
まさか、キマイラにやられましたと言っても信用できまい。
ちなみにキマイラについては日本でも逸話があり「鵺」と呼ばれているが、日本史に疎い月龍は知る由もなかった。ここで「鵺」として説明したら源頼光の再来として信繁に留まるよう言われたかもしれない。
「・・・怪我ねえ」
お主、政宗殿を討とうとして怪我をしたわけじゃ・・・まあ、ないな。そうだったら政宗殿が許すわけないし。
「とにかく、とっととそれを読んでください。マジで」
真田家存続の危機である。月龍はせかす。信繁は月龍にいぶかしげな視線を寄越しながら書類をめくった。昔の書類はいわゆる「書状」というもので、細長い一枚の紙をたたんである。
最初は月龍を不審に思っていた彼は、徐々に目をむいた。
「これは・・・息子か娘を保護しようという?」
「真田家存続の為、こちらで密かに預かるということです」
「何故だ?」
信繁の視線を受けて月龍は説明した。鎧のこともだ。
将来真田家は全て断絶すること、鎧の継承者が生まれないために未来では不穏な状態になっていること、できれば存続させ、継承者を守らないといけないこと。
「兄上のもか?」
「未来からの来訪者」に目を丸くした信繁は、向かいに布陣した甥二人の陣を眺めた。
「どうやら、徳川に睨まれたようです」
そのために家系が絶えてしまったということです。月龍は締めくくった。信繁は唸った。
いきなり未来の、しかも鎧のことを話されても、今いちピンとも来ないだろうと月龍は思った。
だが、様子が違った。
「そもそもそのような鎧は知らんが・・・」
伊達家にはそういう雷光の鎧があるらしいが、信繁は常に主を変えたのでそんな鎧の話は聞いてない。
「兄上なら知っていると思うが」
月龍はここで違和感を覚えた。
さっきの神父は真田家について言っていたが、この人物が継承者の祖先であることを明言していなかった。
「まさか」
月龍は自分のうかつさ、無知さを呪った。
「伊達と真田の陣が向かい合っている」という言葉から、断絶した真田家がそのままこの人物だと思い込んでしまった。
目の前の人物から烈火の気配を感じようとしたが、感じられなかった。
もしかしたら別の人物かもしれない。
月龍はその兄上の元に行こうとした。それを見た信繁は目を丸くしていたが、慌てて呼び止めた。
「お主、伊達の使者だろう。そんな血相を変えてどうしたんだ?」
「お兄さんはどこですか?」
まさか、あの陣に?
月龍は泡を食っていた。
兄弟揃って断絶したのだろうか?
そこへ、信繁よりも若い武士が来た。
「父上。御用で・・・」
信繁の息子幸昌である。彼は傍に立つ月龍を見て、目を丸くした。
「ああ、秀頼殿に出陣を願うよう使者に起って欲しい」
「はい」
幸昌は控えめに一歩下がった月龍を見やりながら答えた。彼が行くと信繁は「あれには生き延びて欲しいだろうが、徳川のことだ、処刑はまぬがれんだろう」と言った。
「そこで断絶でしょうか」
月龍は誰にともなくつぶやく。幸昌にも烈火の気配が感じられなかった。
「いや、兄上のは大丈夫だろうが・・・」
義姉上が徳川の養女だから、一応大丈夫だろう。そんな信繁に月龍は言った。
「そんな保障は誰がしてくれるんです?」
断絶している以上、重鎮の娘の子孫であっても容赦はないのではないか。
オーストリアではサリカ法典のために男系継承の法を曲げて王家で唯一生き残ったマリア=テレジアに継承させると戦争が起きたし、フランスでも女系国王の即位を認めないという。それだけ女系は軽んじられているのだ。
「・・・・・・」
信繁は唸った。この時代である。「名」など役に立たない。平和な時代ならそれも通じただろうが、今は生きるか死ぬかという時代である。
信繁はため息をついた。
「伊達には大阪城にいる娘を託すと伝言してもらえまいか?」
息子は無理だが、娘ならなんとかなるだろう。
月龍はうなずいた。信之の居場所も教えてもらう。
政宗に伝言を伝えた月龍は、早速信之のいる館に向かった。
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