AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1590年-5

愛姫は、にこにことしていた。
月龍は彼女の笑顔の意味が分からなかった。
「何か嬉しいことでもあったんですか?」
「ええ」
久々に義母上との夕餉ですからね。と愛姫は言った。
戦国の事情は知らないが、親との食事というのは良い物なのか?
「いえいえ。そういえば、そなた未来の者だそうですが、イスパニアとかでは伊達家のことは知らないのですか?」
「うん。あまり。日本の東で、片目の若武者が将軍様に逆らったってくらい・・・かな」
さきほど政宗たちは関白と言っていたので、正確には関白様である。
「まあそうですか。義母上様と殿は長いこと仲が悪かったのです。この大事な時に夕餉なんて、和解をされるおつもりなのでしょう」
愛姫はにこにことご飯をすすめる。
月龍はよそわれたご飯を見て、中華街で食べた麻婆豆腐を思い出した。あれのマーボー丼って辛味があると美味しいんだよね。
会津の料理にも舌鼓を打ちながら味わっていた時。

月龍は脳裏に衝撃が走るのを感じた。

その衝撃は酷い頭痛であり、月龍は思わず器を落とした。幸いご飯はすぐに平らげたのでこぼすこともなかった。
「ど、どうしました?」
愛姫は月龍を見て傍に寄った。月龍は必死で頭痛をこらえて言った。体が指先から冷たくなり自分が消滅する気配を感じた。
「政宗さんは何処に行ったんです?」
「え・・・」
愛姫は何が起こったのか分からなかったが、月龍の様子にただならぬ事を感じて一緒に夕餉の部屋に向かった。

そこでは政宗が倒れていた。周囲には膳が散乱し、あの政道が政宗の前に立っていた。愛姫は悲鳴を上げて夫に駆け寄る。月龍は頭痛をこらえながら必死で呼ぶ。
「おい」
政宗はうずくまってノドを必死でかいている。月龍は判断した。
-----毒だ。
「キュア!」
月龍はホーリーロッドを出すと、即座に詠唱する。何も無い空間から淡い緑色の光る物が降り注ぐ。それを浴びた政宗は見る見るうちに顔色を戻した。月龍を驚きの表情で見た。
「それは・・・」
「解毒の術ですよ。・・・私は医師では無いので、ひとまずあらゆる毒を消しました。大丈夫ですか?」
政宗は両手を見てうなずく。しびれも取れたらしい。軽く握る。そして政道を見る。
愛姫は涙に濡れた目を丸くしていたが、政宗が回復したのを見て政道に視線を移す。政道は眉をしかめたが、特に月龍に何かをするわけでもなかった。
「お前、何故だ?」
政宗は信じられないという顔で弟を見た。だが、政道は悪びれもなく言う。
「兄上のせいです。だから死んでいただこうと思ったまでです」
「母上もか?」
政宗の科白から月龍は先ほどの母親付きの侍女を思い出していた。だが違うようだ。家督を継いでいないからか、御付の者は政道と母親と共通しているようだった。
「いいえ。私の独断です」
愚昧な当主を処断し、私がひとまず代表としてお詫び申し上げるのです。そうすれば伊達家は安堵します。
「愚かな・・・」
「愚かなのは貴方だ」
政道は厳しい目で兄を見据えた。
豊臣秀吉によって日本は統一されかけている。それなのに、何故貴方はあがくのだ?その行為こそが伊達家を危機に晒しているのが分からないのか。
「月龍どのの話からも推察するに伊達家による統一は成っていないようですし、おまけに貴方は自らを貶めているのに気づいていない」
「自らを?」
「何故天下を欲するのです?片目だからですか?」
「政道さん!」
それは言いすぎだ。
月龍はそう言った。だが、政道はそれでも兄を見据えた。
「ちょっと前までは片目であっても実力がものを言う時代でした。ですが、それも秀吉によって天下は統一されてきているのです」
だとしたら、わが伊達家が天下を取ることはもはや無駄なことです。それでも貴方は何故あがくのです。
「取りたいからだ」
政宗の言葉に政道、月龍までもあ然とした。
「片目だからではないのだよ、小次郎」
政宗は、もはや彼を政道と呼ばなかった。小次郎は政道の元服前の名前である。
政宗は政道を静かに眺めた。
「確かにあの秀吉に尻尾を振れば伊達家は安泰だろう。だが、秀吉は子が居なければ当然跡継ぎも居ない。そうなれば、わが伊達家が付け入る隙はいくらでもある」
「だから天下を取ろうと?」
「そうだ」
政宗はやりたいからやっているのだと言った。良い機会があるなら、それを逃がす手はないとも言った。月龍はこの人物にあ然としていた。政道はというと、やはりあ然としていた。
「しかし、伊達家が滅んだら・・・」
「その時はその時だ」
滅ぶならキレイさっぱり滅べばいい。
そう断言する政宗を、政道はまじまじと見た。そして、はーとため息をついた。
「もう少し、人のことにも気を配ってあげてください」
臣下のみならず、彼らの家族のこともあるのです。
政道はそういって、廊下に向かった。
「正式に沙汰が来るのを待ちます」
「お前」
「当主を殺害しようとした罪は例外なく死罪です」
政道は月龍に「未来のことはやはり知らないほうが良いです」と言って去った。

後日に政宗は政道への処断を下す。政道は服毒による死罪となり、勘当処分を食らった。切腹ではなく服毒というのは、武士にとってあるまじきことである。それだけ当主殺しは重いのだ。
「天下を狙い続けることがあいつへの餞だ」
政道の死後、夕暮れの中の門の前で政宗は月龍を見送る時に言った。政宗の気持ちを推し量ったのか、愛姫も一緒であった。
それがどんな結果でも、弟の気持ちを踏みにじったことへの報いである。
月龍は黙っていた。自分の未来の情報が兄殺しという展開をもたらしたという自覚があった。
だから時空を飛びたくなかった。どんな結末が待っているのかと思うと、時空を越えるようなことだけは避けたいのだ。

早くもとの時代に戻りたかった。

-----応仁の乱から始まった戦国時代は豊臣秀吉によって一旦は終息を迎えた。だが太平の時代になるにはまだ遠く、徳川の時代になってようやく様々な「文化」や「家」が200年以上も続く平和な時代になる。
が、この江戸幕府もまた歴史のうねりに耐え切れず、消滅することになった。その直前にすずなぎの父親が処刑されるという出来事があったが、それも幕末から明治に代わる時代の一コマとして埋もれることとなった。

奥州の黄昏-1590年-4 奥州の黄昏-1615年-