AEON―鎧拾遺伝サムライトルーパー―
天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1590年-2
月龍自身、薬について日本語(しかも漢方薬の類)では知識がなかったため一時期は悪化したが、政宗がちょうどイスパニアからの宣教師を呼んだので診てもらう事にした。
幸いなことに宣教師は医学にも明るく聞きなれた単語の薬もあったので、やっと回復した。
後にこの事は8人目の側室として記録され、ナスティが調査をしていた時のデータを見た時は目を丸くした。出来るものなら今すぐに戻って書類を廃棄したかった。
「おいおい。8人目って、もしかしてお前・・・」と歴史の道筋を疑うような竜樹の視線に喝をいれたが、その脇では征士が眉をひそめていた。
眼前の青年の祖が自分であることはまずない。
月龍は征士に必死で説明していた。
「元気になったのか」
「はい。ありがとうございました」
月龍と政宗は向かい合っていた。
すでに回復したので、月龍は「布団」を志信に教えてもらったとおりなんとか折り畳んでいたところ、侍女、竜樹の言葉を借りるならメイドという女性に見咎められ「自分達でやります」と言われた。
返してもらった服は洗っただけであったが、服の素材自体がいわゆるシワ加工タイプだったのでそのまま着替えた。侍女達はシワを伸ばそうとしたが、月龍が気を使って止めた。
竜樹のようにTシャツも持ってきていたが、今回は簡単な調査だけで済むと思って仕事の後は着替えもしなかったのだ。
剛烈剣を腕輪に変える際に出来た「ポケット」に、着替えも入れとけば良かったと月龍は後悔した。
小さい頃に見たネコ型ロボットアニメを参考に剛烈剣をカスタマイズしたのだが、後に輝煌帝の元継承者とその仲間達に思いっきり呆れられていた。少年に至っては「何でもありってカンジ?」と突っ込まれたのは後の話である。
そこへ愛姫−読みとしてはmego−himeと呼ぶそうだ−がやってきて、月龍が回復したのを見て殿に報告したのである。
「完全回復したようだが、その、やはり未来に戻るのか?」
未来に何やら興味が津々な様子だが、月龍としてはいろんな意味で教えるわけにもいかない。
義経さんは大陸については熱心でも未来世界についてはかなーり淡白だったなと、月龍はしみじみと思い出していた。当然である。「800km」先ならともかく「800年」近くも先では、12世紀の人にとってもはや夢物語である。
義経は自らを証明することも自分自身が目立つ存在ゆえに大陸に渡ることも難しくなり、結局兄との決着を選んだ。
慰めとして未来世界の道具について、さながら某猫ロボットのごとく話した。月龍は話していて、自分が某猫ロボットになった気がした。
だが、目の前の人物はどうだろうか。
危険ではあるまいか。
月龍は不審者にたいする目つきで彼をまじまじと眺めた。政宗は未来人の視線を何かと解釈したらしい。
「私としてはどうしても気になるのだ」
「何?」
「この奥州のことだよ」
政宗は月龍に説明した。
自分としては奥州を統一したい。だが、西日本では秀吉が光秀を倒して統一した後、この奥州に手を伸ばそうとしている。
何とか食い止めるつもりだが、やはり未来では秀吉が支配しているのだろうか。出来れば奥州は私の名前で統一したいが、やはり滅びるのだろうか。
これを聞いて月龍は迷った。
困った。未来の情報はなるべく晒すものではない。かつての経験から、歴史というのはいじるべきではないと思っている。
何より置いてきた子供のことを考えると、知らぬとはいえこの日本の歴史を変えてしまうし、子供どころか自分自身が消滅する恐れもある。自分のルーツが分かれば枷はなくなるが、やはり歴史書に記される程の人物に未来について説明するのは避けたい。
今回ばかりは神父もどきの影響も無いので、出来れば早く現代に戻りたい。しかも時間的に大分経っている。月龍自身にもどんな影響が出ているのか分からなかっただけに、あれこれと質問してくる政宗をとっとと振り切りたかった。
しつこければ−−後の時代の者になんと言われようが−−ナベを彼の頭に落とした隙に時空間に逃げよう。
月龍はそう決めて、逃げる隙を探した。
「何か問題でもあるのか?」
「歴史をむやみに教えて変えられてもなと思ったので」
「変えたら拙い事でもあるのか?」
「私の子供が消えるのだけは避けたいのです」
政宗は眉を上げた。雰囲気からは非常に驚いた感じが伝わってきた。
「な、何?」
「・・・・・・いや、お前、子供が居るのか?」
「悪いですか?」
「悪くはない。・・・・・・よくよく考えれば400年も先ならさらに子孫が続くのだな」
政宗は何やら遠くを見つめ始めた。月龍は彼の態度から微妙な雰囲気を読み取った。
「・・・・・・一応、貴方の子孫は私の時代まで続いているよ」
詳しくは知らないが、オーストリアで知ったスペインの歴史や志信に連れてもらったところで仕事上のつながりで紹介された伊達家の者について説明した。
「知らないのか」
「スペインの歴史ならお手の物だけど、日本史はさすがにちょっとな」
志信がこの場に居たらどうしただろうか。月龍は独眼竜については、オーストリアの博物館で行われた日本武将の家宝などの展覧会の知識しかない。その中でも徳川家、木下家、伊達家、毛利家の扱いは群を抜いていた。冷泉家の当主である志信が、祖父の人脈を利用した結果である。
現代では日本とオーストリアの国交が150年まであと少しということもあり、オーストリアと日本の文化遺産などをお互いに紹介しようというイベントを設けたのだ。レオンハルトは日本の文部省の要請にしたがい、オーストリアの博物館のスペースを空けて許可したのである。
その際、毛利家に縁のある冷泉家からも、毛利・冷泉両家にとって秘蔵であった嫁入り道具の一つが展示された。冷泉家の当主は毛利の若夫婦からも委託され、オーストリアまでやってきたのである。そのときにレオンハルトと志信と一緒に展覧会を見ていたのだ。
政宗は相手がイスパニアの関係者だと分かると、これ以上の質問は無意味だと思ったようだった。
「スペインか」
政宗は何やらつぶやいている。しかも「イスパニア」ではなく月龍の言葉どおり「スペイン」である。
今度は月龍が眉をあげる。まずかっただろうか。
「おい・・・」
「殿」
月龍が呼び止めたとき、廊下で声がした。今度は若い男性である。相手は縁側で座していた。政宗と同い年だろうか。少なくとも月龍よりは上である。
「政道殿がおいでになりました」
「政道が?」
「はい。いきなりのお越しです。ひとまずは別室にてお通ししました」
妙な奴だ。
政宗はそうつぶやくと、月龍を待たせることにした。
月龍は約束を破る形であるが、政宗が去ったら次の時代に飛ぼうと思った。が、妙な感覚を覚えた。義経の時代に感じた「壁」である。今度はここからまったく飛べなくなっている。飛ぼうにも空間に入れないという感じがするのだ。
今度は何だ?
神父もどきが関わっていないのは明白だったので、月龍は首をかしげた。政宗はそんな月龍を見て「?」を頭の上に浮かべたが、スペインのことで訊きたい事があるといって待機させられた。
仕方ない。
「いいよ」
月龍はとりあえずの暇つぶしとしてスペインの歴史を、脳内で重要な部分を省いて構築しながら庭を歩いた。そのとき奇妙な気配を感じた。
またかよ。
月龍は竜樹に口調が似てきたことを自覚しながら気配を探った。今度は政宗が向かった方角である。
「義経さんに続いて政宗さんもか」
この「さん」付けで政宗は顔に「?」を浮かべたが、400年後の敬称だというとうなずいた。従兄からは敬称についてきちんと習ったツモリだが、800年はともかく400年のズレは仕方ない話である。
「やっぱり矢張かな」
月龍は一人ごちた。縁側では待機していた侍女が一人、月龍を見て「?」を浮かべていた。彼女にどこに行ったら政道のいる部屋にいけるか訊いた。
「あの、ご兄弟同士ですし、それを覗くのはちょっと」
「覗かないです。はい。訊いてみただけです」
侍女はそうですかと言って、示してくれた。そして、自分も行くとまで行った。
「え?」
「お方様からの言いつけです」
なるほど。
妙な気配は弁慶の時と同じであって忠信のようなものは感じなかった。侍女を連れても大丈夫だろう。
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