AEON―鎧拾遺伝サムライトルーパー―
天空の彼方―月龍編― 奥州の黄昏-1590年-1
月龍は義の鎧が大陸に渡ったのを見届け、やっと目的地にいけるかと思った。
だが、そうでなかった。
-----ミスった。
あの神父が消えたのは、月龍を完全に消滅させるため一旦退いたからである。
時空間に飛んだとたん体に圧力がかかるのを感じた。
とっさに避けたものの、その圧力がさらに追いかけてきたのを感じた。
体勢を立て直して対峙しようとした月龍は目を疑った。
圧力の源は、奇妙なものだった。
頭がライオンなのはすぐに分かったが、体つきが妙に貧弱である。尻尾がくねって居るように見えたが、よくよく見ると蛇だった。ちょうどライオンの後部と蛇の後部が繋いでいる形であり、頭部が口を開けていた。
「キマイラ・・・」
月龍はあの神父もどきの意図が分かると、即座に封印を解いた。
月龍はキマイラを逆に消滅させた。だが、体に蓄積されたダメージは時空を飛び続けることができないほどだった。改造され続けたキマイラの威力は普通のライオン以上であった。オマケに神父もどきが何か手を加えていたらしく月龍の天空の鎧の力も効きづらかった。どうやら耐性があったか防御壁が備え付けられていたようである。
月龍は手のひらに感じる草の軟らかさから無事地面に降りたことを確認すると、熊や狼に食われて死にたくないなと思いながらそのまま意識を失った。
この時月龍は気付いていなかったが、目撃者が目と鼻の先にいた。
その馬に乗った目撃者は自分の目を疑っていた。自分の前で起きた事を頭に入れるのに数分かかったようである。
-----丘の上でのんびり空の雲を眺めていた時、雲が歪んだと思ったらいきなり女が出て来た。
そして今はこうして寝ている。
気絶したようにも見えるが、真実、気絶である。
その人物は空と月龍を交互に眺めた後、馬から降りると、月龍に静かに近づいた。視線は相変わらず空と月龍を交互に動いている。空に何か穴があってどこかの世界に通じているのかと探っているようであった。
-----なにやら奇怪な服を着ている。かの伴天連たちが着る西洋の服に近い。
その人物は片目でまじまじと月龍に見いった後、抱き抱えて馬に乗せた。
館に戻ると、警備役と思しき者達が集まって来た。
「お帰りなさいまし。異状は……殿、その女性は?」
殿と呼ばれた相手が抱える月龍を見て、質問した。町の女ならともかく彼女の服は噂で聞く伴天連に近い。髪は尼僧のように落とすという訳でもなく短く切っていた。顔立ちは自分達に近いので、この『日本』の者なのは分かった。
「知らん。愛に世話をさせる。愛を呼べ」
警備役は頷くと報告のために奥に飛んでいった。残った警備役も馬を引いたりと各々に自分の仕事に戻った。
-----殿と呼ばれた人物は、後に独眼竜で名を遺す伊達政宗であった。
政宗は月龍を抱えて愛という女性の部屋に向かう。
館は光が入るように作られていた。廊下をしばらく歩き、愛が待つ部屋に着く。部屋では身分が高いらしい女性が侍女に指示して布団の用意をしていた。
「政宗様、世話というのは…まあ」
彼女は政宗様と呼んだ男性が抱えている月龍を見て目を丸くした。
先程警備役が報告に来た時、妙に口ごもっていたのはこういうことだったのか。うわさに聞く伴天連の服というのはこれか。しかも全身に血がついていた。
だが、伴天連と違って彼女は女性である。女性でしかもこんな服を着た伴天連は聞いたことがない。全員といっていいほど、当時において西洋の服を着た伴天連はイコール男性なのだ。
「こちらに」
女性は月龍を寝かせた。月龍の顔立ちは自分と同じだったが、朝鮮の者かもしれない。
「伴天連の女…というのは聞いたことがありませんね」
「ああ。………というか、そもそもこの女、伴天連ではなかろう」
政宗様と呼ばれた男は、妻に言った。
領地を見ていた時にいきなり空から降って来たという。愛はそれを聞いて目が点になった。だが、夫に妻をからかう意思がないのは明白だった。というのも夫は言った後で考え込んだのだ。
「目の錯覚かと思うが、やはり空から降って来たとしか…」
普段はキレがいい夫も今回ばかりは口ごもっている。
愛は頷くと、起きるまで世話をするよう侍女に言い付けた。
夜が来て朝になっても伴天連の女性は目覚めなかった。
あちこちに傷跡があり、おつきの侍女は「野党に追われたのでしょうか?」と主人である愛姫にこわごわと述べていた。愛姫は愛姫で、夫の言葉を信じるしかなかった。
「あの」夫が連れて帰ってくるくらいなので、少なくとも敵対する国の密偵などという類ではないのは明らかだった。
その日も侍女は月龍が飛び起きて何をするか分からず、縁側で数人固まって見ていた。
寝ている月龍を何とか着替えさせもしたが、伴天連の衣服については「ボタン」などをどうしたらいいのか分からなかったので、完全に着替えるまでには時間がかかった。やっと着替えが終わった時は全員、いまだ寒い季節にもかかわらず汗だくになっていた。
太陽はこの後も2回のぼり、3回目が空の天辺をすぎた頃に月龍は覚醒した。
月龍は起きた時自分がどこにいるのかわからなかった。草の上に落ちたのは確かだったし、ちゃんと手で確認した。
だが、今は親戚の家で見た天井の下で、これまた親戚の家で見た布団に包まれていた。ただ天井には親戚の家にあった蛍光灯がなかった。
起きて回りをと思ったが、体に激痛が走って動けない。代わりに首を左右に振って見る。
片面は壁だったが、片面は庭だった。空気が温かいので季節は冬でないようだ。
ふと月龍は自分の着ている服が「キモノ」であることに気づいた。服は何処にやったのだろうか。オマケに包帯も巻かれていたのを、肌で感じた。回復する暇も無いまま意識を失ったのだ。
その時音がした。誰かが来る。
ドアのような仕切りの横から出て来たのは髪を後ろでまとめて質素な着物を来た若い女性だ。
彼女は月龍が目覚めたのを知ると「ちょっと待ってて下さい。殿とお方様をお呼びします」と言って元の道を走って行った。
若い女性の服から推察するに前の時代からさほど経っていないらしい。
月龍はさっきまでキマイラとやっていたことを思い出していた。
服はおそらく先ほどの女性が脱がしたのだろう。捨てられていなければいいが。
月龍は現代に戻った時の事を思った。着物姿で戻ったら竜樹になんと言われるか。
-----月龍は竜樹が現代より数年過去の世界にいることを知らなかった。そして、そこで誰と会っていたのかも。
やってきた人物は政宗だと名乗った。独眼竜について故郷オーストリアで見た記事を思い出す。
「政宗…ああ、あの独眼竜か」
「伴天連でもないのに私を知ってるのか?」
政宗たちは相手が伴天連の服を着ていながらも日本語をしゃべったことに軽く驚愕を覚えた。日本人なのか。
翻訳が自動的になされているので、彼の言葉も同様に現代日本語に直っている。それは自分の言葉もまた、「彼の言葉」に直っているのを意味していた。
「まあ、有名人だから。ここは奥州のどこだ?」
政宗は眉をあげた。地理まで理解しているのか。
「黒川城だ」
「独眼龍って仙台じゃないか。この時代、まだ仙台にいないのか」
政宗は言葉の意味を理解出来なかった。まさか目の前の人物が未来人であるとは露ほども思わないだろう。目を白黒している男の隣にいた女性が声をかける。彼女の服装は周囲の女性に比べて幾分か洗練されていた。月龍は「妻」格の人であろうかと思ったが、彼女の言葉が裏付けてくれた。
「妻の愛です。あなたは倒れていたところを殿に助けられたのです。伴天連ではなさそうですが、やはり伴天連なのですか?」
「ば…?」
今度は月龍が理解出来ない番だった。
「何です?それ」
予想外の答えに愛は目をぱちくりとさせた。
「イスパニアとかいう国の宗教らしい」
政宗が簡潔に説明した。
イスパニア…。ヒスパニア?スペインのことか?「バテレン教」ってあったっけ。
「私の記憶では伴天連教は聞いたことが無いです…むしろキリスト教とかイスラム教とかだったけど」
「きりすと?」
「いすらむ?」
夫婦揃って言う。無理もない。情報が瞬時に伝わる月龍の時代ではないから情報は少ないのだろう。だが、月龍とて従兄から日本語を教えてもらっても日本の歴史をあまり知らない。自分の夫につながるスペインの歴史を通してしか日本の歴史を知らないのだ。「BATEREN」が当時の日本ではキリスト教の宣教師を示すというのを知らなかった。
「とりあえず伴天連ではありません。宗教には興味が無いので」
オーストリアで洗礼を受けたものの、そういうのは興味が湧かないのだ。養母はヒンドゥー教であったが、知識として知っていても入信はしてない。
月龍の家において宗教的なことは子育てにおいてはどうでもいいことだという方針だったのだ。
レオンハルトも一応父親に従ってカトリックにしたが、熱心な信者というほどでもない。彼いわく、「小さい頃のクリスマスは近所の教会でもらえるお菓子が目当てで通っていたな」とのことだった。養父はそんな彼の言葉を聞いても眉を上げるだけで咎めたりしなかった。
「では、何故空から降ってきた?」
政宗の一言に月龍は目を丸くした。
目撃者がいたのか?
政宗は眉をひそめただけで何かをしようという気は無いようだった。愛は困惑の顔で夫と月龍を見た。
「・・・・・・」
「最上とかの密偵かと思うが、何もない空から人が降ってくるという芸当は忍びの者でも逆さまになっても出来るものではない」
冷静に説明している政宗を見て、月龍は真実を話すべきか悩んだ。
「最上の密偵なら庭で斬って捨てるまでだ」
ばっさりと切り捨てるその言葉に、月龍は眉をあげた。無理もない。月龍は知らないが、彼にしたら昨年の蘆名氏との合戦で蘆名氏を滅ぼしたばかりなのだ。黒川城はその蘆名氏の居城である。
先ほどは憂さ晴らしの為にちょっとした丘に出ていたが、それは城の目の前の小田山のちょっと入ったところだ。蘆名氏の残党が何処にいるのか分からないので、周囲を見たらすぐ戻ろうとしたところに月龍が降ってきたのだ。
「あー・・・ちょっと待って。説明を組み立てるから」
月龍は目前の男に時間をもらって、目をつぶって説明を組み立てた。
政宗と愛は月龍が目をつぶったので寝たのかと思ったが、時々「うーん」「これは・・・」「いやいや」「でも」と聞こえたのでじっと待っていた。
ついに月龍は腹を決めた。いぶかしげな視線を寄越す夫婦に向く。
「400年後の未来から来たんだけど、今はいわゆる秀吉の時代だね」
政宗と愛は、月龍の言葉にあ然とした。
無理もない。伴天連に似た格好をした女が実は未来の、しかも400年後の人間だったというのは荒唐無稽である。だが、月龍は一か八かだった。庭に降ろされたら、その瞬間に逃げるよう残った力を体の中心に集中させた。寝ていたお陰でエネルギーも少しはチャージされたようである。
「400年後の未来か」
政宗はつぶやいた。
斬られるだろうか。月龍は身構えた。
政宗はこの短時間で目の前の出来事を事実を推考しているようだった。愛はというと、混乱の極致なのかもはや夫に任せるのみといった感じだった。
「なるほどな。伴天連に似た奇怪な服といい、その髪型といい、現実にはないものだ」
月龍は「現実」に眉をひそめた。「tatsache」(現実)か?「dritte Dimension」(現実味)か?
彼は月龍を空想家だと決めたのだろうか。
いよいよ逃げる準備をしなければならない。
だが、違った。
「まあいい。養生しろ」
その一言だけで、政宗は愛に元気になるまで世話をしてやれと言って去った。愛は夫にしたがった。
月龍はしばらくの間黒川城で養生し、葉っぱだった桜が蕾をつけた頃にようやく回復した。
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