AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
大地の深淵−竜樹編− 午後3時48分 in 小田原
「・・・・・・どうした?」
夕方になって柳生邸にやっと来た征士が、口を開いた。朝に新幹線で東京に向かい、さらに鉄道、タクシーでやっと着いたと思ったら、出迎える仲間達の空気があまりにも重いのだ。
当麻は挨拶もそこそこに征士に遼の怪我について説明する。
説明されている間、征士は「この場にそぐわない」雰囲気を持ったFBI捜査官を見たが、竜樹は暖炉の写真を見ている。遅れて来た征士を見ても特にたいした感情も抱かず、すぐに写真に目を向けた。その顔は眉をひそめているようだった。
征士はFBI捜査官が自分に特に何の感情も抱いていないことを気にしていなかったが、何に眉をひそめているのか判断できなかった。竜樹の傍に何故か白炎が居るのには疑問の余地があったが、それは当麻も同様だった。
竜樹の視線の先は暖炉の写真の一つに写っていた純と秀、さらに『金髪褐眼の少年』だった。
写真の少年は目の色が青ければ間違いなく10代前半の竜樹そのものであった。竜樹は眉をひそめて記憶を辿ってみた。が、今ナスティと一緒に遼の部屋にいる純という少年や、秀とも会ったことが無い。この頃は確か、ニューヨークで機械いじりに没頭していた記憶がある。元々車や機械が好きで、長じて後は工学を専門とする大学に入ったのだ。1年スキップし、ちょうどバグダード戦争が始まり整備士として兵役に携わった。そこで事件を起こした後で「退役」し、裁判を見たFBIの部長に請われて入ったのである。
「遼は大丈夫よ」
リビングに気まずい雰囲気が漂う中、階段を降りてきたナスティが言う。純も一緒に降りてきた。怪我人の邪魔にならないようにという配慮からであろう。
「傷が何故ふさがっているのか疑問だけど、寝れば明日には回復できるわ」
あの様子では酷いものでもなかったし。
その声に竜樹は反応した。写真を見た時から眉をしかめたまま、続ける。先ほどから頭をもたげていた問題を口に出した。
「寝るだけじゃまずいんだ。ワクチンを使わないと」
「どういう意味だ?」
当麻が応える。そもそもFBI捜査官だと名乗っていたのに、先ほどの行動の数々はどう見ても常人ではない。オマケに数年来の仲間が、空想の中の生き物だと思っていた「狼人間」によって背中一杯に傷を負わされていたのだ。ついつい言葉がとげとげしくなる。竜樹はそんな彼の言葉に反論するそぶりを見せたが、眉をひそめただけで続けた。
それを見た伸は初めて会ったときからの竜樹の当麻への態度について違和感を覚えたが、遼のことが先決だったので追及しなかった。
「狼人間の類はウィルスも保持している。ワクチンを使わないと・・・」
「ちょっと待て。ウィルスってなんだ?」
「狼人間の牙とか爪には毒蛇のような穴があるんだ。ウイルスが注入された奴はそのまま死に至る」
純は絶句したように竜樹を見つめた。
「お兄ちゃん、死んじゃうの?」
「そうだ。だから、急いでワクチンを探さないと・・・」
「ワクチンって、どこにあるんだ」
秀が苛立つように言った時、声がどこからか聞こえた。
「ワクチンならここにありますよ」
リビングの一角に、あの神父もどきが現れた。ちょうどソファに座っていた純の背後だった。純は驚きのあまり飛び上がる。
竜樹の傍にいた白炎は神父もどきをじっと見ていた。狼人間と対峙していた時とは対照的である。白炎の静かな視線を受けた神父はわずかに口元を引き締めたかのようだった。まるで心の底を見透かされたかのように。
竜樹以外はいつのまに入ってきたのかと彼の侵入ルートを探っていたが、竜樹だけは神父もどきを睨みすえた。
「純、お兄ちゃんとこに行け」
相手が時間を操る以上、無関係者を巻き添えにすることもある。
だが、そんな竜樹の考えも見抜かれていた。
「心配せずとも、彼には何もしませんよ」
「何?」
「彼は鎧の関係者ではありません」
竜樹は彼の言葉からにじみ出る憎悪を感じ取り、一つの仮定を生み出した。
こいつ、鎧を憎んでいるのか?
「その通りですよ。私は鎧が憎い」
自分の思考を見透かされて不機嫌になった竜樹は、相手の真意を図った。
「ワクチンは差し上げますよ。その代わり、そこにいる秀麗黄を殺してください」
部屋に衝撃が走る。
秀を殺す?
「何でだ?」
息を一つ吐いて、竜樹は腕を組んだ。コイツの目的が秀なら秀の問題かもしれないし、彼に委ねようと思ったのである。自分が何故この時代に来たのかも秀に絡んでいるなら、秀本人が自分が元の世界に戻れるための手がかりなのだ。月龍ももしかしたら秀を探しているかもしれないだろう。
「さっきの狼人間はお前の仕業か?何で通行人を狙わせた?」
通行人とは遼のことである。
「貴方は分かっているはずでしょう」
竜樹は顔をしかめた。まさか、遼も「鎧の継承者」だってことか?が、相手はさらに続けた。
「貴方は気づいているのでしょう?そこに居る柳生博士が過去の人物だということに」
「・・・・・・」
「理解しているはずです。ここが、貴方の世界よりも昔の世界だってことです」
「ちょっと待て。いきなり現れてしかも秀を殺せというのはどういうことだ?昔というのもどういうことだ。」
征士が割って言う。ただ一人狼人間と対峙していないせいか、状況が今ひとつ掴めないのだ。ナスティはナスティで、じっと神父を見ていた。先ほど遼と純から狼人間について聞かされていたのだ。
秀たちどころか当麻すらも混乱の極致だったためか、口を挟めなかった。
「正確には金剛の継承者を殺せということです」
「継承・・・?」
伸がつぶやきながら、後ずさりした純を手元に引き寄せて彼の肩に手を置く。
「本来なら、あなた方を皆殺しにしてやりたいのですが、そうなるとこちらもダメージを負いますのでね」
鎧戦士の力を軽視するつもりはありません。
神父の格好をした相手は真面目くさって言った。竜樹は腰に下げたままの銃を手で覆い、片方の手を振った。
「だから、俺に?言っとくが、銃を使えば間違いなく始末書もんだ」
FBI捜査官の持つ物を使うのはあまりにも現実的な手段だが、相手が相手なので、あえて言ってみたのだ。神父もどきは竜樹が何を言いたいのか理解した。
「そんな現実的な方法に頼らなくても、あなた自身の力を遣えば済む話です」
「何?」
「フーレンとしての力です」
ナスティがつぶやく。
「フーレン・・・?虎人?中国の伝説に出てきた?」
ナスティは以前祖父の研究データで見た「フーレン」の絵を思い浮かべた。
竜樹は冷や水を浴びせられたかのように立ち尽くした。
神父もどきはそれを見て続けた。
「貴方も金剛の鎧の被害者です。憎いはずです。あの時、貴方は復讐を誓ったはずです」
「違う!金剛の継承者は最初からいないんだ!」
竜樹の脳裏には横浜の墓地で見た墓石が浮かんだ。名前は覚えなかったが、間違いなく継承者は死んでいた。
「居ますよ。目の前に」
神父もどきは、片手を持ち上げると手のひらで秀を真っ直ぐ示した。
示された秀はといえばうろたえた。伸の手を肩に実感していた純も「え?秀お兄ちゃん?」と、目を丸くしていただけだった。当麻はナスティを庇いいつでも臨戦体勢に入れるよう準備する。狼人間と対峙しなかった征士は訳が分からなかったが、それでも眼前の「神父」が好意的でないのは相手から伝わる敵意から伺えた。
秀は狼狽の表情で神父を見た。眼前の「神父」とは初めて会う。さらにそんな相手に命を狙われる覚えは無い。幼い頃に近くの教会でいたずらをしたことはあるが、それは教会の敷地内の柿の木をよじ登ったくらいである。もちろん、親父とお袋に叱られて神父の前に引き立てられて頭を下げられたが、神父は優しく笑って「怪我が無ければいいです。欲しければ取ってあげますよ」といっただけだった。それでも親父とお袋は頭を下げていた。まさか、あれで命を狙われることはないだろうが、それでも眼前の神父には覚えが無かった。
眼前の神父は帽子を深くかぶっていたので、若いような中年のような、もしくは老人のような気がした。
秀は竜樹に「どういうことだ」と言ったが、竜樹はうめくだけだった。
「俺の世界では金剛の継承者はいなんだ!何かの間違いだ!」
確かに金剛の継承者は横浜の中華街の者である。名前までは知らないが、幼くして死亡したのだ。相手はそんな竜樹を黙って見ていた。竜樹は相手を見据え、言った。FBI捜査官らしくない科白だったが、今回だけは遼の命がかかっていた。
「ワクチンを寄越せ。力ずくでももらう」
だが、相手はそれでも黙っていた。そして霞がかかるように消えた。
「待て・・・っ」
後には声だけが残った。
「仕方ありませんね。少しせっかちだったようです。改めて私の家に案内しますので、そのときには手土産をお願いしますよ。もちろん、その意味は分かりますね」
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