AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
大地の深淵−竜樹編− 午後1時28分 in 小田原
FBIというのは確か日本でも少しは知られている組織だから、分かる奴には分かるんだろうな。
などと竜樹は玄関のアンティークを吟味しているフリをしながら目の前の青年の素性をチェックした。
彼はなんとなく養父に似た雰囲気を持っているが、落ち着きがない。
そもそも「びゃ」は何なのか?
言葉の前後から察するに新しい麻薬の名前だろうか?
仕事柄色んな事件を見てきたし、中には「裁判の女神が許すなら自分が殺したい」と思うようなヤツも居た。
この親父に似た雰囲気を持つこの男も、「そういう関係者」だろうか?
麻薬犬がいればすぐに分かるだろうが、今は自分の鼻しかない。が、この青年からはそれらしい匂いがしなかった。むしろ、先ほどまで水をやっていたらしい汗臭い匂いだけであった。
太平洋を隔てた先に来てまで、職業柄とはいえ密かに「特性」を使って男の汗臭い匂いを嗅いでいる自分が情け無い気がしたので、眼前の青年に気づかれないようにため息をつきながらアンティークの壷に向き直った。
仕事ならともかく、こういう時くらいは女性の匂いを嗅ぎたいと竜樹は職場ならセクハラで訴えられそうなことを思っていた。
アンティークのツボの模様を眺めながらあれこれと思考をめぐらせた。聞き耳を立てていると思われないように、壷の模様を指の腹でなでるフリをする。
「タクシーは捕まえられないのか?」
タクシーか。それが一番だろうな。
「とりあえずちょっと待ってろ。いくらシーズンとはいえ、1台くらいは空いているんだろう」
・・・・・・大丈夫かな。
竜樹は外の気温を実感している。こんな暑さの中、クーラーがない状態だと脱水症状を起こす。電話の相手が水を持っていればタクシーが来るまでもつだろうが。
「悪い。電話はちょっと待ってくれ。友人がエンストで立ち往生しているから、タクシーを呼ばなきゃならないんだ。あいつ、公衆から電話しようにも小銭がさっきので終わりなんだ。時間をくれ」
タクシーを呼んで振られるかこっちに電話して迎えを寄越してもらうかの選択をさせられていたらしいな。
「それなら外の車で俺が迎えに行くよ。それで、コレクトコールだけど電話代をチャラにしてくれたらこちらも助かる」
「え?」
FBIに見られたらマズイものでも積んでいるんだろうか?
竜樹は片眉をあげた。だがそうじゃなかった。
「ありがとう、助かるよ。俺、まだ免許ないんだ。あいつ、クラシックカーなんてものでくるからさ」
伸が荷物用にレンタルしてくれたワゴン車で行けばいいのに、見栄を張るから。竜樹は眼前でさっきの電話の相手にぶつくさ言う青年を見て拍子抜けするのを感じた。麻薬関係じゃなさそうだ。
いやいやまだ分からん。これは芝居かもしれない。
そう思いながら車の鍵を受け取る。
「ワゴンの方だ」
片方のはさっき散歩に出た奴が鍵を持ったまま出かけてしまったんだ。
竜樹はうなずきながらも片方の車を見た。もっとも鍵があっても使えないだろう。車体には会社の名前が漢字で書かれていた。いわゆる社用車で、何かのついでで持ってきたようだった。
「車の故障って、どこかダメになったのか?直せるなら何か持っていったほうが良いんでない?」
「オーバーヒートらしい。・・・わかんねーけど」
「じゃあ、水道水をタンクか何かに入れてきたほうがいいな」
「直せるのか?」
「直せたら、それで直る。直らないケースもあるから一応持っていくぞ」
青年はちょっと尊敬のまなざしで竜樹を見て、ポリタンクを持ってきた。サイズが大きいので、水道は庭のを使う。大きいような気がしたが、頭を冷やすことを考えたら、大きめにしたほうがいいだろう。
涼しい屋内から外に出ると、やはり湿気がむっと来る。
「あ、すまん。ちょっと待っててくれ」
青年が思い出したかのように言う。
「分かった。タンクは俺が車に入れてくるよ」
青年はうなずくと、そのまま屋内に入った。が、竜樹がタンクに水を入れ始めるとすぐに戻ってきた。
手にはジュースを持っていた。合衆国でも有名なメーカーのものだった。オレンジらしい。
「はい」
「?」
「お前にだよ。歩いてきたんだろ?水分補給してけよ」
竜樹は目をぱちくりとさせた。そういえば冷えた玄関に居て熱気が治まったせいか、水をもらうことを忘れていた。
「あ、そういや自己紹介してなかったな。俺は秀麗黄だ。シュウでいいぜ」
確かに自己紹介していなかったな。「麗黄」というのは、秀の一族ではそうある名前なのだろうか。
「さっきの証明はどでかいワッペンしか見えなかったけど、名前はなんてんだ?」
「・・・・・・張竜樹。日本では『たつき』って読むらしいからそっちでいいよ」
すると、相手は目が点になった。
よくあるケースだ。
こんなどこから見ても白人にしか見えない奴が中国籍の名前を持っている事自体が妙なのだろう。名乗ると大抵の人は面食らう。
だが、相手は違う反応を見せた。
「はあ、俺の従弟と同じ名前なんだな」
今度は竜樹がまたも眉をあげる。
「従弟?」
「うん、俺の従弟、お前と同じ白人だけど、捨てられた時に親戚のおじさんに拾われたんだ」
「へぇ。奇遇だな」
「でも、名前まで同じなんて、偶然とは思えないな。・・・あいつはまだ14だけど」
こういうのって、アリかな。
竜樹は深く詮索せず、目の前の青年・秀に親しみを覚えた。
「そうか。機会があったらその従弟とやらも紹介してくれ」
「ああ。・・・公衆電話のあった場所はこっちの道を一本道だから間違うことはないはずだ」
「了解」
竜樹はポリタンクを車内に入れると、ジュースを受け取って車を走らせた。
一瞬免許について頭を掠めたが、国際免許も持っている。しかし今回だけは途中でパトカーに当たりませんようにと祈るばかりであった。
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