AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
大地の深淵−竜樹編− 午後1時 in 小田原
2009年11月25日改訂
洞窟内で神父もどきに放り込まれて気を失う時、竜樹はかすかに金属の音が聞こえた気がした。あまりにもかすか過ぎて2人には気づかれなかったが、竜樹はそれをかつてアジアのどこかの国で聞いた気がしたのを思い出す。
暗闇の中では、体がねじれているような気がした。まるでコマのように廻ったと思ったら、絞られたかのような感覚がした。
・・・吐き気がする。
竜樹は目を開けた。視界は明るく、木が並んでいる。木の間には舗装された道路が見えた。
竜樹はゆっくりと起き上がる。手には柔らかい草の感触がある。
夏なのか気温が高く、むっとするような草の匂いがする。顔に付いた草の葉を払って、周囲を見回した。木の隙間から湖が木に囲まれているのが見えた。その向こうには、赤い屋根が見える。
竜樹はその風景をぼんやりと眺めていたが、すぐに自分の状況に気づいた。
「月龍?」
周囲に居ない相棒のコードネームを呼んだ。しかし返事はない。近くには居ないと分かると、竜樹は青くなった。
・・・俺は相棒と遺跡の調査で来た。そして夜を待って、忍び込んだ。そこで神父の格好をした人と会った。彼は「復讐」を口にして、研究所の実験体に俺たちを襲わせた。何とかやりすごして彼を尋問する時に、俺たちは・・・。
ここまで思い出して相棒の名前を読んだのだが、彼女の返事はないのだ。
神父が俺たちに何かをしたようだが、それは相棒に向けられたのか?
そうだとしたら、早速オーストリアに戻って当主にこの件を相談しなければならない。
竜樹は木の合間に向かって歩いてみた。木々は湖を巡って植えられていたようで、すぐに道に出た。
ふと、竜樹は奇妙な感覚を覚えた。道の横にある道路標識が地元のものではないことに気づいたのだ。
「飛び出し注意」と、『日本語』で書かれている。
「・・・・・・アメリカの道路標識も、ついにジャパニーズスタイルを取り入れたのか?」
そんなことを考えながら、周囲を見る。そして、瞬時に判断した。
「ここはアメリカじゃない・・・」
遺跡も何もなかったのだ。よく考えれば湖は無かった。
・・・あいつら、俺が居ないのに気づかなかったのか?
竜樹は相棒の顔を思い浮かべながらそう言いかけて、そんな状況じゃないことに気づいて止めた。
キャンプだけならまだしも、遺跡まで無くなっているのは普通じゃない。オマケに木と湖がある。
違う。
竜樹は頭を振って、自分の身に起こったことをまとめた。
「おそらくはあの神父が空間移動で俺達をどこかにやったんだろう。俺は日本のどこかで、あいつは・・・近くに居てくれると良いが・・・もしかしたらオーストリアに向かったかもな・・・」
それが結論だった。携帯電話をホテルに置いてきたことを思い出して一瞬公衆電話代として財布を捜しかけたが、残念なことに「太平洋の向こう」のセーフティボックスに入れていたのを思い出して眼前の木に向かって罵るしかなかった。もっともあっても、合衆国の貨幣しかない。両替をするにしても身分証明書が必要になる。証明としてパスポートがいいだろうが、肝心のパスポートはワシントンのアパートに置いてきた。
仕方ないので電話を借りてコレクトコールをしようと屋根のある方向に歩きかけて、立ち止まる。
「パスポートもなしで、どうやって帰るんだ?持ってきてもらうにしても、入国スタンプはどうやって説明するんだ・・・」
FBIという身分上、何とかなるような気がしないでもなかったが、今は日本まで行くような事件を担当してはいない。
これは密入国じゃないかと誰かに突っ込みたかったが、突っ込みたい人どころか道路には誰もいないので、肩を落とすしかなかった。
「FBIが密入国をやらかしたなんて、上司にばれたら・・・クビ、だな。あの神父を捕まえて説明させてやりたいが・・・」
神父の能力を考えると、それは不可能に近かった。過去の経験からいって空間転移をやらかすような者を捕まえるのは、出来ないことではないかと思ったのだ。月龍も空間転移を使うが、輝煌帝の力はそう気軽なものではないらしく今では完全に封印しているという。
竜樹は色々と思考をめぐらせて、はたと思い至った。
オーストリアの当主に何とかこの事実を説明して、彼から口ぞえをしてもらえればいい。
一瞬同じ日本の京都に住む養従兄のことを思ったが、彼は日本にいない。配下の後始末の為に外国に行っているのだ。今京都に行ったら、養従兄のいけ好かない養父母に会ってしまう。が、仮に養従兄が居たとしても、「油断しすぎだ」とお説教を延々とされるのが目に見えている。
オーストリアの当主ならば黙って帰してくれる。烈火の仁将と呼ばれるだけの人物だ。そういう奴だ。
そう思うと、気が楽になった。そして再び歩き始めた。
湖沿いにある道を、木々の向こうにある赤い屋根を目印に歩く。太陽を避けて木陰沿いに移動する。
季節は温暖気候帯の夏らしく、むっとするような湿気が体にまとわり付いてくるのが分かる。アメリカにある遺跡での夏は乾燥しているので、湿気が無い。だから余計にこの湿気には辟易する。おまけに日本の夏はアメリカ以上らしく、木陰に居ても木漏れ日が頭に当たり、皮膚まで焼いているのが分かる。一瞬自分が「ローストタイガー」になっているような錯覚を覚えたが、シャレにならないと思い脳裏から「焼いた虎」を追い出した。
30分ほど歩いて目印にしていた赤い屋根に着いた。
その家は大きく、駐車場と思われるスペースには車が2台留まっていた。どうやら誰かが居るようだった。留守だったらここで干からびるだけだったので、竜樹は安堵した。
竜樹は額に流れる汗を手でぬぐいながら、腰に下げた銃を手で隠して、玄関のチャイムを鳴らした。
ここが日本である以上、銃を見せるのは好まれることじゃない。逆に日本の警官を呼ばれると話がややこしくなる。
せめて、上着を着ておけばよかった・・・。
竜樹はため息をついて、家の主が出てくるのを待った。すると後ろから声がした。
「そこで何をしているんだ?」
日本語で誰何したのは若い青年だった。年のころは20くらいだろうか。手にはホースを持っている。庭に水をやっていたらしい。
しかも物怖じしない性質らしい。
というか、むしろ俺の腰にあるモノを酷く警戒しているようだ。
日本人のようだが、最近は中国人や韓国人も日本に留学することが多くなったので「流暢な日本語を話すイコール日本人」と定義つけるのは早い。
それをいうなら俺だって日本語を教えてもらっているんだから、「アメリカ人イコール英語」じゃないもんな。
竜樹は一瞬でそう計算し、FBI捜査官であることを証明して日本語で話しかけた。幸いなことに支給された身分証明があったので、それを見せる。
「申し訳ないが、電話を貸していただけないか。ちょっと仕事上のトラブルでな。」
相手はいろんな意味で驚いたようで、電話ならと中に入れてくれた。竜樹は志信に教えてもらった日本語が通じたことに安堵した。この家の主に負担がかからないようコレクトコールを使おう。そう思って竜樹は待機している玄関から見えるリビングを見た。
中は広く、金持ちそうな雰囲気だった。クーラーが入っていて涼しい。
玄関のボードには色んなものがバランスよく置かれていた。
中にはオーストリアの当主の館で見たようなブツを見たが、よく見ると土産店で買ったらしく店のシンボルマークがあった。
アンティークと土産物がごっちゃになってんな。
竜樹は土産店の店主のたくましさを自分の養父に重ねた。
親父、元気かなあ。FBIをクビになったらなんていうかな。思いっきり殴られるだろうな。・・・オーストリアのおっさんに口ぞえしてもらって何とか回避できないだろうか。
生まれて数日で養親の家の前に捨てられ、いったん保護センターに預けられたものの養母の希望で引き取られて育てられた。だから実の母親のことは知らない。もっとも全ての事実が明らかになったのは16歳の頃だが。
養父母には大学どころか留学させてくれた恩もあるので、学費のローンを支払うためには働かないといけない。
養母は何も言わないだろうが、養父からは「ばっかもん!女にうつつでも抜かしたのか!」の大音声の元、拳骨を食らうことになりそうである。
今後の顛末を考えて、竜樹はげんなりした。
奥から電話機の子機を持ってきた青年は、竜樹の様子を見て頭の上に「?」を浮かべながらも渡してくれた。
「どうも」
竜樹は上司への報告の内容をどうしたものかと考えながら、ボタンをプッシュしようとした。
そのとき、電話が鳴った。
「あ」
「わりぃ。貸してくれ」
相手はそういって竜樹から受け取って、出た。
「もしもし。柳生です」
それを聞いた竜樹の頭の中で、上司への報告書の構築が止まった。
柳生?
青年の前で固まる竜樹の脳裏に、1日前に会った妙齢の女性が浮かんだ。
あのナスティ女史じゃないだろうな。
「え?車がエンスト?」
どうやら相手は車がエンストを起こしたらしい。
「公衆まで歩いた?俺、まだ免許持ってないから迎えにいけないよ。遼なら純と一緒にびゃ・・・あ、じゃ、なく、て、遠出に行ったから、戻ってくるのは夕方だよ」
びゃ?
竜樹は聞いていないフリをしてアンティークを眺めながらも、会話の端々に聞こえてくる単語を拾い上げた。
「びゃ」ってなんだろうか?
その青年はどうやら竜樹がいることに都合が悪いようだ。
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