
レオンハルトはケビンとジェイルに見送られながら、玄関口まで来た。
やや大きめにしつらえられた窓から見える外は、もはや夕暮れであった。市警に連れてこられたのが5時ごろだったので、あれから3時間は経っている計算になる。
レオンハルトはタバコを吸いたいと言い、ケビンに玄関の傍にあった喫煙スペースに案内される。窓のすぐ傍である。他にもう1人、吸っている刑事が居たが、ケビンとジェイルを見ると手を挙げただけでそのまま目を伏せた。
「客人がタバコを吸いたいそうなので一緒していいな?」
既に同意を得たと言わんばかりの言葉であった。先客は黙ってうなずくと目を落とした。気のせいかレオンハルトと目を合わせないようにしているようでもあったが、レオンハルトは気にしなかった。肌の色の問題だと思うと、いちいち気にしていられないのだ。だが、ケビンはすぐに反応した。あらゆる人種が集うNYにおいて、肌の色の違いから諍いが起こることを身で味わっていたのだ。警官という職業柄、そうした諍いから発展した殺人事件を何度も見ている。中には年端もいかないいたいけな少女を、人種差別からレイプして殺したというケースもあったのだ。そういう凄惨な事件を担当した時は被害者の親からひどい暴言を浴びせられたこともある。
-----ケビンがレオンハルトと再会したのは若いアジア人男性の助手を従えて参考人として法廷に出廷した時で、それはのちに起こるハイジャックテロの後、バグダード派遣兵の1人が同僚を殺害し、死刑か否かで裁判が始まった時であった。被告はバグダードで、一般民の一家全員殺害及び生き残った少女への集団暴行をしていた同僚を止めようとした。が、逆に被告に銃を向けた同僚を4人殺し、2人に再起不能になるほどの重症を負わせたのである。
そのため、被告の精神鑑定を依頼されたレオンハルトとの再会となったのであるが、このときのケビンは知る由も無かった。
「気にせんで下さい。ああ、ユーゴーと言いまして、同僚です。無愛想だけど悪い奴ではありません」
「いえ」
にこりと笑ってレオンハルトはタバコを取り出す。ケビンとジェイルは目礼してそのまま元の道を辿った。
レオンハルトは彼らを見ながら火をつけ、しばらくはタバコを味わう。
先客の存在を消し、耳をそばだてる。
-----羽柴当麻の情報が欲しいのである。
指紋は消えたので大丈夫かと思うが、万が一彼がここに来たら何らかの手を打たねばならない。
10分ぐらい経った頃、先客はタバコが短くなったので、それを灰皿に捨てるとレオンハルトに目礼して去った。
10分では何も動かないだろう。ケビンとジェイルも奥から出てこない。
レオンハルトはしばらくポスターを見た。いわゆる「麻薬撲滅」をうたい文句にしたものである。
-----この時、秀麗黄と真田遼と毛利伸はNY湾に墜落した件で簡単な事情聴取---もちろん、彼らは知らぬ存ぜぬで通した---と入国調査を済ませ、NYの中華街に向かう途中だった。
そして、またも運命のいたずらかな。
レオンハルトは窓に背中を向けた形となり、ポスターを眺めていた。
その窓ガラスを挟んだ歩道では、秀が伸に突っ込まれるのを聞きながら遼が歩いていた。
彼らが窓枠の端から入ってきた時、レオンハルトはタバコが短くなっているのに気づいた。そして最後の余韻を味わい、タバコをゆっくりと灰皿に押し付けた。先ほどケビンがジェイルを連れて玄関に来たが、レオンハルトを見ても眉を上げただけで何も言わず、外に出た。羽柴当麻の情報は入らなかったらしい。彼らはこのまま捜索を続けるようである。
-----結局この殺人事件は先だっての奇怪な集団虐殺事件とのつながりを見出したものの、「虐殺者」といえる存在そのものが不明確であったためにそのまま迷宮入りとなった。
3人が窓枠の真ん中を歩いた時、遼はふと窓ガラスの向こうの人物に目を向けた。
ちょうどレオンハルトは背中を向けたまま腕時計を確認していた。が、遼はガラス越しの男性に興味を惹く事もないらしく、すぐに視線を戻した。
3人が窓枠の端に消えたとき、レオンハルトは署の玄関口に向かって歩き始めた。
紫色が濃くなってきた外は、喧騒に包まれていた。
レオンハルトはそのままチャイナタウンの出口に向かった。ちょうど反対側には3人が背中を向けて、チャイナタウンの中心部に向かっていた。
まもなく夜の帳が降り、彼らの歩んだ道を消し去っていった。
奇しくも4人ともに出会うべき運命は作られず、20年近くも経ってからようやく彼らは顔を合わせる事となったのである。
この時、レオンハルトは羽柴当麻を見た時こっそりと苦笑しただけである。羽柴当麻は「異世界の鎧戦士」の力で過去を知らされていたので、レオンハルトの笑顔の持つ意味に自らただ恥じ入るばかりであった。毛利伸も同様に、レオンハルトの補佐として就いていた冷泉志信にため息交じりの表情で見られ、ただ身を小さくするだけであった。
レオンハルトはホテルに着くと、シャワーを浴びた後で自室に届いたA4サイズの薄い「封筒」を開けた。ホテルに着いた時、部屋のドアの下の隙間に潜り込まれていたのだ。
言い付けた配下からの連絡である。
どうやら一族の一人に行き当たったらしい。
「屍解仙」
データによれば一族の外れ者で、怪しげな呪いを生業としていた。
「していた」というのも最近、NYのチャイナタウンから姿を消したからだ。
そして今はロサンゼルスの日本人街にいるという。引っ越したのかと思ったが、どうも妙な点がある。
ロサンゼルスにはあのNGCが近くにあるのだ。
レオンハルトは書類をめくった。
そこには屍解仙が接触した人物について書かれていた。写真は10年前の日付があったが、顔つきは神経質そうな作りをしていた。
そして彼の前職を確認すると、かのNGCに繋がった。そこの研究員だったのだ。どうやら鎧戦士のデータを元に規定を越えた異常な研究をしたために解雇されたらしい。
「じゃあ、彼はセスナで運ばれた形になったんだな」
広大な合衆国ではセスナが通学用に使われることもある。光輪の鎧が出て来た夜のことを思えばおかしくもない。
レオンハルトはロサンゼルスに急ぐことにした。
伊達征士が食事を与えられてない場合、タイムリミットは近い。科学者が栄養剤を注入してあるならともかくだ。どんな薬物を混ぜられているか。薬品の種類次第では命も危うい。
光輪の鎧が持ち主から離れていることを思えばなるべく早く行くべきである。衰弱死する前に助け出さなければならない。
一瞬ナスティ=柳生博士に連絡を入れるべきか迷ったが、止めた。
屍解仙が彼女に狙いをつけるかもしれないのだ。
こうしている今も屍解仙はレオンハルトを見張っているだろう。
レオンハルトがそう決意して空港に問い合わせた時、チャイナタウンでは羽柴当麻が少女にナイフを突きつけられて逃げ纏っていた。
遼は彼女を止めたが、秀の追及すらも止めたので秀と一触即発となった。