
レオンハルトは一旦ホテルに戻り、電話でNGC関係者で尚且つ現職に無い人物のその後についての調査を配下に指示した。
受話器を置くと洗面所に向かう。顔を洗い、今後の対策を練っていたところにチャイムが鳴った。
「NY市警の者です」
スコープの奥にNY市警の刑事が2人、証明を出して立っているのが見えた。
片方はジェイルと名乗り、背が高く、新米から抜け出たばかりといった風体である。180以上はあるレオンハルトと視線が同じだった。ケビンと名乗ったもう片方はやや年を取っているようで、50くらいに見えた。背もやや低めだったが、あくまでもレオンハルトやもう1人に比べての話であって一般男子としては高いほうである。
後にFBIに入局した竜樹の話によれば、取調べの時に犯人がはきやすいように所謂「グッドコップとバッドコップ」という役割として外見的に強面な人と柔和な人とが組むことがあるという。
眼前の2人組は、まさしくその通りであった。
2人の用件はレオンハルトが行ったというダウンタウンの記者についてだった。
最初レオンハルトは不可解だった。
何故。
ホテルまで突き止められるにしては早すぎる。
あの時、誰かに見られたか?
レオンハルトはここまで考えて、ダウンタウンで会った忍者2人組を思い出した。あの2人がそのまま「ボス」に連絡をしたかもしれない。雰囲気から察するにあの2人組がキーパーソンだとは思えなかったのである。となれば上に報告をしたことになる。が、レオンハルトはあの2人組の「上」がわざわざ通報をするとは思えなかった。
「貴方が殺人を犯したとは思いたくありませんがね。ちょっと同行願えませんか?」
証明書を見せられNY訛りの英語で話しかけられ、レオンハルトは一瞬で対策を練った。
「逃げても無駄です」
どうやらレオンハルトの情報は既に伝わっているようだった。おそらく彼らはこのホテルに着いた時にレオンハルトの滞在を確認し、署内の人間に連絡をしたのだろう。現在、レオンハルトのデータは細部にわたってチェックされているはずである。この一連はレオンハルトを知る者がNY市警内にいることを証明していた。レオンハルトはNY市警にこのまま同行しても大丈夫なのか、躊躇をした。
が、次の言葉を聞いて決めた。
「もう1人居るようですが、こちらは行方がさっぱりですからね」
「・・・・・・もう1人?」
「それも署で」
背の高いほうがレオンハルトの腕を取ろうとしたが、もう1人が押しとどめた。
「よせ。仮にもヨーロッパの若様だ。合衆国とオーストリアの国交にヒビを入れたいか」
「・・・私のことはそこまで知っているんですか?」
「はい、ハプスブルクという名前はこちらでも一応学校の歴史の授業で拝見しましたので」
合衆国には「王室」というものは無い。代わりに、大統領の「一族」が存在する。例えば第32代大統領フランクリン=ルーズベルトの妻は「フランクリンの『五いとこ』の娘」で、セオドア=ルーズベルト大統領の姪でもある。
だが、それでも神君ルドルフ1世を祖にもつレオンハルトには遠く及ばない。
背の高いほうは黙って手を引っ込めた。
「申し訳ありませんな。もう1人の行方が分かれば貴殿の疑いもすぐに晴れましょう。」
言い換えればレオンハルトがもう1人について述べれば解放するということである。
相手はにこやかに笑っていた。本気で言っているのだ。いずれにしてもレオンハルトをはめる罠は出来上がった。
連れ込まれたNY市警はなかなか「賑やか」な場所であった。
レオンハルトはTシャツに着替え、ジャケットを羽織っていた。すらりとした長身はいかにカジュアルな服を着ても当主の雰囲気を消すことは出来なかった。もしここに伊達征士がいたら、レオンハルトを産んだ「王の歴史」に気おされていたことだろう。
窓越しに見た部署では、コールガールが手錠につながれた状態で警官と向かい合って椅子に座っていた。廊下ですれ違った時、麻薬中毒者らしい男性に「にーちゃん、何したんだ?」と、笑って話しかけられる。男性は鼻にピアスをつけていたが、目元が落ち窪んでいた。それこそが麻薬患者特有の「症状」であることを物語っていた。
レオンハルトはにこやかに「殺人事件でちょっとね」と言うが、相手は「ジョーダンだろ」と体を揺らし、けたたましい笑いで応えた。
笑い声に眉をひそめた制服警官が彼をせかす。
レオンハルトは冗談ではないのだがと口の中でつぶやきながら、前を行くケビンに促された。
部署内は雑多であったが、レオンハルトは署内が妙に慌しいなと思った。

長いことNY湾から離れた場所を移動していたレオンハルトは知らないが、少し前にNY湾では日本発ケネディ空港着の予定だったサンライズエアライン機が「空飛ぶ老人」によって尾翼を切り取られ、川に不時着していた。そのため、署内は交通整理や怪我人の救護、身元確認などに追われていたのである。
それ以外はケビンとジェイルのような殺人課などといった部署の者が文書をチェックしているだけであった。
「ミスター、こちらにお願いします」
通されたのは取調室である。年季が入っているのが分かるくらいに古びていた。窓は薄汚れ、外で見た青い空はこの窓を通すと薄い鈍色に塗られていた。
Χ−ファイルみたいだなとレオンハルトは周囲を見た。鑑識室ならオーストリアで何度かお邪魔したことがあったが、取調室に入ったことは無い。レオンハルトは周囲を軽く見た。
「貴殿にとってはこのような場所は初めてでしょう」
レオンハルトの様子を見たケビンは、白くなった髪を押さえながら座る。レオンハルトも薦められるままに向かいに座った。ジェイルがドアを閉める。
「で、少し前に通報がありまして・・・」
「記者のことなら、私も知っている」
「ほう?」
ケビンの目が鋭くなった。が、レオンハルトは続けた。
「確かに通報をしなかったのはこちらの落ち度です」
「ええと、こういう事件は初めてですか?・・・データによればオーストリアの大学の研究員だそうですが」
「そうです」
「しかも医者でもあると?」
「そうですね」
ジェイルが何かを言いたそうにしていたが、ケビンが気配を察知して止める。
「では、あのような死体は『初めて』扱うわけではないでしょう?」
言外に「医者という立場にある者が死体を前に動揺していたという言い訳は通らないぞ」という意味である。レオンハルトはケビンの言葉には一応反応していたが、もう1人のことをどうやって聞き出そうかと隙をうかがっていた。
「私を疑うのはご勝手だが、そもそももう1人いるならば何故そっちを探さないんですか?」
これも言外に「もう一人居るというのは出任せか」である。
ジェイルは眉をひそめたが、ケビンは意図するところを察知した。レオンハルトを虚偽で連行したとしたら問題である。相手はしかも欧州の貴族でもある。調べによれば、いともあっさりと分かったのだが、現存する欧州の各王室の親戚にあたる上に観光を生業としているので、下手したら欧州全体と米国でひと悶着が起きるのは必須であった。欧州の親戚関係を持ち出さなくても「オーストリアの観光業を担当する人間」を不法に拘束すれば、上から叱咤が来るのは間違いなかった。
「まあ、確かにいます。住人は皆明らかですし、記者は職業柄騒音などといったトラブルはない。・・・住人の1人が走り去る人物を見たと言っています」
「住人が嘘をついたということは?」
「住人は」
レオンハルトの質問を受けてジェイルが手に持った書類をめくる。
「アビゲイル=ラッセルと言い、47歳女性のパートタイマー。事件当時はたまたま休暇だったのでペットの猫と一緒にビデオを見ていたそうです。被害者との共通点やトラブルはありません」
職場は近所の店で、職場仲間が彼女を心配して来ていたので話も済んでいます。
ジェイルは相変わらず無表情で読み終えた。
「短時間でここまで調べましたね」
「通報者が貴方であることを教えてくれたのでしてね」
車のナンバーから割り出しは簡単に出来たと、ケビンはにこやかに続けた。
「ですが、腑に落ちないのです」
「?」
「普通、犯罪者は盗難車を使います。殺人犯なら尚更です。誰だって捕まりたくない、痕跡を消したいと思うんです」
「それで、堂々と証拠を残した私を疑ってはいるものの、犯人ではないという可能性も捨てきれないと?」
「・・・貴方の経歴を見るに、汚点がない。消している可能性もありましょうが、とりあえず汚点が無いことを挙げると、オーストリアのハプスブルクの当主がNYに来てまで殺された記者と会ったその理由を知りたいのです」
それだけ言えば解放だとケビンは言っているのだ。
レオンハルトも一瞬伊達征士のことを言おうかと思った。今のところ、伊達征士の家族からの捜索届けはないらしい。そもそも日本の仙台から合衆国のNYまでの距離を考えれば「宝剣の研究の結果」を出す頃だし、まだ気がついていないのだろう。