レオンハルトはすぐに新聞社に向かうことにした。天空の智将が来ている以上、ナスティとの連携で情報を流した者にすぐに行き当たるだろう。
-----うかうかしてられない。
手続きを済ませ、空港の外に出る。外は夏の盛りを示すかのように太陽が道を照り付けていた。
レンタカーを借りると、前もって手に入れておいた情報を元に記者の住所を探す。彼の住所はダウンタウンにある。問題のシーンを流した記者がベルギーの出身だったこともあって、ベルギーにもコネを持つレオンハルトは比較的簡単に手に入れられたのだ。
ダウンタウンにつくと、レオンハルトはビルの向かいにある駐車場にレンタカーを停める。
駐車場はシーズンだったこともあって車がたくさん並んでいた。レオンハルトは路上パーキングの一つを選んだ。やや離れているので、目的のビルまでは少し歩かねばならない。
-----少し離れているが、仕方あるまい。
レンタカーのバックミラーに映る赤茶色のレンガ造りのビルは戦前に作られたらしくあちこちが古ぼけていた。実際に見るとやはり年代を感じさせるものであった。
歩いていて通りすがった若い黒人男性と目が合ったので軽く挨拶する。相手も肌の色から判断したのだろう、にこやかに返した。レオンハルトは内心複雑な思いでビルのドアを開ける。
ふと、真田遼のことが気になった。
先代が自分であることを知ったらどう思うだろうか。
肌の色云々以前に真田家どころか日本とは縁も無い。
こうしてNYに来たのも、光輪の継承者がどうなっているのかを知りたいがためである。
一族との関与を確認次第、伊達征士が如何なる状況にあるかによっては真田遼とも連携を取らなければならない。
こればかりは憂鬱だった。
連携をとるにしても、出来れば彼がもう少し成長するのを待ってからにしたかった。先日に16となったが、中世のオーストリアならば若い騎士として活躍する頃であろう。
が、制度が整った現代ではまだ学生である。
しかも自分と異なって彼はごく普通の少年である。伊達征士の誘拐の背景が何であれ、一緒にいるであろう遠い従弟の秀麗黄との確執を避けたいのだ。

レオンハルトは靴音が響く中で階段を登り、記者の部屋を探した。が、部屋のナンバーを確認する途中で、人が争う音を聞いた。
レオンハルトは音のする方に向かう。ちょうど探していた部屋だったので、開いていたドアから中に入る。
ドアの傍には、別の部屋に通じるドアがあった。目の前はおそらくリビングであろう。板張りの床に、じかに椅子があった。周囲の壁には写真が貼られている。「欧米文化」にありがちな「ベッド」が見えないことからレオンハルトは瞬時に寝室をカウントした。見えない部分に台所があることを踏まえれば2DKであろう。
ドアのすぐ傍の部屋はこれまたドアが開いていた。部屋は赤みを帯びた闇に包まれており、カメラに詳しく無いレオンハルトでも垂れ下がったフィルムの数々から暗室だと理解できた。
そこに目当ての記者と、何やら見慣れない風体の者達が居た。それは冷泉家の古文書で見た「NINJA」に似ているような雰囲気があった。
刃物を持っている「NINJA」に対し記者が必死で抵抗しているところから友好的なムードではないと判断したレオンハルトは、誰何した。
「そこ、何をしている?!」
忍者と思しき者達が振り返る。2人は乱入してきた客を見て、一瞬とまどったような雰囲気を見せた。まるでレオンハルトを知っているかのようだったのだ。
それをいぶかしんだレオンハルトは記者を助けようとしたが、1人が刀でけん制し、もう1人が隙を見て逃げようとした記者を捕らえ、背中にナイフのようなものを突き刺す。
「うぐっ」
記者は、背中に刺さったものを取ろうと反転したが、その隙を突いて忍者は背中の物を引き抜くと、今度は胸に刺した。
「あ・・・」
記者はそのまま崩れ落ちる。2人組の忍者は確認をするとそのまま開け放した窓から外に逃げた。
「待てっ」
レオンハルトは一瞬2人組の忍者を追いかけようかと思ったが、胸を刺された記者の容態が気になったのでそっちを優先した。
「大丈夫ですか?ミスター」
英語で話しかける。レオンハルトはコネはあってもオランダ語を習得していないので、クインズイングリッシュを使うことにした。だが、相手もクインズイングリッシュを使ってきたので、意思の疎通が出来ることに安堵した。アメリカン英語だったら意思の疎通に障害があっただろう。
「あ・・・あぁ」
記者が胸を抑えてうめくので、レオンハルトは一瞬胸のナイフのようなものを抜こうとした。が、出血を抑えるためにそのままにし、彼を椅子に座らせた。
「あい・・・つ・・・ら」
レオンハルトはしゃべるなと言ったが、記者は言葉を続けた。息も絶え絶えに、首をゆっくりと持ち上げようとした。
「おれ・・・が・・・だれか、に、『あのこと』を・・・しゃーべぇったぁ・・・ら、困ると・・・おーすと・・・りあの・・・れおん、はる・・・」
彼の言葉はここで途切れた。首をそのまま後ろにのけぞらせた後は沈黙だった。
それでもレオンハルトは最後の言葉で理解した。
レオンハルト自身を恐れての犯行だったのだ。
だが、誰が?
同時にレオンハルトは、光輪の鎧についてある思考に行き当たった。
相手はレオンハルトと光輪の鎧、もしくは継承者に何らかの関係があると知っているのだ。
レオンハルトは思い浮かばなかった。
レオンハルトに弱みを見せては拙いと思う輩は多い。同族の、皇位請求者であるオットーにしても、政府の信頼も厚く「本家」に代わってオーストリア皇室関連を取り仕切っているレオンハルトに警戒心を見せている。
母方の遠縁とはいえ中華街の一族については推して知るべきだろう。
眼前で首を後ろにのけぞらせた記者をみて、オーストリアの可能性を捨てた。
「光輪の鎧」がある以上、「金剛」を抱く中華街の一族の者である可能性が極めて高い。
だが、同時にもう一つの説を見出した。
仮に一族がやったとしても、光輪と金剛が決して悪しき仲ではないのは推察できる。金剛が、もし自分の身内が光輪の継承者をさらい殺人まで犯させたのを知ったら、一族を決して許しはすまい。
それどころか、一族は鎧戦士達全員を敵に回すのだ。
そんな愚行を一族がするとは思えなかった。
が、昨年に起きた新宿での異変を思い出した。
アラゴの事を迦雄須から聞かされていた。
真田遼に烈火の鎧玉を返す時に聞いた情報である。
-----鎧の力を使って人間界を支配する。
レオンハルトはそこで結論をはじき出した。
鎧の力を欲する者が、一族に居るということである。
おそらく一族でも外れ者であるまいか。
レオンハルトは物言わぬ記者に軽く「死者への敬礼」をすると、踵を返した。
レオンハルトは玄関口をそっと開けて、そのまま外に出る。そして、向かいのパーキングエリアに止めた車に乗り込んだ。
運命のいたずらであろうか。
この時、レオンハルトが助手席に置いた書類に注目せずバックミラーを見ていたら、向こうから歩く羽柴当麻に気づいていただろう。そして、すぐに彼を追いかけて、匿名で警察を呼ぶよう言いつけていたことであろう。
残念ながら先代と当代が出会う運命の時でないことを証明するかのように、羽柴当麻が玄関口に入りドアが閉まった瞬間にレオンハルトはやっとバックミラーを見た。
バックミラーの向こうは何の変哲も無いダウンタウンの風景が広がり、一人の日本人少年の痕跡を消し去っていた。
レオンハルトは背後に車が無いことを確認した後でウィンカーを出して発進させた。