現在ニューヨークと呼ぶ合衆国東部の街は、1624年にオランダ人によって交易の街ニューアムステルダムという名前でよばれていた。後、イギリス人に支配権を渡してからは今の名前となった。紆余曲折を経て現在は観光都市としても有名となっている。
そのNYで、深夜に起きた異変。
それはUFOなどといったオカルト研究家にとっては興味を惹くものであったし、「鎧」を専門とする人にとっては目を疑うような出来事であった。
異変の舞台となったニューヨークのダウンタウンはいろんな人種が入り混じり、ありとあらゆる人種がそこを住処としていた。そんなダウンタウンの裏道では、黒人系の若者達がたむろしていた。そのグループの中には東洋系の雰囲気を持つ者もいた。
彼らは明日を生き延びる方法を模索しながら仲間と快楽に耽っていた。が、その笑い声はいきなり静まった。
さらに彼らの視線は一方向に釘付けとなっていった。視線の先にはビルに挟まれた小さな交差点が常夜灯に照らされていた。
そこに立っていたのは、緑色の存在であった。深夜ということもあって人通りはない。常夜灯に照らされて、緑色の存在はゆっくりと歩を進めた。
そこに1人が誰とも無く声をかける。
「あれ、日本の鎧とか言う奴か?仕様が似ているけど・・・」
「お前しってんの?」
「ああ、前に雑誌で見た。日本史の特集が載っていたよ」
「でも何でここに?」
「ハロウィンとかと間違えたとか?日本じゃあそういう習慣ないみたいだったぞ」
「あぁ?じゃあ、こっちにきた日本人が勘違いして練り歩いているとか?」
「そうでなければ頭がオカシイとか」
呆れたように笑う彼らは知らないが、その緑色の鎧は「光輪」と言った。だが、日本の鎧と異なってこの鎧は怨念の塊ともいえるものであり、後に起こった内部分裂や「歴史の犠牲」の原因であった。
しかし、その鎧には本来ならば動かしている主がいるはずだが、そこにあったのは空虚だけであった。
彼らはしばらくはノンキに会話をしては鎧武者をからかっていた。が、そんな彼らの哄笑の声はすぐに消えた。
鎧武者をサンドバッグにしていたうちの2人、しかも屈強な男が鎧武者の手で軽々と持ち上げられたのである。鈍い音と共に彼らは生命活動を終えた。片方は掴まれた首が、もう片方は頭蓋骨が凄惨なほどにひしゃげていた。
鎧武者の足元に転がっている者の首はあらぬ方向に曲がり、その目はうつろに虚空を見ていた。口からは舌が飛び出しヨダレが出ていた。
頭蓋骨がひしゃげた方は耳や鼻から得体の知れないものがあふれ、目玉が飛び出ていた。
彼らは仲間の惨死ともいえるその最期に絶句し、逃げることも忘れてそのまま凝視していた。眼前の風景が夢物語であるかのように呆けていたのだ。カメラを持っていた者はカメラが手に貼り付いたかのようになり、そのまま緑色の死神の手にかかった。
-----その惨劇の最中、通りがかった目撃者はその様子をスチルカメラで撮影していた。
彼はちょうど別件で取材中であり、ダウンタウン内を歩いていたのだ。目撃者はいつ緑色の死神に見つかるかと脅えながらも、通りの影から震える手でスチルカメラを操作していた。緑色の死神が宙に浮かび消え去ったことに驚愕しつつ安堵した彼は、スクープ狙いでテレビ局にデータを出した。が、地元民からの通報を受けたNY市警に事情聴取を受け証言を取りまとめられていた。
この時、NY市警内に密偵が潜んでいたことから彼の運命は決まってしまったのである。
また、現場に残ったカメラなどを分析したNY市警は最初、殺人犯の姿が写っていると予想した。が、そこにあったのは「生身の人間」ではなかった。
「前年の春」に「東京に居た」者がこの画像を見たらすぐに分かる「存在」であった。NY市警は「鎧」そのものよりも中身にいる「主」の正体を躍起になって探していた。
そして日本時間の1989年8月15日の夜。暑苦しい夏の夜の帳が降りてくるころ。
真田遼が誕生日を祝われていた東京の西、京都でもテレビを見て目を丸くした人物が居た。
水滸と金剛の継承者でもある彼は、ちょうど勉強について一息ついていた。
冷泉志信は机にシャープペンを置くと、背後のベッドサイドに置いたテレビのリモコンを手に取る。
リモコンをテレビに向け、養父母の邪魔が入らないよう消音モードにしてからチャンネルを変えてドラマを探す。
本当ならちゃんと聞きたい所だが、養父母は最近志信の動向にうるさい。テレビの内容が漏れ聞こえ、しかも内容次第ではうるさく言われるのが目に見えている。ヘッドホンでもと思ったけど、以前にビデオを4時間ほど連続して見ていて耳がおかしくなったので、避けているのだ。
------字幕があればもう少し分かるんやけどな。
志信は顔をしかめた。養父母は正しくは母方の祖父母であり、娘、つまり志信の母親が神戸中華街の男性と結婚をしたことに腹を立てて勘当し、家の跡取りとして生まれたばかりの志信を連れ去ったのである。
皇族にも連なるという旧家のプライドが異国の血を拒否したのだ。
------そもそも皇族自体遡れば百済の王家に行き当たるいう家系やから、異国の血なん今更拒否してもその事実は変わりないと思うんやけどな。
志信はそう思いながらテレビのチャンネルを変えた。
------今日のドラマは確か、「華の飛鳥組」かな?
確か19時半からじゃないと見られないのだったと、志信はすぐにチャンネルを切り替えた。今は19時少しすぎである。
そのときだった。
志信は思わず畳にリモコンを落としかけた。
テレビの画面いっぱいに映し出されていたのは、志信自身かつて見たものであった。
それは闇夜の中に緑色が沈み込もうとしている光輪の鎧だった。
しかも、殺人を犯しているところであった。
「な、な、な・・・」
志信は目を丸くして、リモコンを握りなおした。
場所は変わってオーストリアのウィーン。
音楽の都であり、マリア=テレジアから始まったハプスブルク家が終わりを迎えた都である。今は共和国となり、観光都市として栄えている。
その都市の片隅の大学病院に、先代烈火であるレオンハルトは居た。そこの研究エリアで彼は手に試験管を3本、指に器用に挟んで持っていた。壁に並べられた味気ない白い冷蔵庫に試験管を置く。彼はオーストリアの大学をスキップで卒業し、正式に医師として活動してから1年ほどである。
「ロートリンゲン先生、お電話です。日本の京都からですよ」
同じ部屋の離れた場所で電話を受けていた同僚からの言葉に、レオンハルトは研究の手を止めて近くにあった電話を取った。京都の知り合いは志信しか居ない。今は日本は確か、夜のはずだ。
レオンハルトはそう思い、受話器を耳に当てる。
その瞬間、レオンハルトは耳に打撃をくらってよろめいた。
「れーい!テレビ見て!!早く!!」
中華街を挟んで遠縁である従弟の言葉に、レオンハルトは思わず受話器を耳から離す。耳の中の音を何とか追い払うと、再び受話器をつけた。確か志信の家は養父母がうるさい。夜に電話をしかも大声でしたら叱られるはずだ。そんな環境にありながらそれでも大声を上げるとはよほどのことだ。
「テレビ?」
「うん、NYのをやっている奴。今見て!」
レオンハルトは眉をしかめた。テレビといってもここには患者用のしかない。まさか、拝借するわけにもいくまい。
「患者さんのでもいいから見て!光輪の鎧が人を殺している!」
この言葉でレオンハルトは一旦受話器を置いて、研究室から出るとテレビを探した。患者用のしかなかったが、それでも何人かはお昼のニュースを見ていたようで、音がもれ聞こえた。
「なんだこりゃ」
病室の患者の声に惹かれたフリをして、そのテレビを見る。
「変なものが写っているぞ」
「サタンの僕・・・じゃないのか」
周囲であれこれとささやかれる言葉に内心めまいを起こしつつも、レオンハルトはニュースを見た。
確かにそこには、遼やナスティ、志信が見たのと同様に光輪の鎧による殺戮シーンがあった。
志信は養父母の手前日本を出るに出られなかったので、一介の研究員でもあったレオンハルトは研究を中止して休暇を取り、NYに渡った。

レオンハルトはふと、自分が出た空港のゲートを見た。そこにはかつて書類の上で見た3人がいた。ナスティ=柳生と羽柴当麻、そして何故か幼い少年だった。
レオンハルトは片眉を上げると、足早に歩き去る。羽柴当麻と少年はともかくナスティとは以前にフランスで会ったことがある。光輪のニュースから推察するに、ナスティにとってもレオンハルトのような知己に会うのは喜べるものではないと理解したのだ。
ナスティはレオンハルトが先代烈火であることを知らない。
レオンハルトも、ナスティを通して秀に自分のことを知られるのは必ずしもいいことで無いことを承知していた。
今この場でナスティと鎧について一言でも語ろうものなら、NYの光輪の継承者の命がさらに危ぶまれるかもしれなかったのだ。
光輪の継承者、つまり伊達征士がどんな人間であるか、レオンハルトは理解していた。
剣士としても誇り高い彼が、殺人などという愚を行うはずが無い。
継承者が殺人を何故犯したのかというよりもむしろ、誰が、もしくは何が光輪をそこまでさせたのか、そっちが気になったのだ。
おそらくあの鎧の中は空洞であろう。
レオンハルトは以前に会った傀儡師を思い出した。いけ好かない輩で、レオンハルトの持つ烈火の鎧を何とかして手に入れようとしていた。一時期は消滅が危ぶまれたが、無事真田遼に渡せて安堵したものであった。
が、今回も傀儡師のような者がまだ居たのかと思った。
そもそもそれ以前にかりに傀儡師がいたとしても、何故光輪を狙ったのか。
そこまで考えてレオンハルトは秀を思い浮かべた。
まだ15であり、半月経てば16になるという少年というよりも、彼の背景にある「もの」を浮かべたのだ。
レオンハルトは一族の欲しているものが鎧の力であるのを理解していた。だからこそ、真田遼に返した。
だが、奇妙である。
一族が伊達征士を捕らえても、結局はこうして羽柴当麻が来ている。おそらく真田遼、毛利伸、秀麗黄も後からくるであろう。
一族にとってこうした獲物がかかってくるのは嬉しい話であるが、それならば日本やオーストリアまで伝わっているニュース自体を何故潰さなかったのか。NYとオーストリアの「放映」における「時間差」を考えても、一族が伊達征士を誘拐したとは思えないのだ。
欧州の中華街を束ねる若き長老であるレオンハルトに知られないようにするにしても、お粗末な話である。
レオンハルトはふと自分こそがターゲットだったのではないかと思ったが、すぐに否定した。
志信もレオンハルトに協調しており、志信自身も父方の血筋から将来一族の重鎮になる立場にある。万が一レオンハルトの身に何かが起これば志信は日本のみならずアジア圏の保守派を引き連れて内部分裂を起こすだろう。下手すればNGCの人身売買などといった全ての情報を世界中のマスコミ及び国際裁判所に流されかねない。
レオンハルトを狙うとしても危険極まりない賭けである。
万が一レオンハルトのことを真田遼が知ったら、どうなるか。レオンハルト自身とてナスティとのパイプだけは死守してある。万が一のことに備え、鎧世界の台頭を防ぐためにもデータを渡せるように。
「あら?」
ナスティはふと目の端に捕らえた人物を直視しようとした。が、その人物はすぐに人ごみに消えた。
「どうした?」
当麻が純のリュックを直しながらナスティに声をかけた。
「ううん。何でもなくてよ。知り合いを見ただけ」
「・・・それってナスティがここに居ることを知られるとまずいのか?」
当麻は純の頭に手をのせた。
「それは大丈夫」
ナスティはうなずいて、2人を促した。
「純、お母様にはちゃんと連絡を済ませたわよ。ゆっくり遊んでらっしゃいって」
ナスティは純に手を伸ばして繋いだ。
法事でしばらくは帰れないので、ナスティの急な仕事の見学をすることに疑いを持たずにパスポートの在りかを教えてもらったのである。
父親が海外出張で妻子を一時期伴ったときのもので、幸いなことに期限は切れてなかった。
純と手を繋いだナスティは時間差でまだ空にいる3人の弟を思った。