AEON―鎧拾遺伝サムライトルーパー―
天空の彼方―月龍編― 平安なる武士の終わり5
時空間を飛ぶ月龍は、自分の身がこの時代に引き寄せられているのを感じた。他の時代に行こうとしても、大きなガラスの箱で囲まれたかのように感じる。
やはり妙だ。誰かが引っ張っているのか。
あの神父が何かをしているのだろうか。「鎧の継承者を消す」という言葉から推察するに、ここで何かをするつもりなのだろうか。月龍も一緒に始末しようというのだろうか。
月龍は義経の兄を知らないので、空間を抜けると「鎌倉の中心」らしい大きな建物を選んで中庭の死角に潜んだ。ちょうど低木があるので、そこの影に隠れながら歩を進める。
中庭は小さな池もあり、冷泉家の数百年の歴史を詰め込んだような「雅」の風情とは別に、こちらは自然を自然のままに残しそれでいて適度に手入れが入っていた。
関西と関東では趣が異なると冷泉家の当主から聞いたが、こうして見ていると面白かった。ただし、時間を遡っているという事実さえなければの話だが。
幻術を使おうかと思ったが、同じ輝煌帝の力を持つ神父もどきとの対決を考えると微々であっても余計なエネルギーは使わないに越したことは無い。護衛に見つかったらすぐに時空間に逃げればいい。
「平家はとりあえず滅びたのだから、義経と対面してやってはどうですか?」
女性の声だ。近くにいるらしい。
中庭は小さな池があったりと広かったが、月龍のいる位置からは女性の居る部屋に近かったようだ。
義経という名前が出てくる上に「対面」という言葉から正解だったようである。声の方向を覗こうと思ったが、声が反響しているのかどこから聞こえてくるのかまではつかめなかった。竜樹ならすぐに分かるのだが。月龍はその場でじっとしていた。
「・・・・・・」
「確かに義経は天皇を間接的に海に沈めてしまいました。けれど、これは傍に尼ぎみがいたからです。そもそも幼い子供に自害など出来るはずないのですよ」
尼ぎみが無理心中をしたようなものです。義経とて、まさか尼ぎみが天皇を道連れにするとは思っていなかったのです。生きていても武士でないために罪に問われることはないのに、自害を選んだのは尼ぎみです。私たちに天皇を処罰することは出来ませんよ。
「確かにそうだが、それ以前の問題があるのだ」
「問題?」
「あいつ自身のことだ」
「義経が何か?」
「あれは真実義経だろうか?」
月龍は耳を疑った。義経がニセモノ?
相手の女性も相手の話す内容に意外だったようだ。
「はぁ?何を・・・」
「私と義経は12も離れている。しかも私は関東、あれは京だ。生まれてから一度も対面したことがない」
乱が起きた時、あれは生まれて間もない頃だ。もしくは母親の胎内に居たか。
なのに、何故自らを私の弟と名乗るのか。
真実そうかもしれない。あれの同母兄二人は実際に会っているから知っている。
だが、死んだ義円を除いてあの二人が実際に会っているのを見ていない。
「単なる偶然では?会おうとしても色々な用事で会えなかったのではないですか」
そもそも全成は鎌倉であれこれと動いていたはずでしょう?義経殿は京で貴方の指示にしたがって待機していました。
兄らしき人は女性にさらに言った。
だが合流した時、彼らが顔をあわせたという話は聞かなかった。異母である我らさえ涙を流しながら喜んだ。同母である彼らはもっと感慨深い話のはずだ。特に全成は別れた時6、7歳くらいだったし、ほかはともかく身内についての記憶があるはずだ。
話を聞いて月龍は自分の過去を思い出した。
6歳くらいは確か秋に入学式があったな。晴れていた気がするし、お気に入りのレースの靴下を穿いて浮かれていたのを養母が手を引いていた。
「・・・・・・では、義経がニセモノだと?」
「そうだ」
任官されたのも偽者だからではないか。
当時は衛星はおろか写真などというものはない。竜樹が犯人逮捕の手段の一つとして衛星を利用したという話を聞いた。さらにこの時代に「絵」はない。「似顔絵」が出てくるのは江戸時代になってからだ。それまでは「美術」というものでしかなかった。
月龍はロートリンゲン家の廊下に並ぶ肖像画を思い出していた。
「そんな」
女性はあ然として相手を見ていた。
「殿!まさか、本物の義経殿はいないとおっしゃるのですか?」
「もしくはすでに殺されているとか」
奥州から来たというのも怪しい。私の居住である鎌倉や伊豆を飛び越えて何故奥州なのだ?本物の義経は生まれてすぐか幼年期に殺されたか、奥州で消されたか。一緒にいるという佐藤兄弟についても妙である。
「関東に入れないのは、単に平家の監視の目を恐れてのことでしょう?やむなく北で一旦時期を待っていたのではないですか?」
月龍はこれを聞いて、日本の権力の版図を脳裏に浮かべながら地面に書いた。
京には天皇家、関東には義経の兄、奥州には義経の後援者か何か。
「奥州には上皇の近臣の娘が嫁いでいる」
京と奥州につながりが出来ている。さらに嫁ぐといえば、義経は平家の娘を娶った。
月龍は足元の地面の版図に上皇←→奥州、義経←→上皇、奥州←→義経というふうに矢印を付け加えた。
関東は北と西に囲まれた形となっていた。
月龍はなるほどと思った。同時に兄の意図が見えてきた。
義経は気づいていないとはいえ奥州の後援者と京の上皇の道具になってしまっている。そのため兄との対立を考えているかもしれないという。
可能性だけでそう決めてしまうのかなと思ったが、この兄が自分の経験からそう考えてもおかしくないと判断した。
義経の話を思い出す。
兄は清盛に処刑されかけるという憂き目を味わったが、清盛は継母の懇願で見逃した。結果、平家は滅んだ。
今度は軍事力を一手に集めたいが、肝心の義経が奥州の後援を受けるのみならず京寄りになっている。「本物の義経」ならすぐに兄に報告を済ませに行くはずである。奥州の後援もあるのであれば、それを兄に任せることも出来るはずである。何故そうしないのか。最悪の場合、今腰越にいる義経は上皇や奥州の後援者、藤原氏が作った偽者ではあるまいか。
情けない話だが、月龍は現代のレオンハルトとこの時代の義経の兄という「比較対象」をミスっていたことに気づいた。レオンハルトが叱らないのは私を赤ん坊の頃から知っているから、その性格や思考がある程度読めるからではないか。
「人間として奥州の後援を惜しんでいるのか、それともニセモノであるがゆえに今度は私を消したいのか」
奥州からの後援を惜しんでいるなら、それに代わる財力を与えよう。兄としても武人としても惜しい人材である。
だがニセモノであるならどうすべきか。いつすり替わったのか分からない以上、こちらとしても動きが取れない。
「万が一本物だった場合、どうすればいい?」
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