AEON―鎧拾遺伝サムライトルーパー―
天空の彼方―月龍編― 平安なる武士の終わり3
「義経・・・さん」
で、いいのかな?
「さん?」
「いや、私の国ではそう敬称をつけて呼ぶもんで」
正確には「未来の私の親戚の国」であるが。
義経はそうかと笑って言った。完全に警戒心は解かれたようである。ちなみに武蔵坊弁慶と名乗った大柄な男は、二人を会話の為の部屋に案内して先を歩いていた。
「いいぞ。義経さんで」
「どうも。で、義経さんは、どうしてお兄さんに無理やり会いに行こうとは思わないの?」
月龍はかつて養兄が金剛に関わる件でまだ12歳の月龍をオーストリアから出そうとしていたことを思い出していた。失敗作とはいえ金剛の継承者を傍に置くと一族への叛意ありとみなされ、「朱雀」と「長老」の地位剥奪か月龍を殺すかを選ばされた。鎧に関わることから長老や朱雀としての立場はどうしても保持したい。彼にはどうしても鎧についてやらなければならないことがあった。自分の立場の保持と月龍の命の安全を考えて、一族の誰かと娶わせるという名目で国外の花嫁学校に押し込むことにしたのだ。
それを聞きつけた月龍は養兄に言った。
「私を外に出したら、間違いなく死ぬんでしょ」
確かにその危険もある。だが、一族の誰かと結婚すれば相手は月龍の血統から金剛の継承者を得ることもできるし、一族としても月龍を抑えることも出来る。
失敗作として赤子のうちに殺害されるのを止めさせ肉体的に女児に作り変えてしまったのはレオンハルト自身である。
-----大丈夫だ。私が守る。
そう言う彼に月龍は言った。
-----ならば同じ出すにしてもレディが行く花嫁学校じゃなく好きなところに行きたい。
どうせ死ぬなら、好きなところで死にたいという意味である。レオンハルトもそれならばと快諾した。
だが、国外にいる間、監視の目はあったものの特に何かが起こるというわけでなく無事卒業を迎えた。その間に月龍にもレオンハルトにも色んな出来事があったが。
「無理やりか。確かに」
義経とてそう考えないこともなかった。だが、兄の現状を見るに、そんな強引なことをしたらかえって謀反人扱いされるのではないかと思った。
「今の私じゃ謀反人扱いされるかもしれないからな」
「そうか。そうだったね」
妙な話である。月龍はさらにたずねた。
現代で言うリビングのような場所に二人を案内した弁慶は無言で頭を下げると縁側に下がって待機した。
畳が敷かれたリビングは広く、こっそりと数えたら10畳は越えていた。「縁側」というところからは太陽の光が入り込んでくっきりとした屋根の影を作り、その部屋が南向きであることを証明していた。陽光に照らされた部屋の中はシンプルの一言で、装飾の類は一切無くテーブルすらも無かった。この「日本」において「テーブル」が無いということは戦国以前の時代であろうか。16世紀に織田信長が使用したという南蛮渡来のテーブルが織田家縁の家から見つかり、鑑定の末に本物であるお墨付きと共に国立博物館に寄贈されたという話を聞いたことがあった。月龍は冷泉家の当主が連れて行ってくれた日本料理店で、テーブルが無いのに驚いた記憶を引っ張り出した。その料理店では脚がついたお盆がテーブル代わりであり、冷泉家の当主からにわか作法を教えられていただいた。この時代は16世紀よりも昔のものであろうか。
月龍は使用人が用意した座布団のような敷物に座った。向かいには義経が裾を払って胡坐をかいて座る。縁側では弁慶が不動のままであった。月龍はその様をみて、レオンハルトと志信を思いだした。
「そもそも何でそんなことになったの?」
「うーん。兄上としてはお上を生かしたかったしその命令を出したけど結局死なせたし」
天皇の即位に重要な役割を果たす宝剣は海に落ちてしまったし、後白河法皇からの褒美を受け取ったのを知ったらかなり怒っていたし。
義経の言うことはとりとめもなかったので月龍は推察するしかなかった。神父もどきの狙いもこの義経に関係がある以上、きっかけなり動機なりと「鎧」に関した情報が欲しかった。
「お兄さんは、つまり剣士としての社会を作りたかったのか」
剣士の社会を作るというのは、鎧の力に関するものだろうか。もし月龍がロートリンゲン家ではなく冷泉家の養女であったならすぐに神父もどきの狙いが義経ではないことに気づいたし、この時点で護衛の1人の異変にも気づいたはずであった。
「剣・・・?武士か?まあ、そういう組織を作ろうとしていたな」
「ブシ?その剣を下げている人をブシというのか?剣士じゃなくて?」
「そうだ」
「・・・そのブシの組織を作ろうとしているわけだね」
日本では、確か現代では最古の王朝としてギネスに申請されているとかされていないとかそういう話もあったな。
「その組織を作りたい兄上としては、天皇の権威を利用したいのだろう」
だから宝剣と当代の天皇を海に沈めたのは手痛いダメージなのだ。
「当代の天皇を、平氏の血を引くとはいえ間接的に殺してしまったようなものね」
これでは源氏としては間接的とはいえ天皇殺しという汚名を着てしまった。さらに即位に必要な宝剣までも失くしてしまったとなれば、源氏の「総責任者」でもある兄の責任となる。戦争が終わって勝者となっても当代天皇と即位に必要な宝剣がないと、次代の「平氏の血を引かない天皇」への譲位が出来ない。だから、全ての責任を負わされた兄は怒っている。
さらに天皇と宝剣をこちらで抑えれば組織の設立のために朝廷との交渉の道具としても使えたのに、そのチャンスもふいになってしまった。
それについて怒られても仕方ないとしても、上皇からはご褒美をもらったのだが兄として弟の出世を喜んでくれると思ったら、これまた怒っている。
「何でだ?」
月龍に言うわけでなく、ひたすら一人で唸っていた。
「ちょっと待って」
月龍は上皇の人となりを知るべく、彼の過去を聞いた。
即位前は皇位継承順位が遠いため気楽な暮らしをしていたところ、相次ぐ兄と弟の死で即位。
平家の台頭や平清盛の専横により、幾度となく院政を邪魔されてきた。そして、息子の令旨と清盛の死で義経たちが平家を滅ぼした。
「じゃあ、今は心置きなく院政をしているわけね」
待てよ。
月龍はふと、思った。
平家が滅んだのはいいけど、鎌倉にいる兄は「ブシ」による組織を作って政治を行おうとしている。一瞬関東に自分の王国でも作るんだろうかとも思ったが、違った。
「兄上は御家人達をまとめるために軍事方面の権力を集中させようとしているんだ」
自分の部下をまとめるためとはいえ、後白河法皇としてはそれはすごく嫌なことではないだろうか。では、どうすればいいのか。邪魔をするなら初期段階で手を打ったほうが早い。関東にいる兄を京都まで呼び寄せて、「お願いだから平家みたく邪魔しないで」と言うのか。それだと上皇の過去からそのようなイメージが湧かない。
「そういえば、あなた、比叡山で暮らしていたというけれど、よく無事脱出できたね」
月龍は京都の地図を思い浮かべた。東京から飛行機で行ったが、かなり離れているという印象を受けた。
「ああ、あれは母上の再婚相手が従兄弟に話をつけてくれてな。その従兄弟の息子がちょうど奥州にいるというので、そこで待機したんだ」
「へぇ」
奥州というのは関東のさらに北だ。義経の説明を受けて頭に浮かべた地図の、東京の上に奥州の文字を付け加えた。
「脱出する時、元服も自分でしたしな」
「元服?」
「大人になるための儀式」
「ああ、成人式ね」
「せいじんしき?」
「私の国ではそういうんだ」
月龍はさらに言う。没落した一族の、しかも妾の息子というのはそういうものだと義経は寂しそうに言った。
月龍は彼に自分を重ねた。もし自分が男子として育っていたら、やはり彼と似たような境遇だったのだろうか?
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