AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

天空の彼方―月龍編― 平安なる武士の終わり

現代を目標にして時空間を渡っていると、ふいに引っ張られた。

何が起きたの?

月龍は時空間の中、強い力で引っ張られているのに気づいた。誰かが呼んでいるようでもあった。
月龍は、それが何者もしくは何物であるかを確認する暇もなく、時空間と過去との境目に引きずられた。
次第に空間が青くなっていく。白い綿のような物が視界のあちこちに見えた。

------空だ。

落ちるかと思ったが、地面はすぐ下だった。月龍はとっさに受身を取る。肩が痛かったが、地面が「草」で「柔らかかった」ためにたいした事はなかった。
月龍はすぐに起きて、周囲を見る。
森の中だが今度は明るい。鳥の鳴き声もする。どうやら昼間のようである。月龍は心なしか安堵した。さっきまでは闇の、しかも地獄絵図とも言えるような場所に居たのだ。太陽というものがいかにありがたいものであるか、闇夜を照らす光がどれだけ愛しいものであるか。
月龍が安堵のため息を一つついたときだった。

「・・・・・・おい」

声の方向を見る。声の主は大の字で月龍の下にいた。
草だと思ったのは服の模様で、しかも着ているのは若い男性だった。頭部には妙なものをかぶっていた。歌舞伎か何かで見た気がする。
どうやら草地ではなく、「草」の模様の服を着た人間の背中に激突していたようである。
着ている服はといえば、日本で親戚がイベントで着ていた「袴」みたいなもので、オーストリア育ちの月龍にとっては重そうに見えた。もっとも夫が貴族として正装をした時も、重そうだと思ったものだが。
彼の姿はかつて連れて行ってもらった京都の「北嵯峨撮影所」というパークにいる人たちと同じだった。
仰天した月龍はすぐにどけると詫びた。相手はというと。
「木の上からでも落ちたのか。女子のくせにとんだおてんばだな」
苦虫を噛み潰した顔をしていた。
ちゃんと降りるようにしていたつもりだったがどうやら座標をミスったらしい。長い間時空を転移するようなことはなかったから、カンが鈍っている。
「申し訳ないです。一つ教えて欲しい。ここはどこです?」
だが、相手は答えない。代わりに月龍をまじまじと見た。その視線は「奇怪な者」を見るものだった。月龍自身がかつて味わったものであった。オーストリアで味わった、貴族社会の中でも特異な、アジア系である養女の月龍に対する奇怪な目つきであった。
「お前、どこの者だ?その服は何だ?」
月龍は相手を京都の撮影所のスタッフかと思ったが、違うことに気づいた。相手は「スタッフ」としてではなく、月龍を本気で「怪しい服を着ている者」として見ていた。
どうやら本物の「過去」に「引っ張られた」ようである。
「あ、まあ・・・これは・・・」
困った。何を説明したらいいのだろうか?こうなるから時空転移というのはあまりしたくなかったし、しないように気をつけていたのだが。元凶があの神父モドキだと思うと腹立たしくなってきた。
「?」
口ごもる月龍を見た相手はまゆをひそめ、腰の刀に手をやる。
それを見て、月龍はホールドアップの形で両手を挙げて言った。
「スト、いや、ちがう。私は単なる通行人!」
「鳥かお前は。通行人がなんで私の上に降ってくるんだ」
ごもっとも。
空を指差した後で月龍を指差す相手を見て、月龍は竜樹ならどんな言い訳をするのだろうかと思った。
相手はそれでも刀から手を離さない。怪しければ一気に斬るつもりなのは分かっていた。
月龍もいまでこそ単なる一般人(?)になってしまっているが、「封印」さえ解ければ剣くらいは使える。それでも相手は「ただの剣士」である。間違いなく月龍が勝つだろうが今はあの神父もどきを追いかけたいので、なるべく余計な体力は使いたくない。
穏便に事を済ましてやり過ごそうと思っても、今度は精神的に疲れる。こういう武器を持った相手との交渉ごとはFBI捜査官である従弟の仕事なのだ。何ゆえ私があたらなければならないのだろうか。しかもホーリーロッドを出し損ねたために丸腰で。
月龍は手を挙げ疲れて、げんなりした。指先まで伸びきった手も、あまりのことに丸まる。
「・・・・・・」
相手はじっと月龍を見た後で、ため息をついた。
「密偵というわけでもなさそうだな」
「みってい?」
「兄上のだ」
「悪いけど、私は何のことだか・・・」
月龍はさっぱり分からなかった。今が現代でないとしたらどの時代なのか。彼の服装や頭部のものの技巧をみるに、さっきの時代よりは大分上がっているようであるが。オーストリア育ちなので日本については親戚からの又聞きやスペイン経由でしか知らない。しげしげと彼の被っているものを見る月龍に、彼はやや警戒心を弱めたようである。それでも月龍の視線から守るかのように頭の被り物に手をやっていた。
「妙な奴じゃな。私は源義経だ。お主は?」
「あ、つきりゅう・・・月龍です」
本名を名乗ろうかと思ったが、こちらではもしかしたら知られない代物かもしれない。日本での名前として、コードネームを使ってみた。だが、源義経というフレーズを聞いても月龍にはピンと来なかった。最近は日本の従兄からNFK大河ドラマの話を聞いたけど、義経ではなかった気がする。
「して、今はいつです?ここは?」
「・・・・・元暦二年の日本の鎌倉だ」
「げんれき・・・うーん」
眼前の男に丁寧に「国」名まで教えてもらったので、月龍は両手を今度は前で組んで頭をひねった。その様子を見て、義経と名乗った男は警戒心をといたらしい。
「変な奴だな」
「そう?日本のこと、詳しくないから・・・」
時代が分からない以上、まさか、オーストリアのものだとはいえない。
「?お主、日本の者ではないのか?」
今度は義経がしげしげと月龍を眺めた。
「では大陸のものか?平家は日宋貿易をしていたし、そこから来たのか?」
義経は月龍に大陸の人間であるという可能性を見出すと、質問してきた。
相手のあまりの変貌に、月龍は訳が分からなかった。
「もし大陸に渡れるならと思うのだが、どのルートだと渡れるのだ?」
月龍は彼の言いたいことがこれまた分からなかった。
時代を脳内検索していた時、ふと月龍は今までの会話を思い出した。

何で会話が成立しているんだ?

月龍自身日本語も習得したが、やはりゲルマン系がメインとなる。おまけに時代を遡っている以上、現代日本語とこの時代の日本語とではかなり異なるはずである。
親戚の冷泉家でこっそりと昔の書類を見せてもらったときは難解な文章が並んでいて、目を回す月龍の隣で冷泉家の当主も苦笑していたものである。
「昔はこういう物言いやったと思うけど、確かな証拠はないからね」
それでも彼は月龍に時間を飛んで貴族や武士の会話内容を録音してこいとは言わなかったが。

今まで飛んだことはあっても当人達と会話することはなく、先ほどの時代では原始時代らしい少年とろくに会話を交わすこともなく終わってしまった。

時間を飛ぶということはそもそも「光」と契約した時に得た能力で、何度か必要に迫られて飛んだことはあっても当時の人と話すようなことはしなかった。ちょっと話しただけで歴史が変わる恐れがあり、下手したら月龍が消滅する恐れがあったのだ。

だが、こうして時間を飛ぶと、自動的に翻訳がなされしまうのか。
小さい時に見たネコ型ロボットのアニメじゃあるまいし。輝煌帝の力にはコンニャクならぬ翻訳できるシステムでもついているのだろうか。
月龍は初めてのことに脱力した。
とりあえず会話は出来るようなので、彼に話しかけてみた。
「大陸のものでは一応あるが」
出生については今ひとつデータがないので、顔立ちからおそらくアジア系であるのは確かだった。育ての親はオーストリア人と中華系インド人であったが、それでも彫りは深かった。

弥生の終わり2 平安なる武士の終わり2