AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−

始めに光ありき−竜樹サイド−

2009年11月25日改訂
数年後の「アメリカ合衆国南部」から、一度停まっていた物語が動き始める。
それは同時に鎧伝説の黎明を意味していた。


緯度がワシントンよりも赤道に近いためか、合衆国南部の夏の気温は昼も過ぎたのになお高くなってきたような気がする。空には白い雲が浮かんでいるが、それがますます夏を強調しているようだった。
大きいとはいえない通りには家が夏の日差しを浴びて並んでいた。いずれもかなり前に建てられたかのような雰囲気だった。風に煽られて通りの土ぼこりが舞う。
数日前には台風が来ていたというのに、夏の日差しが一気に空気を乾かしていた。
「どうもご苦労さんでした」
60年代に建てられた壊れかけの家から出て、竜樹は庭先の通りを眺めた。向かいの家は台風の爪あとを修復している。
この家を最後にFBI捜査官としての仕事を済ませた。後は上司に報告しよう。
そう思って芝生の庭を横切る。太陽の光を受けて一気に頭が熱くなる。乾いた日差しが金色の頭を射してくるのが分かる。
このままでは目にも悪いので、サングラスをかける。養従兄によれば黒い目の者は日差しに強いという。それ以外の人は日差しに弱いので、サングラス越しでないと夏場のような明るい時では目を開けていられないという。疑心暗鬼だが、実際に目を開けていられない。養従兄の「一般的なうんちく」はともかく、生まれ持った「特性」としてはサングラスが必要である。
庭を通りながらサングラス越しに周囲を見る。周囲は木々が茂っていて、飼われているらしい白い犬が暑さで気絶しているかのように寝ている。
竜樹はそんな犬を見てしみじみと自分の体に「毛が無い」ことを感謝していた。自分の体について、かつて金剛の継承者を人工的に生み出すために建てられたネオジェネレーションクリエイト研究所、通称NGCで知った。「特性」である「目」も、実験の結果による「キマイラ」から来ている。
「金剛の鎧の継承者を人工的に生み出す」という馬鹿げた計画の一端で、竜樹は「トルーパー」計画の被験者として生まれたのである。被験者は竜樹だけではなかった。他にもいたのだが、人工的に人間を生み出すという行為はやはりゆがみをもたらしたらしい。今となっては「トルーパー」計画で生き残ったのは彼ひとりである。
竜樹がNGCを調査した時はレオンハルトによって既に計画が破綻し、被験者達は竜樹やNGCの研究所所員の見境無く襲っていた。
彼らを肉体から解放させた今となってはその計画はもう動くことも無い。自分もいつか土に返るだろう。火葬という形で「自分が生きた痕跡」を残さないつもりである。
竜樹は薄暗い木陰で気絶したように寝そべる犬をながめながら通りに出た。
通りといっても小さく、NYやワシントンなどで見られるような大きく賑やかなものではない。小都市というのはこんなものなのだ。
車も時々すれ違う程度である。だが先日の台風のせいで車の種類はパトカーや消防車が多いようだった。

元々は南部の静かな住宅街だが、台風のためにこの近くで土砂崩れが起き、隠されていたらしい「ほら穴」が出てきた。
地元民は行方不明者の捜索や流された木材の収集などをしていたときにこの穴を見つけ、中を確認すると保安官に連絡した。
そこには異様な像が隠されていたので、合衆国の研究機関に鉢が回ってきたのだ。この期間、地元民は安らかではなかったようで落ち着きがなかった。以前どこかでカルト宗教とかの事件もあったことだし、これもそういう類だと思ったらしい。
自分のしている事は警察の仕事じゃないのかと思ったが、合衆国の要請である。別の意味で警察では手に負えないような内容だったらしく、警察の仕事ではあるが万が一のことを考えてFBIにも回したのである。
調査の結果、宗教がらみの殺人といったことは無いので、竜樹は警察に寄って説明を済ませた後で原因となった場所に行ってみた。
「ほら穴」と呼ばれる穴は、見た感じでは「ちょっと奥まである穴」である。昔の大型恐竜や大型動物が獲物を探して掘っていたような穴だ。岩肌がむき出しだが土砂崩れの恐れがもはや無いので、地質調査などが行われている。
「・・・・・・なぁ。」
「何?」
竜樹は穴に入ると、白衣をまとっている見慣れた東洋人女性に声をかける。月龍である。20代半ばを過ぎ、出会った時に長かった髪もすっかり切り落とされた。初めて会った時よりも女性として成熟しつつある。実際、半年前に彼女は息子を産んだ。この仕事の前に顔を見るとしんどそうだったが、月龍に言わせると「子供を産んだ後は大変なもんだよ」だそうだ。

そんな月龍を見て、早く戻りたいだろうなと竜樹は思った。自分としてはこのままメキシコかハワイあたりに飛んでバカンスを楽しみたいところである。南国のパラダイスのイメージが彼の脳裏をよぎっていく。

現実逃避を始めた竜樹の周囲には白い服を着た老若男女が動き回っている。合衆国の要請で歴史関係の研究所から派遣されたスタッフ達だ。
炎天下、その長袖の白衣は暑くないのだろうか。
そう思った彼は上司の目が届かないこともあって、日本のゲームのオフィシャルショップで買った半そでのシャツ姿である。それでも汗は出るが、むき出しになった腕は太陽の光で焦げていくような感覚がした。調査の前にサンオイルを塗っているとき、竜樹はまるで自分が網に乗せられる「焼き鳥」ならぬ「焼き虎」になった気がしたので、無理やりに脳裏の彼方に押し込めた。
月龍はというと彼らに混じって一緒に統計をとっていた。彼女は元々別の専門の学者だが、合衆国とは異なる「上」の要請でもぐりこんでいる。
「報告によると、特に害にあったケースはないぜ」
低い小声で月龍に報告する。周りに聞き取られないようにするためだ。
FBI捜査官の職にある竜樹はもともと合衆国の要請でこの捜査にかり出された。だから不満を持つ部分もある。だが、月龍がいるということは竜樹や月龍の一族に関わる何かが隠されているということだ。
「そう」
月龍はデータに目を落としたまま、真ん中で分けてある前髪が顔にかからないように抑えた。竜樹を無視しているのではなくデータの相違を見逃さないようにしているのだ。
「そっちは?何かある?」
「ないよ。強いて言えば、インカ帝国の手術の秘密くらいかしらね」
「インカ?ここにか?」
「・・・・・・珍しいケースでしょ。南米ならともかくこの合衆国に・・・」
月龍は手に持っていた地質データから目を離して竜樹を見た。その瞬間、眉をひそめる。
「貴方、何をしていたの?」
竜樹の首筋にある赤いものを見つけたのだ。くっきりと赤い筋が2つ、孤を描いていた。
「それ・・・口紅?」
「あ」
「貴方、ちゃんと調べた?」
「ちゃんと調べたよ!これは別のものだ!」
首筋を押さえてそう叫んだが、周囲の視線、とりわけ女性の視線がとげとげしくなった。
白いヒゲを生やした老スタッフもけしからんとばかりに首を振った。
竜樹は自分の立場が悪くなったのを実感しつつ、報告を済ませた。

------あいつ、俺の女房かよ。

自業自得であるが憤然とホテルに戻った竜樹は上司に電話で被害の有無の報告をし、研究所のスタッフについて指示を仰いだ。
これでここですることは無くなったので明日ワシントンに帰ることになりそうである。夕食は軽くピザでも注文しようかと、一旦切った携帯を再度プッシュすべく指を動かした。そのとき、携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「竜樹」
相手は月龍だ。
「やはり、本当だったわ。あの件」
「そうか。・・・あのおっさんの言うとおりだったわけか」
電話の向こうで月龍が難色を示したようだった。
無理もない。「上」とは、つまり月龍の夫なのだ。年はかなり離れているが、性格が合っているようで半年ほど前に月龍は彼の息子を産んだ。本来ならもっと下の者がやるはずだが、「上」は俺達にひそかに要請した。
「伝承学者のナスティ=柳生女史がいるので、慎重に調査をして欲しい」
俺だけでも事足りるかと思ったが、専門家も居たほうが良いかと思い月龍も一緒に行くことにした。「上」としては出来るなら「もう一人」に行って欲しかったようだが、本人は折悪しく別用を抱えていた。まさか全てが罠だったとは思わなかったし、分かっていたら彼女を連れて行かなかった。後に彼は「上」にそう告白している。「上」は竜樹をねぎらっただけで咎めなかった。
「ナスティさんにはまだ見せていないけれど・・・今夜に何とか始末したいわね」
「分かった。今夜の1時に行くか。その頃なら皆寝ているだろうし」
伝承学者であるナスティ=柳生女史は歴史学、考古学においても引けを取らない。
あの件が彼女の耳に入れば、間違いなく「アウト」だ。

竜樹は携帯を切ると、改めてピザを頼んで腹ごしらえをすることにした。

序章 始めに光ありき-月龍サイド-