AEON−鎧拾遺伝サムライトルーパー−
大地の深淵−竜樹編− 大地の深淵から
オーストリアの館は眩しいほどに明るかった。廊下の上部にも円形の天窓があり、そこから光が差し込んでいるのだ。その光の源が、自然光であるかどうかは分からなかったが。
渡り廊下は金糸で縁取りがされた深紅のじゅうたんが奥まで延びていた。模様はなく、足を引っ掛けるほど長毛でもなかった。歩く人への配慮を施していると、竜樹は言った。車椅子の人が来ることもあるので、以前まではあった模様つきの絨毯を来客の少ないエリアに移し、この廊下には新しく敷いたという。
「そのご当主はなかなか出来た人物だな」
「あいつ、絶対長生きしなさそうな気がするな」
竜樹は月龍が聞いたら炎呪で「ローストタイガー」にされてしまいそうな内容をはいた。
征士は竜樹の科白から、秀の遼への評価を思い出した。「長生きしないぜ」と秀は遼をそう評価していた。
「仁」というものはその精神から「他人への思いやりがある『べき』」と思うが、それ以前に「そう出来る人間」こそが、その資格があるのだ。
・・・だが、烈火と金剛という関係は、世代が代わっても同じことを繰り返すのか?
征士は目の前の竜樹と先代烈火の関係を思った。
しばらく歩いて美術品に慰められたらしい伸は、周囲を見ながらため息をついた。
「ナスティの助手として史書をチェックする手伝いをしに公爵家の館に入ったけど、こんな感じだったなあ・・・」
伸の家は華美とは縁が遠くむしろ「わびさび」の世界だったので、こういった豪奢な雰囲気は歴史に飲み込まれるような感覚を覚える。
廊下では美術品が一つずつ間隔を置いて飾られている。絵画と壷など工芸品が交互に並んでいるのだ。
絵画は壁一杯に大きいものを飾っていた。それは色んな時代の服を着た男性や女性が色彩豊かに描かれていた。
竜樹によれば歴代の当主夫妻やその家族だという。
壷はかなり大きく、花を生けるためや酒を注ぐためではなく観賞用のようであった。サイズは前を歩く竜樹を見ると、上半身くらいだった。それを見た征士は運搬人を雇うにしてもその費用は莫大ではないだろうかと思った。いずれも美術工芸としては安くなさそうだったし保険に入れるとしても保険会社は『万が一のこと』にビクビクしてしまうのではないか。自分の置かれている状況とはまったく関係ないことを考えていた。
「・・・・・・確か、純がみょうちくりんな本を持っていたので少し拝借したが、フランスではタイムスリップをした話があったな」
「おいおい」
怖いこというなよと、竜樹は征士のいきなりの発言を止めた。ただでさえ自分自身が過去の世界に来ているんだ。さらに過去の世界に飛ばされたくない。
「ともかく、さっさと行こうぜ」
しかし、廊下は無限にループしているかのような錯覚を覚えた。
二人は廊下がひたすら続くかに思われたが、やっと入り口に着いたときは安堵した。
それは竜樹も同じだった。
「妙だな」
「な、何が」
「俺の知っているこの家、もっと廊下は短かった気がする」
「そんなに小さいのか?」
征士は周囲を見て言った。絵画はどれ一つとて同じものがない。工芸品も同じものは並んで居ない。廊下の長さに合わせて配置されているという感じだった。
「これだけ長い廊下なのに、壷はどれ一つ同じものはないけど・・・」
伸はその配置に感嘆していた。鑑賞者への配慮として同じものが並ばないようにしているんだろうと思った。
「・・・『同じものがない』ってのも変だな」
彼の記憶ではこの廊下は東にある執務室につながっていた。いつも行く場所なので廊下の長さは感覚として覚えていた。
竜樹が壷を手に取ってみようと壷の置かれた台に近づいた時。
壷がいきなり動いたかと思ったら、落ちた。
竜樹は同時に後ろへ後ずさりした。
伸と征士はそれぞれ構える。
だが、壷はそのままだった。
「・・・・・・触れた覚えはないが・・・」
竜樹は弁解するような感じで言った。
「分かってる。何かあるかもしれん」
壷はそのままじっとしていた。
「・・・・・・」
伸はじっと壷の口を見た。そして、短い悲鳴をあげた。
「ひっ」
「これは・・・」
壷からは人の顔が見えた。影になっているので目が光って見えたのだ。口は耳まで割けていた。
人の顔はそのまま出てきた。だが、首だけで体は一向に出てこなかった。首には蛇の腹にあるような模様があった。
「・・・・・・今度は蛇人間か」
征士は自分の胃からこみ上げてくるものを必死でこらえた。元凶を見つけ出して切り捨てたい衝動に駆られる。「元凶」があの神父の姿をした人物なのかNGCなのかはわからなかったが。
「なんですかな。ええと、モデルアナコンダって言うかな。俺の時代で流行っている漫画でそういう称号があったんだけど」
「解説はいい」
征士は解説しようとした竜樹の親切を押しのけて、雷光斬を繰り出そうとした。
壷から完全に出てきた蛇は、頭は女性だった。髪は茶色く肌は浅黒く彫りは深かった。竜樹によれば中東に見られる女性だという。
伸はナスティの仕事からイスラム教界の女性への差別を知っていた。彼女はお金と引き換えに家族に捨てられたのだろうか?それとも竜樹のようなそういう種であったのが連れ去られ改造されたのだろうか。
鎧に関わる歴史をすずなぎの手で見せ付けられた時、彼女は過去の亡霊だから未来のことは知らない。だが、現在進行形で進んでいる歴史については、こうして対面するハメになるとは思わなかった。
征士の気合と共に光が廊下に広がった。
それでも廊下は明るく、征士の放った光は溶け込んで見えなくなった。
女身の蛇は深紅のじゅうたんの上に倒れ、灰となって消えた。血飛沫は出なかったので、ゾンビではないものの明らかにこの世界のものではなかった。
「やれやれ」
俺の出番がなかったなと竜樹は言った。
征士は狼人間と対峙しなかったし、先ほどのゾンビ集団は既に生命活動が終わっているのをどうやらあの神父もどきが動かしていたので「実験体」に対して現実味を持たなかったが、こうして「実験体」にされた者をみると怒りが湧き上がってきた。女性ならなおさらであった。迦遊羅はあやつられていたがタイミング上当麻や遼との対戦ばかりで征士自身は決着の経験がなかった。ナリアは輝煌帝同士の争いに無意味さを唱えていたし、すずなぎは繰り返される歴史を危惧していた。
こうしてまみえても己に嫌悪感ばかりが増す。秀ほどではないが、「鎧」の力は「悪」を斬るためだと思いたい。
征士は剣を持つ手が震えるのを止めるために、何度か握りなおした。
伸も征士の素早さについていけなかったが、征士の気持ちを落ち着けるために彼の背にそっと手をやった。
「・・・行こう、征士」
竜樹は二人をじっと眺めていたが、扉に近づいてノブを回した。
|