X・Y・Z 

 日本に戻ってきて、早、一週間ばかりが過ぎた。
 「ファントム」として世界を股に掛けていた俺たちの元に、意外な人物からの依頼……いや、それよりも頼みか……が飛び込んできたのは、そのしばらく前だ。
 その依頼人の名は、悟桐海典。そう、悟桐組の組長だ。
 悟桐組はアジアにおけるインフェルノの末端だ。当然俺たちはこれがインフェルノの罠じゃないかと疑ってかかった。
 だが、結局俺達は日本に戻ってきた。色々と理由はあるが、美緒のことが気にかかっていたというのが、その一番の理由だった。
 その彼女も、日本に来てすぐに元気な姿を見ることができ、俺たちはほっと胸をなで下ろした。
 もちろん、直接顔を合わせるなんてことはしなかったが……。
 そしていよいよ悟桐海典と対面した訳だが、その依頼には正直驚かざるを得なかった。
 俺たち「ファントム」に、日本に留まって中国系マフィアは言うに及ばず、インフェルノなどに対しての抑止力の一つになってはくれまいかと言うのだ。
 インフェルノの一員であるはずの悟桐にそのようなことを言われても、すぐには鵜呑みにできない。向こうの方でもそれは心得ていたようで、話を聞いてもらえただけで十分だという。
 だが、日本の裏社会への中国系マフィアやインフェルノの進出を食い止めるだけの力を持った組織が無いのも事実であり、それは結局、日本が食い物にされる危険をはらんでいる訳だ。
 それは、俺にも良くわかった。だから、俺たちは日本に戻ってきた。
 俺たちがアジト……いや住むために選んだのは、どこにでもある普通のアパートの一室だった。それこそ、あの頃に住んでいたような。
 もっとも間取りはあの頃よりもずっと広い。両親が海外への出張で不在の双子の兄妹が住むには、そんなに広くはなくともよかった。けれどこの部屋は、それこそ俺が「ファントム」だった頃に住んでいた部屋に近い。
 2LDKとそれなりの広さに加え、リビングにはロフトもついている。華僑のつてを辿って入居した部屋だったが、俺もあいつも満足していた。
 ただ銃の練習をするわけには行かないのが難点だが、こればかりはしょうがない。早いうちに適当な場所を見つけなければならないが、銃を撃っても周囲に気づかれないような場所がそうそうあるとは思えない。
 ビルのオーナーにでもなって、その地下に射撃場が作れればななどと冗談めかして言ってはみるものの、それが冗談以外の何物でもないのも、また事実だ。
「……気晴らしに散歩にでも行くか」
 読みかけだった漫画の単行本を本棚に戻すと、壁に掛けてあるジャケットを羽織る。
 そう、「ファントム」となってからは大した趣味も持たなかった俺だが、日本に戻ってきてからたまたま立ち寄った古本屋で、まだ単なる学生だった頃……それこそ遠い昔の日のようだ……よく読んでいた漫画を見つけて、懐かしさのあまり手に取っていた。
 それからはもう、自分でも何でこんなにと思うほどはまり直してしまい、俺の部屋の本棚にはその漫画が全巻並べられている。
 ホルスターにもうすっかり手に馴染んだ、身体の一部といってもいい愛用のコルト・パイソンを仕舞う。
 もしかして、俺のリボルバー贔屓はこの漫画が影響なのかもしれないな。
 漫画の主人公も、コルト・パイソンを愛用していたことを思い出し、図らずも口元がほころぶ。三つ子の魂百までというが、記憶を奪われてもなお脳裏に刻まれていたというのか。
 昔はそこまではまってたわけじゃないんだけどな。
 伸びをうちながら窓の外に視線を向ける。
 外は雲一つない、快晴だった。


 日曜日の午前中、何をするわけでもなくぼんやりと町を歩く。
 周囲の喧噪が、耳に飛び込んできては消えていく。
 こんな何気ない日常が、実はかけがえのない宝物のように貴重なものだとは、昔の自分は思いもよらなかった。
 数奇な運命をたどり、殺し屋となった自分。
 もはや昔の自分に戻れるはずもない。
 けれど、この国の優しい日々は、そんな俺でも幸福を噛みしめて良いと言ってくれているようで、涙がこみ上げそうになってくる。
「生き、なきゃな。最後の最後、幸せだったって笑えるように」
 そう。
 それが君への何よりの供養だと思うから。
 あの日俺の代わりに、君は違うと言うかもしれないが、俺の代わりに命を落とした、愛しいエレン。君のためにも、俺たちは生きるよ。
「それにしても、今日も暑いな……」
 日差しは相変わらず強い。
 暦の上では、もうすぐ秋も深まるはずなのだけれど、そんなことが嘘のような暑さが続いている。
 薄手のシャツの上にサマージャケットを羽織っているだけとはいえ、うっすらと汗がにじんでくるのはどうしようもない。
 ジャケットの下のパイソンのおかげで、上着を脱ぐってわけにもいかないし。
 殺し屋としての訓練のおかげか、この陽気が耐えられないわけじゃない。だがそれでも、できれば冷房の利いたところで涼みたいと思うのは人の性というものだろう。
 とりあえず目に付いた本屋に、俺は足を踏み入れた。
 どうやらそこは専門書などよりも、漫画の方に重点が置かれているらしい。店の外観や、店内のディスプレイを見てもそれが伺える。
 娯楽から遠ざかっていた反動か、最近は俺も映画は見るし、漫画もよく読むようになっていた。だから、別に深い考えもなしに足は漫画の単行本のコーナーへと向いている。
「……スナイパーものって、結構あるんだな」
 棚を端から端までざっと眺めて、タイトルだけでもそれと分かるものが多いことに、苦笑を禁じ得ない。
 この平和な国で、いや、平和な国だからこそ、スナイパーやヒットマン、スイーパーという言葉に魅力を感じるのだろう。
 現実はそんなに綺麗なもんじゃない。
 最低の人間が、最低の猿芝居を演じてる舞台だ。
 思わず暗くなりかけた思考を頭を振って振り払い、今度は平積みになっている単行本に目を落とす。
「あれ?」
 ふと、一冊が目に留まる。気になって手に取ってみる。ビニールの中に入っているわけではないので、パラパラと中を確かめてみる。
「続編、出てたのか……」
 俺が手に取ったのは、その例の漫画の続編のようだった。作者が同じというだけではない、見覚えのあるキャラが出てきている。
 ざっと初めの方を見ると俺は、その単行本を手にレジに向かっていた。


「ラン、ララ〜ラ……」
 上機嫌でキッチンで鼻歌交じりにシチューを煮込んでいると、玄関のドアが開く音がした。確かめなくてもわかる、この気配は玲二だ。多分、散歩にでも行っていたんだろう。
「帰ってたのか」
「うん。入れ違いだったみたいだね」
 それだけ言ってリビングに行く玲二の背に向かって、あたしは言った。
 その間もフライパンを持つ手は動き続けている。軽く手首のスナップを利かせて、炒めていた中身を宙に舞わせる。
「今日は、キャル特製あんかけチャーハンだよ〜」
「チャーハン? そういえば、この間テレビでおいしいチャーハンの作り方、とかやってたな」
「へっへー、初めて挑戦してみたんだけど!」
 初めてとは言っても、それなりに自信がある。似たような料理は過去にも作ったことがあるし、何より料理は玲二も認めるこのあたしの特技の一つだ。
「もうすぐできるからさ、テーブルの上、片づけといてね」
「オッケー、期待してるぞ」
「まっかせときなさいって」


 自信満々なキャルの答えを背中に聞いて、俺はリビングのテーブルにつく。そうして手に持ったままだった包みを開けて、買ってきたばかりの単行本を読み始めた。
 しかし、まさかあの漫画の続編が読めるとはね。
 興味と期待が入り交じった心境で、俺はページをめくり始めた。


「おっまたせ〜! ……って、玲二、どうかしたの?」
 あたしがリビングに二人分のチャーハンを持っていくと、どことなく玲二の様子がおかしかった。
 なんていうか、酷く落胆してる。
 不思議に思いながらも、あたしは玲二の分のお皿をその前に置いた。
「……」
 やっぱりおかしい。何の反応もないなんて、どう考えても変だ。
「ねえ、玲二。何かあったの?」
「え? い、いや。別に何も。それじゃあ早速食べようか」
 スプーンを手にチャーハンに取りかかる玲二。
 でもやっぱり何か隠してる。まあ「ファントム」に関係することじゃないみたいだけど……。
「……?」
 テーブルの隅に、見慣れない本がある。玲二が買ってきたのかな?
 そんなことを思いつつ、せっかくのチャーハンが冷めてはと、あたしもスプーンを手に取った。


 昼食後、リビングのソファーに腰掛けてぼんやりとする。
 ……まさか、あんな展開とはね。
 続編が読めるのは正直嬉しい、嬉しいんだけれど、あの展開はちょっと酷って言うか、何と言うか……。
 キャルにも心配かけたみたいだけど、まさか落ち込んでた理由が漫画だなんてなあ。情けなくって、ちょっと言えない。
「はぁ……」
 何か気を紛らわせないと……銃の手入れでもするか。何丁かは随分と解体(ばら)してないはずだしな。
 タンスの引き出しを開け、底板を外す。二重底になっているその下から、俺の愛用の拳銃を取り出す。
 コルト・パイソンはよく使うので、もちろん頻繁に整備している。携帯性の高いマテバも使うことが多い銃だ。
 けれど俺がリボルバー贔屓ということもあって、オートマチックの方は、ろくに触れさえもしていない。
 威力を求める時のために、デザートイーグルはそれなりに使うのだけれど……。
 キャルがよく使うこともあって、コルト・ガバメントは俺の分も用意してある。それにグロッグはなんだかんだ言っても、やっぱりいい銃だ。揃えるだけ揃えているが……前に使ったの、いつだっけかなぁ?
 頭の片隅でそんなことを考えながら、手は勝手に銃を分解していく。
 すべてのパーツを分解し終えると、油を差したり磨いたりと内部の掃除に取りかかる。
「あ、玲二ぃ〜。あたしのもお願いしていい?」
「馬鹿言うな。自分の獲物ぐらいきちんと自分でやれ。できないわけじゃないだろうに」
「だってさぁ、玲二がやった方が、全然調子がいいんだもん。あたしがやったときとは本当に雲泥の差だよ」
 俺の背後に回ったキャルが、背中に胸を押しつけながら首に手を回してくる。
 ……ううむ。この感触、本当にあのキャルなのか?
 出会った頃のキャルの姿を脳裏に描き、今更ながらに疑問に思う。
 いやほんと、離れてた二年間で驚くべき成長を遂げていたよ、この子は。
「……玲二、なにか変なこと考えてない?」
「いや、何も」
 ポーカーフェイスを崩さずに答えたけれども、内心ではどきりとしていた。
 勘、鋭いよな、本当。
「ところでさ、あたしたち『ファントム』の依頼の受け方だけど、駅の伝言板を使うってのはどう?」
 びくり。
 キャルのその言葉に、俺の身体が硬直する。
 我ながら大げさな反応だと思うが、実際してしまったものは仕方がない。
「玲二の好きな漫画に習ってみてさ、いいと思わない?」
 俺が揃えた単行本を読んでいたんだろう。キャルの性格を考えれば、こんな提案をしてくることは十分予想できた。
 ついさっきまでの俺だったら、「なに言ってんだよ」、とでも言いながら軽く頭を小突いてやるぐらいの反応しかしなかっただろう。
 けれど、今の俺にはそんな反応はできない。自分でも驚くほど、キャルの提案が酷く不吉なものに思えていた。
「……なんてね、もちろん冗談だよ。玲二、これ読んで気になってるんでしょ?」
 横から覗き込んできたキャルは、舌を小さく出しながらひらひらと手に持った単行本を振ってみせる。それは今朝俺が買ってきた、あの本だった。
「あ……」
「結ばれたはずの恋人が、続編でいきなり死んじゃってた、か。確かにショックだよね」
 そう。前作のラストで主人公とヒロインは結ばれた、正確には結ばれるだろうというところで終わっていたはずだった。だがその続編の一話で、すでにそのヒロインはこの世を去っていた。
「それで玲二は不吉なわけだ。この主人公と同じように、駅の伝言板で依頼を受けるっていうのが」
 ふふん、と鼻を鳴らしながら、キャルは露骨なまでに覗き込むような視線を、俺の顔に向ける。
「そうだよ。漫画だって分かってはいるけど、嫌なんだよ」
 銃の整備の手を止めて、キャルの碧の瞳を見つめ返す。右手で後ろに流れる金色の髪を、梳くように撫でる。
「でもさ、そういうふうに不吉に思うってことはさ、あたしのこと、恋人だって思ってくれてるわけだよね?」
 一転して真剣な顔で問いかけてくる。一瞬おいたあと、俺は思わず吹き出していた。
「ばぁか」
「バカって何よ、バカって!」
「だってそうだろ? 何をいまさら恋人だなんて。俺のパートナーと、そして誰よりも大切な恋人は、お前以外にいないさ」
 言いながら、顔が赤くなるのが分かる。
 言葉通りいまさら恋人宣言なんてするまでもないのだけれど、やっぱりこういうことを面と向かって口にするのは、思いっきり恥ずかしい。
 こういうところは、やっぱり俺は日本人なんだなあ。
「えへへ〜。れ〜いじ」
 キャルの方はと言うと、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしながら頬を刷り寄せてくる。
 首に回された腕に、ぎゅっと力がこもる。
 どちらからともなく近づいて、唇が触れ合う。
「あたしは死なないよ。玲二を置いていくなんて、絶対にしない。だからさ、玲二も置いていかないでよね?」
 そのとき、キャルの瞳に微かに怯えの色が走ったのは、俺の見間違いだろうか?
「……ああ。もう絶対に置いてなんかいかない。絶対に、帰ってくる。約束する」
 かつて、守ることのできなかった約束。
 二度と破ることは、ない。
 俺の答えに満足したのか、キャルはさらに腕に力を込めて、俺に身体を刷り寄せてくる。なんだかさらに猫っぽくなった気がするのは、俺の気のせいか。
 結局、俺たち二人はその後ずっとソファーに座って互いの温もりを感じ合っていた。




「でさ、あたしの銃の整備、ダメ?」
「……駄目」
「ちぇっ」





 いやあ、甘甘ですね〜(笑)。
 前半と後半でガラッと雰囲気が変わってますが、気にしないでください。ええ。お願いです。
 ちなみに私、ゲーム本編で玲二の胸を枕に眠るドライ(=キャル)のCGに、一発でKOされました(苦笑)。
 「おまえ、性格変わりすぎ!」とツッコみたい反面、それだけ本当の気持ちが押さえ込まれてたんだろうな、と。それがドライの不安定さとなって現れていたわけで。
 ちなみに玲二が好きだった、最近続編が始まったコミックって……分かりますよね?
 私もあの一話で「なんじゃそりゃあ!?」と叫んだクチです。
 ありゃないよなあ、ありゃぁ……。

 ともかく。ドライEDの後でまず思い浮かんだのが、玲二とキャルの二人にシティーハンターさせるという、実に身も蓋もないものでした(笑)。
 ファーストプレイでも、ずっと.357パイソン使ってたしな(苦笑)。
 まあ、それさせると作品のイメージが壊れちゃうんですよね。結局。
 とか言いながら、美緒ED後の設定で、アイン(江漣)をパートナーに、商売敵がドライ、んでもって情報屋にバーをやってるリズィなんていう、それこそ作品ぶち壊しなネタも考えてましたけど(爆)。


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