誓い



 機械仕掛けの神が、地に墜ちる。
 その衝撃は星を揺るがし、そこに住まう命たちは自分たちの与り知らぬところで己の命運が決まる不条理さに泣き喚く。
 だが、機械仕掛けの神はまだ諦めない。いや、諦めることを知らない。
 矢折れ大地に膝をつこうとも、その頭は高く掲げられ瞳はしっかと天空高く、戦慄く神々を見据えている。
 もし視線で殺すことができるのならば、すでに何度神々は息絶え、滅んでいるだろうか。それほどに強い光をまだ機械仕掛けの神は湛えていた。
 しかしその身体は傷つき、気を抜けば今にも膝から崩れ落ちそうなほど。
 戦意は折れることを知らねども、その身は倒れることを知る。神々からしてみれば、その姿は道化にも等しいものがあった。
「ここは退くぞ、九郎。退いて機を待つのだ」
 そのことを、少女はよく知っていた。
 いや、少女とは其の本質を捉えた言葉ではない。確かに見た目こそ年端のいかぬ少女のものだ、だがその身に蓄えし外道の知識は、外道の力は。見た目通りの少女のものでは決してない。
 だから彼女は背後に立つ青年に、己の主に進言する。今は戦うときではない、退けと。
 だが――。
「冗談きついぜ、おい。こんなところでケツまくるなんてみっともねえこと、できるわけがねえだろうが」
 少女の主は、聞く気などない。その瞳は、彼の駆る機械仕掛けの神のごとく燃え上がり、闘志に満ち溢れている。その身もまた傷つき、血にまみれているというのに、わき出す力に限りはないとでもいうのだろうか。
「馬鹿を言うな! 今のお主に何ができるというのだ。魔力は尽き、武器もない。戦う術など残されてはおらぬと言うのに……!」
 少女の言葉は、彼の身を案じて紡ぎ出された、心の底からのものに違いなかった。少女にとって彼は絶対の価値を持つものであり、それを失うことなど考えられない。だからなんとしてもここは彼を諫めなければならない。
「だから冗談じゃねえっての。そんな後味の悪い真似、できるわけがねえだろうがよ」
 だが少女は一つ思い違いをしていた。
 ここでもし彼が退いたなら。それはもう彼ではない。彼が彼でなくなってしまうのであれば、その行為にどれだけの価値があるというのだろう。
 そのことを少女の主は、理性ではなく本能で悟っていたのかもしれない。だからこそ、少女には狂気の沙汰としか思えぬ行動にこそ、全てを賭けようとしているのだ。
「何を――幾ら何でも無茶だ!」
「ああ、確かに無茶だ。無茶だけど、無理でも無謀でもない」
「九郎……?」
 それまでのどこかお茶らけた声ではない。青年は真っ直ぐに少女と向き合い、そして少女の心に真っ正直に答えを返す。
「何度傷つき倒れようが、立ち上がる力がある限り俺は立ち向かう。自分の力の及ばない、そんな理不尽に虐げられる人がいる限り、そんな理不尽は許さない。もし自分に力があって、その力で誰かを助けることができるのなら、見ているふりなんてできやしない。それでこそ正義の味方ってやつだろ」
 ああ、そうだ。
 確かにその通りだ。
 それでこそこの男だ。
「だが……だが……!」
「――アル?」
「汝は妾のことを考えたことはあるのか!? 汝が傷つき倒れる度、妾は己を責めずにはおれぬ。もし妾が汝と出逢わなければ、汝と契約さえせなんだら。汝が闇を背負うことはなかったであろうにと……!」
 それは悔恨。それは自戒。
 そして、少女の弱き心。
 もはや青年とともにいない自分など考えられぬというのに。こうして二人ここにいることが、他ならぬ彼女自身が選択した結果だというのに。
 それでもなお思わずにはいられない。
 だが、その彼女の弱さを。
「バカ野郎。なにをらしくねえこと考えてやがるんだ、お前は」
 青年は一笑に付した。
「バ、バカとは何だ! 汝のことを思うがこそ――」
「大体な、今更そんなこと言うんじゃねえ。言うなら最初っからにしてくれ。あれだけ散々俺が巻き込むんじゃねえって言っても聞く耳持たなかったくせに」
「そ、それは……」
 出逢ったばかりの頃のことを持ち出され、少女は目に見えて狼狽える。反論しようとするが、その言葉も弱々しいものだ。
 そんな、すっかり小さくなり、いじけてしまった少女の頭を、青年はぽんぽんと叩く。
 そして。
「俺は、俺たちは負けねえよ、絶対に」
 明日の天気の話をするかのように、本当に軽い調子で。
 青年は宣言する。
「でもな。ここでお前がいなくなったら勝てるもんも勝てなくなる。お前がいてくれるから、俺は戦い続けられる」
「九郎……」
「それに知らないのか? 正義の味方はな、惚れた女がすぐ側にいてくれる限り、絶対に負けないんだよ」
 瞬間。
 少女の顔が燃えるように真っ赤に染め上がった。
「な、な、な、な、汝は――!」
「さて。お喋りの時間は終わりだ。此奴もまだ戦えるって言ってる」
 青年の声に答え、機械仕掛けの神が立ち上がる。駆動する機関が上げる唸り声は、まるで自分を忘れるなと吼えているようにも聞こえる。
「――それでこそ汝だ。それでこそ、この最強にして最凶の魔導書、アル=アジフのパートナーだ。それでこそ……妾が愛した唯一人の男だ」
 少女は笑っていた。
 両の瞳からぼろぼろと涙をこぼし、顔中をくしゃくしゃにしようとも、確かに笑っていた。
「妾は何を迷っていたのだろうな。何を恐れていたのだろうな。妾と汝、そして此奴の三位一体の前に、敵などあろうはずがないというのに!」
「そういうこった。行くぜ!」
「応ともよ!」
 そして彼らは紡ぎ始める。
 幾日幾月幾年幾星霜。
 無限に続く戦いを、勝利へと導く誓いの詩を。


「憎悪の空より来たりて――」


 鈴の音のような凛とした声が天空に響き渡る。


「正しき怒りを胸に――」


 雄々しき叫びが大地を揺るがす。


「「我らは魔を断つ剣を執る」」


 絶望に支配されし人々の心に届けと祈りを込めて。


「汝、無垢なる刃!」


 神々に、己を討ち滅ぼすものを見極めよと宣言する。


『――――――――!!』

 機械仕掛けの神が吼える。
 それは最後の詩、己が名を叫んでいるかのようで。
 その愚直なまでの想いに、初めて神々は震えたか。
「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!!」
 大十字九郎の。
 アル=アジフの。
 デモンベインの。
 三つの想いを乗せ、矢は放たれる。

 お伽噺はまだ続く。
 けれど、それはまた別の物語。
 大切なのは、そう。
 人の想いは決して弱くないということ。
 思い続ければ、願い続ければ、それは神すら殺す力になる。
 信じればきっと、人は人を超えられる。
 そうして彼らは「旧神( カミ )」と呼ばれるようになったのだから。







<あとがき>
 デモンベイン的正義の味方の定義です。
 無茶だけど、無理じゃない。ウルトラマンダイナの台詞ですが、熱血主人公はかくあるべきという気がして、実に好きな台詞です。
 真正面からこんなことを言えることが、正義の味方の要素なのかなとも思います。
 「正義の味方」については例のゲー(Fate)ムでテーマとして取り上げられちゃってますが、九郎ちゃんの場合は自分をきちんとわきまえていて、幸せが何かをちゃんと知っているところが違うのかと思います。そしてそんな幸せを脅かす奴らが許せない。だから戦う。戦い続ける。
 それを成し遂げるんだから、そりゃ神様にもなっちゃいますやねぇ(笑)



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