魔法使いになりたいかい



 衛宮士郎という人間は、これといって取り柄があるわけじゃない。
 成績だって学年で真ん中を維持するのがやっと。身体も人並みには鍛えているが、スポーツマンというわけでもない。
 取り立てて目を惹く容姿でもなく、さりとて醜いわけではない。
 つまりはそんな、凡庸を地でいく人物である。
 ただ一つ、彼を決定的に他と違わしめていることがあるとすれば、そう、それは彼が並ぶもののないお人好しである、ということか。
 頼まれれば、それが自分に出来ることであれば何の打算もなしに引き受ける。出来なければその旨をはっきりと告げるが、出来うる限り実現できるよう尽力する。
 そんな彼が便利屋として記憶されるのは至極当然のことではあったが、その他にもまだ彼が他の人間とはっきり違うと言えることがあった。
 それは……
「セイバーの宝具発動。サーヴァントで受けきれなかったダメージはマスターに。これで終わり、だな」
 淡々と自分の行動を宣言する。
 それで、終わり。
 最後通告を突きつけられた対戦相手は、自信の敗北を悟って大きくため息をつくと、持っていたカードをテーブルの上に投げた。
「投了だ。やっぱり士郎には勝てないか」
「いや、2ターン前の行動がまずかったんだ。あのタイミングで宝具を使ってきたから受け切れた。もう1ターン早ければ俺の負けだったよ」
「マジかよ!? 一気に押し込むべきだったのか……いや、まだ余裕があるように見えたぞ?」
「ブラフだブラフ。引っかかる方が悪い」
 ついさっきまでの勝負を振り返り、士郎と対戦相手とで盛り上がる。二人の間、テーブルの上に並べられた美麗なイラストが描かれた数々のカード、これを用いたゲームで二人はついさっきまで競っていたのだ。
 聖杯戦争。
 それがこのカードゲームの名だ。
 ヨーロッパで生まれアメリカを経由して世界中に広まったトレーディングカードゲーム。その日本語版である。
 日本でもプレイヤーの数は上昇の一途をたどっており、このビルの一室のように専用のプレイルームも数多い。また国内はもちろんのこと、世界規模での大会も毎年開催されている。
 そして衛宮士郎は、この聖杯戦争の日本学生チャンピオンだった。

† † †

 5時限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。今日の時間割はこれで終わり、部活動がある生徒はそれぞれに、そうでない生徒は下校する。
 そんないつもと変わらない放課後の時間。士郎もやはりいつもと変わらず、鞄を担いで教室を後にしようとしていた。
 そんな彼を廊下で待つ人影一つ。
 飾り気のない、ありふれた制服という姿であってなお、いやだからこそその少女の美貌は人目を引く。ましてそれが成績優秀な上に運動神経も抜群とくれば、彼女がこの学園で一、二を争う有名人になるのは自明の理である。
 当然、お近づきになりたいと願う男子生徒は数多いのだが、彼女はこれまで全てそのお誘いを突っぱねている。いや、そもそも気軽に話せる男子というものが、ただ一人をのぞいていないのだ。
「衛宮くん」
「どうした遠坂」
 だがそのただ一人である衛宮士郎は、自分がそんな特別な立場にあるという自覚があるのかないのか、脳天気な声で少女、遠坂凛に答えを返すだけだ。
 そんな士郎に一瞬むっとした顔をする凛だったが、すぐに気を取り直すと士郎の隣に並んで歩き出す。
「衛宮君は今日もいくのかしら?」
「そりゃな。今は少しでも実戦を積んで調整しないと。遠坂もだろ?」
「まあね。あなたに獲られた学生チャンプの座、返してもらわないと」
 ふふん、と不敵な笑みを浮かべて凛は宣言する。
 彼女もまた、士郎と並んで聖杯戦争の強豪として知られていた。というより、士郎の前の学生チャンプが凛であり、士郎をこのゲームに誘った張本人でもある。

† † †

「でも意外だったわ。士郎がここまで強くなるなんて」
「それは俺も自分で思う。まさか優勝できるなんて思ってなかったしな」
 駅の改札を抜け、いつも通っているプレイルームへと向かいながら、士郎と凛は言葉を交わす。しかしその言葉は、学校でのものとは幾分違っていた。
 何より、凛の物腰が随分と柔らかい。学園では壁とまではいかないが、どこか周囲と距離を置いていたのに対し、いまは士郎と同じ位置で話をしている。それが優等生としての凛の仮面だったが、それを外すことができる数少ない相手が士郎だった。もっとも、それができるからこそ学園でも会話を交わしているのだが。
「ねえねえ、ところで士郎はどんなデッキで出るつもりなの?」
「……簡単に言うわけないだろ。お前だって、いや、目下のところお前がいちばんのライバルなんだから」
 エレベーターに乗り込みながら、士郎。だがその答えを聞く凛は、顔を手で隠しながら(本当に隠すつもりがあるのかは微妙だったが)、なにやらニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「む、なんだよ、遠坂」
「いやー、だって士郎が心にもないことを言うもんだから」
「なんだよ。現チャンプって言っても、まだまだお前の方が上だって思ってるんだぞ?」
 そう士郎が言うと、凛は何が可笑しいのか笑顔のままひらひらと手を振って、
「そこじゃないわよ。そりゃ前回は大ポカやっちゃって負けたけど、それがなきゃ絶対に私の勝ちだったわ」
 断言してみせる。士郎自身その通りだとは思うのだが、ここまで堂々と言い切られるといい気分はしない。
「じゃあ何が可笑しいんだよ」
「デッキを教えるつもりはない、なんて言うけどさ。どうせセイバーが軸になるのは間違いないんでしょ?」
 これまた断言。だが根拠がないわけではない。
 ではその根拠は何か。それはこれまでの士郎を見ていればすぐに分かった。
 聖杯戦争はプレイヤーがマスターと呼ばれる魔術師となり、使い魔であるサーヴァントと呼ばれる戦士を召還して互いに戦うゲームである。もちろんサーヴァントの召還以外にも様々な魔術はあるが、基本はそれだ。
 そして士郎は、これまでにセイバーと呼ばれるサーヴァントを軸としたデッキしか使ったことはない。もちろん練習ではその限りではないが、大会では全てがそうだ。
 今では士郎がセイバーを好むことは聖杯戦争のプレイヤーなら誰でも知っている。当然対策も練られてはいるが、それでも士郎は頑固にセイバーにこだわり、そして勝っている。
「それを言うなら遠坂だって、どうせアーチャーなんだろ?」
「結局はそうなのかな。まあ、いろいろと試してからだけど」
 店員に入り口で会員証をみせ、中に入る。
 もっとも店員も心得ていて、この二人なら顔パス同然なのだが。
「あれ?」
「どうかした、士郎」
 中に入ってすぐに士郎が気の抜けた声を上げる。反射的に問いかけた凛だったが、中を見てその理由を悟った。
 まだ早い時間ではあるが、いつもなら十人弱はいてそれなりに賑わっているのだが、今日に限って人影は窓際の席に一つ。当然二人いなければ対戦できないので、その少女はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「士郎?」
 固まったままの士郎に、凛が怪訝そうに声をかける。だがそれでも士郎は動かない。
 傾きかけた陽の光が、彼女の金色の髪と白い肌をうっすらと赤く染め上げている。
 窓の外に向けられた翠色の瞳。そこに浮かぶものはいったい何なのか。
 自分のすぐ隣にいる遠坂凛という少女は、間違いなく美人だ。それも文句のつけようもない、そんじょそこらのコンテストのグランプリじゃ太刀打ちできないほどの。
 そういった意味では美人を見慣れているはずの士郎が、その彼女に釘付けになっていた。
「ちょっと、士郎!」
「あいた! って遠坂?」
「遠坂? じゃないわよ。そこに突っ立ってられると中に入れないのよ」
「あ、ああ。悪い」
 後ろから頭を叩かれて、ようやく士郎は我に返る。そうしてやっとプレイルームの中に入ったわけだが、顔を上げると先刻のやりとりを見ていたのだろう。小さく笑っている少女と視線があった。
「!…………」
 カッと熱くなる。きっと顔や首筋どころか、全身が真っ赤に染め上がっていることだろう。けれど不快感はなかった。むしろその少女の笑みは、士郎の心を穏やかにしていく。
 それは不思議な感覚ではあったが、どこか当然のものとして士郎は受け止めていた。
「エミヤシロウさんですね?」
「え? あ、はい」
 初対面の相手に名前を呼ばれ、一瞬呆然としてしまった士郎だが、考えてみれば自分や凛の写真はゲーム雑誌などに何度か掲載されている。聖杯戦争のプレイヤーならば、自分たちの顔や名前は知っていてもおかしくない。
「対戦していただいてもよろしいですか?」
「あ、ああ! こちらこそ!」
 しかし、鈴のような声とは、このような声のことをこそ言うのだろう。咄嗟に返事を返し、士郎は自分の鞄の中からデッキケースを取り出して少女の対面に座る。
 そんな士郎の背中に、凛が冷たい視線を向けていたことに全く気がつかないまま。

† † †

 聖杯戦争に用いられるサーヴァントは、七種類。
 セイバー。アーチャー。ランサー。ライダー。キャスター。アサシン。バーサーカー。
 それぞれに長所があり、短所がある。だが基本的にはセイバー、アーチャー、ランサーの三種が強いとされ、使用率も高い。もちろん残りの四種が弱いと単純に決めつけられるわけではないが、トリッキーだったり、リスクが大きかったりと一般的ではない。
 そしてその数多いセイバー使い、アーチャー使いの中でも、それぞれ士郎と凛がそのトップと目されている。いるのだが……
「これで私の勝ちですね、シロウ」
「…………」
 アルトリアと名乗った少女と士郎との対戦は、これで少女の五勝目。対戦回数は五回、つまり少女の全勝だ。しかも少女が使うデッキの中心も士郎と同じくセイバー。つまり目の前の少女は、士郎以上のセイバー使いであるとこの結果は物語っているはずだ。
「ちょっと待ちなさいよ! アンタこのデッキ、どう見てもインチキじゃない!」
「遠坂」
「士郎は黙ってて! 何よこれ、セイバーデッキに、それも士郎のデッキに勝てるようにだけ調整されてるじゃない!」
 そう。問題はそこだった。
 もちろん士郎がセイバーデッキを使う以上、それに勝てるデッキを用意するのは自由だ。だが大会ではそれ以外のデッキも多い。その他に勝てなければ、例えセイバーデッキに全勝できたとしても、そう大きな意味はない。
 だがこの少女のデッキは、明らかにセイバーデッキだけに対抗して作られている。逆に言えば、士郎にさえ勝てればいいというデッキなのだ。
「冗談じゃないわよ。こっちは大会に向けて調整するために来てるのに、そんな一人を目の敵にしたようなデッキで対戦しようだなんて、ふざけるのもいいかげんにしてもらいたいわね」
「おい遠坂、落ち着けって」
 勢いの全く衰えない凛をいさめようとするするが、そんな士郎の思惑を知ってか知らずか、凛はますますヒートアップするばかりだ。
 事の当事者でなく傍観者が熱くなるというのも奇妙な話だが、士郎よりも凛の方が少女の行いにカチンときていた。
 だが、確かに奇妙な話だ。凛が激しく怒っている分、逆に士郎が落ち着くことができたというわけではない。対戦中から士郎はこの結果を酷く冷静に受け止めることができていた。
 いや、今にして思えば、対戦する前からこの結果を予測していたような気さえする。そう、この少女の姿を見た瞬間から。
「……そうですね。確かに、フェアではなかったかもしれません」
「フェアではなかったかもって……!」
「遠坂!」
 大声で叫びだしそうな凛を止めようと士郎は声を張るが、もとよりそんなことで止まるような彼女でないことも十分に分かっている。だから次の瞬間、凛が大爆発を起こすと覚悟を決めた。
 しかし、その凛も続くアルトリアの言葉に声を失った。
「ですが、私はどうしてもシロウに勝たなくてはいけなかった。シロウにだけは負けるわけにいかなかった。それがシロウの気に障る結果になると分かっていても」
「いや、別に俺は気にしてないんだけど」
「ってアンタはもっと気にしなさい!」
 はあ、と気の抜けた声を返す士郎と、それに発破をかけんと今にもかみつきそうな勢いでがーっとうなる凛。それは全く噛み合っていないようでどこか絶妙の組み合わせであり、この二人を強豪プレイヤーという意味とはまた別に有名にしているのだが、それはまた別の話だ。
「だいたい、どうして士郎に勝たなきゃいけなかったわけよ?」
「それは……」
「それは私から説明しよう」
 アルトリアの声を遮って、男の声がする。振り返った士郎と凛の元に歩み寄ったその男は、どこか神父を思わせた。だが首から十字架をかけているにも関わらず、決して神父ではないとも言いきれる、奇妙な存在でもあった。
「アンタは?」
「言峰綺礼。そのアルトリアに、是が否とも君に勝つように頼んだ男だよ、衛宮士郎君」
 士郎の問いかけに男は自らの名を名乗る。
 その名を士郎は、知らず心の中で繰り返していた。
 どこか不吉な響きを、そこに感じ取りながら。
 だからだろうか、自分の背後で凛が男の顔を見て息を飲んでいたことには、まったくもって気がついていなかった。
「そうそう、まず一つ、聞いておきたいことがある」
「なんだよ?」
 警戒心も露に士郎は男の言葉に答える。
 彼自身気づいていなかった。初対面どころか、出会って数分という相手に明確な敵意を抱くなど、衛宮士郎としては考えられないことに。
「衛宮士郎、君は魔法使いになりたいかい?」
 果たしてその言葉に、いかほどの意味が込められていたのか。
 間違いなく言えるのは、これが衛宮士郎という一人の少年の世界を一変させる事件の、ほんの幕開けに過ぎないということだった。















「答えなさい、綺礼。どうして士郎を巻き込んだの」
「事実の認識を誤るとは君らしくないな、凛。
彼は巻き込まれたのではない、自分から踏み込んだのだ。そこを違えてもらっては困る」















いま、少年は一人の魔術師となる















「お兄ちゃん。次はイリヤが相手だよ」
「ちょ、ちょっと待てイリヤ!?」
「ふふふ、どうやってあそぼっか?」















行く先は無限の電脳空間















「せんぱい。私が悪い子になったら、止めてくださいね?」
「やめろ、やめるんだ桜!」















待ち受けるは幾多の出逢い















「ついてこれるか、この俺に?」
「ふん、お前こそ俺の後についてきやがれ!」
「言ったな。ならばその言葉、現実のものにして見せろ。衛宮士郎」















その手に掴むものは何か















「力を、俺に力を貸してくれ」
「私は貴方の剣となり、盾となって貴方を守ると誓った。その言葉に嘘はない」
「……ありがとう、セイバー」















その手から零れるものは何か















「世界一つと俺一つ。
そんなの、比べるまでもないじゃないか」















時空を超えた戦いが、その幕を開ける










<あとがき>

あー、いつもお馴染み(爆)一発ネタのキャラ当てはめものです。
まあ当てはめたって言うにはかなり違ってますが。
いやだって、
デュエルセンターに麻婆神父が一人ぽつねんと待っている図柄って、コワイじゃないですか。
とまあ、このあとは同人誌で続けていきますんで。


まあ真面目な話、武内さんの絵って中村先生に似てません?
なんか頬から顎にかけてのラインとか、瞳の書き方とかが妙に似てるなって思ったわけですよ。
ちなみにこの作中ではこの後、聖杯戦争を元にしてプレインズウォーカーシステムならぬマスターシステムが開発され、聖杯への適合率が高い少年少女が集められるわけです。
そして最後は士郎とアンリ・マユとの対決な(笑)
うわ「世界ひとつと僕ひとり」って、なんかいかにも士郎っぽい二者択一じゃねーかこれって(爆)



あ、一応知らない方のために。
元ネタはデュエルファイター刃というRPGマガジンおよびGAMEぎゃざ誌(共ホビージャパン)で連載されていた中村哲也先生のコミックです。一話は大体こんな感じで始まって、仮想空間でのゲームだったのが最後には異世界からの侵略と戦う羽目になると言う(間違ってないが偏った解説)


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