カミーユ自身は、およそお洒落などというものとは無縁だと思っていた。服なんて、子供の頃から母のヒルダが買った物を適当に着ていただけで、それについて文句も要望も口にしたことなどなかった。だからといって、それがイコール無頓着であることにはならない―ということを彼は知ることになった。
いけすかないティターンズを殴っただけ―とカミーユは実はまだ密かに思っている―の彼の身の上には、様々なことが起こった。カミーユの居場所も立場も目まぐるしく変わり、また多くの物を失っていた。気がつけば彼は、アーガマという反地球連邦組織の戦艦を自分の身の置き所とするしかなくなっていたのだった。
「……アーガマの中は一応こんな感じね。何か他に訊きたいことはある?」
カミーユの世話係りのような役割を担わされたレコアの問いに、彼はかぶりを振った。
「取り敢えずは…ないです」
すぐに馴染めるものでもなかったし、何が疑問であるのかさえも彼には判断しようがなかった。
「そうね。一度に言われてもわからないわね。…疲れたでしょう、休んでく?」
レコアは食堂へ彼を案内した。ちょうど食事を取るクルーの少ない時間帯なのか、けっこう空席が目立った。
「ほら、あれ…」
レコアが彼の分も取りにいっている間に、席に着いたカミーユの耳にそんな囁きが聞こえてくる。が、彼は聞こえないふりをした。
「はい、コーヒーでいいかしら、煎れ立てみたいだから少しはマシなはずよ」
「どうも…」
お礼を云って、カミーユはコーヒーを啜った。確かに、多少の香りもある。
「それでどうするか、決まった?」
「………」
何をどうか、と訊かれたのかはわかっていた。が、彼はまだ考えも何もまとまってはいなかった。だから沈黙で彼なりに答えたのだが、レコアの方も最初から返答を期待してはいなかったようだ。
「あたし、そろそろ戻らなくちゃ…もう少ししたら部屋に戻ってね。もし用がある時は、あたしの部屋か、連絡がつかなければブリッジの方に連絡してね」
「はい――」
行きかけたレコアはふいに振り返り、付け足した。
「あ、云い忘れてたけど、…制服、似合ってるわよ」
「……そうですか、…ちょうど着る物もなかったから――」
カミーユは瞳をパチクリとし、照れ臭さを隠すようにぶっきらぼうに答えた。その理由は本当だった。彼の着たきりだった服は、蹴飛ばされたり、冷や汗をかいたりと大分汚れていたのだから…。と、同時に彼はあることを思い当たる。
「照れなくてもいいわよ、本当に皮肉じゃない…」
「あ、あの…、レコアさん…」
フォローしてくれているレコアに、彼は違う理由で呼び掛けた。
「――何?」
「えっと……洗濯…って、やっぱり、自分でするん、ですよね?」
恐る恐るカミーユは訊ねた。が、レコアはため息とも口笛ともつかない様子で息を吐いた。
「そうね…。アーガマには雑役兵っていないのよ。ランドリーもあるし、それぐらいは自分でやってもらわなくちゃね」
と、予想通りの答えが返ってきた。そして、カミーユも諦めの息をついたのだった。
「乾いてないや…空調の調子が悪いのかな…」
カミーユは自室に吊るした洗濯物に舌打ちをした。彼は出撃後には必ずシャワーを浴びたし、身体がさっぱりした後にはとても同じ下着をつける気にはなれない質だった。必然、洗い物も増えてしまうというわけだ。ここのところ何やかやと忙しい上に出撃も多く、洗濯物を溜めていた。やっと暇を作って一気に洗ってしまったが、すでに最後の着替えが底をついていたのだった。
(今スクランブルがかかったら、やだなぁ…)
直接肌に触れる物が生乾きだなんて我慢しがたい。しごく個人的な理由でカミーユは出撃したくなかったのだ。が、世の中はそう簡単に彼の思惑通りに動いてくれないものだ。インターフォンが彼の名をがなりたてる。
《いつまで待たせるんだ。Ζの整備、始められないぞ!》
忘れていた…。
「あ…はい、すぐ行きます!」
アストナージの怒鳴り声にカミーユは慌てて作業服を引っつかんだ。出撃しなくても、汗をかくことにはかわりない事態が彼を待っていた。取り敢えず早く渇くことを願って、カミーユは空調の目盛りをドライの最強に合わせて部屋を出た。
「カミーユいるか?」
M・Sデッキでようやっと整備を終えたカミーユの元に、緊張感のない様子でトーレスが訪ねてきた。
「なんだい?」
彼はコクピットから飛び出し、クレーンの上から叫んだ。
「整備がすんだらブライト艦長がブリッジに来てくれってさ」
「すぐか?」
何ごとかと思い、クレーンを降下させながら訊ねた。が、変わらずトーレスはのんびりしたものだ。
「いんや、急ぎなら俺が来やしないよ。ついでで頼まれたんだ…着替えてからでもいいんじゃないのか」
「着替えて――」
カミーユは思いきりいやそうに、眉根を寄せた。
「何かマズイことでもあるのか」
「あ――いや、……いいんだ。了解だ」
云いかけて、やめる。トーレスなら、服が汚れていようが死にゃあしない、とか云いそうだ。アーガマの気の良いオペレーターが実は二、三日―どころか一週間―同じ下着でも頓着しないツワモノであることは、頻繁に訪れる彼の部屋の様子からも知れていた。云ったって、彼の苦労を理解してもらえるとは思えなかった。
(あれぐらいの用事でわざわざ呼びつけないで欲しいよな、まったく…)
カミーユが自分の主義を曲げてまで汗を掻いたまま、制服に着替えて行ったというのに、
『この報告書に目を通しておいてくれ』
『………はい』
訊ねていったブライトの用事は本当に大したことではなかった。それこそ、トーレスに一緒に渡してくれれば良かったのだ。が、まがりなりにも軍隊では、そういうわけにはいかないものらしい。
(…アレ?)
「あ、ゴメン…開いてたから」
戻ってきたカミーユを迎えたのは幼馴染みのファ・ユイリィだった。
「何してんだよ」
「ん、ちょっと、ね」
「勝手に人の部屋に入ってくるなよ」
そう口では云ったものの、彼の機嫌は悪いわけではなかった。
「へぇ……結構片付いてるじゃない」
ファは、グルリと部屋を見渡す仕種をした。片付いているもなにも、元々荷物らしい物などないのだから彼にはとても褒め言葉とは取れなかった。
「そんなこと云いに来たのか?」
もっと別の云いようもあるのに、―かつて『用がなければ来てはいけないのか』とエマに食って掛かったことなどとうに棚上げしている―と一瞬彼の頭をかすめた。が、どうしてか彼はこんな物云いになってしまう。彼女も慣れたもので、差して気にした風はない。
「そうじゃないけどさ…へえ、洗濯なんか自分でするんだ…」
きっかけを探していたファが何気なしに頭上の洗濯物に触れる。
「どうだっていいだろ。…!?」
照れ臭さも手伝って、彼女が手にした下着を奪い取った彼はその感触に一瞬黙り込む。
「何よ、そんなに怒ることないじゃ…」
「ファ…空調いじったのか?」
文句を云いかけたファもカミーユの唐突の問いかけに、気勢を削がれる。
「え、ええ…覗いた時に乾燥しすぎてたみたいだから…」
「よけいなことするなよ!!」
大声で怒鳴りつけ、カミーユは次の瞬間にはファを部屋から追い出してしまっていた。
(な、何なの!? あの態度、何よ、何よっ…!!)
いきなり部屋から出されてしまった彼女には、どうしてこうなるのかまったく理由がわからない。廊下をズンズン歩いているファの前方からハロが転がり出てきた。
《ファ…怒ル、良クナイ…》
「うるさいわね、もう知らない!!」
《ハロ〜ッ》
彼女の八つ当たりで蹴り上げられたハロこそいい迷惑であった。
(中途半端に乾くとゴワゴワになるんだよな、変な臭いもするし…チッ、)
悪態をつきながらカミーユは洗濯物を外し始めた。そして彼はもう一回洗うかどうか、かなり真剣に迷っていたのだった。
カミーユには彼なりのこだわりがある。それは端からみたらつまらなく、くだらないことであったとしても。そのこだわり具合や対処の度合いこそが、カミーユという少年を一見気難しく、とっつきにくく見せてしまうのだが…。わかってみればどれも単純な理由ばかり、ということを気付かせぬまま、今日も彼は誤解を振りまいていくのであった。
実のところ彼が、非常に生活感溢れるヒーローであったことは、あまりよく知られていない…。