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 各本ごとの詳細頁。一部抜粋(ちょい読み) or 丸ごと一話(短い物)ご紹介。

彼等の場合

 彼女の場合
   CASE 1-5  ファ/ヒルダ/レコア/エマ/ライラ カミーユ
 彼の場合
   CASE 1-5  ジェリド/フランクリン/ブライト/カクリコン/ハヤト
カミーユ

 対談
  ※ 目指しているのは 新訳Ζの副読本。




ヒルダ・ビダン



《カミーユが、捕まっちゃったんです》
 隣家の娘、ファからの電話がヒルダにとっての全ての始まりだった。
 港の警備室からだという彼女の話は、一向に要領を得なかったが、電話を代わった警備員が至極簡潔に説明をしてくれた。
《カミーユ・ビダン、息子さんですね。ティターンズに対する暴行の現行犯で拘束しました》
 彼女は驚きながらもすぐに事の真偽を確かめた。そして、それが間違いのない事実とわかると、すぐに行動に移した。
 フランクリンへ連絡を取っている暇はなかった。夫はグリーン・ノア2にいて、連絡を取るのも面倒な上に、どうせすぐに駆け付けられはしない。
 ヒルダは自分の判断で息子の身柄の引き渡しを申し出た。そして、その手続きを取る為にカミーユが移送された軍本部ビルへと向かった。


「――確かに。では、こちらでお待ち下さい」
 釈放の為の書類にサインをした後、彼女は一人部屋で待たされた。
 手続きを終えたことに安堵し、息子のことを思う。世間体…とか、多少はそんなことが頭の片隅にあったが、それ以上に息子の今後の身の振り方を案じる彼女は確かに母親だった。
(あの子ったら、エゥーゴのことなんて知りもしないのに…)
 息子がエゥーゴの活動に―多少の興味はあったとしても―傾倒していたとはヒルダは思ってはいない。それぐらいはわかる。
 むしろ、彼女には想像もつかない幾つかの偶然が重なった結果――なのかもしれない。カミーユには敢えてややこしい事態を引き寄せるような、そんな性質があったからだ。
 あの後先考えない性格は誰に似たのか――少なくとも自分ではない、と思えた。示談で済ませられるのか――相手がティターンズのメンバーであることは懸念されるが、それも夫と自分の肩書きがあればいかようにもなる。
 そう楽観視するヒルダは、それをあまり大事とは思っていなかった。
 そう、その時点では彼女だけに限らず、全ての者がそう思っていただろう。不幸な偶然が重なる、その時までは…。
 そして、それは起った

 ミシ…、とビル全体が揺れた気がした。続いて訪れたのは、物凄い爆音と衝撃――。
 何が起ったのかはヒルダにもわからなかった。ただ、胸騒ぎを感じた彼女は部屋を飛び出していた。
「ガンダムMk―Uが落ちたって!?」
 そんな誰かの叫び声で事情は知れた。非常ベルが鳴り響く本部ビル内は、負傷者や走り回る人々でごった返している。
「カミーユ、カミーユは…」
 ロビーまで出て来たヒルダは人波を掻き分けながら息子の姿を捜していた。その時、
(あ……)
 入り乱れる軍服の中に、小さな影が眼を引いた。いかつい軍人達の中を掻き分けてくるのは確かに息子の姿だ。だが、
「――!?」
 確かに眼が合ったはずのカミーユが、まるで拒絶するかのように彼女から顔を背けた。
「待ちなさい、カミーユ!」
 走り去るその背に、ヒルダはただそう叫ぶだけだった。

 ほどなく、コロニー内にエゥーゴのMSが侵入し戦闘が始まった。その混乱の中で、彼女も開発に関わったガンダムMk―Uが2機、強奪された。
 そして、息子を捜すヒルダの許へも何故だか召集がかかった。彼女の知らぬ間に、立て続けに騒動は起き、運命は転がり始めていたのだ。
 港に呼び出された彼女は、やはり事情のわからないフランクリンと共にそのまま軍艦アレキサンドリアに搭乗させられることとなった。

「あなたは本当に信じているんですか? カミーユがガンダムMk―Uを盗みだしたなんて」
「私が知るわけがないだろう」
 半信半疑の彼女と違い、暢気に本を読んでいる夫の態度も答えも素っ気ない。
「あなたはいつもそう――研究のことしか頭になくって」
 詰る彼女に、怒ったようにフランクリンは本を閉じた。
「バスクとジャミトフのことを考えているんだよ」
「どうだか、――若い女のことを考えているのでしょう」
 もっともらしく嘯く夫に、厭味が口からついで出た彼女を、フランクリンは忌々し気に睨みつけ云葉を飲み込んだ。その時、 「フランクリン・ビダン大尉、バスク大佐がお呼びです」
 フランクリンが逃げるように部屋を出て行くと、ヒルダは気まずさから解放されて、ホッとしている自分に気付く。 自分達はとうに夫婦として終っている、それは今更なことだ。夫が離婚したいというのならば、それでもいいと彼女は思っている。しかし、問題はカミーユだった。
(こんな大それたことをして、無事で済むはずがない…)
 Mk―Uを盗み出した息子がどうなるのか? フランクリンはあまり想像がついていないようだが…いや、想像はできるけれど己の保身のことを思えばしたくはない――それが本音なのだろう。それでも、
(今は下らないことを言い争ったり、現実逃避をしているような場合ではないわ――)
 ヒルダは冷静にそう思う。二人の子供であるカミーユの起したことに、親としての責任が求められている。
 ヒルダはエゥーゴという組織がどの程度の戦力を持ち、軍隊として成り立っているのか知らない。たとえ軍属でも技術士官である彼女の反乱軍に対する知識は、一般人とそう代わりがなかった。
(――どれぐらいで終るのかしら?)
 戦闘が始ったとしても、所詮はゲリラ程度のもの。だとすれば決着はすぐにつくのだろう…。
(カミーユ、バカな子…)
 唇を噛み締めるヒルダは、逮捕される息子の姿は見たくないと思った。それは母親としての切実な願いだ。
 バスクに呼び出されたフランクリン、その内容はわからない。だが、カミーユにとって少しでも良い交渉をしてくれればいい。彼女より階級が上であり、バスクの信任もそれなりにある筈だ。
(せめて、最後に父親らしいことを示して下さい)
 それが彼女がフランクリンに望む、たった一つのことだった。

「ヒルダ・ビダン中尉」
 酷く無機質な声に、彼女は顔を上げた。いつの間にかドアが開き、夫を呼びに来たのとは別の士官が立っていた。
「こちらにおいでください」
 今度は自分か…そんな諦めで立ち上がった彼女が、その士官の横を擦り抜けようとした時、
「…えっ!?」
 プシュッ…、二の腕に軽い衝撃があった…次の瞬間には、彼女の意識は急速に遠のいていた。


 身体がユラユラと揺れていた。半分覚醒したような思考の中で、何処かに運ばれている――とヒルダは漠然と感じた。
「――さっさとしろよ。薬はちょっとしか効かないんだ」
「眼でも覚ましたら後味が悪いぜ」
「なんでもっと強いので眠らせないんだよ」
「動かないんじゃ人形と思われるからだろ」
 ザワザワとした男達の話声の意味を、彼女は理解できないでいた。しかし、その中で確実に意識は覚醒し始めている。
「ウヘェー、――こんな物にノーマルスーツもなしに…」
「正気の沙汰じゃないぜ。酸素ボンベだってないぜ」
「おい、大きな声だすなよ。どこで―――に聞かれてるか…」
 怯えるような声が潜められ、小さくなった。
(……なんの、こと――?)
 うっすらと眼を開いた彼女の耳に、カチリ…と何かが閉じるような音が響いた。
「――っ!?」
 再びヒルダの身体は移動を始めていた。あきらかに何かに運ばれている振動と共に、彼女ははっきりと眼を覚ました。そして、目の前に広がる光景に驚愕した。
(――な、何故――!?)
 彼女の目の前に――宇宙が広がっていた。左右を、上下を…全ての空間がモニターではない星々の輝きに埋め尽くされている。ヒルダは宇宙空間に、まさに浮かんでいた。
「な、なんなの…これは――!?」
 無意識に伸ばした手がガラスにぶつかり、その硬質な感触に彼女は怯えるように引っ込めた。天井を、足元を見る。それが両手いっぱいも延ばせないガラスの空間だと理解した時、彼女はパニックを起した。
「いやぁ…戻して、戻して…どうして、どうして――!!」
 意味のないことを彼女は声の限りに叫んだ、叫び続けた。酸素が失われる…そんなスペースノイドとして基本的なことさえ今の彼女の頭には浮かばなかった。
「助けて、誰か、助けてー、お願い!!」
 そこにいるのは普段の冷静で聡明なヒルダではなかった。宇宙への虞れと、押しつぶされそうな恐怖に身も心も震わせる、か弱い女でしかなかった。
 彼女は、まさに透明なカプセルに閉じ込められた篭の鳥――そのものだった。

 永劫とも思える時間の中、光がヒルダに向って近付いた。
 ガンダムMk―Uの双眸が、彼女の姿を認めて確かに光った。しかし、
「やめて、来ないで! 来ないで!」
 彼女は必死に叫び続けるままだ。
 正面から迫って来るMk―Uの顔が、何故だか彼女には怒っているようにも、哀しんでいるようにも―実際、コクピットの中でカミーユはそうしていたから無理もない―見えた。
 それすらもヒルダは怖かった、追い詰められる恐怖を一層に強める。
(潰、される――!?)
 Mk―Uの無骨で大きな左手が自分を包む頼り無いカプセルに延ばされるのに、わけもなくそう思い、それから少しでも逃れようと身を引いた。
(―――ああ…)
 絶望的な息を吐く。
 だが、それは本当は彼女に差し伸べられた救いの手……そうなる筈だった。しかし――
 パリン…何かが弾けた。そして、そのことを知覚する間もなく、ヒルダの身体は宇宙空間に無防備に放り出されていた。


「うあぁぁぁぁ―――っ!!」
 迸るような叫びを上げたのは、彼女ではなかった。
 すでにヒルダの身も、心も…そこにはなかった。差し伸べられた救いの手が息子の物だったと気付くこともないままに、彼女の魂は星の海の中に砕けた、永遠に――。

『彼等の場合』 収録 /「彼女の場合 CASE 2 ヒルダ・ビダン」より




フランクリン・ビダン



 軍の技術士官を経てティターンズのMS開発を任せられ、バスク大佐の覚えもめでたい。それがフランクリン・ビダンが認識していた自分の立場だった。
 仕事の面で充実振りに比べ、家庭では―妻のヒルダや息子のカミーユとは―多少はギクシャクした関係であることは否定はしない。だが、それぐらいの不和ならば、何処の家にもあることだ。何よりも、すでに彼はそんな形ばかりの家庭に執着してはいなかった。
 フランクリンには、すでに新たな安らげる場所があった――若く美しいマルガリータ…彼女の存在、そして、自分の研究に没頭出来る環境が彼に充足感を与えていた。
 フランクリンは自分の人生に何の不足もなかった――満足していた、順風満帆は云い過ぎでもそれに近い感触はあった。
 あの運命の日が訪れるまで――。

 ガンダムMk―Uの飛行訓練を行っているグリーン・ノア1の外壁に光が見えた。
「グリーン・ノア1で演習ですか?」
「あれが演習に見えるか!――ビダン大尉もエゥーゴのMSを見ておくのだな」
 エゥーゴに出し抜かれたことに腹を立てるバスクの剣幕は大変なものだった。だが、それ事態はよくあることで、フランクリンは特に気に止めてはいなかった。
 しかし、ビダン一家の運命は、すでに動きだしていたのだ。

 フランクリンは、バスクにアレキサンドリアに乗船するよう命じられた。彼が戦艦に乗ることは珍しいことではなかった。敵のMSを見ておけ、というバスクの命令も受けていた。だが、呼ばれたのは彼だけではなく――。
「材質の調査を戦艦の中でやれというのですか?」
 怪訝を通り越し、不満気な声で訊ねるヒルダも一緒だった。
 畑違いの妻までもが何故戦艦に乗ることになったのか…。その理由はアレキサンドリアが動き出して―自分達の逃げ道をなくしてから―すぐに説明された。彼等の息子のカミーユが、エゥーゴと共にガンダムMk―Uを盗んだのだ。

「あなたは本当に信じているんですか?」
 ヒルダの問いの答えなど、フランクリンにもわかる筈がなかった。彼には息子の考えがわかった試しがない。いや、正確にはわかろうとしたことがなかったのだが…それすらもフランリンは気付いていなかった。
「バスクとジャミトフのことを考えているんだよ」
(私だって考えているんだ、これがどういうことなのか…)
 そう云ったつもりだが、
「――若い女のことを考えているのでしょう」
 最初から擦れ違っている会話が穏やかにゆく筈はなかった。

「ご子息のことを諦める覚悟があるかね」
 もっともらしく口を開いたのは、深く腰を掛け無言で圧力をかけてくるバスクではなく、その腰巾着のジャマイカンだった。
「ご子息のことは残念だが…ビダン大尉のこれまでの功績を考慮して、大佐は特別に取り計らって下さるそうだ」
 フランクリンの返事も待たずに、続けられる。
 Mk―Uの奪還交渉に紛れて、エゥーゴのMSを奪取する…それは、一介の技術者への任務では無い。だが、
「エゥーゴの新型には、大尉も興味があるのだろう?」
 被せるように告げられる作戦――否、命令をフランクリンに断れるはずもなかった。息子のカミーユがティターンズにもたらした不利益が、自分の身に及ばない為に――。

 バスクの部屋を退出する時、息子を諦める――そのことの意味を、フランクリンは少しだけ考えた。
(――逮捕、拘束――最悪の場合は…)
 それ以上の想像はさすがに出来なかったが、自分が身を置いているティターンズという組織の恐ろしさを、初めて実感したような気がした。
 仕方のないことだ――と、すでに彼の答えは出ていた。ヒルダは納得はしないだろう。だが、彼女も自分が積み上げてきたキャリアを失いたくはない筈だ。それならばあとは時間が解決してくれる――フランクリンは一人勝手にそう思った。

 フランクリンの任務はほぼ果たされた。後はこのMSで戦闘宙域を切り抜け、アレキサンドリアに戻るだけだ。
「自分が設計したマシーンを、敵機から観察出来るとはな…!」
 極限まで高められた緊張感の中で、フランクリンは興奮を覚えた。死の恐怖どころか、マルガリータの若く美しい肢体が彼を招いているような錯覚に震えた。だが、それを邪魔したのは、やはり息子だ――
《母さんはティターンズに殺されたんだぞ――小鳥のようにカプセルの中に入ったまま、殺されたんだよ》
《ヒルダが小鳥になるかっ!》
 ヒルダが殺された? それが今更何だ! 彼は生き続ける、マルガリータと共に…そう決めた。フランクリンにとって、自分を詰った妻も、息子の存在も、障害であり怒りの対象だった。
「お前は、親に銃を向けるのかっ!」
(私の邪魔をするのか、お前は――お前達がいたから…!)
 彼は闇雲に発射ボタンを撃った、打ち続けたその瞬間、フランクリンは息子を――家族を捨てた。

「バッカヤロー!」
 コンソールに両手を叩き付け、カミーユは虚しい叫びを上げた。そして――彼は一人きりになった。

『彼等の場合』 収録 /「彼の場合 CASE 2 フランクリン・ビダン」より