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星食

  -OCCULTATION-

 夜光
 夕星
 星食
 星に願いを…
  ※ 月と星がテーマ&映画化前に欠片を拾っとけ! の一冊




夕 星



 ダカールでの作戦を成功させ、アウドムラは勝利に酔っていた。
 かつての宿敵であったシャアとアムロは杯を交しあい、反発しあっていたカミーユとベルトーチカもまた、心を打ち解けてわかりあえることが出来た――。


 ベルトーチカと語り合った後、カミーユは一人その場に残っていた。窓辺に身を預け、彼は沈みゆく夕日と入れ替わる夜の気配をぼんやりと眺めていた。そして、
(……一番星だ――)
 気がつくと夕焼けと夜の境に一際大きな光が輝いていた。
(一番星って、金星なんだよな…)
 だからいつも見失ってしまった。金星は明け方と夕方にしか見えない星だなどと、子供の頃の彼は知らなくて二番、三番と数えている内にわからなくなってしまって――。そんな他愛もないことを思い出し、彼の顔に懐かし気な表情が浮かんだ。その時、肩にポンと手が置かれた。
「アムロさん…?」
「こんな所に一人でいないで、向こうに来ないか」
 その誘いに、カミーユは素直に頷いた。


 アムロに伴われてカミーユがキャプテンズルームに行くと、すでにクワトロ―自分で宣言しておきながら、まだ【シャア・アズナブル】とは呼び掛けにくいし、カミーユにとってはやはりこの名の方がしっくりくる―とハヤトがいた。皆で酒を酌み交わしていたらしいが、
「来たな、カミーユにはこっちだ」
 空いているシートに座った彼には、生真面目なハヤトの配慮かオレンジジュースが用意されていた。子供扱いに鼻白むもののカミーユは意を唱えなかった。
「ああ、そうだ。ベルトーチカが頼まれた物も入れておくといってたぞ」
「はい。わかりました」
 ハヤトの伝言にカミーユが答えるとアムロが口を挟んできた。
「なんだ、頼んだ物って」
「あ、チョコとかクッキーとかのお菓子を…」
「そんな物頼んだのか? カミーユもまだまだ子供だな」
「違いますよ、チビ達へのお土産です!」
 アムロの云葉にカミーユは慌てて頭を振り、ムキになって反論したが、ニヤついているハヤト達の様子にすぐにカミーユはからかわれたのだと気付いた。
「しかし、あまり甘やかすような物はファに叱られるのではないか?」
 そう云うクワトロの―アムロほどあからさまではないにしろ―笑いを含んだ声音が面白くない。
「平気ですよ。アイツの好きなのもちゃんとありますから」
 だからカミーユが少々ぶっきらぼうに応えると、何故かアムロは二人の会話に出てきた聞き慣れない名と、彼の馴れ馴れしい云い方に反応した。
「誰だい、その――子供達の世話係をしている、…女性兵士は?」
 何に興味を持たれたのかわからないまま、問われたカミーユはファのことを当たり障りのない説明で済ませようとした。だが、
「ええ、パイロットで――」
「カミーユの幼馴染みだ」
(そういう云い方は―――なんだ…?)
 途中で口を挟んだクワトロが一言で片付けてしまったことに、事実とはいえカミーユは文句を云いたくなった。しかし、アムロとハヤトの間の空気が微妙に変化したことに彼は敏感に気付いた。
「あの、どうか…しましたか」
 訊ねるカミーユにハヤトはまだ半分ほど中身の残ったグラスを置くと、おもむろに立ち上がった。
「すまん、用事を思い出した。みんなはゆっくりしててくれ」
 唐突に席を立ったハヤトの後ろ姿に、
「――――ったな……」
 アムロが苦笑混じりに呟くのをカミーユは何とか聞き取った。聞き返すことも出来たが何となく聞き返してはいけない。そんな気もした。それで彼が黙っていると逆にアムロの方が口を開いた。
「カミーユ、その子は世話好きだろう。それで、お節介だったり。それが君には――煩わしくて、つい邪険にしてしまったりしていないか?」
 その瞳は笑っているのにどこか寂し気だった。しかし、カミーユの方はアムロの指摘に驚いて目をしばたいた。
彼がそう思いかけるのを否定するように、アムロが片手を上げて制した。
「残念ながら、これは俺の話だ。昔――W・Bに、お隣さんの子が、つまり俺の幼馴染みが乗ってたんだ」
「え…?」
「その子が子供達の――もちろん、みんなも協力はしていたが、面倒を一番よく見てたのはその子で。……そんなことを思い出したんだ」
 種明かし、とばかりに話しながらもアムロは持っていたグラスを揺らし、氷をカラカラと鳴らした。
「子供達って、――ああ、カツ達?」
「そうだ、イタズラ盛りの子供が3人もいたら、苦労させられるゾ。まして、ジオンの追撃は厳しいし」
 それは誰かへの当て擦りこすりというわけでなく、アムロは単に事実を云っただけらしい。クワトロの方もこれ以上口を挟む気がないようにも見えた。
「なんかその場面、目に見えるな。子供相手って元気じゃないと勤まらないですからね」
 カミーユが笑って云うと、それにつられたようにアムロも笑みを作り、続けた。
「そうだな。元気な良い子で――戦いなんて向いてなくて、それでも否応なく参加させられて…通信兵なんかもやってたが―― 一番似合ってたのは子供達を叱りつけている時だった」
 僅かにアムロの声音のトーンが変わった。
(アムロさん……?)
 はっきりとは云わなかったけれど、その人が―元気な良い子の幼馴染みが―きっとアムロにも口煩く思える時があったのだろうか? そんなカミーユの思考を裏付けるように、アムロはわずかに頷いて見せた。
(それは――確かに、ファに似ているかもしれないけど…)
 幼馴染みの関係というものは何処かしら似てくるものなのだろう。それで昔を思い出した、というのはわかった。ただ、アムロの様子はやや感慨が深過ぎるように彼には感じられもした。だから、率直に彼は訊ねた。
「それでその人、今どうして……」
 るのか――と、口にしてしまった後でカミーユは重大なことに―カツの今の両親のことに―思い当る。取り繕うように彼が口を開く前に、当のアムロはサラリと告げた。
「結婚してるよ。カラバでガルダの艦長をしてる、頼りになる男と」
(……っ――やっぱり…)
 カミーユはさっきのアムロの呟き、―『アイツ、気を遣ったな……』―その意味を理解した。
(えっと―――)
 後の祭の己の失言を恥じるような頭を抱えたくなる彼に、今度は茶目っ気を含んだアムロの声がした。
「誤解するなよ。俺は良かったと思ってる。ハヤトはいい男だからな」
「はい、それはわかります、」
 カミーユは慌てて口にした。それはアムロの負け惜しみではない。振ったとか、振られたとか、そんな下世話な話ではないと、彼にはちゃんとわかっていたから。
 それに、アムロは囚われている―ミライが話してくれた彼の人生を決定付けたという―ジオンのパイロット…それがカミーユにとってのフォウの存在とピッタリと重なりはしない、しないけれど彼には理解出来る。共鳴しあう存在を持ち得た者だけに通じ合う何かを、確かにカミーユも抱えていて――
(……あれ?)
 いつの間にか部屋の中にクワトロの姿がなかった。アムロも気付いていたらしく喉の奥で笑う。
「まったく、誰も彼もが気を回してくれるな」
「……そうですね」
 苦笑いのアムロに控えめに相槌を打つカミーユを、彼は眇めるように眺め、話を戻した。
「――確かにその子は…彼女は、俺にとって大切な人の一人だが、そういうのとは違う」
 続く独白、それは静かだが毅然としていてアムロの云葉に嘘がないことを伝えていた。ハヤトがいなかったとしても、連邦軍からの厳しい監視、そんなものが無かったとしてもアムロはその人を選びはしなかったのではないか。それは、恋とは違う、愛とは違うのだから。
「それでも彼女のことは気にはなった。心配もした、気紛れにね。…こういう云い方は適切でないかもしれないが…やはり、気心が知れているということは煩わしくて、一方では楽だったからな」
 こんなことをベルトーチカが聞いたら男は勝手だと怒るかな? アムロはそんな軽口を交えながら、ほとんど空のグラスを揺らす。残った氷の立てるかすかな音だけが静かに響いた。

『星食』 収録 /「夕星」より (一部抜粋 )