既刊案内頁

 各本ごとの詳細頁。一部抜粋(ちょい読み) or 丸ごと一話(短い物)ご紹介。

蒼の宇宙

 カミーユの道標 I
 そして、蒼に…
 カミーユの道標 II
 群像 アレスの惑い/アテネの憂鬱
    (ブライトの惑い・レコアの憂い・ジェリドの惑い・ファの憂い・カツの惑い・エマの憂い)

 カミーユの道標 III  月宮
 カミーユの道標 IV
 対談
  ※ 目指しているのは 新訳Ζの副読本。




そして、蒼に…



 蒼い、空よりも蒼い大海原に巨大な影が落ちていた。
 滑るように波間を移動する、その影を落としている本体―禍々しい黒い塊―はその巨体以上に大きな影と重なりあった。
 もし、真上からその光景を眺められる者が見ていた者がいたならば、まるで巨大な鳥に飲み込まれたと思うかもしれない。

 コクピットを開いた瞬間、何かがフォウ・ムラサメの全身を包んだ。
「――凄い湿気、それにこの臭い…」
 気持ち悪そうなナミカーの声に、彼女はそれが潮の香りだったのだと理解した。
 不安定なゴンドラに揺られながらガルダへと移動する。
 二人のの眼下に広がっているフォウの知らない異国の海。だが、彼女はヘルメットのバイザーすら上げず、一瞥をくれただけだった。
 ゴンドラの揺れに落ちつかなかったナミカーは、軽い振動でデッキに収納された後もしばらく動かなかった。フォウがそののお尻を叩いてやるとやっとシャンとした。
 ナミカーが挨拶をしている間に、フォウはやっと鬱陶しいヘルメットを脱ぐ。そして、
「フォウ・ムラサメ少尉です、お願いがあります。――サイコ・ガンダムで出撃したら、後は自由にやらせて欲しいのです」
 自分の希望―要求―を告げた。
「――いいだろう、好きにやってみろ」
 フォウの頬を軽く叩き、値踏みした後、ベン・ウッダーはそう云った。


 フォウは一人、纏わりつくような湿気と陽射し…そして活気に満ちたニューホンコンの波止場にいた。
 正確には一人ではない。少し離れたエレカの中で男が見張っている。
 だが、人が大勢いる場所を自由に歩くことが出来る、それに煩いナミカーがいない…それだけでも大分気分が違っていた。

 フォウを一人で街に出すことにナミカーは反対したが、
『敵を感知出来るのが強化人間だと聞いている。ニュータイプ研究所が有益であると、証明したいのだろう?』
 連絡員はつける、とベン・ウッダーが押し切った。

 敵の動向を探る為とはいえ、外に出してもらえた、それだけはウッダーに感謝した。
(何処へ行こう――)
 そう思案し、辺りを見回してみる。今の所彼女に宛はない。それはこれから出来るのだろうが…彼女はその能力を備えている筈なのだから…。その時、
(―――?…)
 ふと見上げた上空から、彼女の許へ舞い落ちてくるものがあった。


(まだ、かかるのかな…あ――)
 アムロと達を迎えに来て、手持ち無沙汰でぼんやりと港を眺めていたカミーユは…その光景に眼を止めた。
 軽やかにグライダーを追って駆ける、その少女を動きを眼が追った。
 彼女がフワリと飛び上がり…飛翔していたグライダーを捕まえた。鮮やかに着地する動きに呼応し、ゆったりとした服が舞った。その少女の嬉しそうな笑み――。
「好きなんだな…」
 不思議と心を惹かれた。カミーユの口許も綻んでいた。


「――乗せるの反対よ、アムロ」
 客船のタラップで擦れ違った女が口にした名に、フォウは反応した。そしてグライダーを渡した子供の母親もまた…。その双方に彼女は訝し気な視線を向ける。
(あれがアムロ・レイ――アウドムラは近くの入江に隠れているか)
 そのカップルをフォウは遠巻きに観察する。金髪の女には見覚えはないが、癖のある赤毛の男は知らされている顔だった。
 駆け付けてきた少年がそれを証明するように男の名を呼ぶ。やはりそうなのだろう。
(ベン・ウッダーの言う通り敵と会えたけど…)
 後を追おうには、一瞬だがアムロと眼があったのが気掛かりだ。近付いても警戒されるだろうし、連れの女も邪魔だった。
 フォウの足はアムロの連れの女と口論していた少年に向った。情報収集の為――。だが、
「ねえ、…旧市街まで乗っけてくれない?」
 意識することないほど簡単に云葉が溢れた。呼び掛けたその声音は、心無しか弾んでいた。


 エレカを覗き込み、呼び掛けてきたのはさっきのグライダーの少女だった。
「え、…いいですよ」
 カミーユが、応えた自分の声が上擦っていると認識する間もなく、彼女はエレカに乗り込んできた。
 アムロやベルトーチカのことを訊ねられ、先ほどのやりとりを見られていたことに、少し恥ずかしさを覚えた。
「――傷を舐めあってるんですよ」
 アムロ達のことをカミーユのそんな風に云うカミーユに、ああ…と納得した顔で笑う。そのすっきりとした彼女の横顔が印象的だった。


 フォウが乗り込んだのは、アウドムラのクルーらしい少年兵のエレカ。情報を探る為だった。
 だが、彼といると落ち着く。気が付くと彼女は彼に―少年はカミーユ・ビダンと名乗った―、自らのことを話していた。
「わたしは、フォウ・ムラサメ」
「フォウ・ムラサメ…? 難しい名前だな」
「仕方ないわ、――施設でつけてくれたんですもの」
 【求めている物を与えて欲しい】という思いが、人恋しさとなって現れたのか…フォウを饒舌にさせていた。
「カミーユかぁ、優しい名前ね」
 そう云ったフォウにカミーユは無言で視線を寄越す。その様に可笑しさが込み上げる。彼はきっと、自分と同じにその名前が嫌いなのだ。
「自分の名前、嫌いなのね。―――顔に書いてあるわ」
「そうかな」
 思ったまま告げた彼女に、応えるカミーユの微笑みが優しいと思った…その名と同じように。
「本当はね、自分探しをしてたんだ」
 ごく自然に彼に凭れかかる。自分とは違う体温と鼓動が伝わって…安心する。
「――昔の記憶がないの」
 静かに受け止めてくれる彼に、自分自身のことを知って欲しい、何故そう思うのかわからなかった。
 けれど、ベン・ウッダーの放送にフォウは自らの任務を思い出す。カミーユもまた…。
「ごめん、戻らなくちゃならない。途中まででいいかな」
「そう…どっちに行くの?」
 訊ねた彼女に、他のことに気を取られているのか疑うこともなく彼は場所を教えてくれた。少し…後ろめたい。それでも、
「また、会えるね」
「会えるよ」
 再会を約束したフォウの云葉に嘘はなかった。彼女はまた彼―カミーユ―と会う…その確信があった――

『蒼い宇宙』 収録 /「そして、蒼に…」より (一部抜粋 )