ジ・アザー・ディ2

 【1/3】 

 薄暗いデッキの片隅でぼそぼそとした話し声がする。
「手筈はわかっているな」
「ええ、でも――そんな簡単なことでいいの」
 眼付きの鋭い男の念押しに女は不満の表情を隠しもせずに訊ねた。
「取り敢えずはな、――目立った真似をされてこっちの計画にひびいても仕方がない」
「その計画というのは……」
 シッ、と指を立てて声を押さえる仕種をして男が云う。
「お前は知らない方が都合がいい」
 威圧する男の口調にピクリと女の美しい眉が寄せられた。
「……わたしが信用出来ないの?」
「勘違いするな。――失敗したとしても責任は負えない。協力すると言い出したのはそっちなんだからな」
 いやらしく笑う男に、女は口惜しそうに唇を噛んだ。
「行け、そろそろ乗り込む時間だ」
 男は横柄に告げた。



 サイド2の周回軌道上に位置するアーガマはスイート・ウォーターからの補給艦と接触、物資と人員の補給をすませた。束の間の平穏な日々とともにそれらは戦いの最中にある人々の心を多少なりとも慰めると思われた。


 カミーユ・ビダンが入室したのはもう召集時間も間際だった。普段と違ってざわついたその様子に煩わしげに眉を寄せる。
「ずいぶんと賑やかですね」
 先に来ていたアポリー達に彼は訊いた。戦闘中の慌ただしさとは異なる雰囲気が伝わってくる。
「ああ、補充クルーだろ。アーガマに乗れて浮かれているんだ」
「そうなんですか――?」
 聞き慣れないことに感心するカミーユにアポリーは呆れたとばかりの視線を向けた。
「アーガマはエゥーゴの旗艦だぞ、名指しで志願してくる奴だって結構いるさ」
「ニュータイプもいるしな」
 他のパイロットの入れるちゃちゃを聞こえぬ振りで流して、カミーユは見慣れぬ一群を眺めた。
「あんまり軍人ぽくないですね」
 彼等の周囲を取り巻く空気は軍人独特のそれとは違っている。カミーユとそう年の変わらない者もいるだろう。
「しょうがないわ、経験者が少ないんだから。実戦で覚えていってもらうほかないわ」
 背後からエマ・シーンが口を挟んだ。
 エゥーゴの根底を支えるのは反地球連邦、反ティターンズのスペースノイドであり、その実状は付け焼き刃の訓練を積んだばかりの民間人なのである。
「そうですね。――だから僕みたいな半人前でもパイロットをさせて貰える」
 カミーユの卑屈な云い草にエマは可笑しそうに口許を押さえた。
「誰もそんなこと言ってないでしょう、――エゥーゴは半人前の為にΖガンダムを開発するほど酔狂ではなくてよ」
 横でやり取りを聞いていたアポリーはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。
「お前、アーガマのエースだって自覚あるのか?」
 ムッとしてカミーユは否定の為に口を開いた。
「違います、それはクワトロ大尉が……」
「注目!」
 いつの間にか整然とした室内にブライト・ノアの声が響いた。

(―――え………)
 ゾクリ、と射すような視線を感じてカミーユは顔を上げた。室内には説明を続けるブライトの声が響いているだけ。その中を明確な悪意、―殺意と云い換えてもいいほどの思念が走った。
 今ブリーフィング・ルームに集合しているのはパイロットの他に、メカニックやブリッジ・クルーもいる。見知った顔と新たに加わった補充要員などで入り乱れた室内で、それの在処を見つけることは困難なことに思えた。
「どうしたの」
 隣でメモを取っていたエマが彼の不自然な行動を見咎め、小声で囁いた。
「――いえ」
 短く答えてカミーユは何事もなかったように姿勢を戻す。雑多な思考に紛れるようにその気配は消えてしまった。



「戦闘配備のままいつまで待たせる気だ」
 ジェリド・メサはハッチが開くのももどかしく、ブリッジに入ってくるなり怒鳴りこんだ。
 出撃許可が下りないことにしびれを切らして直接抗議に出た。
「相変わらず気が短い。――望み通りにアーガマを叩かせてやるさ、もう少し待っていろ」
 ジェリドの行動を読んでいたかのように軽く受け流してアレキサンドリア艦長のガディ・キンゼイは答えた。
「――何か考えがあるのか?」
 勿体ぶったガディの口調にジェリドは訝しげに片方の眉を吊り上げた。
「闇雲に攻撃を仕掛けても意味がない。もうすぐアーガマの針路がわかる、その時は先鋒を務めてもらおう」
「針路?――スパイでも潜入しているのか」
 勢いづくジェリドにガディはかぶりを振り、含みのある云い方をした。
「そう、甘くはない。協力者程度だ」
「なるほど、そいつはエゥーゴの構成員というわけか」
 ジェリドは得心がいったのかニヤリと頬を歪めた。主義とは別に感情や金で動く者がいるのはいつの時代も変わらない。過去の多くの組織と同様、エゥーゴとて一枚岩ではないというわけだ。
「そうだ。――アーガマやΖガンダムの破壊は無理でも情報提供なら充分に役立つ……フッ、そう露骨に嫌な顔をするな。Ζは倒させてやるさ」
 まるでジェリドのこだわりを見透かしたように笑ってガディは軽く片手を上げた。
「そう待たせはせんからガブスレイをいつでも出れるようにしておけ」
 ほくそ笑むガディの自信ありげな云い方にジェリドは大人しく引き下がった。
「わかった任せる。――いい返事を期待している」

 ジェリドが出ていったのを確かめ、ガディは深く息を吐き出した。
「ジェリドもヤザンも、口だけは威勢がいい。――言うだけのことはやってもらわねばな」
 毒づいてガディは帽子を目深にかぶり直した。



「ご一緒していいかしら」
 笑みを浮かべたその女性はカミーユの返事も待たずに、向かいの席に座った。
「えーっと、ルビーさん?……でしたよね。もう慣れましたか」
 カミーユにしては珍しくすんなり名前が出てきたのは、今度のクルーの中で一番の美人だと、トーレス達が噂していたからだ。
「光栄ね。わたしのこと知っているなんて」
 彼女の眼は射るようにカミーユに向けられていて、居心地が悪かった。
「――凄い美人だってみんなが話してましたから」
 取り敢えず会話の糸口を探してみる。お世辞でもなく、コケティッシュな肢体に派手目の顔立ちを縁どる短く整えられたブロンドはエマやレコアや、他の誰よりも女を感じさせる。しかし……。
「―――あなたはどうなのかしら?」
「えっ………?」
 不意をつかれてカミーユは返事に窮した。魅力的なはずの女性に好意が湧かない―却って嫌悪さえ感じる―理由を彼も考えていたからだ。
「他の人よりあなたに、気にして欲しいわ」
 短く云葉を切って、彼女はこれみよがしに唇を舐めた。
「エゥーゴの若き英雄、期待の星………沢山聞いたわ。噂のニュータイプを見るのが楽しみだったわ」
「…………っ」
 カミーユの背に悪寒が走った。科白に反して彼女の瞳には色気の欠片も感じられない。むしろ激しい炎が見えた。
「Mk2もあなたが盗んできたんですって」
 ルビーは笑顔を浮かべたまま、凍り付いたように動けずにいるカミーユの耳許に囁いた。
「―――両親を犠牲にして……どれだけの人を殺したのかしら、ニュータイプ?―――いい気なものね!」
 甘やかな声とは裏腹な毒を込めた云葉を吐く。
「………あなたはっ―――!」
 カミーユは弾かれたように彼女から身を離した。不快の塊が明確な形を取る前にその緊張を第三者の介入が破った。
「お邪魔するわ!」
 ドンッ、と跳ねるほど乱暴にトレイが置かれ、カミーユの隣にファ・ユイリィが座った。
「お話中のところごめんなさい」
 少しも悪いとは思っていない様子でファは挑むようにルビーを睨みつけた。
「いいえ、わたしは終ったから。カミーユ・ビダン――今日はお話出来て楽しかったわ」
 少しも動じずに彼女は立ち上がった。

「何よ、あの女感じ悪い!」
 ファの非難をカミーユは意識の外で聞いていた。彼女の残した云葉がゆっくりと胸の中に広がる…遅効性の毒のように。
「――香水なんかプンプンさせて、カミーユ! 聞いているの」
 ファの甲高い声が思考を中断した。
「何話してたのか知らないけど、色目使っちゃって――いやらしい」
「……脅されてたんだよ」
「うそ、あの人食事終ってたのに。トレイなんかカラだったじゃない。気づかなかったの?」
「ああ……」
 そんな余裕はなかった、とカミーユは思い返してみたがファは別の意味に取ったらしい。
「まったく、何処見てたんだか……。さっきもカミーユを蕩けそうな眼で見てたものね、あの人」
 皮肉たっぷりのファにカミーユは不思議そうに眼をしばたいた。自分と彼女の間に見解の相違がある。あれは憎しみを込めた瞳だ、そんなもの間違えようがない。
「ファ―――でも」
「でも、――何よ」
 チラと窺うようにファを見てカミーユはポツリと云葉を洩らした。
「会ったこと、あるんじゃないか。――気のせいかもしれないけど、多分前に……グリーン・ノア――でかな」
 そうでも考えなければ説明がつかない。何か接点があるはずだった。少なくともブリーフィング・ルームで自分を見ていたのは彼女だ、今ならはっきりとわかる。
「あの人? 何処で、――あたしは知らないわよ」
 すべてが漠然としすぎている。
「会ってる、ていうのは違っても――何か知っているような気がするんだ、――体臭が……」
 直感に従って口にした失言を彼が後悔するのはその一秒後だった。
「ちょっと、それどういうこと!」
 ファは噛みつくようにテーブルを叩いた。


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