ガキ――ッ!
鋼鉄のぶつかりあう鈍い音が響いた。
(‥‥クッ――!)
眼をすがめてカミーユは汗で滑るグリップを握り直した。
隙を狙うように相手のM・Sがカミーユの操る機体の腕を掴む。勢いにまかせて握り潰そうとする動きを彼はとっさに振り払った。
(――まったく――馬鹿力だけはあるからな)
キシッ……! と機体の軋む音と、振動がそのまま操縦席に伝わってくる。それとともに流れ込んでくる相手の意識、純粋な敵意が感じられるほどに。
反応速度が甘い、――ような気がする。先の接触でどこかショートしたのだろう。準決勝で引っ掛けた箇所は? 不安材料を上げればきりがなかった。
(―――ヤバイかもしれない)
決勝が始まって何度目かの弱気をカミーユは呟いた。機体の性能が基本システムに追い付いていないのだ。そういえば最初の機体審査でBのチェックを受けた。まったくプロの眼は確かだ――。ぼんやりとそんな考えが頭をもたげてくる。だましだまし動かすにも限界がある。重く感じる操縦桿を操作しながら悔しそうに唇を噛んだ。
もうここまでこれたのだから駄目でも仕方がない――。カミーユがそう自分を納得させ諦めかけた時、
(ファが来てる―――?)
大勢の観客の中でどうして見つけられたのかわからない、しかし心配そうに自分を見守る彼女の姿をカミーユの張り詰めた感覚のどこかが知覚した。
別れ際のファの責めるような口調と泣き出す一歩手前の表情が寄切った。準決勝まではその姿を一度も見掛けなかったのに――。
(やっぱり来たんだ、あいつ)
カミーユは自然に頬を弛ませた。
(――あと一つ……、絶対勝ってやる!)
唇を舐めて深く息を吸い込む。きっとやれる! そう暗示をかける、たったそれだけのことに昂揚する心のままにカミーユはM・Sを操った。
「すげぇぜ、あの8番!ノーシードだろ?このまま優勝したら大穴だ」
興奮して立ち上がるそんな観客達の声を聞きながらファはただ独り震えながら座り込んでいた。眼をつぶりたいのに、――眼が離せない。
(カミーユ――! カミーユ―――)
頑張って、勝って、無事で――、すべての云葉の代わりにその名を呟いていた。このたった数分間が―彼女には酷く長く感じられる―少しでも早く終ってほしい―――、ファは祈るように組んだ両の手を握りしめた。
制限時間はもう一分を切っていた―――
人類が宇宙に飛び立ちすでに半世紀あまり――、先人達の偉大な功績と苦難は記憶に新しい『一年戦争』の逸話とともに語り継がれている。それは7番目のスペースコロニーであるグリーン・オアシスでも変わらない。
特に平和の時代を誇示するように、かつてのフロンティア精神を称えるために設けられた記念日は、人々に祭の日として親しまれていた。
一月後のサイド7のコロニー建国記念にあたる日を挟んだ一週間、街は華やかな喧騒に包まれる。確実に何かが起こるわけでも、変わるわけでもないというのに、日に日に高まる期待と緊張、その心地良い焦燥感に指を折る。連日様々なイベントが催され、その晴れの場に向けて人々は準備に余念もない。
目当ては違うものの誰もが『フェスティバル・ディ』を心待ちにしていた。
大人も子供も、もちろん少年も少女達も―――
「あれ―――」
吹き付けていたカラースプレーの出の悪さに、カミーユ・ビダンは気の抜けた声を上げた。耳許でそれを振り残量を確かめる。軽く舌を打つと惜しげなくそれを投げ捨てた。新品に伸ばしかけた手を止める。
(―――少し休むか)
上半身だけ伸びをして深呼吸をする。塗料の臭いがただよう空気では大した効果はないが、まあ気分の問題だ。
隅に放っておいたコーラに手を伸ばし、すっかり生温かくなった液体を呑み下す。ようやく人心地ついてやりかけの作業をぼんやり眺める余裕が出来る。
『一年戦争』後、軍事基地として発展してきたサイド7では軍の関係者は優遇される。主に技術者達に提供された閑静な住宅街の一角にカミーユの家もあった。どれも似たりよったりとまるで個性というものが感じられないが、裕福な部類であることは間違いがなかった。建ち並ぶ家々は充分に大きく、広い庭を持っていた。
その庭にところ狭しと拡げられた金属の部品や塗料の山は、このところカミーユがかかりきりになっている大切な宝物である。
ワンッ
元気の良い吠え声にカミーユが顔を向けると、隣家の愛犬のテリアが駆けてくるところだった。
「マツサカ、元気だったか」
時々散歩に連れ出してくれる彼によくなついているマツサカは、飼い主のファ・ユイリィを引っ張るように駆けてくる。嬉しそうにカミーユの足元に頭を寄せてきた。カミーユもその人なつっこい仕種に笑顔で頭を撫でる。
「今日、クラブサボったでしょ」
マツサカの喉元をあやすように撫でていた彼の頭上からファの咎めるような声が飛んだ。マツサカに気を取られていたが何か不機嫌な顔をしている。
険のある彼女の云い方に気分を害され、カミーユは突っけんどんに返す。
「ちゃんと届けは出してある」
ハイ・スクールに上がってすぐにカミーユは空手クラブに入部した。しかし充分に熱心でありながら、結構気紛れに彼は練習を休むこともあった。気分屋のカミーユはその時々の己の興味を優先することなど珍しくはない。先頃も気に入りの艦が入ったと港に通いつめていたものだ。だが、今回はもっと計画的な休みであった。
「――何してるの」
庭のテーブルや芝生の上に拡げられたフレームや機械の部品、それらの回りに転がっているスプレーを胡散臭そうに見回してファが訊ねた。
「カラーリングだよ。家の中でやるとおふくろがうるさいからさ」
「モビル・スーツの――?」
「ああ」
二年に一度開催される自作のM・Sを競うジュニア大会はフェスティバルの呼び物の一つで、出場者は13歳から18歳までと限られている。カミーユがそれに出場する気だと以前から彼女は聞いていた。
「本当に優勝狙ってるの」
ファの呆れたような物云いにカミーユもムッとして云葉を返す。
「当り前だ。一昨年はボディで落とされたんだ、今後はそんなヘマはしないさ」
資格の建て前はともかく実際にコンテストに出るのはせいぜい15歳以上であり、上位に入賞するのも上級生でしめられている。カミーユの意気込みは大したものだが、今一つ説得力が足りない。案の定ファもそう思ったらしい。
「自信満々ね、ホモアビスみたいにはいかないわよ」
この春に彼はホモアビス大会で優勝している。これも大方の予想を裏切ってのことだが過去に年少者の入賞がなかったわけではない、コロニーの一定の気流に身を任すのは同年齢の少年達より小柄な分カミーユはずっと有利でもあったのだ。
「一年生で入賞した人いないじゃない。今年の優勝候補は三年のジャックだって噂よ」
春の大会時はカミーユの有利さを差し引いてさえファは我が事のように応援し、喜んでくれたのだが今回は勝手が違っている。
「やりもしないで、わからないだろ――!」
チクチクと気持ちを挫くような事ばかり云うファにカミーユは怒鳴る手前の云葉を投げつける、手の下でマツサカがビクッと身をすくめる。
「―――散歩、早く行けよ。マツサカの毛がついちまう」
今まで相手にしていたテリアを冷たく押しやってカミーユは立ち上がった。後について行こうとするマツサカの鎖をファも怒ったように強く引いた。
「やめなさい、マツサカ!」
ファを無視するようにカミーユは作業に没頭している。
「―――あたしパーティーに……」
立ち去りがたい様子でファが後ろ向きのまま呟いた云葉はカミーユの耳には入らなかった。
「何だよ?」
顔も上げないままの呼びかけにファは唇を尖らせた。
「……何でもないわ――!」
足早にマツサカを連れて彼女は振り向かずに行ってしまい、チラリとそれを見やっただけでカミーユももう注意を払わなかった。
(あんなこと云うつもりじゃなかったのに)
マツサカが引っ張るままにまかせて歩きながらファはため息をついた。
『良かったら僕とパーティーに行かないかい』
ファがバスケット部のロラン・アンドリィに声を掛けられたのは昨日のこと。
隣のクラスの彼とは何度か云葉を交したこともあったけれど、こんな誘いを受けるほど親しくはなかったはずだった。
『それとももう誰かに誘われたかな』
はっきりとは名を上げないロランがほのめかす―誰か―にファは微かに口許を引き締める。
『いいえ、でもたぶん、――サンドラ達と行くから……』
曖昧に返事を濁すとロランはキラリと眼を光らせた。もう一度駄目を押す。
『それは色気がないよ。僕が立候補するんだ、考えてみてくれ。いい返事、待ってるよ』
一部の女生徒に爽やかと評されている笑顔でロランは軽く手を振った。しつこくない態度は彼女にも唯一好感が持てる。人気は伊達ではないということらしかった。
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ロランはスポーツマンなだけでなく成績は学年トップ、顔は二枚目の部類に入るという程度だが長身の逞しい体躯等、充分に羨望の的で本来なら浮かれてもよい状況といえた。
しかし、彼のファへの好意を―まったくの嘘とは思いはしないが―怪しいものだとも思う。なぜならロランが対抗意識を持っているのが他ならぬカミーユだという噂が実しやかに囁かれていたからだ。
飛び抜けて良い学科があるかと思えば平均程度の成績しかとらない学科と、波の激しいカミーユと総合評価で常にトップのロラン。それにも拘わらず執拗に彼がカミーユをライバル視するのは不思議なことである。
ファを誘ったのもカミーユを出し抜くつもりなのだとしたら馬鹿にした話だと思うし、自分に得なことはなにもありはしない。
フェスティバルの最終日の夜に開かれるパーティーは少女達には最大のイベントだった。ことに16歳を過ぎて初めて参加が許される少女達はこの日の為に競ってお洒落に磨きをかける。その日を共に過ごすのはやはり特別の誰かでなくてはならない。そんな暗黙の了解――
彼女達にとってはいつの時代も初めての背伸びは特別な意味があった。
(初めてのパーティーに一緒に行くのはやっぱり……。男の子は違うのかしら――)
彼女は口に出せない思いを胸の中で呟き、恨めしく考える。
漠然と自分とカミーユの価値観が違うのかもしれないとは知っている。それでも自分達が周囲に噂されているような仲であるなら嫉妬の一つもしてくれてもいいのに――。今のカミーユの頭に大会以外のことが入り込む余地があるとは思えなかった。
(カミーユには――誘われていない)
そんなことを素直に云えるわけもない、かといって誘いを受けてロランに勝ち誇ったような顔をさせるのも癪で……。それでなおカミーユに無視されたなら――? ファにも意地があった。
ロランに断わるための口実を考えなければならないのは、どちらにしても面倒なことで気が滅入った。
「カミーユが悪いのよ―――」
ファは呟かずにいられなかった。
「………にこの公式を当てはめて――」
眠気を誘うような教師の声に、あからさまに欠伸をしたり、堂々と眠り込んでいる者もいる。マニュアル通りの退屈さで有名な高齢の教師の授業は、生徒達の間ではかっこうのサボり時間になっている。
メリハリのない声を聞き流しながらカミーユは苛々とペンを弄んだ。出席さえしていれば単位を貰える科目とはいえ、今は一分でも一秒でも時間が惜しい。
古めかしいチャイムが響くと教師はゆるゆると顔を上げた。終了の声も待たずにバタバタと生徒達が飛び出して行くのにカミーユも続こうとした。
「ビダン君」
「はい――?」
呼び掛けにカミーユが訝しげに答える。早く帰りたい彼の気勢を削ぐようにゆっくりとした歩みで教師は近づいてきた。
「今日は随分と気が散っていたようだが」
「――はい、すみません」
形ばかりの謝罪を口にしながらカミーユは睨みつけたくなる気分を押さえて顔を伏せた。騒ぐ生徒を叱る勇気はないくせに大人しい者には偉そうに説教をしてみせるこの教師を彼は軽蔑していた。
『話が長いだけで要領を得ない莫迦』それがカミーユの評価だが、笑って見せることなぞ造作もない。そんな思考を知らない教師は殊勝な彼の態度に満足げに頷いた。
「毎年この時期は学生達がだれていけない。嘆かわしいことだ、模範となる君までもがそれでは困るな」
授業態度の良さと一見優しげな容姿からカミーユは教師達には扱い易い優等生と認められている。実際の彼は興味のある学科以外は真面目に受けてはいなかったのだが。
「気をつけます」
いつまでも続きそうな愚痴に今日ばかりは付き合ってもいられない。わずかに苛立ちを含ませた声音で云い放つのにも気付かない、彼は教師を納得させてやり過ごした。
(――ったく! 3時までにジャンク屋に着いていたかったのに、予定が狂っちまう)
苦々しく立ち去る教師の後ろ姿を睨みつけ、カミーユは足早に校門へ向かった。大会の日はもう二週間後に迫っているのだ。
【1/2】
◆NEXT 2-2◆