見知らぬ友
VI
《………どちら様ですか?》
インターフォンから聞こえてきたのは、警戒心と当惑を隠しきれない固い声だった。
本来ならばこのドアを叩いているのは奴の筈なのだ、俺はどうやって切り出したらいいかザッと頭の中でおさらいをした。一つ深呼吸をする。
「自分はラルフ・ロイドといいます。クライム君とは木星で懇意にしていたものです」
一息に俺が云うと沈黙がそれに応え、しばらくの後に扉が開かれた。
「どうぞ、お入り下さい」
不安を懸命に押し殺すように、彼女―ファという名だそうだ―は気丈な態度で俺を見返した。
表情は固かったが、潤んだ瞳がフォトで見るよりずっと可愛いかった。
あの後どうしたって云えば、俺は以前のように適当にシリー(木星にいる限り奴はシリー・クライムだ、俺はそう思うことにした)を誘ったし、ジェニファも相変わらず奴に構っている。でもそれは気にしないことにした。
そして、俺の長かった島流しもようやっと終了を迎えようかという時、不運はやってきた。俺にではなくシリーにとって。
『すげェー、ドジな奴だなァ。人見知りしてるからそういうことになるんだよ』
俺は奴のうんざりした顔などお構いなしにケタケタと笑った。
『笑いごとじゃない』
シリーはふてくされて余所を向いた。
予定通りならシリーは俺と同じ艦で帰還だった。それが急遽一便延びたのが奴の腐っている理由だ。
元々奴は欠員の代行で、そいつの調整がまだつかないということで居残りを命じられた。それは何も奴でなくてもいいわけだが、他のメンバーが共謀して押しつけられてしまったそうだ。
以前に比べれば便が頻繁になったといえ、そうなれば帰還は数カ月は待たされる。
『遅れると困る……』
陰鬱に呟く様子から本気で困っているんだろうが、深刻であればあるほど悪いが余計に笑っちまう。だってよ、MS戦じゃきっと誰にも負けないような奴が生身じゃ勝手が違うなんて、俺はなんだか嬉しくなった。
『まぁ、ヤバイことがあってもシラ切っちまえ。余計なことはあんま考えんな』
俺の脳天気な発言に前髪をかき上げる指の間からシリーが恨めしげに睨んだ。本気じゃない睨みは恐かねェよ。
奴の任期が延びるのは本当云えば少し心配ではあった。だが、周りにも充分に俺の友人だと吹き込んでおいたから何か云われても他人の空似で押し通せばいい。こいつはそういう妙な度胸はあるみたいだからな。
『単純、楽天家――でも、それぐらいでちょうどいいのかもな』
奴は人生悟ったみたいに(最初からそんな感じはあった)苦笑した。おいおい、前の方は俺のことか? ホントに失礼な奴だな。まあ心の広い俺は許してやろう。
『彼女に何か伝言でも預かろうか』
ほんのお愛想のつもりだった。帰りが遅れるのは奴を送り出した人間も、何より彼女がさぞかしやきもきするだろうが、シリーが頼むはずはないと俺は頭から決めてかかっていた。だから、
『そうだな、頼むよ』
あっさりと奴が云ったのには驚いた。俺達はたっぷり十秒ほど見つめあった。
『………いいのか?』
『ダメなのか?』
『全然、OKです。承りましょう』
ブンブンと首を振って勢いこんで俺は云い、奴は無邪気に笑った。
「………まぁ、そんな理由で遅れるんです」
任期がズレこんだ一通りの説明を済ませた俺だが、彼女の表情は強張ったままだ。
俺を見る眼は胡散臭げで何かを恐れている。ムリもない、俺が信用出来るのかわからないからだろう。だが、
「本当に……? ――何かの病気とか…怪我ではなくて?」
か細い声でやっとのことで彼女は訊ねた。
「もちろん元気ですよ。本当にただの……」
調子良く云いかけて、俺は自分の勘違いを知った。初めから俺のことなんか眼中にない、彼女が心配しているのは――ひたすらシリーのことだけなんだ。
(ああ、だから……か)
なんで俺がメッセンジャーボーイを仰せつかったかよくわかった。
メールだけでは何かあったのではないかと、彼女は疑心で不安になるだけだ。何の証もなく、彼方の恋人を彼女は案ずるのだ。
それで俺は奴の云葉を伝えた。
「これを、あなたに渡すように預かってます。カミーユ・ビダンからだと」
メールを差し出した俺を彼女はハッとした顔で見た。
「じゃあ、――ロイドさんのお話は本当ですね」
それからこぼれるような笑顔を見せ云った。
「カミーユが自分から名乗ったんですもの」
笑顔の彼女はフォトのなんかよりずっと輝いていて、俺はやっと安心させることが出来たようだ。
彼女に請われるままに奴の話をした。俺の身も蓋もない感想に彼女は大いに頷いた。
「あたしも、振り回されてばっかり……」
そういいながら彼女が奴のことを話す時はこのうえもなく幸福そうだ、面白くはないがいい気分だった。
『カミーユ・ビダンからって、そう言えばわかる』
素気ないくらいのメッセージ。恋人じゃないなんて、だけどちゃんと彼女を大切にしてるじゃないか。
少なくとも二人の間には絆がある。気づかないのか、誰かに遠慮してるのか?
やっぱりシリーはヘンな奴だ――。
彼女の家から帰る道すがらジェニファが帰ってくる時には迎えに行こう、と俺はぼんやり考えていた。シリーと彼女に当てられたこともあるが、
『「ラルフは物事を深く考えないお人好しなの。お調子者だし、だから悪いことには巻き込まないでネ」…ってさ。親切なのは彼女なりに僕を監視してたんだ。君を心配してだよ』
最後にシリーは教えてくれた、人の悪い様子で。
そう云われてみればいろいろ思い当たる節もないではない。彼女はシリーをよく誘ったが、必ず俺も込みで考えてたとか、奴のことを聞きながら決して深いことには立ち入らなかったとか……。
外見とは裏腹にジェニファは身持ちの固い女だった、シリーといるとちょっかいかけてくるのは、ヤキモチ焼いてたのかとか……だったら云ってくれ!
(でも、ちっとは奴にも気があったとは思うけどな)
そうは思う。思うんだが――。
俺はじっくり考えてみた、本当に彼女が好きかどうかを。
くどいていたのは本気だった。けど、基地にいる間に落として、それでサヨナラ……初めはそんな心根だったのに――。
今でもわからないから迎えに行こうと思う。何カ月か後のその時に、俺と彼女の気が変わっていなければ。
それから、奴から預かっていたもう一通のメールを渡した人物は俺でさえ顔を知ってるような有名人で、なるほど、ともやっぱり…とも思った。
握手して礼を云われて(緊張した)そうそうに退散した。
心配していたシリーの帰還は少し早まるらしい。最近とみに木星便が頻繁になっているからだ。
どこかに戦争をやりたがっている奴等がいると噂も聞いた。しばらくは地球に勤務が出来るらしいのはありがたかったが…。
俺は【カミーユ・ビダン】がどういう奴だったのかわかる限り調べてみた。奴が二つも年下だったのはちょっと頭にきた(態度がでかかったからだ)。
そして奴が入院していたのがどういう系統の病院かも知り、奴が呟いた『ただの気狂い』の意味もわかった。
その時の俺の感想といえば、だから、どうした? ってなものだ。
それと、どうでもいいことだが、もう一つわかったことがある。
次の辞令が出るまでに休暇を貰ってあちこちをブラブラした時に、俺は思いがけず本物のシリー・クライムに会った。
(確かにあの、シリーが云うように元気だった)本当に整形していたのには驚いたが、元が元だからすぐに見分けがついた。
奴は大学時代に金に困り、身分証を貸し出したことがあるそうで今は違う名になっているという。まったく普通の幼なじみの奴と酒を飲んで、昔のバカ話をして別れた。
木星の帰還から何年たったんだろう。
俺はまだ軍を辞めていない、運は悪くなかったらしく五体満足だ。
ジェニファとは今もたまに会う、良い友人として…。
それから、俺はたまに…ごくたまに――シリーに会いたいと思うことがある。
それも幼なじみのシリーにではなく、俺が懐かしいと思うのは何故か木星で出会った奴だ。
何を考えてるのかわからなくて、冷淡で、抜けている。
だけど寂しい瞳をした……
カミーユ・ビダンではなく、偽物のシリー・クライムに―――
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