見知らぬ友




V




 シリーはそれからはろくに、本当にろくに顔も見せなくなった。ばったり通路で会ったとしても、まるで俺なんか全然いなかったように素知らぬ顔で通り過ぎてゆく。




「ケンカでもした?」
 ジェニファの方から当然のように訊いてくるのに、俺はああとか、ウンとか適当なことを応える。
「きちんと謝りなさいネ」
 彼女は俺が悪いと決めつけている。そりゃ確かに……そうだけどな、少し面白くない。
「―――俺なんて何年かかったかね……」
 不満がそのまま口に出た。独り言を聞き咎めた彼女は俺の頬をチョンと突ついた。
「フフン、これでしょ」
 チッ、わかってやってたのかい? 意地悪だね。
「あなたがいるってシリーが言ったから」
 なるほど、あの時囁いたのはそれだったのか。俺はポンと手を打った。だが気持ちは少しも晴れない。
「早く仲直りしてあげてネ。彼だって、寂しいでしょ」
 なおもジェニファが奴の肩を持つ。
「どこが? アイツは木星さえ見てりゃそれで満足なんだろ」
 可愛い彼女を置いてきてまで来るくらいなんだからな。ふてくされて俺は反発する。
「――彼、凄く寂しそうな顔をする時あるのよ。そういうとこ、女心は弱いのよネ」
 だから、そういう話はしてないだろうに。やっぱりアイツはとんだ食わせ者だ。
「フン、弱いね――、彼女がいてもか」
 ジェニファは俺の向こう臑を蹴飛ばした。
「当たっちゃったわ、ゴメンナサイ」
「――――」
 痛いじゃないか、今のは結構利いたぞ。涙眼で俺は彼女を睨んだ。
 だがそんな気分もすぐに覚める。
「……なぁ、ジェニファ」
「何?」
「……カミーユって何だと思う?」
 俺はあの時の途切れたメールの最後の云葉がずっと気にかかっていた。シリーを怒らせた原因は多分あの中に隠されている。俺が写真を見たからではなく、聞いたから……。
「何それ、人の名前?………待って、もしかしてニュータイプじゃないの」
「えっ……そいつは、ちょっと前まで隣のプロックにいたジュドーとかって坊やのことだろ」
 地球圏を離れて久しい俺は【グリプス戦争】からの情報には詳しくない。というより俺の任務ブロックは旧体制の連邦時代の奴が多いんだ。
 新組織からの新入りは大抵隣のブロックに補充されてくる。そういう奴等と付き合うことはほとんどないが、結構鳴り物入りで配属されたニュータイプの顔なら俺も拝んだことはある。確か前の便で還ったはずだ、羨ましい。
 あれ、ということはシリーがこっちにくるってのも変な話だよな。考えてる俺の横で彼女は記憶を探るように難しい顔をした。
「その前にいたのよ、エゥーゴのニュータイプが多分そんな名前。粗いフォトなら見たことあったはずネ」
 ジェニファが俺より多少詳しいのは通信部署のせいだ。いくら上で隠してようがどうしたって末端に情報は漏れる。
「そいつどうしてるんだ?」
「さぁ、戦死したとか病気したとか……はっきり聞かないわネ。もともと正規軍じゃないから記録もいい加減みたい」
 それにスペースノイドのヒーローはあんまりネ、と彼女。
 こういうところがやはりジェニファは地球人だ。宇宙で長い勤務をしていても地球で暮らしたという埃は何処かで捨てていない。
 コロニー出身のメンバーへの態度に優越感を感じさせたことはないが、快活なジェニファの中でさえ眼に見えない壁がある。これがスペースノイドとの隔たりってやつだ。俺の考えることじゃないけどな。
「それがどうかした?」
 つまんないこと訊かないで、と彼女の眼が云っている。
「いや、奴なら……知ってるかと思って」
 シリーの本当の名前? だがそう告げるには今一つ半信半疑で口に出せない。
 俺はニュータイプってのはめちゃくちゃ強いパイロットだってことくらいしか知らない。そう云われればそれらしい様子もあったが、普段の奴はやっぱり機械弄り好きがそのまま技師になったと云われた方が納得出来る。
「知らないでしょ、彼も地球育ちよ。移民の後も戻ってるし…詳しくないんじゃないの」
 ジェニファは単純に断定した。俺も奴が根っからのスペースノイドとは思わない。宇宙暮らしは詳しいからコロニーで生活したことはあるだろうが、地球育ちでなけりゃ出来ない会話も幾つかしたからだ。
「地球にいたって……」
 その時いきなり派手な警報が鳴り渡った。俺も彼女もビクッと動きを止め、顔を見合わせた。
 長い間勤務してるがこんなのは滅多にないことだった。

《――パイロットは所定の配置で指示を……》
「今やってるよ」
 がなり立てる放送に俺は悪態をついた。
 ジェニファと別れて持ち場に向かった俺だが、良く聞けば戦闘配備ではなく、緊急事態を知らせる警報だった。
 問い合わせたら、パイロット要員はそのまま待機の指示を受けた。

「何があったんだ」
 俺はパイロット・スーツに着替えて出撃に備えたが、手近にいたウィルを取っ捕まえて状況を訊いた。
「採集シャトルが制御不能だそうです」
 ラムジェット搭載のシャトルは、木星無人大気鉱山基地から精製された燃料を基地へ運び込む。その数は何百もあり軌道上の各地に散らばっている。そんなだからシャトルの故障は日常のことだ。それを基地中に響く警報など鳴らして、脅かしやがる。
「なんだ故障か? それぐらいならこんな派手な警報必要ないだろ」
「先程のは宇宙塵の飛来です」
「じゃあ修理にでも駆り出されるのか?」
 その割に基地に被害は出てないみたいだった。
「いえ、その前にグスタト少尉がシャトルの回収に発進しておりますが、連絡が取れないようで……」
 ウィルの話は要領を得ない。俺は被せるように云った。
「じゃすぐに救助に出るんだな」
 ウィルは頭を振った。
「レーダーの位置ですと木星付近ですが、応答がないのは通信機が壊れているのか、宇宙塵に衝突したのか不明であります――」
 警報はとっくに解除になっていた。グスタトのコクピットが直撃されているのなら救助は無駄だろう。それにしたって……
「引力圏に墜ちちまうかもしれないのに……まだ決定は出ないのか」
 ウィルは俺に問いつめられても返答出来ない。ただ時間を過ごしこのまま見捨てられる、明日は我が身と思えば誰でもいい気はしない。
 俺はグスタトは好きじゃなかったが、奴が木星に飲み込まれるかもしれないのを指を加えて待っている、というのはこの先目覚めが悪いじゃないか。
「出られる用意はしとくぜ」
「はぁ、連絡しておきます」
 敬礼するウィルに告げて俺はデッキに出た。形だけにしろ、何かしていなきゃ後ろめたかったからだ。




「お前さんも物好きな口か。向こうの奴はすぐに出るって言ってるけどな」
 デッキに下りるとすぐに同情したような口振りのメカニックマンが声をかけてきた。顎をしゃくる先にはすでに誰かがハイザックに乗り込むところで、俺は慌てた。一体誰だ? 閉まる寸前のハッチに飛びついた。
「……なんだってこんなとこにいるんだ!?」
 ヘルメットを深く被ったそいつは、シリーだった。俺より、不思議とそこに納まっている姿は様になってたけどな、けど出るって? どうするつもりだい?
「どけよ。閉められない」
 奴は冷静だ、何かの激情に駆られたわけでも、単なる同情心からでもない行動と思えるように。
「何言ってやがる、素人が動かせる物じゃないぜ。降りろ、俺が行く」
 俺は狭いコクピットに無理矢理乗り込んだ。
《19番機、待機の指示だぞ。発進許可など出していない》
 コクピットモニターが表示されていないため、音声だけの通信が喚き立てる。
「ハッ、ロイド軍曹であります、自分は……」
 横から俺が云い切らないうちに、
「仕方ないな……掴まってろ」
 チッと軽く舌打ちしたシリーはハッチを閉じた。計器類が一斉に輝き出す。カタパルトに乗った機体、奴は発進レバーを一杯に噴かした。
「お、おい……イテっ!」
 狭い空間の中で壁面に叩きつけられた俺は、やっとの思いでシートの背に這い上がった。
「何してるんだ?」
 とぼけた声で奴がいった。
「お前が乱暴なんだよ! こんなムチャな発進しやがって、MSを操縦したこともないくせに」
「ハイザックはないけど……何とかなる」
 俺の抗議にシリーは不敵な笑みを浮かべた。またあの口を挟ませない妙な迫力が漂う。逆らわない方が良さそうだ。なら、お手柔らかに頼みましょう。



 奴は初めてとは思えないほど鮮やかに機体を操った。いや、絶対に初めてなんかじゃない。
 バーニアを最大に噴かしながら、片手でモニターにズームをかける。考えるより先に身体が動いている、その動作は随分と手慣れたものだ。
 それでも、俺は別のことが気にかかる。
「アイツ生きてないかもしれないぜ」
 こんなことムダかもしれない、悲観的に俺は呟いた。上手い具合に生きてたって、引力圏に掴まってりゃ助けられない。地球の2倍以上のGだ。
「生きてる。ショックで気絶してるだけだ……戦闘中でもないのに、切り捨てるのか?」
 一体こいつの妙な自信は何処からくるんだ。
「―――いた!」
 何処に? 俺には見えなかった。が、それはすぐに衛星の影から現れた。
 あと一息で届くというところで奴が制御をかけると、ハイザックは生き物のようにピタリと止まった。
「邪魔だから降りてくれ。後で拾うから……ほらこれ!」
 ハッチを開けた奴は強引に俺を押し出した、アタッチメントのバーニアを投げて寄越した。このヤロー!
 それでも俺は急いで装着した。流されるのはゴメンだ。
 シリーの機体は墜ちかかるシャトルに向かっている。取り付いてグスタトのハイザックを助けようってのか?
 こうして外からその操縦を眺めると、まったく危なげがない見惚れるような動きだ。
 しかし、もうシャトルは引力圏に――、
 俺は思った。あんなの、抜けられっこない!間に合わないか、最悪なら心中がおちだ。

《戻ってこい、ムリだ!》

 シャトルの速度が増した。周囲が摩擦で加熱する輝きに包まれる。俺は見ていられなくて、顔を背けようと……
「――――っ!」
 そして、俺は信じがたいものを見た。



 そいつはまったく、神業だった。俺は顔を背けるどころか、目の前の光景に釘付けになっていた。
 (シリーが操縦しているはずの)ハイザックのヒートホークは、隕石に直撃されたために火を噴き速度を速めている右側の噴射口を切り放した。離された噴射口はすぐに木星に飲み込まれ、それを余所に奴の機体は引力圏を掠め離脱する。
 背面に退きながら、その体勢でビーム・ライフルを片手で構え、持ち変えたヒートホークを一呼吸おいてシャトルめがけて放つ。

 それだけのことが、一瞬に起こった。
 俺の肌は粟立っていた。鳥肌がたっていた――。ヘルメットとスーツの中、身体中を伝う冷や汗……。指の先が冷たい。
 そして、奴は続けて2発撃った。
 鋭い閃光はシャトルの進路に滑り込んだヒートホークを破壊し、その爆風でわずかに押し戻された機体のギリギリ、絶妙の位置を正確に射抜き、機体を弾いた。
 まさに、弾いたとしか云えない。シャトルは進路を変えていた。あの強大な、木星の引力圏から奇跡みたいに逃れていた。
 奴は最初からシャトルに取り付く気はなかった。最良の方法を瞬時に判断したのだ。
 何より俺が度肝を抜かれたのはそのスピードだ。生理に反する反射速度、なおかつあの正確無比な射撃。絶妙のタイミングと他の何処を狙っても成功はしなかったろう。
 理論的にどうだとか、そういうことじゃない。やろうたって、出来やしない。誰にもだ。
 あのハイザックには俺なんかが想像もつかないような腕を持ったパイロットが乗っている――






 それから俺はグスタトの無事を確かめ、基地に連絡して回収を他の奴等に頼んだ。燃料が足り無いだの、モニターが壊れたのなんだのと適当なことを云った。まともな説明になってたのかも、どう云い逃れたのか、はっきり覚えていない。



 基地についてからは許可もなく飛び出したことを咎められ、同僚共には一生分の運を使い果たしただのさんざっぱらからかわれた。役にも立たない技師なんかなんで連れていったのかと、笑われた(モニターが映らなくって幸いだった。見てりゃ、こんなもんじゃ済まなかった)。
 目覚めたグスタトにも感謝される、ジェニファさえ俺を見直した、と手放しで誉めた。
 俺はその地位を甘んじて受けた。人の眼を逃れる本当の功労者が、そのことを望んでいないからだ。
 俺の耳には帰還する途中での奴の声が妙にはっきりと耳に残っている。

 シリーは自分の成果に見向きもせずに、(漂うだけとなったシャトルにも、グスタトの機体にも近づかず)約束通り俺を拾いに来た。
 迫ってくるハイザック、俺は逃げ出したいような気持ちでハッチが開くのを見ていた。化け物でも現れると思ってたのか? そんなはずはない、中にいるのは俺よりも小柄な、頼りなげなシリー・クライムだ。


 『基地へ連絡してくれ、君が助けたってことで』
 何事もなかったようにシリーは云った、あれだけの大仕事を終えた後だというのに息も乱していない。
 『バカ……言うな。お前の手柄だ――』
 俺の声は上擦っている。こいつと対峙していることの云いようのない恐怖が、沸き上がってくる。
 奴の眼が寂しげに細められた。バイザー越しにでも青ざめた俺の顔色がわかるに違いない、そんな根拠のない畏れさえ抱いている。
 『それは困るんだ――。頼むから基地に連絡して、この後は君が操縦してくれ』
 懇願するように奴は云い、実際そうしていたのだ。俺に向かって手を伸ばした、コクピットに招き入れるために。
 その手を取るべきか俺は迷った、だが、バーニア一つで基地まで帰れるわけもない。それで、結局俺は………。



 腕を見せたくないんなら、グスタトなんかほうっておけば良かったんだ。俺がついてこなきゃ奴はどうするつもりだったんだ? 飛び出すまで(飛び出してからも)、後の始末など奴は考えてもいなかったんだろう。
 妙に警戒心があるくせに抜けてるじゃないか。そういうギャップが俺のイメージを狂わせる。恐怖が去ってしまうと、シリーは不器用な人間臭さを曝け出す。

 『人助けってわけじゃない。彼の命が惜しかったのでも――正直言えばないな。だけど、俺なら出来るって……止められるって思ったから……』
 奴は全天周モニターが映す宇宙の、さらに遠くを見るような瞳をした。口調が砕けていることに俺は気がつく。
 『くだらない。そんなプライド、とっくに捨てたと思ってたのに――まだあったんだ』
 俺は奴の横顔を眺め、多分……そうなんだろうと思った。不思議ともう怯えた心は落ち着いていた。
 『お前、ニュータイプって……やつなのか?』
 俺の問いに俯き、奴はゆっくりと頭を振った。
 『違うよ……ただの気狂いだ』
 シリーは遠い瞳でそう呟いた。








見知らぬ友 目次◆     ◆ IV ◆     ◆ VI ◆