見知らぬ友




III




 食堂の一番右奥が俺とジェニファのデートスポットだ(彼女は『いつデートなんかしたの』と情緒のないことを云うが)。
 ジェニファはストローをつまみながら、
「あたし訊いたのよ。ラルフがあなたの顔が違うって言ってるけどどうなの? って」
 彼女がシリーに興味を示すのだけは頂けないが、元々奴のことをバラしたのは俺だからまぁ仕方がない。
 彼女もどちらかというと好奇心が先に立っているだけ、と俺は睨んでいる。
「そうしたら『整形したんだ』って、平気な顔してるの。とぼけてるわよネ」
 楽しそうに喋る彼女に、俺は適当に相槌を打った。
「あいつ、恋人いるみたいだぜ」
 水を差す意志バッチリで教えてやる。タイプじゃないなんて言えるかい? ジェニファが傷つくじゃないか。
「アラ、ずいぶん仲の良いことネ。いつの間にそんな話までするようになったの」
 態度悪かったくせに、そう云いたげにジェニファは不満を一杯に眉をしかめた。
「……俺が言いたいのは、デート中に他の男の話をするのはルール違反だってこと。それに俺だってそう捨てたもんじゃないぜ」
 力瘤を見せる俺を一瞥しただけで無視し、ジェニファは続けた。
「瞳がネ、浮いてる感じするのよネ。彼、瞳が青いじゃない。その虹彩が妙な色合いで、向き合ってても焦点が合ってないようで……この人あたしを通過してるって――」
 それどころか話も噛み合わない時あるけどな、と俺は口の中で付け足した。
「それじゃあキ印だ」
 真摯な奴への評価に茶々を入れる俺に、閃いたように彼女は手を打った。
「そうかもネ。――シリーがそうでも、あたし納得するわ。何にしても、ちょっとミステリアスだわネ」
 そこが魅力的、と彼女は云った。女ってのは変なところで感動するものだ。俺はジェニファへの認識をちょっと改めた。
 もっといい加減な軽い女かと思っていたのだが(だから簡単に落ちると、これが大誤算だったんだ)。案外慈愛に満ちているのかもしれない。そんな風にだ。
 好きな奴がキ印でもいいなんて……、俺だったらたとえ友達だとしてもゴメンだけどな。


 俺達の会話の肴になってる当のシリーは、(あまり出てこないくせに)展望室にだけはよく行っている。来たかったくらいだから、木星の景色が余程気に入っているんだろう。
 俺が部屋を訪ねると奴はよくベッドにうつぶせに寝っ転がっていたりする。
 具合が悪いのかと思えば『木星まで行ってた』とか真顔で応え、それで返答に困っている俺を見て薄笑う様は楽しんでるな、絶対。
 そんな様を見ていると、(奴がキ印ってのは云い過ぎでも)充分に紙一重には近い…と俺は思うね。




「おいラルフ、今日の非番明けにやらないか」
 同僚のバルドが手振りでカードを示す。
「うーん、今日はな」
「バカヤロ、勝ち逃げは許さないんだよ。覚悟しとけ」
 ここんとこの俺は負けなしで、巻き上げられた奴等が結束して当たってくるのは当然だな。
「了解、後で行くよ」
 仕方なしに降参のポーズで両手を上げた。今日はシリーには休んでいただこう。このへんで負けとかないと後が恐い。
 きっと奴は喜ぶだろう、一人が好きなようだから。いや、喜びもしないかもしれない…せいぜい面倒が減ると思うぐらいで――なんか、腹立つな。



 俺やジェニファがしつこく誘い出すので奴の行動範囲も多少は広がり、食堂や休憩室にも顔を出すようになった。
 一つには奴には本当にカードの必勝法などなく、自分の勘を傍で俺に耳打ちしなければならなかったからだ。お陰でずいぶん稼がせていただいた。
 だが、それ以外は積極的に人の輪に加わるということはなく、大抵はぼんやりしている。相変わらず今一つ、掴めない奴だ。
 俺と話してる限りじゃ特に無愛想とは感じなかった。気を許してるわけじゃないが(それはこっちも同じだ)、正体半分バレてるせいか警戒の二番目くらいの位置ってとこか。
 当たり障りのない限りシリーは本当のことを話しているようで、時々妙なことを呟く癖と、ジェニファのことさえ気にしなければ地球圏の話を聞くのは懐かしかった。
 奴の任期は木星にしちゃあえらく短期だ(それがやっとのことで明ける俺の任期終了と同じ頃)。
 もともと急場しのぎですぐに正規の交代要員がくるからだという。そんな勝手が通り、人と交わらなかったり、本当の名を隠してるのも事情があるのだろうが、それは俺には想像がつかない。
 何より訊くことを遠慮させる気配がシリーの周辺には漂っていたからだ。


 そんな俺が奴の隠れた一面を知った、最初のきっかけだった。あの事は……。
 もちろんそんなことはみんな後で思ったことだった。



 あの日、シリーがどうした風の吹き回しか俺やジェニファよりも先に食堂に来ていた。
 俺は声をかける前にしばらく奴の様子を見ていた(考えてもみろ、野郎と向かい合った食卓なんて空しいだろ?)。

 その内シリーは何を思ったか近くにあるトランプを手に取った。
 奴の手は無造作にシャッフルしたカードをテーブルに、これまた無造作に拡げだした。占いでも始めるのかと思ったがそういうわけでもなさそうだ。
 裏返されたカードを適当に捲っているだけに見えた。順番も滅茶苦茶だし、少しも楽しそうじゃない。それは単なる暇つぶし以外の光景には見えなかった。
 ところが再び奴がカードをシャッフルして同じことを繰り返し…、
(―――ふむ?)
 開かれてゆくカードの順番を何となく反芻していて一定の法則に気づいたら、ついに我慢出来なくなって俺は奴に声をかけた。

「そいつは何の呪いだい?」
「………別に」
 シリーは顔も上げずに素気なく応え、今していたことを隠すように拡げたトランプを片付けだした。
「おっと、」
 奴の手を掴んでその作業を止めたんで、シリーは何をするんだ、というように俺を見上げた。が、構わず訊ねた。
「スペードのJはどれだい?」
「………………」
 奴は俺の手を面倒そうに払うと、注文したカードを躊躇なく捲って寄越した。
 やっぱりだ、どんな特技が裏技か知らないが、こいつなら100%の確率で手品が出来るだろうか?
「今してたこと当ててやろうか」
 俺は自分が気付いたことを、その時は不思議とガキみたいに云いたくてたまらなかった。
「スペードのA、ハートの2。クラブの3、ダイヤの4、次はハートのKからJを順番に出して、今は7を揃えようとし…っ」
 してただろ――と、得意気に告げようとした俺を見る奴の眼に不穏な光が宿った。それは、背筋が寒くなるような冷めた眼で――

「―――っ……勘を養う訓練か? それにしちゃ…えらくつまらなそうにやってるじゃないか」
 気を取り直してことさら俺がオチャラケて云うと、奴は眼を伏せた。
「違う、もう出来ないんじゃないかと思ってやるんだ。出来なかったら、出来ないで……嫌なんだろうけど――」
「……?」
 出来ないと思う。そして確かめてみて、出来ることを恐れ、同時にホッとする……?
 奴の云うことは矛盾してる。シリー自身も云ったことと行動を持て余しているような呟きだった。
「ヘェ、…たかが手品に大袈裟だな」
 応える俺の声はムリして明るさを装っているように聞こえた。―自分でも理屈に合わないと思うが―まるで防衛本能みたいに。
 シリーは俺の真意を見透かすように眼を細めた。その口許だけがわずかに上がる。
「そう、たかが……手品、だよ」
 そう云って奴はカードを混ぜて俺の見つけた痕跡を消した。
(――――)
 俺は茶化すことなく黙ってそれを見ていた。奴が恐れているのは手品なんて、単純なことではない。だが、俺はそれに気づかない振りをした。そうするべきだと思ったからだ。




「―――で、俺が撃墜してやったのよ」
 バカみたいな大声が割り込んで、俺が感じていた緊張を払った。ホッとしたけど、五月蝿い。
 賑やかな3、4人の団体の中でバカ声を上げているのは確かグスタトとかって、ちょっとは腕の良いパイロットだそうだ。
 ネオ・ジオンの抗争で戦果を上げたとか、着いた時からずっと自慢げに話していたから嫌でも耳に入ってきていた。
 まだ、その話をしてるのかい? 俺はちょっと呆れた。
「……よく飽きないな」
 俺が思ったのとほぼ同時に聞こえたのは(嘲りさえ含んだ)白けたシリーの声だった。
「知ってんのか?」
「行きの艦の中でも同じ事を喋ってた」
 奴にしては珍しくあからさまに不快を示している。
「フーン……」
 グスタトはますます意気揚々と声のトーンを上げる。
「ネオ・ジオンのパイロットなんか、大概は付け焼き刃だからな、ちょっと威嚇してやりゃ、もう右往左往よ」
 楽しそうに話す方も話す方だが、聞いてる方もだ。俺はどうせ実戦にも参加したことのない三流のパイロットだけどな、ああいう輩に師事するのは願い下げだと思うぜ。
「それが忠誠心だけはありやがる。虫みたいにガムシャラに突っ込んでくる奴等をこっちは落とすだけなんだから、楽だぜ」
 ちょっと、ムッとした。
 幸運なことに戦争をしたことがない俺には、グスタトの話が誇張なのか見栄なのか判断がつかない。戦う場面となれば敵に情けを掛ける余裕はないだろうけれど、必死の命のやりとりを他人に面白可笑しく語るのだけはいただけない、と青臭くても俺は思っていた。
「けどよ、ハマーン・カーンってのはニュータイプだったんだろ。それなら親衛隊とかは強いんだろ」
 自慢話にヤジを飛ばす奴も当然いる。
「あんなのはデタラメだぜ。本当はそんなのいないから強化人間なんて出来損ないを造ってよ。ニュータイプなんてのは人殺しの……」
 グスタトの大声が突然途絶えた。
 奴が青ざめた顔で固まっている。頬を汗が伝わり、周りの奴等もどうしたのかと不思議そうに窺っている。
「どうしたんだ、あいつ。なあ―――っ」
 同意を求め、シリーを振り返った俺は云葉に詰まった。

 シリーは奴を見ていた、ただそれだけのことだ。

 だが、たったそれだけのことでグスタトは動けなくなっている、俺は理由もなく思った。
「…………」
 無言のままシリーはツイ、と視線を外した。
 もうすっかり興味を無くしたように拡げていたトランプを片付ける。俺は立ち去る奴を見送った。
 それが合図のようにグスタトはブルッと、身震いをし、空咳をした。
「……まぁ、つまり大したことなかったってことさ」
 さっきの勢いは何処へやら、グスタトは口を重くして付け足した。それからは奴等の話はぼそぼそとした雑談になったので聞こえなくなった。

 しかし、さっきのシリーの眼、
(あれは……)
 ポンと背中を叩かれて俺は飛び上がった。
「やだ、そんなに驚いた?」
 茶目っ気たっぷりにジェニファが両手を広げている。
「シリーは? 一緒に食事しましょうって言ってあったのに」
 キョロキョロと彼女は周囲を見回した。
「ああ、―――さっきまでいたんだけどな…。呼んで来る」
 歯切れ悪く俺は応えた。ジェニファに説明するわけにもいかない、第一なんて云やいいんだい?
「もう、なんで行かせるの――ラルフ…?」
 いつもみたいに俺に批難めいた小言を云うつもりだったろうジェニファの口調が変わる。
「あなたちょっと変ネ」
「そんなことないぜ、お嬢様」
 訝しそうに眉を寄せた彼女に俺は適当に取り繕った。



「ロイド軍曹!」
 通路へ出た俺はすぐに後ろから追いかけてきたらしいグスタトに呼び止められた。忙しい日だ。
「あいつ……何者だ?」
 声を潜めて、辺りをはばかるように訊かれた質問。誰のことをいっているかはすぐにわかった。
(それは俺も知りたいよ)
 胸の中で呟く。
「エンジニアのクライムですが。少尉と同じ艦で来た」
 こういう奴に敬語は使いたくないが、仕方ない。
「いや、艦の中じゃ……そう顔を合わせてないと思うが――その、彼は…」
 グスタトは云いにくそうに云葉を濁した。
「自分の幼なじみなんですよ、昔からどうしようもない機械オタクで。それがどうかしましたか?」
 俺の口は何でだか訊かれてもいないことをペラペラと喋っていた。
「そうか……なら勘違いだ――」
 あきあらかにホッとした顔で、それでも釈然としないようにグスタトはまだ額に浮いている冷や汗を拭った。
「どのようなことですか? 自分でわかることなら……」
「パイロットかと――いや、気を悪くされると困るんだが……ゾッとしたんだ、その――彼の気配に。木星に慣れてないせいだと思うが」
 俺の友人を悪く云うつもりはない、とグスタトは弁解した。気にしてません、と俺も応えた。
 気にしてないだって? よく云うぜ。



(あのシリーの眼は今まで見たどんな時とも違っていた、)
 あれは底冷えのする……戦士の眼だ。
 俺が入隊したばかりの頃、かつてはベテランパイロットだったという教官が居た。普段は気のいい教官が時折見せる狂気の眼―――、

 奴の眼は遠に忘れていたその時の感覚を俺に思い起こさせた。


 『来てみたかったんだ……』
 ガキみたいに無邪気に云ったかと思えば、
 『よく飽きないな』
 全てを突き放したように冷酷な表情を見せる。

 シリー・クライムと名乗る見知らぬ友―――。
 奴は一体何者で、俺は本当に……奴を信じて良かったんだろうか…?





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