見知らぬ友
II
「ちょっとラルフ。止めてあげなさい、親友なんでしょ」
ジェニファの声が休憩時間にボケラっとしていた俺を現実に引き戻した。
顔を覗き込んできた彼女に焦点を合わすと豊かな胸がちょうど俺の目線の先に来る。いやいや……と、気を取り直し、毅然とした態度で俺は云ってやった。
「誰が親友だ。俺はあんな奴のことなんざ知らんね!」
実際そうなんだから仕方がなかった。
「何スネてンの?」
しかしジェニファは眉根を寄せてまったく取り合わない。それどころか大変失礼なことをのたまった。
「彼が自分よりハンサムだからって僻むのはよしてネ」
ハンサム、ハンサムだって? 冗談じゃない!
俺とシリーとは、別に無二の親友ってわけじゃなかった。近所のガキ共がつるんで悪さをしたり、その中の一人だったってだけだ。まぁお互い気は合う方だったとは思うけどな。
奴の身体つきは標準並、四角張った顔に目鼻もそれに合わせてトッチラかっていた。
ところがあの時――目の前に現れたのは、どう突き合わせても記憶の中の面影とは似ても似つかない、童顔で整った面の優男だった。表情を変えないそいつの青い瞳には翳りがある(もっともそれはずっと後になって思ったことだろう)。
『あなたの幼なじみですって、懐かしいでしょ』
ジェニファが奴に笑いかけている横で、予想外の出来事に俺の頭は瞬間停止していた。
それでも『こいつは偽物だ』と大声で叫ばなかったのは好奇心が勝ったからだ。こんな辺鄙な所へ人の名を騙ってくる奴なんて、ちょっと興味があるじゃないか。
『―――――』
奴は―自称シリーを名乗るそいつは―無言のまま俺と眼を合わせ、一瞬で判断したんだろう。何をって? シラを切り通しても大丈夫だってな。
『誰かな…』
小面憎いほど落ち着き払って応えた。声は男にしては少し高め、
『昔のことで名前と顔が一致しないんだ。ジェニファ、よかったら紹介してくれませんか』
抑揚のない喋り方と育ちの良さげな話し方もダミ声だったシリーとは似ていない。だいたい云い草も上手い。ああ返せば、俺のことは知ってるが名前がわからないと聞こえる。
ジェニファはすっかり納得し、
『アラ、そうよネ。子供の頃じゃムリないわ。こちらラルフ・ロイド。ここでのキャリアだけ、は長いのよ』
だけ、のところを強調して彼女は俺を紹介した。
『よう、久しぶり……』
俺は強引に奴と握手した。そして奴にだけ聞こえるように小声で付け足した。
『と言いたいところだけどな、あんた誰だい?』
俺はせいぜい意地悪く云ってやったつもりだ。
『シリー・クライムさ。ラルフ、君の幼なじみのね』
しれっと奴は云った。親しげな笑みまで浮かべて。
うん、ここはやっぱり最初の内にガツンと一発かましておくべきだったかもしれない。ジェニファがこんな態度を取るのなら……
「聞いてるの、アントンがポーカーさせてるの。シリー、休憩時間とかもあんまり出てこないでしょ。親睦を深めるとかなんとか言っちゃって……」
「そりゃあ大変だな」
口先だけで俺は応えた。アントンは普段はそうでもないがこと賭事に関しちゃ質が悪く、いかさまはする、それをガタイと腕力に物を云わせて押し通すという奴だ。いっちゃあ何だが、シリーはいかにもいいカモに見える。
「そうでしょ。だから止めてネ」
「しかしなぁ、そいつは社会勉強だぜ。世間の荒波に揉まれるのも人生においての大切な……」
俺の講釈を終いまで聞かずに、彼女は薄情だの心が狭いだのと文句を付ける。これだ、これ。何が気に入らないって、ジェニファが奴に親切なのが俺を腐らせる最たる理由だ。
「すげェー親切じゃないの? ジェニファちゃん」
俺は彼女の抗議を遮って、恨めしそうに告げる。
「アラ、気になるからよ、当然。シリーって母性本能くすぐるタイプよネ」
彼女は鼻に抜けるような色っぽい声でのたまった。
「それにネ、――不思議なんだけど、彼……見たことある気がすんのよネ」
彼女は大真面目に云って小首を傾げた。
「へえ、さいですか」
「ラ・ル・フ、止めなさい!」
動かない俺に声を低くしてジェニファが命令し、
「ハッ、ご命令とあれば……だけどな」
思わず敬礼のポーズで俺は立ち上がった…けど、ちょびっとばかし癪に触るじゃないか。
「ホントに俺は知らないんだぜ、奴が整形したってんでもなけりゃな」
その爆弾発言に眼を見張った彼女は少々考えて、すぐに楽しそうに微笑んだ。
「でもあなた、それ面白がってるでしょう」
だから助けに行くわネ? 有無を云わさない態度で彼女はウィンクした。まったく、人使いが上手い。
まぁ、考えてみればシリー(?)がカモにされるって? それも面白いじゃないか。
ところが、展開していたのは俺が望んだのとは全然違った試合運びだった。止める必要なんか…無い。
「レイズ」
シリー(面倒だからそう呼ぶことにする)は静かな声でチップを四枚増やし、それに対するアントンの舌打ちが小さくした。すでに場面は二人の一騎打ち、どちらが優勢かは一目でわかる。
シリーがまたレイズした。いくら(こっからは見えないけど)良い手だからって強気には違いない。揺るぎのない態度と仕種…その全てに根負けしたアントンがドロップし終了……。あっけない幕切れは少しも面白くない。
そのシリーはどんな凄い手札かと思えば…奴の役はストレート、逆にアントンの方は4カードだってのには恐れ入った。
(こいつは大した度胸だ)
俺は単純に感心した。ポーカーというのは勘と度胸が決め手で、俺にシラを切った態度からでも度胸はあるのだろうが、勘だって相当だろう。
俺は意外な気がして、ゲームを最初から見ていたらしい隣にいたバルドに訊いた。
「アントンはいつものはしてるんだろう?」
“いつもの”というのは、アントンお得意の【いかさま】のことで、当然とばかりにバルドは頷いた。
「それでも勝てないんだ。最初に新入りが断ったからさ、アントンの奴もムキになってる。これで3ゲーム目だ」
「へぇ……」
アントンは新入りをカモにしまくったし、ほとんどのところは思惑通りになった。ところが、カモられていない奴が一人残っていた。それがシリーだったというわけだ。
ゲームは他のメンバーを取り替えて続けられたが(俺は野次馬よろしく見物していた)、奴は一度も負けることなく、ついにアントンの負けが込みすぎて勝負を投げた。
これは一波乱あるぞ、とアントンの性格を知っている者は誰もが思っただろう。しかし、その後のシリーの科白がまた振るっている。
「手加減していただいて助かりました。充分楽しませて貰いましたから、かけ金は最初の約束通りなしにして下さい」
がめついアントンがそんな約束してるわけがない、だが公に云われれば奴の面目も保たれるし、一番のポイントはこれでは根に持つわけにもいかないことだ。
シリーの奴の態度はそりゃあしおらしいが、ようするにコケにしてるわけだろう? 礼儀正しく引き下がる姿が嫌味に映るね。
やっぱ、ヤな奴……。俺はまたしてもコッソリと思った。
まあ、奴がヤな奴なのはこの際横に置いといて――あいつって何者? そんな好奇心は増した。
島流しだの隠居だのと、俺は散々文句をつけているが木星がある意味じゃ最先端だってのは確かなようだ。
資源は豊富にあり―ちょうど入れ違いで俺はお目にかかったことはなかったが―悪魔みたいな天才なエリート仕官が新型のMAや地球圏じゃ想像もつかない大型艦だのを建造していたって話もある。
シリーはICチップ専門だそうで、だったら技術屋の奴がそういう天才に憧れてってのはありそうな線だ……。
スパイってのも考えてみたが、それにしては仕事はほとんど個室でこなし、食事も時間をずらすか部屋でとっている。人の名を騙ってまで潜入(?)したわりには、これでは何も探りようもない。
目的はなんだ? 素朴な疑問を持ったっていいだろう。
奴は俺の友人の名を拝借しているのだから、知る権利がある。と、無理矢理こじつけてみる。これで理論武装は完璧(のはず)だ。
どうせ対決するのなら、周りくどいやり方は性に合わない。それで、俺は奴の部屋の扉を叩く気になった。
「邪魔するぜ」
俺は返事も待たずにドアを開いた。
「入らないで!」
途端にシリーの声が浴びせられ、俺はビックリして踏み出そうとしていた足を止めた。
「悪い、それ絶縁服じゃないだろう。――もういいよ、今電源をカットした」
「そりゃあ、どうも」
そう云われても俺は恐る恐るコードの間を縫って歩いた。ついでにドアを閉める。
「……何だい?」
俺の行動に奴が身構えるように身体を向け、油断なく見返してきた。
「あんたメカに詳しいんだろ。ちょっと直して欲しいもんがあってさ」
奴は眼をパチクリさせ、表情を和ませた。
「そうきたか、てっきり違う用件かと思ったけど――そういうのは専門部署があるだろ」
笑うとますます童顔だな、とか俺は変なことを考えた。
「公共物を勝手に持ち出してるから、ナイショで返しておきたくてね」
口実も完全だろ? 悦にいって、ついでに物珍しげに仕事部屋の中を見回す俺に奴はため息をついた。
「直せるかわからないけど、みるよ」
仕方なさそうにだが手を差し出す奴。意外と素直じゃないか、俺は満足して頷いた。
「そうそう、自分の任期が短いからってな、ちっとは協調性があってもいいじゃないか」
「協調性――か、昔も言われたな………あんまり人と会うわけにはいかなかったからなんだけど」
しみじみと応えたシリーは受け取ったカメラ(ってもただのカメラじゃない高性能のバカみたいに多機能なしろもんだ)をバラし始めた。俺は奴の手元を覗き込む、手際はいいな。当たり前か。
「その年で人見知りか?」
人見知りがカワイイでとおるのは十代までの話だ。そんな俺の心中が聞こえたみたいに奴は頭を振る。
「違うよ――、こっちは知らなくても相手が知ってるのは……ちょっと困る」
ケッ…何云ってんだ! これだから顔の良い男ってのは嫌なんだ。とんでもない自意識過剰なナルシストと俺の眼には映ったし、そうも聞こえた。
「目立ちたくない割には、派手にやってたじゃないか。強いんだなポーカー、今度俺と組もうぜ」
アントンとのやりとりを揶揄する俺にシリーはちょっと眼を細め、笑った。
「もうしないよ。一度くらい付き合わないと彼みたいなのは納まらなさそうだったから。ギャラリーが少ないのはラッキーだった、お互いに」
俺にはその云い草が気に食わなくて、少しだけアントンに同情した。カモにしようとしてた奴に情けまでかけられちゃあな。
「最初から自分が勝つのがわかってた口振りだ」
ムカついた気分そのままに俺がそう云うと、―自信有りげの云葉を吐いた癖に―奴は思いもしないことを聞かされたようにポカンとした顔をした。
「……そういうつもりは―――――でも、そうだな。負ける気はしなかったか」
おいおい……。もしかして……マジで云ってるか?
それで俺はようやくわかった。こいつは嫌味な奴なんじゃなくて、心底こういう性格をしてるんだと。
自信家で負けず嫌いで、そのくせ自分ではそうだと思っていない。実は真面目な奴かもしれないが、周りには迷惑じゃないか?
何となく会話が途切れ、しばらくパーツを取り替えたりするのを眺めていた俺だが、そろそろ頃合と決めその質問をぶつけた。
「ところでな――本当のシリーは無事なのか?」
切り出すと奴もホッとした顔をした、問いつめるならさっさとして欲しかったのだろう。
俺としても事態を面白がる一方で幼なじみの【シリー】が何かマズイことになってやしないかと心配していたのも本当だった。
しかし、
「悪いけど、知らないんだ」
シリーは心底申し訳なさそうに答えた。
「条件に合ったんだ、前もこの名前使ったことあってね。……本人のことは知らない。けど、多分元気だと思うよ」
知らないと云いながらやけに確信に満ちて奴は云った。妙な話だが、それは嘘ではないと俺も信じた。
「変な奴だな……お前。別にスパイってわけじゃないみたいだし、唯一それらしいのは、基地マップを借り出したことぐらいだろ」
しかも出歩きもしないのにどうすんだそんなもん。
「あれは――ちょっとした興味で……ジュピトリスを造ったとことか、知りたかっただけだ」
奴はなんだかバツが悪そうに云葉を濁した。何か変なこと云ったか? まあ技術屋として興味があるってのは想像してた通りだしな。
「あそこは俺達は行けないぜ、工場はともかくシロットとかって奴の研究室は立入禁止になってる」
「……シロッコ」
「え?」
「名前、パプテマス・シロッコだ」
シリーは投げ遣りに俺が上げた天才仕官の名前を訂正し、それがいかにも面倒そうだったのでここに長い俺としては恥をかかされた気分になった。
へん、パンプスだか、シロップだか知らないが名前なんかどうでもいいだろ! ――ああでも、そんなに詳しいなら、
「そうか、やっぱりお前その天才にあやかりに――っ!?」
納得がいきかけた俺は最後まで云えなかった。奴がバカにしきったような、シニカルな笑いを浮かべていたからだ。
俺はムッとした。まるで俺の推理が見当外れだと云わんばかりの態度に完全に頭に血が上ったね。
「なら、―――なんでこんな辺鄙なとこ来たんだ?」
理解に苦しむ俺の云葉はかなりキツイ、棘のある口調だった筈なのに――奴は、なんというか……今度は凄く良い顔で笑った。
「来てみたかったから。純粋にただそれだけなんだ」
お気に入りのオモチャを手に入れたガキみたいなその顔に、一瞬で毒気を抜かれてしまったが、俺はますます首を傾げた。
こんなところにか? 基地の外で作業する時や、宇宙塵の飛来や諸々の条件で、一つ間違えば木星に墜ちる。重大事故があったって、外部からの助けも期待出来ない。
「――肉体で行ける一番遠いところだ」
憧れさえ含んでいるようなシリーの独り言に俺は室内を見回した。
しかし、これといって非科学的な物は見当たらない。むしろ最先端の機械に囲まれ、こんなややこしい物を苦もなく扱うような奴がそんな精神論めいたことを吐く方が奇妙に見えた。
「肉体? 変な言い方するな。心は別ものみたいじゃないか」
シリーは、俺を鼻で笑った。(俺にはそう見えた、こいつ!)
「……精神はもっと遠くへ行ける。果てはないよ」
云い切った奴はさっきと打って変わって寂しげな表情になっている。こいつって………躁鬱の気があるんじゃないだろうか。俺は少し寒気を覚え、その気配を振り払う。
「へぇそうかい。じゃあ、せいぜい心と身体が分離しないように気をつけな。お前さん技術屋のくせにそんなことばかり考えてると、そのうちここをおかしくするぜ」
と、俺は自分の頭を示し、そのまま人差し指でクルクルと円を描いた。ガキがよくやるクルクルパーてやつだ。
「……………」
てっきり怒るかと思ったがシリーは俺の眼を凝視して、(それがまたこっちが居心地が悪くなるくらい真っ直ぐな瞳なのだ)次には吹き出した。
バカみたいに可笑しい冗談を聞かされたように、笑う。
「ああ、まったくその通りだ。――――せいぜい気をつける」
笑いを納めて云った奴の眼は、なんだか形容しがたい。初めて見た時の瞳の翳りが増して一つ、超えちゃってるような……例えば、俺と同じ物を見ているのにまったく違う何かを見て……いかん、合理主義の俺らしくない。
深く考えない方がいいか。そんな事を思って振り払うように頭を振った時、
「出来たよ」
いつの間にか作業を終わらせていた奴が、俺の目の前にカメラを突きつけた。
えっもう? 実は端から直せると思ってなかった。少しでも長引かせるように廃棄寸前のを持ちこんだっていうのに。そんな俺の戸惑いを他所に、奴は続けた。
「そいつのお礼と言っては、何だけど……僕にも一つ提案がある」
用事がすめばすぐに追い出されるかと思えば、インスタントのコーヒーを俺に渡し奴はそんなことを云った。
「僕を君の友人ってことにしてくれないか。――間違いなくシリー・クライムだって、証明してくれるだけでいい」
奴は絶対俺が断らないと確信しているかのように、臆面もなく口にした。
「嫌だって言ったら?――俺にメリットないぜ」
ホントは頼まれてやってもいいと、半分くらいは思っていたがいいなりじゃ癪に触る、ちょっと焦らしてすぐにきいてやるつもりで、抵抗を試みた。
「半額、いや……全額払ってもいいよ。ここで貰える給料の。もともと我侭で来たんだから、お金は後払いになるけど」
「へぇ、そんな程度じゃ………って、バカかお前!」
聞き流しかけて、俺は思わずコーヒーの紙コップを握り潰した。アッチィ……っ!!
「気をつけてくれ、精密機器なんだから」
シリーは慌てて濡れた床を拭いた。おい、俺は?
「……お前―― バカじゃないのか、こんなとこまできてただ働きなんて……キ印もいいとこだ!」
何だか無償に腹が立って、俺はまくしたてた。本当に来たかっただけだっていうのかね、信じられない。
「―――――」
奴は無言で、その態度がまた嫌なら別にいい、ってぐらい堂々としていて俺はますますわからなくなった。
「………まあ、いいや」
脱力して俺は呟いた。
「条件飲んでやるけど、金はいい。全部巻き上げるなんて俺も寝覚めが悪ィし……お前がやらないんなら俺にポーカーの必勝法を教えろよ」
つくづく自分のお人好しを呪った。やっぱ悪人にはなれないよな、根っから。もともと俺は楽天家でもある。
「別に、必勝法なんかないんだけど……」
肩をすくませたシリーは契約成立に手を差し出した。
「それは、了解ってことだよな?」
さあね、というように目を眇める奴…何かムカつく。と、その手を握り返す前に俺は忘れずに一言付け加えた。
「それとな、ジェニファには手を出すなよ」
これだけはきっちりと云っとかなきゃならない、そんな決意で奴を軽く睨む(真似をした)。
「それは約束する」
俺の宣言に奴は上目遣いに見て、屈託なく笑う。
「僕には待たせてる人がいるからね」
シリーはその姿を思い浮かべているのか、優しく云った。これは恋人だな、と俺は直感したが、その後が悪い。
「それに、彼女は僕のタイプじゃない」
何てこと云いやがるっ! どこまで失礼な奴だい? それがシリーと対決した俺の率直な感想だった。
◆見知らぬ友 目次◆ ◆ I ◆ ◆ III ◆