【木星エネルギー船団】の歴史は、初代コロニーの建造に先立つこと20年を遡る。
その目的はヘリウム、水素等、無尽蔵とも云われるエネルギーの採取である。
核融合エンジンの燃料となりうるそれらは、宇宙時代には―高速の宇宙船、あるいは兵器の為に―不可欠であったのだ。
太陽系一の巨体を持つ木星は、水素とヘリウムを主成分とするガス惑星である。当然現在の常識的な施設を建造するには適さない。
最終的に基地が建造されたのは、強大な放射能―バン・アレン―帯で、地球の2.64倍の表面重力の影響の外側に位置する第4惑星カリストの衝突盆地、バルハラである。
そこから無人のシャトルを打ち出し、木星の軌道上各所に設置された鉱山基地から大気を採取する。大気に溶け込んでいるメタン、アンモニア等を排除し精製するのである。
そして、純度の高い燃料(ヘリウム3、重水素)が地球圏に向けて送り出される。
木星、そこは一歩間違えれば強大な深い重力の井戸に引き込まれる地獄である。
鮮やかな、赤い色をした――。
見知らぬ友
I
俺が地球連邦軍に志願したのは、昔は正しい地球市民だった祖父の遺言と、学校に行くのが嫌さでだった。
悪ガキの俺に手を焼いていた両親も、グレるよりはマシだろうと諸手を上げて賛成だった。
俺としても派手な戦争の後だったから、どうという事もなく楽にこなせると甘い見通しを持っていた。
どうせなら花形のMSパイロット……と意気込んでみれば、候補生とは名ばかりの見習いにもならない下級兵士にかろうじて引っかかった。それが今じゃ木星送りだ。
一部じゃエリート(もいるとかいない)とか云われているが、どう贔屓目に見たって気分は島流しだった。
その内ティターンズとエゥーゴの内輪もめやら、ネオ・ジオンだのと地球はお忙しのようだった。まぁ運が良かったのか悪かったのか、激変の最中を俺は平穏無事に、隔離された環境で対岸の火事で過ごしてしまった。
そのラッキーは置くとして、木星ってのはまったく、俺にしてみれば大した辺境だった。
スペースコロニーより由緒ある基地はオンボロだわ、内部は増殖を続けて妙に入り組んでるわ、立入禁止も山ほどある。
地球がゴタゴタ状態だから組織の命令系統はくるくる変わる、任期期間はそのお陰でバカ長い……。
そのうえ戦争中に輸送が一時途絶したのには途方にくれた。再開されたらされたで、下っ端の帰還の予定は飛ばされる。
まったく…まるで良いところがなかった。
瑪瑙色の大赤斑を間近に見る様がスペクタクルか知らないが、そんな風景に度肝を抜かれたのも最初の内だけだ。
一月、いや、そんなものに浪漫など感じない俺には一週間で見飽きてしまった。一説によると図太いのか、繊細なのかどちらかが木星向き、なんだそうだ。並の神経ではダメとは失礼な話だ。(まるで俺がそうみたいじゃないか?)
機械任せの仕事は単調で、これといったアクシデントもなく(もっとも、あっても困る)任期明けを指折り数える毎日。
まったく…隠居したジジイじゃあるまいし、世捨て人になるには早すぎるってものだ。
その頃の俺は、やっと先が見えてきた任期明けをひたすら心待ちに、そしてプロポーション抜群の女性兵士をなんとか落とせないものか、とそんなことばかりを考えていた。
――――そして、奴はやってきた。
「これはこれはジェニファ嬢。今日もお美しい、そのお姿を前にランチをいただきますれば、最上の喜びにごさいりまする」
ドアが開くなりしゃっちょこばった口上で恭しく俺はおじぎをした。
「あなたって、何を言っても軽いのよネ。それ、何語?」
振り返ったジェニファ・ビーンズ嬢は艶のあるポッテリした唇を呆れたように歪ませた。この誘い方はどうやらお気に召さなかったらしい。彼女はチラリと視線を向けただけでキーを操作する手を止めなかった。
「いっつも同じ誘い方は嫌だって言うから、ない知恵絞って考えたんだぜ」
「ほんと、ない知恵だわネ」
横顔を覗き込む俺に冷たく応えて、彼女は五月蝿いハエでも追うようにシッシッと手首を返した。
「なんだよ、ツレないじゃないか。……おっ何だ? お楽しみディスクならご一緒するぜ」
彼女のファイルの間から汎用タイプのディスクが覗いていた。ジェニファはあからさまにため息をついた。
「これは基地マップ。それにランチならもう別口が入ってるの」
「誰とだよ」
怒った俺に彼女は首をすくめて、焦らすように唇を突き出した。
「ハンサムな新入りさんとよ。これ見せて欲しいって頼まれてるの」
そう云ってジェニファはディスクを指差した。
「そういや……グスタトとかって馴れ馴れしい奴がいたな」
俺は実戦に参加していたことを鼻にかけていた、(いけ好かない)女に手の早そうな奴の名を上げた。
「お生憎、あたしが約束してるのはシリー・クライムよ」
「シリー……誰だって――? もしかしてトレントン出身のか?」
俺は思わず聞き返した。
「えっ?……そう、トレントンから月のフォン・ブラウンに移民してるわネ」
ジェニファが整理していたのは新入りのファイルらしく、すぐにデータを切り替えて見せた。
「ああ、やっぱり……。へぇー懐かしいなァ。そいつ俺の幼なじみだぜ」
経歴に眼を走らせた俺は心底嬉しくなって呟いた。それに本当? というように彼女が眼で問うた。
「そうさ俺と同郷、移民する前だけどな。しかし、奴が君の趣味とはしらなかった。俺も四角い顔だったらお眼鏡に適ったかい?」
俺はジェニファは面食いだとばかり思ってたんだがね。
その俺の問いかけに、え? というように彼女の眼が宙を泳いだ。
「ねえラルフ、誰の話してるの?……でも、そういうことならいいわ。あなたも同席したら」
「はっ、お許しありがとうございます」
「勝手にやってなさい」
宮廷騎士よろしく胸に手を当てておじぎした俺の頭を、彼女はファイルで容赦なく叩いた。
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「シリー、これ頼まれてたの。……ほらラルフ、感動の再会でしょ。挨拶なさいよ」
基地マップを奴に渡し、食堂でその場を仕切ったジェニファが乱暴に俺の背中を突いた。
その時の俺は阿呆のように締まりのない顔をしていたに違いない。
「あなたの幼なじみですって、懐かしいでしょ」
彼女の声に顔を向けた男をシリーだと、ジェニファは呼んだ。
呼びかけに近づいてきたのは誰だい?
そいつは―――まるで俺の知らない奴だった。
◆見知らぬ友 目次◆ ◆ プロローグ ◆ ◆ II ◆