I need …
アーガマの航海は順調だった。敵の襲撃の谷間の束の間の平安が艦内を取り巻いていた。
「――そうしたら公平でしょう」
エマのかっちりした声にシンタとクムは黙っている。
「わかったのなら返事はどうしたの」
「……はい」
しぶしぶといったように小さな声で子供達は答えた。
「聞こえないわ。もう一度」
「はーい!」
今度は大きな声で叫ぶように云った二人に少しエマは眉を潜め、よろしいと頷いた。
「なんだい、あれ?」
自動販売機で飲み物を買ったカミーユはストローをくわえながら顎をしゃくった。洗濯物を畳む手も止まりがちにチラチラとそちらを気にしているファの前に肘をつく。
「教育的指導」
「はぁ?」
ファの簡潔な返答に彼は眼を見開いた。
「さっき二人がケンカしてたのよ、それでエマさんが……」
「裁いてるわけか」
「厭な言い方……たまに他の人に怒ってもらった方がいいかもしれないし。エマさんもいつもあたしじゃやっぱり甘くなっちゃうって」
そう云いながら彼女は納得していないような顔をしている。
「ファならどう甘くなるんだ。結構お尻叩いてるじゃないか」
「悪かったわね。どうせあたしはほっときます、怪我とかしたらマズイとは思うけど。喧嘩も子供の仕事の内でしょ」
頬杖をついた彼女は何事か想い巡らせている。
「ふーん」
カミーユは自分の子供の頃はどうだったかと考え、確かに擦り傷ばかり作っていたと思った。
エマが行ってしまうと、しょんぼりとしたシンタとクムはもう騒ぐ元気もなくなったのか彼とファのところへやってきた。
飲むか? とストローを差し出したカミーユに子供達は現金な笑顔で頷いた。
「原因は何だ」
好きなのを選ばせながら彼が訊ねると、それぞれに欲しい物を指差した。
「あたしがハロと寝てるとシンタがとっちゃうんだよ。起きるといつもいないの」
「違うよーダ。ハロが勝手にくるんだ、オレのがいいってさ」
ベー、と舌を出すシンタの頭をカミーユは小突いた。
「ほら、やめないとやんないぞ。それでエマさんなんだって」
「ちゃんと順番決めなさいって」
「普段は違うのか」
落ちてきた飲み物をそれぞれに渡す。
「ウン、どっちか好きな方がハロ取るの。いつもだってジャンケンで決めてるよ」
「でもそれだとどっちかがずっと続いたりするから不公平なんだって、だからソウランの元になるって――ソウランて何?」
ソウランは多分〔争乱〕なのだろう。頬を膨らませるクムにカミーユはファと顔を見合わせ、苦笑した。
「そりゃあ、呆れるほど正しいなァ」
「呆れるのに正しいの? 変なの」
子供達が興味津々の眼でカミーユにまとわりついた。彼の揶揄する口調を敏感に捉えたのだろう。
「ええとな……正しいんだよ、凄く」
「止めなさいよ」
彼のくだけた云い方にファが咎めるように肘で突つく。
「凄く?……そういうのって正義っていうんだよね。正義の味方ってこの前ハサンセンセイに教えてもらったよ」
クムが得意になって主張した。
「でも正義の味方って男の人だよ。エマさんそれより偉いの? じゃあ、正義の人だね」
シンタが受けて、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。子供達の様子にファはほら、というように軽く彼を睨んだ。カミーユはそっぽを向いて飲み物を飲み干した。
「もう、また綻びてる。――これもだわ」
ファは文句を云って、しまおうとしていた洗濯物の中から何枚かを選り分けた。
「ほら、ここに置いとくから、もういいだろう」
彼女の部屋まで荷物持ちをさせられたカミーユはファに云って退出しようとした。
「あら……まだいいじゃない。ハロの調子少し見といてよ。あの子達が乱暴にするからボディなんか傷だらけなの、用ないんでしょ。ハイ」
「用はないけどな――」
ポンと押し付けられたハロを手に、ポリと頭を掻いて居心地良いのか悪いのかわからない彼女の部屋の中で所在なく立ちつくす。
〈カミーユ、元気カ〉
「ああ、元気だよ。――調べるったって、ここじゃ工具もないのに」
「軽くでいいの」
「何スル、カミーユ、何……〉
「うるさいよ、お前は」
少し躊躇してからファのベッドに腰を掛け、カミーユはハロの音声回路を遮断した。
「ねえ……あんまりああいうの、言わない方がいいわよ」
「何が?」
背中越しにファが切り出した云葉をカミーユは訊き返した。
「正義の人とか……ああいうの、子供は何でも憶えるから」
「別に大したことじゃ――ああ、悪かったよ」
適当に答えたカミーユはファの肩越しの視線に肩をすくめた。
「変なことは教えちゃいけないわよ。責任持てないでしょ、いろんなことに。あたし達親じゃないし」
彼女は怒っているように続けたが、それは彼にというより何だかわからない自分の中のモヤモヤに対してに見えた。
「中尉のお説教が気に入らないのか? 親になれないのは当り前だろ。けど子供を公平に教育することっていい事だと思うよ。そりゃさ割り切れることばかりじゃないけどな」
云いながら、どこかムズ痒さを感じる自分が可笑しい。いつの間にこんなに物分かりが良くなったのか。大人の社会に確実にカミーユは組み込まれている。
「そうじゃないわよ。悪いことして怒るって、それはいいの」
少し上ずったファの声にテンションが高い、と感じる。
「だけどあたし、子供を甘やかしてどこが悪いって思うの。でもその特権で親の物よね、世界中全部敵になっても依怙贔屓してくれるのって……」
「ファ………」
意地になったようにあちこち片付けをしているファは呟いた。
「あたし、二人が可愛いわ。でも親の依怙贔屓とは違うの。やっぱり親って必要よ。小さいうちは特に……」
「ファ……でもそんな子はいっぱいいる」
茶化すのをやめ、諭すようにカミーユは続けた。
『両親がいるカミーユにはわからない!』そう云って彼を拒絶した少女のことを彼は知っている。
「ファや俺に……その記憶があるのは――たまたまなことでさ――依怙贔屓してくれる親がいなくたって、アーガマのみんなが気にしてくれて、叱ってくれる。それでいいじゃないか」
俺に、というのにわずかに力がこもる。
『あんなの親ではない』、と云い切った彼でも、幼い頃に親に庇護された記憶がないわけではなかった。
それに引きかえ親の存在さえ知らない子供は多くいる。
ファは二人に情が移れば移るほど親に近い温もりを与えたいと感じるのだろうが、それは戦場の考え方ではない。やはり適性では計れない根本で彼女はパイロットに向かないのだ。
「どうせ、あたしはいつまでたっても半人前よ……」
「……なんでそこで話が飛躍するんだよ」
内心慌てながらもカミーユは取り繕う。しかし慰めを云うのも変な話だ。
「子供達の面倒みるくらいしか能力がないなんて、……二人の世話が嫌じゃないの。だから余計に……」
彼に背を向けたまま小さくファは呟いた。戦艦で戦えないパイロットは必要がない、本来なら非戦闘員の子供達が必要でないように。子供達に親が必要なのではなく、彼女に子供達が必要なのだ。
「――わかってるの。子供達にかこつけて、可哀相がって――あたしだって役に立たないことないって思いたいだけなんだって。ズルイわよね」
カミーユの良く知っている気の強いお転婆の女の子は、自分の中のジレンマと折り合いをつけようと苦しんでいる。
無理しなくていい、そのままでいい、と云ってあげたかった。また封建的だと彼女は嫌うだろうけれど。
「ファは――、子供達に必要とされてるよ。アーガマでだって……頼りにされてる」
面と向かって云うには少し照れ臭い、彼はとうに点検の済んでいるハロの口を閉じる。
「――何言ってるのよ。――珍しく優しいこと言って、下心があるんじゃないの」
首だけ巡らせた彼女の尖った視線は怒っているのか照れ隠しなのかわからない。
「――とにかく、変なこと教えないでってこと。もう戻ったら」
彼女はツンと横を向いた。自分で引き留めておいて、と思わないでもなかったが――まあいい。
「了解。ハロは異常なし、今度メンテしてやるから持ってこいってシンタ達に言っとけよ」
「ええ、運んできてくれてありがとう」
「俺も――ファが優しいと、居心地悪いな」
彼の軽口にファがすかさずアカンベーをした。これでは子供達に躾がどうのという以前の問題だと、彼は苦笑した。それを隠すように片手を上げて応えたカミーユは去り際に、ふと訊ねてみる。
「ファはさ、俺が必要…――あ、ゴメン。何でもないんだ」
彼がすぐに自分の問いを打ち消したのは、彼女が酷く変な顔をしていたからだ。バカなことを訊いたという思いで取り繕う。しかし、
「…………何よ」
沈黙の後にやっと搾り出したかと思うと、ファはせっかく畳んだ洗濯物等を手当たりしだいに彼に向かって投げつけてきた。
「ファ……っ! 何だって――」
カミーユが怒鳴る暇も与えずに次々と飛んでくる。
「何よ、何よ、何よ………っ!」
彼女が投げたハロが彼の眼の前で自ら上手に停止しホッと息をつく。
「おい、ハロまで投げることないだろう!……たくっ何だってんだ」
〈カミーユ必要……ファ優シイ――ハロ必要…〉
頭の上でフワフワと漂っているハロをカミーユは八つ当たりに叩く。ファはなおも手に掴んだブラシを投げつけようとする格好のまま彼を睨みつけている。ジワ、とその眼に涙が浮かび、慌てて彼は云った。
「やめろって、……ゴメン――俺が悪かったよ」
なんだかわからないまま、咄嗟にカミーユは謝った。
「―――本当に悪いと…思ってるの?」
ファはブラシを投げる代わりにそれを彼に突きつけ、涙混じりに問い。言外に何を怒っているのか知っているのか…そんな気配が滲む。
「え…………っと」
当然カミーユは返答に困る。突然のヒステリーに面食らい、場を納める方便の謝罪だったのだ。
「じゃあ訊くけど、カミーユにはあたしが必要なの」
「そうだと思うけど、特に考えたことないかな……」
深い意味もなくバカ正直に応えかけた彼は、やはり彼女の気配に語尾を濁す。またファの眼が険しく歪められた。
「バカ……!」
オマケとばかりに最後に枕が飛んできた。彼女の罵声とともに勢い良くドアは閉められた。
「何やってんの、お前」
「あ……ポリー……さん」
バツの悪い顔でカミーユは通りかかったアポリーに作り笑いをした。
子供達やファの服をまとった姿はかなりマヌケだ。ニヤニヤ笑いを浮かべているアポリーにカミーユはムッとした。誤解どころの話ではない、名誉の問題だ。
「……ハロの――そうです、ハロの修理を頼まれたんです」
彼とともに追い出され、床に転がるハロを差す。
「ふん、ふん、まぁそういうことにしとこうか――しっかりな」
「だから、そんなんじゃないですって――!」
腕組みしながら大袈裟に頷くアポリーの後ろ姿にカミーユはむなしい云い訳をした。
「チッ……!」
身体に巻き着いている服を乱暴に取り去り、床に叩きつけようとしてやめた。
「ここに置いとくぜ、……聞こえてるだろ」
一応ドアの中に云葉をかけてカミーユはハロを拾った。
〈必要、優シイ……必要――〉
彼の手からすぐに飛び出そうとするハロが二枚の羽を開いて暴れるのを、カミーユは拳で軽く叩いた。
「ああわかったよ。取り敢えずお前には修理が必要だ」
行きかけて、閉じたドアが再び開くのではないかと足を止め、頭を振って彼は自分の部屋へと向かった。
カミーユは気付かない。彼が出会う少女達の真意を…
『私に優しくして――』
(私だけに、優しくして……)
そう、叫び続けている彼女達の想いも、そこに込められた祈りにも。
まだ、今の彼は気付きそうもなかった。
Fin
(1995.05 脱稿分を改訂)
後書き
『I need …』は時間軸でいえば、
『正義の人』の前の話となるわけですが、かなり後付けっぽいな…と自分でも思ってます(元々が本の構成上のバランスを取る為に書いた穴埋め的な話だから…)。
締めは男女(?)っぽくなってますが、基本的には子供達を通してカミーユ(やファが)親との関わりや己の責任を悟ってゆく過程の一場面(この類いは今も飽きずに書いている)。私、親側よりカミーユに年齢が近い頃から、【望まない振りして本当は親に多くを求め、望んでいた】彼を我侭だと感じてたので…(それはカミーユを好きな感情とは全然別なんですよ)。
「親は要らない」と強がっていた彼が、(TV版 ♯15では)「要る」方がずっといい…と思えていたのは嬉しかった。なので、新訳で「ハイスクールでは好きにやらせてもらった」という台詞に、少なくとも「自由にさせてくれていた」という認識を持っていてくれて良かったな…と思いました。
上手く説明できないのですが、人って、自分一人で生きてるわけじゃないから、両親と分かりあう可能性があったことを彼自身が理解し、納得して欲しい…そんな願望がある、ということで――(結局グダグダな説明で終るのか… __;)。
鈴蘭