びいどろの夢

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―U・C 0085―


 目覚めは唐突にやってきた。
 灯りがまともに眼を射る眩しさにカミーユは反射的に手をかざした。
「もう、勝手に人の家で寝込まないでよね」
 上から降ってきた幼なじみの少女の声、同時に顔に載せていた雑誌が取り除かれる。
「ファ……?」
 時折漁りに来る隣家の書斎は居心地が良くて、いつの間にか彼は寝入ってしまったらしい。
 夢を……見ていたのだろうか? しかし記憶がない。ただうっすらと色だけは覚えていた。
「俺、寝てたのか―――」
 自分でも何処か半信半疑で自問するように呟く。その云葉にファは大袈裟にため息をついてみせる。
「ええそう、グーグー鼾かいて寝てたわよ。カミーユ、あなた……っ」
「え………」
 彼女が息を呑んだ理由がわからずに彼は訊ねる。
「――泣いてたの?」
「何言って――」
 一笑に付そうとしたカミーユは頬に触れた己の手の、濡れた感触に驚く。
 本当だ――。
 彼自身にも理由がわからない、特にごまかす気もなく云い継いだ。
「欠伸でも……したんだろ」
「そうね――」
 不審に思わずファも同意した。生理現象としての涙は説明として納得出来たのだろう。起きあがって伸びをしたカミーユは髪をかきあげる。
 まだはっきりとしないまま彼は頭を振った。その眼がある物に引きつけられるように止まる。
「ファ、あれ……この前来た時はなかったよな」
「何?」
「ほら、あの……フラスコみたいなの」
 カミーユは棚の上を指す。そう思えば部屋に入った時に最初にあれが眼についたのだ。
「ああ、びいどろ。父さんのお土産なの」
 適当な説明でもファにもわかったようだ。
「ビイ……ドロ?――ガラスと違うのか」
 耳慣れない云葉を口の中で転がして、彼は訊ねる。
「同じよ。素材は一緒でしょ、呼び方が違うだけみたい。興味あるの? これは面白い形してるけど普通のは珠のが多いんですって」
 云いながら彼女はそれを取り上げて彼に渡した。カミーユが想像していたより、軽い。
「でもそっちの方が雰囲気があるじゃない。ちょっと変わっててあたしは好きよ」
 呼び名を違えただけで目新しく見えるその感じはなんとなくわかった。
 淡く色のついた半透明な管が細く天に突き出し、その土台は円錐形に造られている。薄く、極限まで薄く、それでいて硬質で――だが、この手に力を加えたらすぐにも壊れてしまう。儚い印象を与える。
「オモチャだな、これは」
 カミーユは簡単に評価を下した。
「当たり前よ。吹いてみてよ。底がへこんでペコンて音がするから――」
 実用性もないムダな造り……確かに見た目は美しいかもしれないが。
「こんなのでも結構高いんですって、機械でも作れるけどこれは手工品だから骨董品だって。でもどうして?」
 そんなこと気にするのかとファが訊いている。無理もない、本来なら彼がもっとも興味を示さない対象のはずだ。
 だが、それはカミーユにもわからない不確かな夢―らしきもの―の断片。あれを……表現するとしたら、こんな感じの景色だと不意に思った。
「夢の色に似てる」
 大真面目で答えたカミーユに彼女は眼を丸くして、次には忍び笑いになる。
「珍しく文学的なこと言うじゃない、まだ寝惚けてるんじゃないの」
 云って彼の前髪を軽く引っ張る。
「フン、……かもな」
 軽く払って、彼も素直に返事をする。本当に思ったことを口にしたらもっとファに笑われそうだったから。
 あの鈍い光の形に包まれている、その中身は透けていそうで透けていない。たやすく壊れそうにでいて壊れない。割れるまで……正体はわからない。
 そんな感想がなおさら自分らしくなくて、―だいいち馬鹿馬鹿しすぎる―説明出来なかった。
「母さんがお茶用意したって、早く来てよ」
 戸口で彼女はカミーユを促す。それに適当に相槌を打ちながら彼も続いた。

(どんな――夢だったのだろう?)
 最後に部屋の灯りを消す前に―びいどろ―を振り返り、彼はそんなことを思った。



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