青いガンダム
「なんで、白なんです」
エレベーターを降りたばかりのクワトロを見つけたカミーユはいきなり切り出した。話しが見えずに面食らった様子などお構いなしに云い募る。
「僕のパイロット・スーツ、新しいのを渡されました」
「ああ、それなら私が用意させた。いつまでも一般兵士用では不都合があるだろう。それの何が気に入らない?」
クワトロ・バジーナはあからさまに腹立ちを見せる少年に訊ねた。
「アムロ・レイの写真くらい僕だって見たことあります――ニュータイプの真似事をさせる気ですか」
「ああ……」
納得してクワトロは頷いた。ゴネている彼を持て余し気味に彼は苦笑混じりで答える。
「特に意味はない、――とでも言えば君は納得するのか」
威圧的にクワトロは少年を見返した。
「『カミーユは眼を離すとすぐMSに乗り込む、メカニックマンにも一目でわかる方がいい』。これはレコア少尉が言っていたことだが、鈴は目立つ方がいいそうだ」
「鈴、ですか――僕は猫じゃありません」
少し眉間に皺を寄せて、カミーユはブスッとした面持ちで顔をしかめた。
そう云われたら云われたで気に入らない。結構自尊心が強いことはもう今までの経緯からクワトロにも知れている。大人達にしてみれば、少年の気分までいちいち考えているほど暇ではないということだ。
「そう誰かれもなしに噛みつくのは、あまり感心せんな。だが、まあ実際にスーツの色ぐらいであやかれるなら――という下心がないとはいえないかもしれないな」
少年をやりこめた後であっさりとクワトロは認めた。ブレックス准将をはじめ、ジンクスを気にするタイプが軍人には多い。
アーガマにも当初は[ホワイト・ベース2]と名付けたかったとも聞いている。それならばガンダムMk2のカラーリングをオリジナルに戻した理由も頷ける話だったが…。
レコアが『せっかくの後継機なんだものガンダムカラーにしたのよ。正義の色でしょ』と彼女自身あまり信じていない口調で冗談めかして云っていた。それをカミーユはそんなものか、と思いながら聞いていた。
「―――あなた方が……ガンダムにあやかりたいのはわかりますけどね、Mk2を塗り換えたり、僕に似たような格好をさせて――それで正義の証になるとでもいうんですか」
つい、口から出た憎まれ口にクワトロがわずかに表情を変えたのがサングラス越しでもわかった。瞳の奥が光る。
「白が正義の色だと……君は思うのかね。ティターンズが悪の黒で、エゥーゴが善の色だと」
どこか揶揄するような響きが混じる。冷めた視線を感じる。
「そんなの、わかりませんけど……」
一瞬カミーユは気圧されたように身を引いた。それでもすぐに無理に気持ちを奮い立たせて云い返す。
「確かにティターンズに比べればエゥーゴのが幾らかましでしょうよ。でも、どっちも灰色じゃないですか。僕に言わせれば――云葉の違いだけのことだ」
「ならカミーユ君もたかがパイロット・スーツの色ぐらいで目くじらたてることもなかろう。君はニュータイプの真似事はしたくないと言う。
だが、私から言わせれば『その気もない』と言いながらパイロットの真似事をしているのは君の方だ」
「…………」
カミーユはフイと顔を背け、今度は云い返しはしなかった。
「クワトロ大尉、探してたんですよ」
デッキに姿を見せたクワトロをメカニック・チーフのアストナージが呼び止めた。再三の出撃による整備等に剃る暇もないのか伸び放題の不精髭が疲労を表わしている。
「この前の件考えていただけましたか」
「ああ、――そうだな、興味深い話だ。私から進言してみる前に詳しい要項を見せてもらおうか」
クワトロの云葉にアストナージは顔をほころばせ、明るい声を響かせた。
「そうですか。自分の方でも詰めたものをお持ちします」
「そうだな、だがその前にアストナージにはまだ大仕事が残っているだろう」
「何です」
心当たりがないのか首を傾げる。
「本人の許可だよ」
「違いない。それが一番肝心だ」
厄介事を抱えて、それでいて楽しんでいるような笑みでアストナージは頭を掻いた。
「アイツが素直に頷くとは思えませんが、まあやってみますよ」
彼が口にしたアイツ…口ばかり立つ、妙に理屈的な難しい子供、カミーユはそういう少年だ。だがアストナージは決してそれが面倒ではないようだ。
少年をからかったり、知らずにやりこめられたり、それが意外に楽しいという感覚は困ったことにクワトロにも理解できた。
『世の中で白か黒かはっきりすることは滅多にない。灰色だという君の意見は正しいだろうな』
『………? さっきの話なら……僕が悪かったって言ってるじゃないですか』
呟いたクワトロに、苛立ちながらそれでも自分専用のパイロット・スーツに着替えていたカミーユはやけっぱちに答えた。
だが、クワトロは彼をからかうでもなく、自嘲の響きを混じらせて先を続けた。
『灰色でもより白に近い色を選んでいけばやがては白になりはしないか、とそう思いもするがな』
それがより良く生きようとする人の姿だろう、と彼は信じたいのかもしれない。迷いは確かにクワトロの中にもある、先の読めない時代では――。
しかし少年に語ることではない。こんな話を自分は何故少年にしているのか、彼自身にも不思議だった。
独白のように呟くクワトロの云葉に、聞き入っていたカミーユは首許のファスナーを上げる手を止め、瞬きを一つした。
『不可能だと思います』
『―――――――』
間髪を入れない少年の答えに一瞬、彼は云葉を失った。まるで全てを断罪する厳しさでカミーユは宣言した、クワトロの迷いさえも――。
『黒が混じった絵の具はどうしたって白にはなりませんよ』
白が灰色になるのは簡単だ、わずかに黒を落とせばいい。まして黒そのものになるのなら――。
しかし白になるのは、確かに容易ではない。
その現実をカミーユは突きつけた。少年の若いなりの潔癖さと甘さが云わせているのか。だが……
『そうだな。……しかし、そう言ってしまっては身も蓋もない』
そんな風に割り切ってしまっては救いがなさすぎる。そう何処かで考えるクワトロ自身、己の中の若さを垣間見る。
『そうですか――?』
適当に相槌を打ち、カミーユは所在なげに前髪をいじった。
『君は白は、嫌いか?』
黒も灰色も同じだと云い切ってしまう厳しさで、正義にはなりえないと諦めているのか。カミーユの口から聞いてみたくなった。
『そうですね。僕はどっちかっていうと――』
わずかに考えるような素振りをして、少年は酷く真面目くさったように頷いた。
『青が好きですね』
『……クッ』
こらえようとしてこらえきれずにクワトロは笑い出した。
さきの白と黒の名言も、憎まれ口や何かの例えでもなく、ただ単純に色への感想なのだと気付き、込み上げてくる笑いを押さえることが出来なかった。
カミーユが彼の思考を読んだわけでは当然ない、のだ。
少年の感想はまったく無邪気なものだった。あれこれ深読みしている己の方が滑稽なくらいに。
『そんなに……笑うことはないじゃないですか』
いつまでも笑いの止まない彼の様子に理由がわからぬまま、憮然とした面持ちのカミーユはただの年相応の子供だった。
「ああ、それから」
下らない思考にかまけていたクワトロは、すぐにでもふっ飛んでいきそうなアストナージを呼び止める。
「はい?」
「カミーユは青が好きなんだそうだ」
それだけ告げて何やら楽しげなクワトロは独りで納得したように背を向けた。
「はぁ――?」
それを見送りながらアストナージはポリポリと頭を掻いた。
山程の自分の仕事に戻るべくモニターの前に座ったアストナージは以前にコピーしたディスクを読み込ませた。
そこそこ出来上がった設計に手を入れる。それはなかなかに手間のかかる、それでいて彼には楽しい作業だった。
これにクワトロ達の理解を得られるようにきちんとした解説を加え、充分な形にしてみせる。早いうちにまとめ資料をクワトロを渡さなければならない。
「……フム」
〔Ζ-GUNDAM〕と表示された設計図を眺め、アストナージは思案気に呟いた。
「青、ねぇ………青――か」
そして、それが彼の中ではっきりとした形を取り始めていた。
Fin
(1995.04 脱稿分を改訂)
後書き
前に書いてる
『幼年期の終り』が(エゥーゴの)制服、今度はパイロット・スーツか…という安易な始まり…(^^;)+Zの機体で一番に飛び込んでくる色って、やっぱり青なんだよね…。という感じでこんな話です。
――というわけで、カミーユって青のイメージが凄く強い(これはカミーユファンが皆感じてることだと思うけど…)。感想でも、「『青い…』というタイトルに最初 ? と思ったけど、読めばわかりました」とか、「哲学的」と評して貰ったことが思い出されます(ちなみに、【哲学的】かどうかは自分ではよくわかりませんが、そのフレーズが気に入ったので使用したりしてます)。
また、文中のクワトロとカミーユのやりとり(というか距離感?)は嫌いじゃない…ってか、むしろ好き。ベタベタよりこういう関係性の二人のが書いていて楽しいし、燃え(萌えじゃない)るのだけど…それって乙女的ではないのでしょうね(笑)。
鈴蘭