幼年期の終り


「食事はセルフサービスよ」
 先に立ってカミーユを案内してくれているレコア・ロンドは説明しながらトレイを二つセットした。
「職種内容に応じてカロリー計算された食事が用意されてるからカウンターで所属を言ってね」
 彼の食事は今までレコアが部屋まで運んでくれていたのだが、やっと手が離れるということなのだろう。
「居候って職種――ないですよね」
 カミーユは卑屈に云ってみる。しかし、少年の物云いを彼女は簡単にあしらった。
「ないわね。――育ち盛りのあなたにはメカニックマンと同じのを出しておいたわ。知ってる? 結構重労働なのよ。動いて疲れたでしょうから奮発しておくわ」
 青い瞳でじっと見つめられてカミーユは口許に笑みを作り好意に対する感謝を示す。
「あんまり、食べられそうにないですけど」
 見た目に量はないけれどカロリーはありそうな食事内容にカミーユはそう応えた。
「入らなくても栄養は取っておくのよ。いざって時に力が出ないんじゃ生き残れないわ。あれから…、ろくに食べていないでしょ」
「―――――」
 レコアの濁した内容に彼は無言でトレイを受け取った。

 試しに一口だけ、とパクついたカミーユだったが気がつくとキレイに平らげてしまっていたのはやはりお腹が空いていたためだろう。ただ精神のバランスが崩れている状態では食事の要求を脳が出せずにいたのだ。
 そんな様子を見守るように眺めていたレコアはクスリと笑う。
「どう、美味しかった?」
「不味くはないですけど、やっぱり少し味気ないかな」
 彼は素直に感想を述べた。栄養バランス満点、といわれても以前までの普通の食事とは大分勝手が違っている。それでも、昔の宇宙食などより向上はしているのだ。
「『戦いに味気はいらない』偉い人はいつもそう思うのよ、兵士の士気なんかお構いなしに。すぐに慣れるわ。少しは落ち着いた? 人間空腹だとイライラしたりするから」
 カミーユはバツが悪そうにわずかに眉をしかめた。誤魔化すように質問を投げる。
「エマ――中尉は?」
「自習室……ていうとおかしいわね。保護観察中だけど待遇はいいはずよ。彼女クワトロ大尉やヘンケン艦長に信用があるから。さすがに一緒に食事は、まだ出来ないけど」
 組んだ両手の上に顎を乗せて、レコアは見透かすように彼に情報を与えてくれた。本当に子供扱いだったけれど、カミーユ自身あまり突っ張る気にならなかったのは彼女の性質のせいだろう。
「あの人は大丈夫ですよ。信じられる人だって、僕も思います」
「そうね。そういう感じ方っていいわね。―――他に聞くことはないの?」
 頷いたレコアは少し面白そうに、かしこまっている彼に訊ねた。何のことだかわかって仕方なしに……
「父なら、どうせまだ寝ているんでしょう」
「いいえ、早くからガンダムMk2の解体を手伝ってくれているわよ。少々……張り切り過ぎなくらいにね」
 不貞腐れて云ったカミーユはレコアの答えに眼を見張った。フランクリンは望んでエゥーゴに来たわけではない。その行動は常の父には意外なことだった。
(でもないか、技術バカなんだ親父は……連邦以外の艦が珍しくて浮かれているんだ)
 すぐに思い直してカミーユはそう決めつけた。
 TPOを考えない、彼自身が何かに夢中になると他を忘れてしまいがちになるのは父の性質に似たのかもしれないのだが……。


「じゃあ行きましょうか」
「はい―――?」
 レコアがいきなり立ち上がったのでカミーユは不思議そうに訊ねた。
「あなたの制服、適当なのを見繕ってくれって云われてたの。用意してあるから着替えていらっしゃい」
「そうしたら……何をすればいいんですか」
 何だか知らないうちにすべてが決まっていることに少なからず不安を感じる。
「さぁ、あなたの適性はブレックス准将か、クワトロ大尉が決めてくれるでしょ。当分は自由にしていなさい。萎縮して能力が半減する心配もあるものね」
「―――――」
 何の能力かは訊くまでもなかったが、黙り込んだ彼にレコアはからかう口調で云った。
「暇なら厨房の手伝いでもしてみる? することなら幾らもあるのよ」
 カミーユが負担を感じる間もあらばこそ、彼女はもう話題を変えている。
「あたしなんか雑用ばっかり、次はエマ中尉の制服を見繕うの。Mk2の色も塗り換えてるし……ちょっとしたファッション・コーディネーターね」
 大袈裟に肩をすくめてみせる。レコアの切り替えの良さと気安さをカミーユは自分の好みだとチラと思った。それはエマ・シーンに感じたのとは違った感情だった。



(へぇ、結構似合うじゃないか)
 淡いブルーのエゥーゴの制服を来た自分を姿見に映して、満足げに頷いたカミーユだったが、
(どうすんだ、後戻り出来ないぞ)
 一方でそう囁く声がした。
 制服は信用の証でもあるし、拘束の証でもあるのだから。たまたま小柄な彼にも合うサイズがあったこと自体なんだか出来すぎのようで――。
 ただグリーン・オアシスには戻れない、その決意だけは確かにあった。


 数日どころか、一日か二日の間にまさに急転直下、波乱万丈を地で行く気分をカミーユは―そして多分フランクリンも―味わった。
 それが、たかが人を一人殴った―という事実から発しているのだからまるで冗談みたいな話だった。そこには当然、彼の激しやすい性格も関係している。
 彼がガンダムMk2を盗んだことも、それによって連邦の反対陣営に逃げ込まざるを得なかったことも――眼の前で宇宙に砕け散った母、ヒルダのことも彼の中では凝縮された時間の中で……立て続けに、そしてすでに起こってしまったことなのだ。

 『お母様の手料理ほど美味しくはないでしょうけど』
 レコアはそう云って食事に誘った。それを拒絶しないだけの強がりならまだ出来た。彼女はどう云えばカミーユのプライドを刺激出来るか心得ていた。かといってレコアに悪意はなかった、だからカミーユはその発言を許したのだ。

(おふくろの手料理……?)
 ふとそれを思い出そうとして、カミーユは愕然とした。ヒルダの得意料理が何だったのかまるで思いつかない。もちろん作ってくれた料理ならいくらでも上げることが出来る。ただ、これが母の味だと、感傷を持って浮かべられるものが何もないのだ。
 仕事に熱心な母ではあったけれど、一通りの家事を彼女はきちんとこなしていた。食事も特別の事情がない限りは用意されていた。それは立派に賞賛に値する。なのに、料理の一つさえ覚えていない自分の薄情さに彼はショックを受けた。
 それとも、今は動転しているだけで……もっと後になれば不意に思い出すこともあるのだろうか……?
(だけど――覚えていたって、それが何になるっていうんだ)
 カミーユの一方ではそんな冷めた考えもあった。『母の仇を取る』と云い切れるような激情は彼の中からすでに去ってしまった。
 哀しみと怒りがない交ぜになったあの強烈な敵意……。持続させる執念は、幸か不幸か彼にはなかった。あの時、ジェリド・メサを殺していればもっと違った思いを得ていたのかもしれないが。

 カミーユは二度と帰ることのない家で食べた食事を思い出そうとした。
 珍しく三人揃った朝食だった。彼が覚えていることといったら、トースターの調子が悪くてパンが焦げていたとか、卵が半熟だったとか……下らないことばかりだった。
(他には――おふくろは、何か小言を言ったんだ。おやじは……どうしていたっけ?――そうだ、新聞を読んでいたんだ)
 カミーユはといえば港の予定表を眺めていた。テンプテーションの名前を見つけて、だから空港へ……

 やはり、自分が悪いことになるのだろうか。少なくとも父とは一度話し合わなければならない。あまり気が進まなかったが、捨てる物はフランクリンの方がずっと多かっただろう。それが仕事か父が隠していた愛人かはわからなかったけれど。
 それでも彼の思考の何処かでは、命を取られるよりはマシさ、と突き放してもいた。
 カミーユの取り留めのない思考は父の女を思い出したことでまたヒルダに戻る。反発ばかりしていたけれど、立派な女性ではあっただろう。そのことが余計に父には堪らない部分もあったのだと、納得してやることはまだ出来なかった。
(あれが家族での最後の食事になるんなら――もっと味わっておくんだった)
 素朴なその感想が真に正しかったのだと、彼はすぐに知ることになる。



「はい、レコアです」
 インターフォンが鳴り、彼女は応答した。
《そこにカミーユ君はいるか?》
 モニターには緊張の気配を漂わせたヘンケン・ベッケナーが落ち着かなげに眼をキョロキョロさせた。彼女はその雰囲気をすぐに察して声を潜めた。
「ここにはいません。何か?」
 そう云ったレコアの後ろで静かに扉が開いたことを気を取られている彼女は気付かない。
《フランクリン大尉がリック・ディアスを奪って逃亡した》
「えっ……」
《ロベルトとアポリーが追っている、今クワトロ大尉が出るところだ。カミーユ君にはまだ知らせるな。また連絡する》
「はい………」
 切れた通信に呆然とするレコアの背後でまた扉は開き、閉じた。何事もなかったかのように。
 彼女がまず考えたのは、すぐにもカミーユが戻ってくるだろう、ということだった。すでに警戒警報は鳴り響いている。少年が理由を訊きたがるのは想像がつく。それをどう隠せばいいのか。
 不意に彼女は振り返ったが、扉はちょうど置かれた大きな観葉植物で死角になっていて見えなかった。それが閉まっていることを確認する。
(開いたような……気のせいかしら)
 外に出た彼女は廊下を不安そうに見る。この通路は……ノーマルスーツ・ルームに続いているのではないか、と――。
 カミーユはまだ戻らない。着替えるだけにしては時間がかかりすぎている。レコアは少年を迎えに行くために頭に浮かんだ場所とは反対の方へ動き出していた。



「カミーユ、やめなさい!」
 そして、数分後にはガンダムMk2に取りつこうとしている彼の姿にレコアは叫んでいた。


Fin
(1994.06 脱稿分を改訂)

後書き

これっていかにもTV版仕様…。で、全ては食事に尽きる…って感じでしょうか?
【アーガマの食事は美味しい】(映画、第一部より)だったんですね。私はずっと【マズクはないけど味気ない】(TV版、食事のシーンは多いけど味に対するコメントがないので)と自分設定してました。まあ考えてみれば命懸けの職場(?)で、三大欲求の一つくらい(睡眠欲と性○は難しいだろうし…)は満たしてくれてなくちゃ、それこそ踏ん張りはきかないですよね…。
また、ヒルダが家事をこなしていたかどうか…に関しても、映画版を観てからは【かなりお隣に依存していた】感を強くしましたが、TV版の中では【家事もちゃんとこなしていた】認識でやはり自分設定してきていました。
細かいことですが、こういう所を詰めていくことでTV版と映画版の違いが私の中で整理されていく感じです。でも、気にしてるとか、変えてるとかって思ってるのは所詮書く方だけの自己満足…読まれる方にはどうでもいいことかな、やっぱり――。まあ、そんなこんなで色々ですが、アーガマの食事もヒルダも、(自分の)TV版での設定はこれからも変えませんので、ご了承下さい(^^;)。
あ、「幼年期の終り」(もちろんかの有名SFから拝借した)はタイトル先行型。この題を使いたくて話を構築してみました。しかし、実をいえば直接のきっかけは「マクロス」のBGM集。「そういえば、(そんな名)あったなぁ」と、本家よりも先にこっちを思い出し、使ってみました。が…中身が追い付いてないし、格好良すぎましたね…(笑)。
お詫び(?)に、本家本元の『幼年期の終り』【アーサー・C・クラーク著】を未読の方にお薦め。もちろん、『星を継ぐもの』【J・P・ホーガン著】も是非読んでいただきたい♪
 鈴蘭