Stargazer



「ただいま戻りました」
 サラ・ザビアロフは静かな声でそう云い、彼女がもっとも尊敬し、敬愛している人物に向かって敬礼した。
「ご苦労だった。慣れない任務で疲れたろう……信号が途切れた時は心配したが君ならばやってくれると信じていたよ」
 優しい笑みで迎えた青年、パプテマス・シロッコはゆっくりと彼女に歩み寄りその細い肩に手を置いた。
「いえ、パプテマス様。わたしはご命令を果たせませんでした……」
 少女は申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「確かに――アーガマまでは望めなかったが、フォン・ブラウンの破壊に成功したのだ。自分の成果を卑下する必要はない」
 シロッコは『アーガマの破壊』と云った時にサラの肩がわずかに揺れたのを見逃さなかった。それは彼でなければ気付かないような些細な所作だった。
「申し訳ありません」
 サラは己の思考を押し隠すように頭を垂れてそう答える。

「サラ――今日は一緒に食事をしよう」
 ひとしきり彼女を観察したあと、シロッコはしかつめらしい態度で告げた。とたんに少女の顔色がパッと輝いた。
「よろしいのですか」
「もちろんだ。私の部屋に用意させよう」
 笑みを浮かべて彼は少女の柔らかな頬を掠めて、髪を撫でた。そして、いつものようにサラの瞳が夢見るように細められるのを確かめた。



「フォン・ブラウンはどうだったね。君の感想を聞かせてほしいな」
 ワイングラスを片手に揺らしながらシロッコは切り出した。食事はあらかた済んでいる。その最中に話しをするなどという無粋な真似はしない彼だ。その為にこの部屋で交された初めてのまともな会話がその問いかけだった。
「普通の街でした。多分、普通の街なのだと思います。活気があって、治安の良い……」
 緊張している気配を漂わせているサラは慎重に云葉を選ぶ。シロッコのアメジスト色の瞳が油断なく彼女の反応を窺っている。
 エゥーゴの拠点だというグラナダもあのような街なのだろうか、サラは思った。そうなのだろう。人が、普通の人々が暮らしている都市は――穏やかで、なんと彼女とは遠い所にあるのか。

「それも今はないがな」
「………はい」
 他ならぬ彼女がしたことだ。青年の望む革命のためならばどんなことでも自分はしてみせなければならない。彼女には理解が及ばないことでもシロッコが必要だと云えばそれは正しいことである。
 だから、後悔はしていない。していないのに……何故だか忘れ物をしてきたように何かがサラの心に引っかかっていた。それはフォン・ブラウンになのかアーガマになのか……。
(いけない――きっとパプテマス様にはわたしの心がわかってしまっている。こんなことではわたしは……)
 嫌われてしまう――それは彼女が絶えず怖れ、考えないようにしている可能性だった。

「デザートが来ていないね。――何がいい、新鮮なフルーツでも持ってこさせようか」
 それ以上は訊かずに青年は少女に別の質問をした。彼女も無言の重圧から解放されて意識せずに答えていた。
「では、アイスクリームを……」
 咄嗟にそう云ってしまった少女はシロッコの眉が一瞬潜められたのを感じ取って口をつぐんだ。
「珍しいな。君がそんな物を欲しがるとは――まあいいだろう、すぐに持ってこさせよう」
「申し訳ありません……」
 子供っぽい真似をしてしまった、自分は青年に釣り合うような女性になりたいというのに。それでは普通の、少女ではダメなのだから。
 サラは本当に恥じ入るように青年と向かい合う椅子の上で身体を小さくした。


(サラはフォン・ブラウンでエゥーゴのニュータイプと遭ったのか)
 サラが退出し、独りとなったシロッコは一人ごちた。
 その為に彼の命じた任務を完全に彼女が遂行出来なかったのだという結論は簡単に導き出せた。しかし、それはただの感想にしか過ぎず、嫉妬といったような感情は何も持っていない。

『一度、食べてみたかったのですが……そんなに美味しいものではありませんね』
  云い訳がましく口にした少女の嘘をシロッコはすぐに見破ったが、一体どの部分がそうなのかまでは無論彼にもわからなかった。
 しかし、重要なのは彼がサラの云葉の嘘を見破ったということだ。そして後はそれがわかるように彼女に告げればよいだけのこと。
『以前、君がアーガマに行った時の事を覚えているね』
『はい……』
『サラはアーガマの空気に触れた、それでも私の許に戻ってきた』
 不必要に云葉を告げることはない。頭の良い少女にはわかるはずだった。青年は彼女をそのように育ててきたのだから。
『私はサラ、君に期待している』
『はい、パプテマス様』
 サラはひたと見据えるシロッコの眼を反らすことなくそう答えた。それは彼にとって充分に満足のいく答えだった。



(アーガマから感じるプレッシャーはシャア一人から発したわけではないか……)
 確かにその程度の底の浅さではティターンズと噛み合わせることなど到底望めない、彼としてもそれでは困る。精々掻き回してもらわねば予定が狂うというものだ。
 しかし、あくまでも彼の掌の上でのこと。Ζガンダムのパイロットが多少は力を持っていたとしても――シロッコの障害になるとは思えなかった。祭り上げられていい気になっている兵士がどれほどのものか考えるまでもない。
 青年は己の前に立ち塞がる存在に思いを巡らせた。すでにジャミトフやバスクなど物の数ではなかった。利用できる限りは利用し、その後は――
 彼の本当の敵……いや、この云葉は的確ではない。いずれも障害にしかすぎず、どれも看破できるものだ。たとえそれがシャア・アズナブル、あるいは未だ動きの読めないアクシズだとしてもだ……
 シロッコはただ待っていればいいだけだった。好機も人材も着実に彼の物になる、その時を。

(カミーユ・ビダン――? そのニュータイプをいつまでシャアが隠蓑にしているか見物だな)
 シロッコは薄い唇に笑みを浮かべた。スペースノイドのヒーローも彼にとってはその程度の興味の対象でしかなかった。


 宇宙は静寂に包まれていた。それは瞑想する青年パプテマス・シロッコには好ましい沈黙だった。彼は彼の理想に思いを馳せる。
 その理想は、凡人が野望と呼ぶ種類の物であるとしても、彼には関係のないことであった。


Fin
(1994.06 脱稿分を改訂)

後書き

「アイスクリーム美味しかったね」という(TV版の)サラ、ちょっと小悪魔的でお気に入り。で、これはそんな♯31に絡めて書いた物ですが…まさか映画でも観れるとは…(^^;)。「女性キャラではファを贔屓目」を公言している私ですが、実はサラも結構好き(元々女の子は書くのも描くのも好きなんです)。かといってカミーユとどうこう…とか(特に)思ってるわけではなかったりします。それでも二人が絡んだ話は今後も書きたい課題(ちょっとパラレルな感じのもあったり…)です。サラは色んな意味でまだまだチャレンジしたい子。
が、その希望に反してシロッコの話になっているような締めですね(^^;)。二人とも初書きで、サラに関しては「ちゃんとTVの声(この時は水谷優子さん)で聞こえた」と誉められたのですが、「シロッコはパチモン臭い」と評されました。シロッコって難しい…というより、私に愛がない(愛がない=嫌い という簡単な図式ではないですが…やっぱり書き込みが甘い)のがバレちゃってるのが正しいのか…。
そんなシロッコは『希望のない明日へ』でもう一回出て来ますが、それはあんまり踏み込んでないんでなんとか誤魔化せてるようです(笑)。

 鈴蘭