「ソゴル・キョウは異動なしですか?」
それは、セレブラントはクラス替え対象になるというルールに反する。まして、今回はキョウにとってリブートして初めてのリセットだ。自爆してしまったキョウのデータを復元する際、意識や記憶に関するデータの欠損<ウェットダメージ>が避けられず、彼はセレブラントとして過ごした5回の夏の記憶を失っていた。リセットした後に再び巡り来る1学期は、リブートした後の彼が覚えているそのままの日々だ。通常のセレブラントの覚醒とは違うパターンで、強制的にリブートされたキョウにとって、再び1年D組で過ごす1学期。それが彼にとってどういう意味を持つのか──それを思えば、彼がリブートする羽目になった経緯を知るミナト達には、このシマの決定はキョウに対して厳しいものに映った。
「そうだ」
威圧感を滲ませた声でそう告げる、シマのキョウへのこの冷徹な態度は普段通りのものではある。ミナトは今期の1年生の名簿を見直して、改めてシマに確認を求めた。
「カミナギ・リョーコはB組。ハヤセ・トウヤとトミガイ・ケイはどうします?」
「あの2人はそのままで良いだろう」
「了解しました」
やはり覚醒の兆候を見せた2人は異動なしとされ、結局1年生で異動対象となったのはカミナギ・リョーコ1人となった。シマは腕を組んで目を閉じ、いつもの涼しい顔で何か考え事を始めたようだ。
「クラス分けを見て、ソゴル君は残念がるだろうな」
イリエに話を向けてクロシオが指摘するのは、リョーコのことである。セレブラントは基本的に別のクラスというルールがある限り、シマが指示した通り、今期に同じD組だった2人は来期は別々のクラスになる。
「でも、セレブラントにとっては、クラス替えがあった方が結果的には良いじゃない」
イリエがどこか歯切れ悪く言うのも尤もなのだが、ソゴル・キョウとカミナギ・リョーコの関係を知っていれば、ことはそういう理屈で語れるものでもなかった。2人は舞浜サーバー出身の幼馴染みであり、ゼーガペイン・アルティールにガンナーとウィザードとして同乗するパートナー同士。だがそれ以上の親密な関係が2人の間にあるのはオケアノスのクルーには明白だった。
「ソゴル君はそのままD組の上に、同じクラスにカミナギさんが居ないっていうのはさ」
「司令にはお考えがあってのことでしょう、そうですよね」
お喋りなクロシオの話をぴしゃりと遮るようにミナトがそう言うと、シマはがくん、と頭を揺らした。
「司令っ!?」
「あ、いやつい……何の話だい?」
どうやら居眠りをしていたらしい、そのぽよーんとしたシマの声に、ミナトは目をぱちくりさせた。
「来期のクラス編成のことですが」
「あぁ、僕は何組だっけ? ミナト君」
生徒会室で話をしていたからなのか、シマは普段の『冷徹な司令』ではなく、舞浜南高校での日常を送る際の『気弱な生徒会長』モードになっているようだ。ミナトはいつも通り、有能な副会長としての自分を崩さずに、別人のようなシマに答えた。
「A組です」
「そうか、間違えないようにしないとな。毎回、前期のクラスに入りそうになるから」
「そうですね」
その感覚は、同じようにリセットを経験しているミナトにも分からなくもない。力なく笑うようなシマの表情に釣られて、ミナトも困ったような笑みを浮かべた。
「貴方にも、優しい配慮が出来るなんてね」
オケアノスの司令私室には舞浜南高校の3年生の制服を着た人物が二人。机から取り上げた来期の1年生の名簿を見ながら、ミサキ・シズノはそう呟いた。だがその文言に比して、柔らかな声の響きに皮肉は込められてはいなかった。窓の側に立ち、背中で軽く腕を組んで外の風景を見ているシマは、そのシズノの言葉には応えなかった。
「リョーコを同じD組にすれば、キョウはリョーコの居ない席を見て過ごすことになる。それは彼にとって酷な時間になるわ」
それは、リョーコのデータサルベージを行ったシズノだからこそ言えることだった。サルベージのエキスパートであるシズノの技術を持ってしても、リョーコのデータサルベージは完全なものにはならなかった。リセットと同時に舞浜サーバーにリョーコのデータを組み込んだとしても、リョーコが舞浜南高校に登校できる状態にはない。リョーコをキョウとは別のクラスにしておくことが、却ってキョウのことを思えばこその対応だった。
「リョーコのことは、私からキョウに話そう」
そう口にするシマに、シズノは微かに表情を緩めた。シズノは自分からキョウに告げるのは辛すぎて出来るものではないと思っていたのに、シマが先回りをしてみせたのだ。
「どういう風の吹き回しなの? 今日はやけに優しいじゃない」
「するべきことをしているまでだ」
窓の外に向けたままのシマの表情は、変わることはなかった。
シズノが司令私室を去って、シマは改めて来期の名簿を手に取った。そこにシズノの名は記載されていない。シズノは舞浜サーバーにとって異邦人であり、本来、舞浜南高校の生徒ではなかった。今回リブートしたキョウを再覚醒させるべく、キョウのパートナーだったシズノのデータは舞浜南高校に転校生として組み込まれた。だが、来期の舞浜南高校の生徒のデータの初期値にシズノは組み込まれない。リセット時にパラメータを設定するのがシステム環境にとっては一番都合が良いのだが、それをしないのは、シズノの意思を尊重してのことだった。名簿を机に戻し、シマは眼鏡を外して呟いた。
「優しい、か」
そんな言葉をイェルの口から聞かされることになるとは驚きだ。シマは目蓋を伏せると、口の端を僅かに上げた。
誰も居ない舞浜南高校の生徒会室に、静かに8月31日の24時が訪れる。
そして同時刻、4月4日の午前0時。校内のプールでは、ソゴル・キョウが一人きりの自分を見つけて、その肩を震わせていた。
→on the reset : シズノ編
|
|