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one-and-only




SIZUNO in YUKATA
entanglement10「また、夏が来る」より




 きらめく光を湛えて、どこまでも続く青い海。白く輝く雲を浮かべて、どこまでも広がる青い空。世界の只中で、存在しているのは自分達だけではないのかと錯覚するかのような、そんな静かな時間の中にソゴル・キョウは居た。軽い震動と微かな電子音だけが背景に感じられている。それらは量子データである幻体としての自分達が生きていると実感させるために──或いは錯覚させるためにシミュレートされているものでしかなく、それさえなければ完全な静寂がそこにあっただろう。だがキョウの操るゼーガペイン・アルティールの光子翼は風を切り、機体が海面に近づけば波間の水を切る。それは現実に起きていることであり、そこには明らかに自分達の意思が反映している。
『なら、オレ達は生きている』
 それはこの幻のような世界の中でただ一つ確かなことだとキョウには思えた。
 キョウはふと目蓋を伏せて拳を心臓の位置に当てると、目の前の青い世界を見据えた。

 オケアノスのゼーガチームは、太平洋上に存在した中規模デフテラ領域<オスカー>を殲滅した。ここを拠点として日本方面を脅かしていたガルズオルムの勢力が消滅したため、舞浜サーバーのディフェンスコンディションは緩和されたが、それは同時に、他の未知の拠点からの敵の襲撃への警戒を強めることにもなった。地球にあってガルズオルムの勢力圏は圧倒的であり、敵はどこから襲来するか分からない。当面、舞浜に危機が訪れるようなことはないだろうが、オケアノス自身がガルズオルムにマークされているのは変わらない。アルティール、ガルダ、フリスベルグと3機のゼーガが稼動する中、交替での偵察が続けられていた。激務には違いないが、それでも臨戦態勢ほどの緊張感でもない偵察任務が、キョウは気に入り始めていた。太平洋の真ん中で一人ぼっち。青い海と青い空を独り占めする気分は悪くない。──いや、シズノ先輩が一緒だから一人じゃないか。そんなことを考えたからか、ふとキョウの胸中に浮かぶ思惑があった。
『カミナギに、見せてやりたいな』
 映画が好きで、何かにつけてデジカムを構えてキョウを追い掛け回す、幼なじみのカミナギ・リョーコ。あいつのことだ、こんな綺麗な海を見たらはしゃぎ回って、デジカムを構えて離さないだろう。その姿が目に浮かぶようで、ついキョウは、へへっと声を立てて笑った。
「どうかしたの?」
 リアシートからミサキ・シズノが尋ねてくる。その低い声に現実に引き戻されて、キョウは彼女を振り向かずに応えた。
「別に。何でもねぇよ」
 元々シズノはお喋りという訳ではない。決して付き合いが悪いというのでもないのだが、シズノの方から黙ってしまわれると、キョウから話しかける糸口もなかなか見つからない。オスカー殲滅作戦の後、以前にも増して微妙な距離を置かれているような気もする。そんなこともあってキョウはつい海に見とれてしまうと、話すこともなくなってしまい、アルティールのコックピットには静寂が訪れる。ガンナーのキョウとウィザードのシズノの二人きりの空間で、その静寂は時として重く感じられた。シズノはモニタに目をやると、キョウの背中に柔らかい声を掛けた。
「今日はこの辺にしましょう、オケアノスに戻れなくなるわ」
「了解」
 シズノの指示に、キョウはアルティールを反転させる。前方視界と後方視界が弧を描いて入れ替わるが、依然としてその視界は豊かな青に彩られていた。

「──そうだ、先輩」
 視線は海に向けたままで、キョウが明るい口調で声を掛けた。
「何?」
「先輩って、前の学校でも水泳部だったの?」
 その他愛ない質問に、シズノは微かに目を見開き、口の端を緩めた。
「泳ぐのは好きだから」
 それはよくよく聞けば答えにはなっていない。だがキョウにはそれで充分だったらしい。
「だよなー、やっぱ水泳ってサイコーだぜ!」
 誰彼なく『水泳バカ』と揶揄されるキョウのこと、水泳のことを考えていればいつも頭の中はお天気らしい。夏の朝の青空を思わせる、カラっとしたキョウの明るい声に、シズノの気持ちもどこか晴れていく。

 シズノが舞浜でキョウと再会した時、舞浜南高校でたった一人の水泳部員だという彼は、廃部寸前の水泳部を建て直すために、シズノに水泳部のPRビデオへの出演を頼んだ。それはシズノの『この世界を救って』という言葉に対する交換条件だった。その約束を果たすために、今キョウはシズノと共にアルティールに乗って戦っている。そして舞浜南高校に転校してきたことになったシズノもまた、ビデオ出演だけでは看板に偽りありだからなどと言って、水泳部の練習に参加するようになっていた。キョウが中学時代からの因縁で喧嘩していたハヤセとウシオもキョウと仲直りして入部して、生徒会長の出した廃部撤回条件である五人の部員を揃えるのには、あと一人となっていた。たとえ舞浜が量子サーバーの中の虚構の街だとしても、今のキョウにとってそこはもう一つの現実であり、水泳部の未来は世界の未来と同じくらい重要なものらしい。──そういえば、リブート後のキョウが初めてアルティールに乗った時も、彼の質問はこうだった。
『どうして昼間、プールに居たんだ?』
 ふと、その時の彼の顔を思い出して、シズノの表情が和らいだ。

 まるでその時のようにキョウが後ろを振り向くと、シズノが優しい顔をしているとキョウには思えた。だから、キョウの声も自然と柔らかくなった。
「戻ったらまた学校で一泳ぎすっけど、先輩は?」
 シズノが微かに瞬いて、目蓋を伏せ加減にして瞳に影を落とした。
「──ごめんなさい、私はちょっと用事があるから」
 そのシズノの声に、AIのアナウンスが重なる。
《Transmission range reached.》
「そう、じゃ、また明日な」
「えぇ」
《Entangle timeout.》
 ありふれた別れの言葉と共に、二人は光となって消えた。



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