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求道系ミゲル・アイマン曹長応援小説&模型頁

"Der Teufelskugel"


プロローグ代わりのゲームノベライズ(妄想分60%ほど配合)

「駆け抜ける魔弾 - CE70.7.21 -」

〜 PlayStation2版「機動戦士ガンダムSEED・終わらない明日へ」より〜


CE(コズミック・イラ、統一歴)70年6月。
「血のバレンタイン」を景気とした、地球連合と宇宙植民コロニー「プラント」との間の全面戦争‥‥
その開戦より4ヶ月が経過した頃。

東アジア共和国が管理していた資源衛星を、ザフト軍が突如占領した。

共和国語で「新しい星」‥‥《新星(シンセイ)》と名付けられたその衛星を巡り、一月に渡る
攻防戦が繰り広げられた結果、同7月16日、連合がこの衛星を放棄することで、この問題は
一応の決着を見た。

ザフトは、この衛星を改造し、軍事拠点とすべく、元々この衛星のあったL4(第4ラグランジュ点。
地球と月との重力が釣り合い、コロニー建設に適した「ラグランジュ点」のひとつ)からL5まで
移送する計画を立てた。

そして、それは程なく実行に移されたのであるが‥‥。

その5日後、7月21日。


何機ものエンジンを取り付けられ、ゆっくりと宇宙空間を進む《新星》。
その周囲には、その大きな岩塊に歩調を合わせ進む、幾隻もの戦艦。

そのうちの一隻《ヴェサリウス》の、モビルスーツ格納庫の中‥‥
モビルスーツ《ジン》のコクピットの中に、「彼」はいた。

「モビルスーツ」は、遺伝子操作を受けた《コーディネーター》にしか(当時はまだ)操縦できない、
まさに「プラント」の、ザフトの誇る兵器であった。
当時のザフト軍の主力モビルスーツは、ZGMF-1017「ジン」。
このころから、やがて来る大戦の終了まで、第一線で使われることとなる傑作機である。

グレイと白に塗り分けられたジンが、格納庫内に整然と並ぶ。

その群れの中に、一機だけ、異彩を放つ機体があった。
くすんだグレイの中にあって、ひときわ映える、オレンジの機体である。

右肩に髑髏のパーソナルマークをあしらい、左肩には「DEFRöCK」の文字が白く染め抜かれた
夕陽の色のジン。
それこそが、「彼」の機体であった。


ザフト軍の中で、いや、プラント国民の中で、恐らくその機体を、そして「彼」を知らぬ者は
いないであろう。

彼こそは、ザフト軍のトップガン。
そのオレンジのジンを駆り、幾隻もの連合の戦艦を墜とし、星の数ほどのモビルアーマーを
屠ってきた、軍最強のパイロットのひとり。

ネビュラ勲章のラウ・ル・クルーゼ麾下の「クルーゼ隊」隊員の中で、クルーゼ自身を除いては
ただひとり、カスタマイズしたジンへの搭乗を許された男‥‥。


ミゲル・アイマン。
畏怖を込めて、人は彼をこう呼ぶ‥‥

「黄昏の魔弾」!

正直なところ。
先ほどまで、ミゲル・アイマンは、この任務に失望していた。

「え〜っ!? 俺達が、その《新星》とやらのお守(も)りをするわけ?」

初めてその任務内容を聞かされた時、驚きと失望がたっぷり込もった声で、彼は言ったものだ。

ストレートの金髪は、耳にかかる程度の長さに、一見無造作に切られている。
コーディネーター特有の、と言っても良い、鼻筋の通った、整った顔立ち。
細身の、引き締まった体つき。無論、遺伝子操作されたその肉体は、外見からは想像できない
ほどのパワーとスピードを秘めている。

そんな、黙っていれば普通の美男子である彼が、思い切り顔をしかめて言うものだから、逆に
余計に滑稽に思えてしまう。

「お守りじゃなくて護衛だ、ミゲル」
同僚が、そんな彼をたしなめる。

後に戦局を大きく変える事となる「赤服」のエリート新兵たちは、この時はまだ入隊していない。
もし、彼らが入隊していたならば、ミゲルをたしなめるこの役は、恐らくアスラン・ザラあたりが
担う事となっていたであろう。

「おんなじ意味だろーが」
そのしかめっ面をさらにしかめると、深くミゲルはため息をついた。
「かーっ、ついてねえなあ‥‥亀みたいにノロクサ進む岩なんて、毎日拝んでられっかよ」

「いや、そうでもないらしいぞ」
真剣な顔で、同僚が言う。
「ん?」
「何でも、地球軍きっての精鋭部隊ってのが、こいつの奪還のために、配備されているらしいんだ」
「へ〜」
ミゲルの瞳に、輝きが戻る。
「んじゃ何か。俺の『相棒』も錆びずに済むってわけか」
「そういう事になるんじゃない?」

あくまでクールに答える同僚の頭に右腕を回し、プロレスのヘッドロックの要領で締め付ける。
「そういう楽しい事は先に言えっつーの! この! この!」
「いて、ててて‥‥やめろよミゲル!」

ミゲルは、普通に軍人に向く程度には好戦的な男であり、また同僚に対しては、茶目っ気たっぷりの
いい友人であった。
‥‥もっとも、時折、このように度が過ぎる事もあったが。

そして、この人なつっこい性格ゆえ、後に入隊する新兵からも、彼は兄貴分として慕われる事と
なるのである。

こうして、ミゲルを含めモビルスーツパイロットは皆、自機のコクピット内で待機したまま、平和な、
あるいは(ミゲルにとっては)退屈な時を過ごしていた。

「来ねえなあ‥‥精鋭部隊」
ぼそっとつぶやく「魔弾」。

機械だらけの狭い空間に閉じこめられ、ただ時を過ごす。彼にとっては非常な苦痛であった。

「ったく、来るんならとっとと来やがれってんだ」
平和な方がありがたい、という常識的な発想は、暇を持て余した彼の思考回路からは既に
消失している。


と!
突如、艦内に非常警報が鳴り響いた!

『接近中の艦船に告ぐ。当方に不用意に近づく者は、全て敵と見なし、砲撃の対象とする。
 速やかに停船、もしくは針路を変更せよ!』

「さて、あちらはどう出てくるか」
艦橋のひときわ高い席に座った、もみあげを伸ばした、がっしりした体格の男。
戦艦「ヴェサリウス」艦長、アデスである。

艦橋のスクリーンには、ダークグレイに塗られた、角張った形状の宇宙船が映し出されている。
地球連合の主力戦艦。ザフト内で「250メートル級」と呼ばれているものだ。

「警告一発で引いてくれ‥‥は、せんだろうな」
漏らすアデス。


本来であれば、このヴェサリウスには、こういう心配をすべき人物が、艦長の他にもうひとり
存在していた。
「クルーゼ隊」隊長、ラウ・ル・クルーゼだ。

地球連合の要塞《世界樹》攻防戦で、連合のモビルアーマー37機、戦艦6隻を撃破し、
軍の最高栄誉「ネビュラ勲章」を受章した男。
常に顔の上半分を銀色の仮面で隠し、表情を他人に読ませる事はない。

常に現場に身を置き、状況をその目で直接見て指示を出し、時には自ら出撃する事も厭わない、
そんな彼が、今日に限っては、ヴェサリウスに乗り込んでいなかった。

彼は、プラント最高評議会に、参考人として招致されていたのである。

当時、評議会内は、パトリック・ザラ国防委員長を中心とした主戦派と、シーゲル・クライン議長を
中心とした非戦派の二つに、その勢力が大きく分かれる、その兆しを見せ始めていた。
そんな中、ザラ委員長が、己の優位性を確立すべく、今後の地球連合への対応を決定する評議会に
前線で戦う士官を何人か招集したのである。
ラウ・ル・クルーゼも、当然、そのひとりに選ばれていたのだ。


「250メートル級を5隻投入ですからね。敵さんも本気でしょう」
オペレータが答える。
「同感だな」
一言言うと、アデスは指示を付け足した。
「全艦に通達! 第一種戦闘配備! モビルスーツ隊発進準備急げ!」


「よっしゃあ! 敵か!」
嬉しそうに、ミゲルが叫んだ。
「どんどん近づいてこい!」


ミゲルの願いが通じたのか否か。
敵艦隊に、速度を緩める様子も、転進する様子も、微塵もない。

「敵艦、止まりません!」
「よぉし‥‥」
深呼吸すると、艦長は矢継ぎ早に指示を出した。
「モビルスーツ隊発進! 各砲座砲撃開始! やられる前に落とすぞ!」

カタパルトデッキのハッチが開き、漆黒の虚空が眼前に姿を見せる。

『接近中の艦船は警告を無視した。守備隊は直ちに迎撃体制に入れ』
ヘルメットのスピーカーを通じて響く、オペレータの声。
「いいねぇ、この感じ‥‥ゾクゾクしてきたぜ」

アドレナリン・ハイ。
戦場という異常な空間へ、正気と狂気の境目へ、自分自身を追い込んでゆく。


既に発進した僚機のスペースを埋めるように、ゆっくり歩いて前進する。
高まりゆく動悸。

指定の位置へ、機体を進める。

リニアカタパルトのスイッチが入った。
機体が、ふわっと浮き上がる。

「ミゲル・アイマン、出るぜ!」

号令とほぼ同時に、シグナルの「ABORT」が「LAUNCH」の緑文字に切り替わる。
猛烈な加速!

電磁力でモビルスーツを弾き出すリニアカタパルトの手痛い「見送り」を受け、夕陽の色をしたジンは
宙空へとその身を躍り出させた‥‥。

「目標を確認」

スクリーンに映し出されているのは、隊列を組んだ、5個の灰色い影。
そして、その影から左右に吐き出される、無数の小さな光の粒‥‥。

ミゲルは知っていた。
その光の粒のひとつひとつが、TS-MA2《メビウス》と呼ばれる、地球連合の主力兵器
「モビルアーマー」であることを。

性能的にはモビルスーツに比肩すべくもない、このメビウス。
だが、数機単位でまとめて、しかも大量に投入する戦法により、それでもその頃は、主力にして
ほぼ唯一の空間機動兵器として、ザフトのモビルスーツと何とか渡り合える存在であったのだ。


自機とメビウスの群れ、その相対距離が、どんどん縮まっていく。
それが一線を越えた、その瞬間!

メビウスが一斉に、ちかっちかっ、と、その輝きを断続的に増した!
艦首の機関砲を発射したのだ!


「来たぁっ!」

それを見た瞬間、ミゲルは、スロットルペダルを踏み込んだ。
回避のため、減速したのではない。その逆だ。
ジンを加速し、その弾幕に自ら飛び込んでいったのだ!

小隊単位で密集したメビウスの弾幕。
しかし、その小隊同士の間には、どうしても隙間が空く。
その隙間に、ミゲルは自らのジンを滑り込ませたのだ。

相手が回避行動を取ると決めつけていた(もちろん、ジンのほとんどはそうしたのだが)
メビウスのパイロットたちは、そのジンの思いもかけぬ行動に、一瞬、狼狽した!

その機体の鮮やかなオレンジが、彼らの網膜に飛び込む。
そしてそれは、彼らの脳裏に、恐怖とともに、ある単語を思い起こさせたのだ。

決して止まることなく、常に戦場を縦横無尽に駆け回り、そして「それ」が飛び去った後には
もはや生きている者はいないという‥‥
沈みゆく夕陽の色をした、一つ目の死に神。

「た、『黄昏の魔弾』‥‥っ!?」

そして、それを思い起こした時には、既に手遅れだった。


凄まじい相対速度で、2機のメビウスの間をすり抜ける、その刹那。
ミゲルは、ジンの右足を前に、左足を後ろに、それぞれ振り出した。
回転モーメントが掛かり、ジンの機体が左回りに回転する。

と同時に、右手のMMI-M8A3・76mm重突撃機銃が咆哮を上げた!
ズガガガガガガガッ!!
オレンジのジンを中心に、螺旋を描きながら広がる弾丸!

そのうちの何発かが、左右のメビウスの土手っ腹に吸い込まれていく。

二機のメビウスは、突如ふらふらと迷走を始め、膨張し‥‥爆発した。


足を逆に振り直し、回転を止めると、今度は背部のメインスラスターを一杯に展開し、一気にふかす!
両足を後方に一気に振る!

前方にほぼ90度の角度で、ジンの進行方向が変化する!
一瞬にして、残りのメビウスの上方に躍り出る!

機関砲を機体の下に懸架するメビウスの、最大の死角。
それが「真上」であった。

ジンはそのまま前転しながら、機銃の雨をメビウスの群れに浴びせかけた!
哀れな時代遅れの機動兵器たちは、その雨をまともに浴び、次々と爆散していった。


手足を移動させる事により、機体の重量配分を変更し、それに伴う回転力を発生させる事で、
無重量空間での姿勢制御をバーニアの噴射無しで(あるいは最小限の噴射で)行う手法。

Active Mass Balance Auto Control(能動的質量移動による自動姿勢制御)、略して「AMBAC」
(アンバック)と呼ばれるこの概念こそが、自由に動く質量塊を「手」や「足」という形で組み入れた
「人型」の機動兵器、つまりモビルスーツの発展を促したと言えよう。

今、ミゲルが見せたこの機動こそ、AMBACの神髄。
モビルスーツという兵器、そしてそれを操るコーディネーターとしての資質があってこそ可能な
機動であった。


「へへ‥‥まず6機!」

メビウスの残骸をあとに、ミゲルは自機を、さらに敵編隊の中枢へと向かわせた。

幾重にも張り巡らされたメビウスによる包囲網をくぐり抜け、一直線に敵艦隊の中枢を目指すミゲル。

ただの一度も、止まることなく。
ひたすらに、ただひたすらに戦場を駆け抜ける、黄昏の色をした死神。

撃ち漏らしたメビウスの追撃を、機体を大きく揺らし、かわしながら飛ぶ。
前に立ちはだかるメビウスが、次々と鉄屑に変わってゆく。


その時だった!

ズヴァオオオオッ!

緑色の太い光の束が、ミゲルの視界を斜めに横切る!
戦艦の主砲、その高出力ビームが、ミゲルを襲ったのだ!

「うわっとと!」
思わず声を上げるミゲル!
ジンの身体を捻り、スラスターを全開にして、飛行コースをずらす!


既に、ザフトも連合も、宇宙戦艦の主兵装として、ビーム砲を採用していた。
当時の技術でも、まだ戦艦に搭載する程度の、大きなビーム発振機ならば作り得たからである。
それ以上発振機が小型化され、モビルスーツの携行兵器への搭載が可能となるには、それから
更に半年、連合の新型試作モビルスーツ、GAT-Xシリーズのロールアウトを待たねばならなかった。

文字通り、光の速さで迫り来るビーム砲を、知覚してから避ける術(すべ)は存在しない。
先ほども、たまたまビームの進路上に彼のジンが存在しなかっただけで、そのあとのミゲルの
回避行動も、一見無駄な事に思える。
だが、それは少なくとも、ビーム砲の射線上に自分の身を置かないためには有効な行動であった。


さて、ビームの直撃こそなかったとはいえ。
目前に戦艦。
背後のメビウスも、大半は振り切ったとはいえ、まだ2機ついてきている。

前門の虎、後門の狼。
圧倒的ピンチに変わりはない‥‥

‥‥ように、端からは見える。
が、「魔弾」の表情に焦りはない。

「よしよし‥‥もっと寄ってこい!」
逆に、わずかにスピードを落とし、わざとメビウスに距離を詰めさせる。

攻撃が更に激しくなる。
メビウスはもちろんの事、戦艦も、副砲を小刻みに連射してくる。


戦艦とジン、そしてメビウス。
三者の距離が更に詰まる。
メビウスが戦艦の射程範囲内に。そして、戦艦がメビウスの機関砲の射程範囲内に、それぞれ入る。

よほどしっかり狙いを定めなければ、友軍の機体を撃墜する事になりかねない。
その恐怖とためらいが、メビウスのパイロットの、そして戦艦の砲手の、トリガーを引く指を
一瞬鈍らせた。

それこそが、ミゲルの狙った瞬間だった!


「ここだっ!」

ジンのスラスターが、ぐるん、と180度回転し、真上に炎を吹き上げる!
オレンジ色の機体が、下に沈み込む!
一瞬、メビウスの視界から、ジンが消えた!

ジンの機体を前に傾け、下向きから後ろ向きへ、推進力の方向を変える。
その頭上を、メビウスが通過してゆく。

うち1機の腹に、76mm機銃の鉛玉を浴びせかける!

何が起こったか分からぬまま、メビウスのパイロットは、機体もろとも、その生命活動を終えた。


「下かっ!」
もう1機のメビウスが、機種を下に向けたその時‥‥
ミゲルのジンは既に、手を伸ばせば触れるほどの至近まで、メビウスに接近していた!

機銃を腰にマウントし直すと、両腕を広げる!
ガシッ!
そのまま、抱え込むように、メビウスのコクピットの真下に取りついた!

「うわあああっ!」
艦首の機関砲を乱射するメビウス。
だが、ジンは、その機関砲をも一緒に抱え込んでいるのだ。
いくら弾を撃とうが、それは決してジンに当たる事はない。

「うるっさいんだよ!」
ミゲルは、ジンの両手に思い切り力を込めた。
ガシャアッ!
ちょうど手が掛かっていた、メビウスのキャノピーに亀裂が入り‥‥砕け散る!

キャノピーが破砕した手応えとともに、銃撃は止んだ。
パイロットは死んだのか、それとも、外に放り出されたか‥‥


「よおし、予定通り」
不敵な笑みを浮かべたミゲルは、次の瞬間、思いがけない行動に出た!
メビウスから手を離し、わずかに距離を取ると、そのまま両足を揃え、その腹にドロップキックを
食らわせたのだ!
「飛んでけっ!」

蹴りを受け、飛ばされるメビウス!
一瞬遅れて、蹴りの反作用をスラスターで打ち消すと、メビウスの背後に隠れるように、
ジン自らも飛ぶ!

そして、そのメビウスの進路にあったのは‥‥
そう、戦艦の艦橋!

艦橋は、戦艦の制御中枢が集合する場所。
メビウスの機体を艦橋に激突させて破壊し、艦の制御を奪い去る‥‥それがミゲルの狙いだった!
追撃を受けながらもスピードを緩め、わざと戦艦の至近までメビウスを引き寄せたのは
このためだったのだ!


巨大な質量弾と化した無人のメビウスに、狂ったように襲いかかる戦艦の副砲!

爆裂し、火の玉となるメビウス。
だが、いかんせん、距離が近すぎた!
たった今までメビウスだった「火の玉」は、その質量を保ったまま、艦橋に激突したのである!


ドグシャアアッ!

メビウスの機体もろとも、艦橋の窓が砕け散る!

「おまけだっ!」
そこに、ミゲルが機銃の一撃を叩き込む!


ひときわ大きな爆発!
衝撃波が、ジンの機体を揺さぶる!


艦橋が、ゆっくりと、まっぷたつに折れてゆく。

砲撃が止んだ。
指令中枢を破壊され、戦艦はもはや、戦艦としての用を為さなくなったのだ。

『ミゲル・アイマンよりヴェサリウス。大物を一匹釣り上げた』

ニュートロンジャマーに妨害された、ノイズ混じりの通信が、ヴェサリウスの艦橋に飛び込む。

「ミゲルめ、やりおったな」
満足げな表情を浮かべるアデス艦長。

「帰ってこい、と伝えてやれ」
「はっ」

艦長の指示に短く答え、オペレータが、ヘッドセット越しにミゲルに呼びかける。
「ヴェサリウス了解。アイマン曹長は直ちに帰投してください」


「もう帰れだぁ〜?」

不満そうな声を上げるミゲルであったが‥‥

いかにモビルスーツが高性能な兵器であるとはいえ、1機のジンで戦艦を撃沈するというのは、
普通のパイロットにとっては「金星」、いや「大金星」と言っていい戦果だ。

まして、ミゲルは、戦艦に加え、メビウスも、最初の6機、戦艦前での戦闘での2機に加え、
戦艦に向かう途中でも数機‥‥合計10機以上撃墜している。

この時点で帰投しても、十分すぎるほどの働きを、既に彼はしていたのである。

だが。
唯一、十分でない物があった。

ミゲル自身が、まだ「暴れ足りなかった」のだ。


「こう、何て言うか‥‥イマイチ、不完全燃焼なんだよなぁ‥‥」
と、ぼやくミゲルの耳に、けたたましいアラートシグナルが飛び込んできた。

右後方より、熱源が急速接近中!
メビウスとは比較にならないスピードだ!

「こいつは‥‥」

ミゲルの直感が、告げていた。
こいつは自分を倒しに来たのだ、と。

有り余る闘争心を注ぐ相手を、ミゲルは見つけたのである。


ミゲルの瞳に、再び炎が宿る。

「ミゲル・アイマンよりヴェサリウス。一匹こっちに向かってる。そいつを釣ったら帰る」
それだけ喋り、ミゲルは通信を切った。

「よおし‥‥もう一暴れだ!」

その、3分ほど前の事である。

『《マッターホルン》よりホークワンへ。《ユングフラウ》周辺に展開するメビウスに大規模な
 損害が出ている模様。至急増援に急行されたし』

地球連合軍の5隻の戦艦‥‥「マッターホルン」「モンブラン」「アイガー」「メンヒ」
「ユングフラウ」。
そのうちの1隻「マッターホルン」からの通信に、「ホークワン」と呼ばれた機体のパイロットが
答える。

「こちらホークワン。敵の規模は?」
『どうやらジンが1機きりらしい』
「1機?」
パイロットが、思わず眉根を寄せる。
「おいおい、勘弁してくれよ。たった1機に『大規模な損害』か?」
『こちらも信じられんが‥‥メビウスが11機墜ちている。まだ増えそうだ」
「‥‥確かに、そいつぁ大規模だ」

その報告に、思わず苦笑。そして続ける。
「そのジン、ただのお客さんじゃあないな」
『未確認だが、どうやら例のオレンジ色のやつらしい』
「オレンジ色‥‥?」

そのジンの事を、彼は噂で聞いていた。
右肩に髑髏を染め抜いた、夕陽の色の死神。

「『黄昏の魔弾』ってやつか‥‥」
『だとすれば敵は手練れだ。気をつけろよ、フラガ大尉』
「了解した。ちゃっちゃと片づけてくるさ」

通信を切ると、彼‥‥連合のエースパイロット、「エンデュミオンの鷹」ムウ・ラ・フラガは、
コクピットのスロットルレバーを開いた。
作戦にあたり「ホークワン」のコードネームを与えられた愛機・メビウスゼロのスラスターが、
蒼い炎を噴いた!


(恐らく‥‥敵の狙いは《ユングフラウ》そのものだ)

虚空を進む、奇しくも敵と同じオレンジ色の機体の中で、「鷹」は祈った。
「間に合ってくれよ!」

だが‥‥

「マッターホルン」と、ミゲルが狙った戦艦「ユングフラウ」とは、隊列のそれぞれ両端に
位置していた。
そうでなければ、あるいは、この事態は防げたかも知れなかったのだ‥‥。


ドグシャアアッ!

「なっ!」

ムウの目の前で、「ユングフラウ」の艦橋の、その窓が砕けた!
艦橋の窓に、「火の玉」‥‥爆発したメビウスの機体が激突したのだ!
「ユングフラウ」の艦橋の構造材が歪み、艦橋が折れる‥‥。

制御中枢を奪われ、「ユングフラウ」はただの巨大な鉄の塊と化した。


「畜生‥‥」

分かっていたのだ。
分かっていたのに‥‥これを止めに来たのに。
防ぐ事が出来なかった。

「畜生‥‥なにが『エンデュミオンの鷹』だよ!」

眼前の悲劇に対し、無力であった自分を責めるムウ。

だがこの時、彼が責めるべきは自分ではなかった。
そして、責めるべき相手は、爆散するメビウスの向こうにいたのである。


メビウスを蹴り飛ばしたままの格好で漂っている、オレンジ色のモビルスーツ。
右肩には、髑髏のエンブレム。
ピンク色のモノアイが、不気味に光る。

「あいつか‥‥!」
歯噛みすると、ムウは、そのモビルスーツの元へと、機体を急行させた!
「仇は取ってやるぜ、《ユングフラウ》!」

「あれは‥‥」
ジンのコクピットのモニターに、データベースが割り出した「熱源」の正体がディスプレイされる。

TS-MA2 mod.00。
それが、その機体の正式な名前だった。

「メビウス‥‥ゼロだぁ!?」
ミゲルは己の目を疑う。
連合のメビウスゼロ部隊は、月面グリマルディ戦線、エンデュミオンクレーターでの戦闘により、
壊滅したはずではなかったか?

「いや、待てよ‥‥」

以前に、隊長ラウ・ル・クルーゼが言った言葉を、彼は思い出していた。

「ところで君は、メビウスゼロという機体を知っているかね?」
その時、クルーゼの執務室に呼ばれたミゲルは、彼にそう聞かれたのだ。

「はい、知識では‥‥。戦った事はありません」
「そうか‥‥」
その仮面と同じ、無機質な口調。
「もう二度と戦う機会はないかも知れんな。彼らは私がこの手で葬ったのだから」
右拳を上に向け、開き‥‥再び、ぐっ、と握るクルーゼ。
唯一仮面の外に出た、彼の口元の笑みは、その時の愉悦を再び味わっている証なのか?


グリマルディ戦線、エンデュミオンクレーターの戦い。

月面を二分していた連合とザフトは、CE70年6月2日‥‥つまり1ヶ月半前、連合の重要な
資源供給基地であったクレーター「エンデュミオン」にて激突した。

同クレーターに展開していた連合の第3艦隊は、虎の子のメビウスゼロ部隊を戦線に投入。
しかしそれは、ザフトのモビルスーツ部隊‥‥特に、ラウ・ル・クルーゼの操る緑色の高機動型
ジンの手により、次々と沈められていった。

そして、残ったわずかなメビウスゼロも、連合が敷設していた大規模兵器「サイクロプス」の
暴走により、ザフト軍もろとも、ことごとく散った‥‥はずだった。

しかし、クルーゼは「察知」していた。
彼と切り離せぬ「宿縁」を持つ男、ムウ・ラ・フラガが、そこから生きて帰っていた事を。


「生き残りがいる、と?」
「そうだ。今では『エンデュミオンの鷹』などと呼ばれているらしいがね」
口元の笑みが消える。
「私と戦い、サイクロプスの暴走にも巻き込まれず、生き延びた男とその機体だ。生半可な腕では、
 落ちんぞ」
「コーディネーターの誇りを持ち、気合いを入れて臨め、ですね」
得意げにミゲルが言う。
常に教えられている、ザフトの哲学。
コーディネーターはナチュラルに後れを取ってはならないのだ。

が、クルーゼの答えは‥‥

「違うな」
「?」
「ミゲル、言っておくぞ。あの機体に手を出してはならない」

コーディネーターとしての、パイロットとしてのミゲルのプライドが、その発言に激しい拒否反応を
示した!

「俺じゃあ‥‥勝てないと!?」
今にも食ってかからんばかりのミゲルに、クルーゼが穏やかな口調で言う。
「君は我が部隊のエースだ。コーディネーターの誇りを持ち、気合いを入れて臨めば、勝てぬ
 敵などいないはずだ‥‥違うかね」

ミゲルの発したのと一字一句違わぬ言葉を、言い返される。
しかし、では、クルーゼの前の発言の真意は?

「だったら!」
「あれはな」

怒気を孕んだミゲルの視線を、真っ向から受け止める、仮面の男。
その口元が、再び、妖しい微笑みに歪む。
そして、その唇から次に発せられた言葉を、ミゲルは一生忘れないだろう。

「‥‥あれは私の獲物なのだよ。私だけのな」

「う〜、いやな物思い出しちまったぜ」

あの時、クルーゼの身体から、何か黒いものが‥‥そう、たとえるならば「妖気」のようなものが
立ち上ったように、ミゲルには感じられたのだ。
それを思い出し、背筋に、悪寒が走る。

「だが、だとすると、あれがその『隊長の獲物』ってやつ‥‥っ!」
その思考を中断させたのは、猛スピードで襲い来る弾丸!
バババババッ!
「危ねえっ!」

トップスピードで迫り来るメビウスゼロから発射された機関砲の弾丸だ。その速度は想像を
絶するものがある。
ミゲルがその速度に反応し、なんとか全弾を回避できたのは、コーディネーターならではの
身体能力と日頃の訓練、そしてミゲル個人の非凡な戦闘センスの賜物であっただろう。
「んの野郎っ‥‥隊長の獲物だか何だか知らねぇが!」


「かわされたか‥‥」
こちらは、ミゲルほどは驚いていない様子のムウ・ラ・フラガ。
相手は単機で戦艦を墜とすほどの腕を持つパイロットだ。それぐらいは織り込み済みである。
「さすがは『黄昏の魔弾』、ってとこか!」


猛スピードで、ジンの脇を駆け抜けるメビウスゼロ!

一瞬遅れて体勢を立て直すと、その後ろ姿に向かい、機銃を連射するジン!
ただ一点のみを狙うのではない。周囲にも適当に弾を散らしながら撃つ。
回避しきれぬよう、計算された射撃だ!
「墜ちろぉっ!」


メビウスゼロのコクピット中央のレーダー、自機後方に多数の弾影!
「来たなぁ!」
状況に反して、どことなくムウの声は楽しそうだ。
ぐっ、と、操縦桿を握り締める。
「さぁてと‥‥うまく動いてくれよ!」


「!」
自弾の必中を信じていたミゲルは、コクピットの映像を見て、言葉を失った。
メビウスゼロが‥‥「揺れて」いる。

背後から見える、十文字に配列された5基のバーニアのうち、周囲の4基の出力が、そして
その噴射角が、刻々と、そして微妙に変わっている。
いや、パイロットが「変えて」いるのだ。
それにより、あたかも機体を「揺らす」かのごとく、機体の進行方向をわずかずつ変更し‥‥

ミゲルの弾にかすりもせず、その隙間を縫うように、メビウスゼロは飛び続けていた!


通常のメビウスには絶対に不可能な、この機動。
タネをばらせば、簡単である。

メビウスゼロの、中央以外の4つのバーニア‥‥これはすなわち、搭載された有線遠隔攻撃ユニット
「ガンバレル」に搭載されたエンジンに他ならない。

ガンバレルを切り離した時には、それ自体の移動力を司るこのエンジンは、切り離していない時には
メビウスゼロ自体の推力を得るためのメインバーニアとして使われる。
そして、このバーニア(つまりガンバレル)は、切り離さなくとも、結合ジョイントの部分で、わずかながら
中央ユニットに対する角度の変更が可能なようになっていた。
この角度と、それぞれのバーニアの出力を微調整することにより、ムウのメビウスゼロは、この機動を
可能としていたのである。

もちろん、この機能を自由自在に操れる者は、メビウスゼロ部隊が全滅した現在では、潜在的な
能力者も含め、ごくわずかしかいないだろう。
だが、ミゲルにとって不運な事に、目前のこのパイロットこそ、まさにその能力を持つ者だったのだ!


「全弾‥‥かわされただとぉ!」

必中を期した射撃が、完全にかわされた。
初めての屈辱!

ミゲルの脳内で、何かが音を立てて切れた!
「このぉ、ナチュラルがぁっ!」

機銃の弾丸を回避し終わったメビウスゼロは、ガンバレル4基のうち2基のバーニアを大きく
外側に傾け、残り2基の出力をカットする!

片側に大きな加速度が掛かり、急ターンする機体!
歯を食いしばり、加速度に耐えるムウ!


「生意気なんだよぉっ!」
頭に血が上ったミゲルが、スラスターをふかし、メビウスゼロを追う!


180度ターンしたメビウスゼロと、ジンとの距離が、猛烈な勢いで詰まってゆく!
互いに正面から敵を捉えうる、まさに真剣勝負の瞬間だ!

「このまま済ませちゃ、俺の立つ瀬がないってね」
先に仕掛けたのはムウだ!
「《ユングフラウ》の仇、取らせてもらうぜ!」

ガコンッ!
4つのガンバレルが、中央ユニットから外れた!

「! 分解した!?」

一瞬、ミゲルが間違うのも無理はない。
メビウスゼロが、一見バラバラになったかのように、4つのガンバレルと中央の有人ユニットの
5つに分離したのだ。
そして、それぞれのガンバレルから、2門の機関砲が顔を出し、センサーが展開する!

ガンバレルは、それぞれが別の生き物のように、バーニアから炎を上げ、ワイヤーをうねらせながら
ジンに襲いかかる!

「しまった、こいつら!」
頭に叩き込んでおいたはずのメビウスゼロのデータを、逆上のあまり一瞬失念した、それは
明らかにミゲルのミスであった!


「行けえぇーっ!!」

ムウの号令一閃!
完全にジンを包囲したガンバレル4基の2門ずつの機関砲と、有人ユニット機首下の機関砲‥‥
合計9門が、ジンに向かって一斉に火を噴いた!

これこそ、必殺の「オールレンジ攻撃」!
限られた者にしか引き出す事の出来ない、メビウスゼロの真の能力であった!


「うおおおおおっ!!」

ミゲルの瞳がめまぐるしく計器類の上を駆け回り、その手足が目にも留まらぬ速度で動く!
無茶苦茶な機動で機体を揺さぶりながら、ガンバレルの位置から割り出した「弾幕の隙間」に、
滑り込むようにジンの身を突っ込ませる!

針の穴ほどの可能性、あまりに無謀な賭けに、しかしミゲルは!


「やったか!」
ガンバレルを自機に戻し、レーダーを確認するムウ。
だが、今度は‥‥ムウが驚愕する番だった!
「何っ!」

本来ならば、穴だらけになり、爆発しているはずの敵モビルスーツが‥‥

生きていた。
しかも、無傷で!

‥‥いや。
無傷ではない。
わずかに、ジンの右足首から火花が上がっている。
恐らく、一発当たったのだろう。

とはいえ、もちろん、ムウの期待した結果とはほど遠い。
ヘルメットの奥で、ムウの眼光が鋭くなる。
「あれをかすり傷でかわすか‥‥やってくれるじゃないか!」


「くそおっ‥‥右足が‥‥」

ジンの右足首の駆動系から、火花が上がる。
ミゲルが、懸命にジンの右つま先を上げ下げするよう操作するが‥‥ジンは応えない。


たかが一ヶ所、たかが足首。
しかし、身体の動きによって姿勢を制御するモビルスーツには、駆動系のトラブルは、即、
機動性の低下となって跳ね返ってくるのだ。

パイロットであるミゲルはもちろんのこと、敵であるムウも、それはしっかりと認識していた。
そして、だからこそ、ムウは判断した。

次は当たる、と!


もう一度、片側のバーニアを切ってUターンするメビウスゼロ。
開いてしまったジンとの距離を、再び詰める!
「これで決める!」


ミゲルも、思っていた。
次は逃げ切れない、と。
逃げ切れないなら‥‥どうする?


メビウスゼロが、突っ込んでくる。

逃げない。
ミゲルは逃げない。

右手の機銃を左手に持ち替え、そのままだらりと下げる。
右手は空のまま、そのまま。

静止する。


「? 観念したのか?」
いぶかるムウ。
「ちょいと、潔すぎやしないか?」

何か、企んでいるのかも知れない。
ムウは思った。

しかしここで、眼前の傷ついたジンに、メビウスゼロのオールレンジ攻撃に対抗できる手段が
あるとは、ムウには思えなかった。

「ま、どっちにしろ、やることは一緒だけどな!」
ムウは迷わず、ガンバレルを分離した!


それを確認し、ジンが、逃げるのではなく、逆に一番手近なガンバレルに突っ込む!
「うおおおおっ!」


「墜ちてもらう!」
ダダダダダダダッ!
ムウの叫びとともに、ガンバレルから、ミゲルに死をもたらすべく、無数の弾丸が放たれた!

それと同時に、ミゲルが、ガンバレルに向かって、左手の機銃を投げつけた!

ガンバレルの弾丸が、吸い込まれるように、機銃に命中する。
残弾に誘爆し、爆散する機銃!

そして、その爆風が、ジンの飛行軌道を変えた!
ふわりと、ガンバレルの上方へ、ジンの機体が流れる!

「何だと!」
驚愕するムウ!

ジンの左腰のラッチロックが外れ、重斬刀がポップアップする!
「もらったあっ!」
ミゲルは、右手でそれを引き抜くと、力の限り、眼下のガンバレルに振り下ろした!

戦艦の外殻装甲に使われる技術を転用し、マティウス・アーセナリー社の技術者が魂を込めて
鍛え上げた「MA-M3重斬刀」。
その鋭い刃が、ガンバレルに食い込む!

大爆発を起こすガンバレル!


「まったく、なんて奴だよ‥‥」
残ったガンバレルを回収しながら、半ば呆然と、ムウは呟いた。

機銃を捨てて弾丸に対する盾とし、その爆風で自機の軌道を変えて弾幕から逃れ、さらに
ガンバレルを直接斬りに来る。
並みの腕と度胸で出来る真似ではない。

「『あいつ』以来だな、ここまでしつこいお客さんは!」
いらだった声でムウが叫ぶ。

もちろん、「あいつ」とは、エンデュミオンで出会った、未だ顔も知らぬ宿敵、ラウ・ル・クルーゼの
ことである。

そして、ムウは知らない事であったが、眼前の敵は、そのクルーゼが指揮する小隊のエースであった。

これもまた、クルーゼの言う「宿縁」なのであろうか‥‥?

「これで五分と五分‥‥いや、こっちの方が分がいいかな」
重斬刀を両手で正眼に構え、ミゲルが言う。

その言葉の通りであった。
ミゲルは右足の制御を失ったが、ムウが失ったのはガンバレル1基‥‥そして同時に、5基ある
バーニアのうちのひとつだった。
メビウスゼロがバーニアを失えば、ジンが足の制御を失った以上に、機動性が著しく低下する
事になる。


(どうする? やるか? それとも退くか?)
迷うムウ。

残弾はまだある。
しかし、こちらはバーニアをやられ、機動性ががた落ちした状態だ。向こうが機銃を失って
いるからこそ、攻撃を受けずに済んでいるのだ。

片肺飛行で、ジンの刃をしのげるか?
ガンバレルが1基足りないオールレンジ攻撃で、「黄昏の魔弾」を仕留められるか?

そのムウの迷いを断ち切ったのは、メビウスゼロの通信回線に飛び込んできた、友軍オペレータの
悲痛な声だった。

『《メンヒ》よりホークワン! 本艦以外は全て轟沈した! 本艦も撤退する、至急合流を乞う!』


「あちゃー‥‥」
思わず情けない声を出すムウ。

眼前で沈んだ《ユングフラウ》の他に、自分の発進した《マッターホルン》、それに《モンブラン》と
《アイガー》の僚艦2隻も、敵の攻撃により、既に沈んでいたのだ。

他の艦の救援に行っている間に、母艦を沈められてしまった。
母艦を守る事が出来なかった。
《ユングフラウ》が墜ちた時と同じ、苦い感情が、彼を支配する。

「‥‥やっぱ、ヒーローは柄じゃないか」
自嘲気味に、連合のエースは言った。

第3艦隊の壊滅という大損害を糊塗するために、ヒーローに「仕立て上げられた」男‥‥
彼は自分の事を、そう思っていた。

もちろん、それが事実であったとしても、彼が実際に連合随一の腕前を持つ本物のエースで
ある事には、疑う余地がない。
だが、ムウ自身には、自分の持つ力量が、「エンデュミオンの鷹」の二つ名に、そして英雄としての
名声に、かなっていないように常に感じられていた。

そのプレッシャーが、彼を今も、そしてこの後も苦しめることになる。


『《メンヒ》よりホークワン! 応答せよ! 本艦はこれより‥‥』
「はいはい、今行きますよっての! ‥‥こちらホークワン、了解した!」

ちらっ、と、キャノピーの隅を見やる。

正眼に斬艦刀を構えたままの、恐るべき敵モビルスーツ。
否、恐るべき「黄昏の魔弾」。

「正直、もう勘弁して欲しいもんだ」

苦笑混じりにそんな台詞を残し、「鷹」は戦場を去っていった。

急速に遠ざかるメビウスゼロを、見やる。

「撤退‥‥する?」
機体のセンサーがメビウスゼロをロストするのを確認し、ミゲルは重斬刀を左腰のラッチに戻した。

「ふぅ‥‥」
全身から、力が抜ける。
パイロットシートに、深く身を沈める。

「とんでもねぇ奴もいたもんだぜ‥‥おとなしく隊長の言う通りにしてりゃよかったかな」
呟いたあと、通信のチャンネルをヴェサリウスに合わせ直す。
「ミゲル・アイマンよりヴェサリウス。これより帰投する。俺は休むぞ!」

ヴェサリウス、隊長執務室。

「戦艦1隻、モビルアーマー14機‥‥さすがだな、ミゲル」
「はっ、光栄であります」

久々に艦に戻った隊長、ラウ・ル・クルーゼに、戦果を報告する。

「それで‥‥」
何気なく言ったクルーゼの、その次の言葉の真意を、ミゲルは測りかねた。
「第2ラウンドはどうだったかね?」

「は?」

戸惑うミゲルに、クルーゼが変わらぬ口調で、問う。
「強敵と‥‥戦ったのだろう?」

「!」


「エンデュミオンの鷹」と遭遇し、戦闘に突入した事は、クルーゼには伏せておこう、と
ミゲルは決めていた。

もちろん、手を出すな、とクルーゼに言われていた事も理由のひとつであった。
が、本当の理由は別にあった。

彼は、認めたくなかったのだ。

より優れているはずのコーディネーターと、互角に戦うナチュラルなど。
より優れているはずのモビルスーツと、互角に戦うモビルアーマーなど。

彼は、決して認めたくなかったのだ。


ごくっ。
ミゲルの喉が鳴る。

なぜ?
どのようにして、自分がメビウスゼロと戦闘をした事を知ったのだろう?
そんな考えをまたも見透かしたように、あくまでも穏やかに、クルーゼが言う。

「なあに、ただの勘だよ」

(なんだ、勘かよ)
心の中でため息をつくミゲル。
だが、それもまた、クルーゼに見透かされていたのかも知れない。
彼は、こう続けたのだ。
「ただ‥‥私の勘は良く当たるのだよ。君も知っての通りね」

仮面の奥で、クルーゼの目がぎらりと光った‥‥ような気がした。


ミゲルは観念した。
こんな化け物のような男を相手に、事実を隠し通せる自信は毛頭なかった。

「連合の‥‥メビウスゼロと戦(や)りました」

「ほう」
わずかに遅れて、返事があった。
「で、どうだったね?」
「機銃と右足をやられました。こっちはガンバレルをひとつ潰すのが精一杯でした」
「ふむ」

しばらく考え込んでから、クルーゼは言った。
「私は、あれには手を出さぬよう厳命したはずだが」
「発砲され、やむなく応戦しました」
「そうか」
弁明するミゲルに、笑みのひとつも見せず、クルーゼは答えた。
「ならば、しかたあるまい」

(あれ、意外とあっけないな。もっと怒るかと思ったけどな)
ミゲルが一瞬そう思った、その時である。


「懲りたか」


シンプルで重い、隊長の問いだった。

クルーゼは言っているのだ。
これに懲りたら、もう彼には手を出すな、と。
次は恐らく、この程度では済まないだろう、と。

ムウ・ラ・フラガも、そしてクルーゼ自身も、次はこの程度では済まさないだろう、と。
そう言っているように聞こえたのだ。


ミゲルは正直に答えた。
「懲りました」
「そうか」
その答えに、クルーゼは満足したようだった。
そして、最後に付け加えた。

「認めたくはないが、あのようなナチュラルもいる。心する事だ」


ドクン!
ミゲルの心臓が鳴る。

目前の仮面の男は、本当に、自分の心の奥の奥まで見透かしているのではないか。
コーディネーターより優れたナチュラルの存在を認めたくない、自分の心の奥を‥‥。


背筋を、冷たいものが走る。


「は、はっ!」
少し、裏返った声で、ミゲルは答えた。

「ご苦労だった。次の作戦も期待している」
やっと口元に笑みを見せ、クルーゼは言った。

ようやっと、解放してくれる!
別に拘束されていたわけでも何でもないのに、ミゲルにはそう思えてならなかった。
もちろん、それもまた見透かされていたかも知れないが。

「はっ、失礼します!」
戸口で敬礼を決め、ミゲルはクルーゼの部屋を出た。



自分の部屋へ向かう廊下で、ミゲルはぼそっと呟いた。
「いったい何なんだろうなあ‥‥あの人」

この後も、ミゲルをはじめ、ザフトの勇敢なパイロットたちは、幾度となく襲い来る連合の奪還部隊を
ことごとく退け続けた。
そしてついに、《新星》は無事にL5に到達したのである。

要塞衛星としての改修を受けた《新星》は、《ボアズ》と改名、その後、翌71年9月23日、
連合のピースメーカー隊による核攻撃で壊滅するまで、プラント守護の要として、宇宙に
睨みを利かせることとなる。


そして、その《ボアズ》壊滅より8ヶ月早く。

この《新星》攻防戦で「エンデュミオンの鷹」ムウ・ラ・フラガと死闘を演じた、「黄昏の魔弾」
ミゲル・アイマンは、CE71年1月、傭兵部隊「蛇の尾(サーペントテール)」のエース・
叢雲劾との戦闘で、自らのジンを中破させてしまう。
そして同25日、オーブのコロニー《へリオポリス》における連合製モビルスーツの奪取作戦に
通常型のジンで参加するも、近接戦闘装備のGAT-X105「ストライク」の斬艦刀により、乗機を
両断され、死亡した‥‥と、公式には記録されている。

「黄昏の魔弾」は、戦場を華々しく駆け抜け、そして華々しく散った‥‥
そう、人々の記憶には刻まれている。












だが。








だが実は、ミゲル・アイマンは生きていたのだ!


‥‥「この物語」は、そこから始まる。

(「駆け抜ける魔弾 - CE70.7.21 -」 完)


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